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鈴の音 - 別の次元から鳴りわたる

今日ラッシュの時間帯に地下鉄の乗り換え通路で、人ごみの中から鈴の音が…

見れば、バッグにつけたパスケースに大きな鈴がついている。

いったい何のつもりなのか? どうもその本人、他人から注目されたいらしい。

ファッションもかなり派手で、パスケースも無駄にボリュームがある。そして鈴つきときた。


鈴の音(ね)や鐘の音(おと)、そしてベルやチャイムの音はなぜ目立つのだろう?

ただたんに美しいからとか、うるさいからとかなのだろうか?


お寺の鐘と、教会の鐘の類似性。

そして仏壇にあるお茶碗みたいな鐘と、教会のミサで鳴らす(こともある)鐘。

町の高いところにつくられた時計台の鐘やら鐘楼。

洋の東西を問わず、鐘の音は人々の心に染み渡るがごとく鳴らされてきた。


鐘が伝えるのは、何かのメッセージなのか?

風の息吹に詩の魂を見出したロマン派の詩人さながら、人々は鐘に惹きつけられる。

鐘はなんらかの交霊術をはたらくようだ。


ウィリアム・ウィルフォードは『道化と杖』のなかで、道化(フール)の騾馬の耳の先端についている鈴は、「存在の別次元からの合図を送ってくる」と述べる。鈴の音は、フールの動きが敏捷ならばリズムよく鳴るものの、フールの動きが緩慢であったり無意識的であったりすると、鈴の音もバラバラで、フールの聴覚を奪う。そうした意図せずに鳴りわたる鐘というのは、聞けば聞くほどわれわれの聴覚を冒すのである。通常聞こえるはずの音も聞こえなくなった耳に聞こえるのは、まぎれもなく鈴の音や鐘の音であると同時に、それは意識される次元とは別の次元からの音なのだろう。


不快な音、心を奪われる音は、よきにつけあしきにつけ、何らかの「流れ」を断ち切るものだ。

鈴は気高さや神聖さ、魔術的な力をも運んでくる。

玄関チャイムのごとく、鈴はわれわれの心に対する訪問者であり、ときには闖入者でもある。