Text or Nothing -298ページ目

自分の筆跡

図書館で本をあれこれ開いていたら、ちょうど開いた本に紙片が挟まっていた。
なにかしらん?と思って紙を表面にしてみると、書かれていたのは自分の字

そんなメモを書いただなんて…思い出すまでに30秒以上を要した。
けれど、自分の筆跡であることを見抜くまでには、5秒とかかっていない。
日本語も英語も、そして数字も、まるっきり自分だったのだから。

筆跡というのはこれまた不思議で、筆圧や、文字の大きさ、紙の端からどのくらい離して書くか…
そんなことまでオリジナル。
よほどのことがないかぎり、大人の筆跡は変わらない

自分が書いた文字を後から見ると、不気味
これがわたしから出て来た文字身体の一部みたいだ。
無意識に書いているのに、みみずのような文字群に自分のスタイルがある。

聞けば、人は利き手と反対の手で字を書くと、線は震えて形も歪むが、細部の特徴は利き手で書く文字と変わらない兆候を見せるという。こうしたことから、字は手で書くものではなく、脳で書くものだと言われている。文字は脳の形象化!!

内容からしておそらく、2006年頃のメモである。
それが4年も挟まっていたとは、驚き。色褪せてもいない。

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図書館は Letters(文学・文字)を保管するところなのだとつくづく思い知らされた。
ペーパーの保存ではなく、レターの保存ビックリマーク
本に挟んでおけば自分の筆跡という思い出のカプセルのようなものに無意識に出会えるなんて、すてき。
紙に書かれた文字と、液晶に映し出された文字とでは、何かが本質的に異なる。
欲を言えばオフセット印刷の文字と、活版印刷の活字との間にも、言いようの無い違いがある。

大学時代、そろそろ退任するという先生が「では、図書館でお会いしましょう」と言っていた。
たしかに、図書館に行くと、亡くなった恩師の本を見つけて、先生こんにちはと思うことがある。
泣ける。
書物という空洞に足をさらわれる一瞬である。