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風姿花伝がおもしろい

少し自由の時間が取れたので、以前買ったまま放置している本を読むことにした。

風姿花伝』である。

とても薄っぺらい文庫本なのに読了していなかったのだ。

「老人」と題された断章が面白い。かいつまむと次のようになる。

老人の物真似をするときに、いかにも老いていますという姿をしたのでは花がない。」とのこと。

およそ、老人の立ち振舞、老いぬればとて、
腰・膝(を)屈め、身を詰むれば、
花失せて、古様に見ゆるるなり。
さるほどに、面白きところ稀なり。


ではどうしたらよいのか?

ただ、大方、いかにもゝ、そぞろかで、しとやかに立ち振舞ふべし。
(そぞろか=はしたなくならないようにつつしんで)

これは能の教えであるが、ひょっとすると私たちがどうしたら美しい高齢者になれるかということについてヒントをくれていると考えられるかもしれない。

そぞろかで、しとやかに…

「花がある・花がない」という観点から論じるところが、粋で新鮮だ。

花はありて年寄と見ゆるる公案」というのが後ろのアネックスについている。
こちらは、「本当のご老人が老人っぽくするはずがない。若く見せようとする。ただ、少々リズムが遅れるので、鼓の音よりもことごとくワンテンポはずせ」というもの。

たしかに。たしかに。ご老人ご本人は似せようとして老人風の振る舞いをしている訳ではない。
すると老人の心を読まなければ「花」あるマネもできないということか。

大人になりたい!と背伸びをしているうちは、まだまだ大人ではない。
フランス語がうまいですね!と言われて喜んでいるうちは、まだまだ初級。

世阿弥、すてき。

高校生の頃、風姿花伝を古典の過去問で読んだ気がするが、全然楽しまずに義務で読んでいた。
なにごとも、楽しむことを忘れてはもともこもないばかりか、
人は気張っていては、虚勢を張ることにしか意識が向かず、学べず、ジャンプできない。