作家と孤独
机の上に積み重なった本を、我ながらあきれかえって片していたら、わりと好きなデュラス (Marguerite Duras) の Ecrire (1993) を発掘した。
タイトルのとおりこの本のお題は「書く」とはどういうことか。読者はというと「書く」ことについて「読む」。けれども作家は「書くこと」について「読まれる」ことを想定して書いているのではないのだと思うと、引き裂かれるような気分になる。
この Ecrire においてめざされるのは、一瞬一瞬出てくる声を書き取ること。身を孤独に置いて書くのでなければ、書かれたものにも犯しがたい孤独は生まれない。自分が何を書いているのかも知らずに、ただ書くよりほか無く書く。孤独がポイントのようだ。
どうもブランショの『文学空間』の冒頭「作品の孤独」がヒントになりそうだ。ブランショは、作者は決して作品を読まず、作品の孤独は要求の不在によると言う。いずれにしても、ブランショとデュラスを同一視するつもりは無い。
作品を読む者は、作品を書く者が孤独の冒険をするように、作品の孤独のうちに入り込む。文学作品を読んで、引き裂かれるような思いがするというのは、こうした孤独のブラックホールに吸い込まれることに起因すると言えるのかもしれない。
デュラスはレイモン・クノー (Raymond Queneau) の次のような一節を引用している。
"Ne faites rien d'autre dans la vie que ça, écrire." (人生において、ただただ書くことだけをなさい)
デュラスは続ける。"Ecrire, c'était ça la seule chose qui peuplait ma vie et qui l'enchantait. Je l'ai fait. L'écriture ne m'a jamais quittée." (書くということは、わたしの人生を満たし魅了していた唯一のこと。私は書いた。書くということは、決して私から離れたことが無い)
私というとらえどころのない存在。書くということは同じくらいとらえどころがない。なんと言っても、とらえどころなき私から出てくるのだから。そんな人生においてなしうるのは、そんなかろうじて生じうる声を書くこと。(書くことなしには存在しえないという話ではない。)人生において書くことだけをするのではなく、書くことくらいしかせいぜいできることのうちに入らないということか。
人は一瞬一瞬死んでは生まれるように、書く行為においても同様、書けば書くそばから葬られる。作品は完結も未完も関係なく、ただあるのみ。作家は作品に依存して生きるわけではない。本質的孤独にあってはただ書くのみ。孤独とは純粋状態のことか。
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机の上を片したつもりが、結局目についた活字を読みながら余計散らかしてしまった。いろいろと物に囲まれていたのでは、孤独になれない。
タイトルのとおりこの本のお題は「書く」とはどういうことか。読者はというと「書く」ことについて「読む」。けれども作家は「書くこと」について「読まれる」ことを想定して書いているのではないのだと思うと、引き裂かれるような気分になる。
この Ecrire においてめざされるのは、一瞬一瞬出てくる声を書き取ること。身を孤独に置いて書くのでなければ、書かれたものにも犯しがたい孤独は生まれない。自分が何を書いているのかも知らずに、ただ書くよりほか無く書く。孤独がポイントのようだ。
どうもブランショの『文学空間』の冒頭「作品の孤独」がヒントになりそうだ。ブランショは、作者は決して作品を読まず、作品の孤独は要求の不在によると言う。いずれにしても、ブランショとデュラスを同一視するつもりは無い。
作品を読む者は、作品を書く者が孤独の冒険をするように、作品の孤独のうちに入り込む。文学作品を読んで、引き裂かれるような思いがするというのは、こうした孤独のブラックホールに吸い込まれることに起因すると言えるのかもしれない。
デュラスはレイモン・クノー (Raymond Queneau) の次のような一節を引用している。
"Ne faites rien d'autre dans la vie que ça, écrire." (人生において、ただただ書くことだけをなさい)
デュラスは続ける。"Ecrire, c'était ça la seule chose qui peuplait ma vie et qui l'enchantait. Je l'ai fait. L'écriture ne m'a jamais quittée." (書くということは、わたしの人生を満たし魅了していた唯一のこと。私は書いた。書くということは、決して私から離れたことが無い)
私というとらえどころのない存在。書くということは同じくらいとらえどころがない。なんと言っても、とらえどころなき私から出てくるのだから。そんな人生においてなしうるのは、そんなかろうじて生じうる声を書くこと。(書くことなしには存在しえないという話ではない。)人生において書くことだけをするのではなく、書くことくらいしかせいぜいできることのうちに入らないということか。
人は一瞬一瞬死んでは生まれるように、書く行為においても同様、書けば書くそばから葬られる。作品は完結も未完も関係なく、ただあるのみ。作家は作品に依存して生きるわけではない。本質的孤独にあってはただ書くのみ。孤独とは純粋状態のことか。
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机の上を片したつもりが、結局目についた活字を読みながら余計散らかしてしまった。いろいろと物に囲まれていたのでは、孤独になれない。