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【予告】家臣団バージョンアップ!

現在、城めぐりの宿老級の機能となって鎮座している「家臣団コレクションβ」ですが、実は来たる8月1日でスタートからマル2年を迎えます。今より2年分肌ツヤが良かった頃の話です。

長らくご愛顧頂いているこの機能、来月8月1日にバージョンアップを行うこととなりました(ノ´▽`)ノ(ノ´▽`)ノ 今日はその予告です。

例によってまたギリギリまで頑張っている状態なので、詳細は前日のブログで改めて説明したいと思いますが、主なアップデート予定のポイントをまとめてみました(・ω・)/

遠国探索費用・日数の細分化
遠国武将探索の派遣にかかる両・日数が細分化されます。これにより多くのケースで探索にかかる両・日数が少なくなるハズです。

遠国派遣可能上限のアップ
現在、派遣できる人数が1~4人に分類されていますが、これがより細分化され、最大6人の家臣を同時に派遣できるようになります。

クエスト未登用武将からの派遣
家臣団クエストの画面で未登用の武将を確認して、そこからの遠国探索が今までより素早くできるようになります。

家臣の追放時の変更
現状、家臣を追放した場合、その家臣を発見しにくくなりますが、これが変更になります。

新たな一括慰労
こちらの機能は8月1日に間に合わない公算が高いですが(汗)、新たな一括慰労ができるようになります。

家臣団クエストの追加
今回は、合戦系クエスト以外のいくつかの新しいクエストが追加されます。

オリジナルセリフの増加
武将の登用時、離反時、追放時のセリフ、軍師の日常のセリフなどの中にこっそり仕込まれている武将固有のオリジナルセリフが大幅に増加します。

その他
目に見えるものから、おそらく誰も気付かないであろうものまで、細かなバージョンアップが多数行われます。

簡単ではありますが、こんな感じになっております。織田信長が女体化する、などの機能はありませんのであしからずご了承下さいm(_ _ )m

では、また前日のブログで詳細の補足説明をさせて頂きます~(・ω・)/

家臣団はバージョンアップできても、自分の肌ツヤはバージョンアップできないのが悲しいところです.....。

「い」で始まる…

先日告知しました通り、本日よりクエストイベント「摺上原の戦い」がスタートしています。当初8月5日までとしてましたが、その後、延長のリクエストがありましたので、お盆も期間に含めて8月18日までに変更をさせて頂きます。夏休み、猪苗代湖で優雅にカヌーの予定がある方は古戦場まで足を運んでみて下さい(。・ω・)ノ゙
※ちなみに、忍城周辺で見つかる成田長親らの5武将も当初本日まででしたが、7月27日~28日に行われる忍城浮き城まつりにあわせて、7月28日まで延長されています。

さてこのままでは、twitter並の文字数で終わってしまいそうなので、話をふくらませてみましょう( ̄ー ̄;

摺上原の古戦場は猪苗代湖の北側一帯にあります。この戦い、というかクエストには、その地名の通り、「猪苗代さん」が2人登場します。猪苗代盛国・盛胤親子です。

クエストの画面では敵味方が分からないので(それはそれでどうなのという話)、パッと見、あー親子で団結して戦ったのねーと思いがちですが、実は違います。もともと蘆名氏の家臣だった猪苗代氏ですが、親父の盛国が猪苗代城ごと政宗に寝返ってしまうのです。

息子の盛胤は、主君の前で親父の不孝を泣いて詫び、戦場では真っ先に伊達陣に突入したとか。まさに戦場で親子が相まみえたわけです。親父の方にもいろいろと事情があったんでしょうが、息子の忠心には心打たれますよ...。まさに忠義の士ですね。

「い」ではじまる忠義に篤かった戦国武将は?

い、猪苗代盛胤と言ってあげたいところですが、個人的には井伊直政かなー( ̄∀ ̄)ゴメン。
(朝までそれ城めぐり 調べ)

【祭情報】8月の城関連祭り

前回のブログで熱中症について書きましたが、わたくしが学生の頃には、どんなに暑くても部活中は水一滴飲ませてもらえなかったものです。こっそり飲んだのが見つかって先輩にビンタされていた頃とは時代が変わりました( ̄□ ̄;)!!

さて、そんな暑さとの戦いとなる8月。祭はどうなってるんでしょう?早速見てみましょう↓


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8月のお城まつり特集
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※祭名はPCの関連ページへリンクしています。

 開催期間など:8月1日~8月7日

宝石赤府内戦紙府内城

 開催期間など:8月2日

宝石赤姫路お城まつり姫路城

 開催期間など:8月2日~8月4日

宝石赤水戸黄門まつり水戸城

 開催期間など:8月2日~8月4日

宝石赤仙台七夕まつり仙台城

 開催期間など:8月6日~8月8日

宝石赤名古屋城宵まつり名古屋城

 開催期間など:本丸御殿玄関・表書院公開開始に伴う開園時間の延長のため今年は休止だそうです


 開催期間など:8月13日~8月15日

宝石赤おおの城まつり
越前大野城

 開催期間など:8月13日~8月16日

宝石赤浮牛城まつり(浮牛城)

