言葉は不思議
昨日の朝テレビの前にいたら、リオデジャネイロが映り始めた。
吹き替え音声の合間から漏れるポルトガル語のあの開放的で軽快なアクセント…
健康的で躍動美に溢れる肉体…
空と太陽の似合うブラジルの人々だ。
何の番組だったかも覚えていない(一体何を見ていたのだ?)が、2014年にFIFAワールドカップ、2016年に南米大陸初の五輪開催と、今後ますます世界の熱い視線を浴びることになるブラジルが紹介されていた(と思う)。
そう。スポーツの祭典というのはなぜか人々を熱くするもので、(むしろ人々のその熱狂ぶりこそスポーツの名に値する気もする…)それが国際的であればあるほどなおさら。今後ブラジルは続けざまにホットな話題を世界へ発信し、世界中からホットな眼差しを注がれる
そこで気になったのが、葡語通訳の需要増、ならびにポルトガル語学習者数の増加。地理的・言語的に近いことから、むしろスペイン語学習者の増加に拍車をかけることも考えられそうだ。
元々ポルトガル語はスペイン語の仲間であったのが15世紀頃独立。さらに今となってはヨーロッパのポルトガル語とブラジルのポルトガル語は、語彙の上でも発音の上でも異なりを見せているという。スペイン語もポルトガル語も、大航海時代にはアラブやアフリカやインディアンの単語と文化そのものをヨーロッパの他の国々に伝えた。ギター、トマト、ポテト、サルサ、トルティーヤ、バロック、タピオカなどなど。
言葉は不思議な生き物。姿も形も無く、声かミミズのような文字によってのみ人々と共有されるというのに、なぜこんなに人間の歴史と文化に結びついているのだろう。すると辞書もまた妙な書物だろう。言うなれば「人間の仕草辞典、声バージョン」みたいな本。
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言葉を学ぶとは、これまたとらえどころの無い不思議な対象を真似ることとも言えそうだ。実体が無いようなものなのに、どうしてマネできようか。と悪ぶってみる。
それにしてもヨーロッパの多言語主義に基づく語学教育は地勢的にも言語学的にも地続きだからこそ支持され実現可能なのではないだろうか。
日本の場合、うっかりすると「テストに出ますか?」「どっちを覚えればいいですか?」なんていう質問をしてしまったり。それはそれで殊勝だけれど、まるで暗号を習得するスパイみたい。辞書首っ引きは語学力の土台に必要だけれど、どんな音楽とダンスを好み、どんなテンションで挨拶を交わす人々が、どんな空の下で話す言葉であるのか考えたら、その先に広がっていくはず。
吹き替え音声の合間から漏れるポルトガル語のあの開放的で軽快なアクセント…
健康的で躍動美に溢れる肉体…
空と太陽の似合うブラジルの人々だ。
何の番組だったかも覚えていない(一体何を見ていたのだ?)が、2014年にFIFAワールドカップ、2016年に南米大陸初の五輪開催と、今後ますます世界の熱い視線を浴びることになるブラジルが紹介されていた(と思う)。
そう。スポーツの祭典というのはなぜか人々を熱くするもので、(むしろ人々のその熱狂ぶりこそスポーツの名に値する気もする…)それが国際的であればあるほどなおさら。今後ブラジルは続けざまにホットな話題を世界へ発信し、世界中からホットな眼差しを注がれる

そこで気になったのが、葡語通訳の需要増、ならびにポルトガル語学習者数の増加。地理的・言語的に近いことから、むしろスペイン語学習者の増加に拍車をかけることも考えられそうだ。
元々ポルトガル語はスペイン語の仲間であったのが15世紀頃独立。さらに今となってはヨーロッパのポルトガル語とブラジルのポルトガル語は、語彙の上でも発音の上でも異なりを見せているという。スペイン語もポルトガル語も、大航海時代にはアラブやアフリカやインディアンの単語と文化そのものをヨーロッパの他の国々に伝えた。ギター、トマト、ポテト、サルサ、トルティーヤ、バロック、タピオカなどなど。
言葉は不思議な生き物。姿も形も無く、声かミミズのような文字によってのみ人々と共有されるというのに、なぜこんなに人間の歴史と文化に結びついているのだろう。すると辞書もまた妙な書物だろう。言うなれば「人間の仕草辞典、声バージョン」みたいな本。
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言葉を学ぶとは、これまたとらえどころの無い不思議な対象を真似ることとも言えそうだ。実体が無いようなものなのに、どうしてマネできようか。と悪ぶってみる。
それにしてもヨーロッパの多言語主義に基づく語学教育は地勢的にも言語学的にも地続きだからこそ支持され実現可能なのではないだろうか。
日本の場合、うっかりすると「テストに出ますか?」「どっちを覚えればいいですか?」なんていう質問をしてしまったり。それはそれで殊勝だけれど、まるで暗号を習得するスパイみたい。辞書首っ引きは語学力の土台に必要だけれど、どんな音楽とダンスを好み、どんなテンションで挨拶を交わす人々が、どんな空の下で話す言葉であるのか考えたら、その先に広がっていくはず。