 開催期間など:8月16日


 開催期間など:8月19日~8月29日

宝石赤謙信公祭春日山城

 開催期間など:8月25日~8月26日

 開催期間など:8月24日~8月25日


宝石赤因島水軍まつり村上氏城館

 開催期間など:7月27日、8月24日~8月25日


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暑さに比例して祭の数もグッと増えてきました
熱中症対策をしたら、さあ祭に出陣
(ノ´▽`)ノ(ノ´▽`)ノ

掲載情報について
本記事では、主に城郭及び歴史に関連した祭・イベントを取り上げています。城跡周辺が会場であっても、それらとの関連性が全くないもの(花火大会など)に関しては、基本的に掲載してませんのでご了承下さいませ。
また、掲載されていない情報がある場合、誠にお手数ですが
こちらから教えて頂けるとすごく助かりますm(_ _ )m

夏の城攻め

ダニヘビなどの生物、花粉など、これまでリアルな城めぐりの現場でわれわれを迎撃してくる難敵を紹介してきましたが、今回は夏に現れる大敵、「熱中症」について。

城跡での光景を思い浮かべると、山城は木々が生い茂っていることが多いので、意外と直射日光を浴び続けることは少ない気がします。それよりも、屋根付きの施設がない広大な平城跡などは、退避する場所もなく熱中症になる危険性が高いかもしれません(/TДT)/

日陰が恋しいからといって、城めぐり中に金堀衆を呼び寄せて塹壕を掘らせるのもなかなか時間がかかる話です。では、熱中症にならないためにはどうすれば良いか、今さら感ありますが、ここで改めて確認しておきましょう(・ω・)/

熱中症については、環境省が出している「熱中症環境保健マニュアル」に分かりやすくまとまっていたので、そこから引用させて頂きます。

まず、発生プロセスとしては、強い日差しや・運動などで体温が上昇した際、通常であれば発汗などの体温調節機能が働いて正常な体へ戻そうとするのですが、それがうまくいかない、または追いつかない場合、体温が上昇し続け、結果熱中症の症状が出るようになります。

その症状としてもいくつかありますが、以下が参考になります(ちょっと見づらいかもしれませんが)。


熱中症環境保健マニュアルより引用


うーん、頭痛は激しく同意。太陽の下に長時間いた後の頭痛と来たら、これほどやっかいなものはありません。何度悩まされたことか(´Д`;) 上の図によると、Ⅲ度になると本当にまずい状態なので、すぐに病院へ行って下さい。

最後に本題である対策を見ておきましょう。同サイトには7つほど紹介されていますが、その中でもやはり重要になってくるのは、「水分をこまめに摂る」、「服装を工夫する」でしょう。

水分補給は喉が渇く前から行うことが肝心ということだそうです。服装については吸汗・速乾素材の衣類を活用しましょうとあります。ついつい甲冑に身を固めて外出するクセがある人は要注意です。あれは速乾素材ではありません

熱中症になる人は年々増えていて、もはや他人事ではありません。マニアックな城跡であればあるほど、間違いなく周囲に人はいませんので、城跡で一人で悶絶するようなことがないよう、しっかりとした対策をしてから出陣しましょう。

かく言うわたくしは、最近では頭痛薬を携行しています(思いっきり対症療法)( ̄ー ̄;

アプリレビュー投稿キャンペーン

現在、スマホをお使いの方は、「発見!ニッポン城めぐり」アプリをGoogleまたはAppleのストアからダウンロードして使って頂いてるということになりますが、ご存知かと思いますが、各ストアには「レビュー」というものがあります。これは、お使いのアプリを評価する機能で、いわゆる「口コミ」といったところです。

そこで、突然ではありますが、明日よりこのレビューを書いて頂いた方に、もれなく4,600貫をプレゼントするキャンペーンを実施します。

参加方法は超シンプルです(。・ω・)ノ゙
Google Play(Android)または、App Store(iPhone)の城めぐりの画面で、「★(星)」とコメントを投稿して、協賛楽座の「城めぐりアプリレビュー」から投稿完了報告をして頂くだけ。


楽座でこのバナーをタップ!


これで、報告から5日以内に貫高が獲得できてしまいます。

「おいおいっ!もうとっくの昔に投稿したぜよ!」という方もご安心下さい。その場合も、同じく上記の投稿完了報告をして頂ければ貫高を獲得できます。

一定の数のレビューに到達しましたら終了してしまうキャンペーンですので、スマホユーザーの方はぜひお早めにご参加下さいませ!

【よくある質問のコーナー】
(・∀・)/  「えっと、悪い評価だと、もらえる貫高も減っちゃうって聞いたんですが本当ですか!?」
(/TДT)/ 「いいえ、評価の内容によって変動することはありません。ただ、私が傷付くだけです。」

7/17~【クエストイベント】摺上原の戦い

先週、ブログで黒川城(会津若松城)の話をしましたが、今月、新しいクエストイベントを実施することが決まりました(ノ´▽`)ノ

初登場、「摺上原(すりあげはら)の戦い」です。摺上原の戦いとは、会津磐梯山のふもとで行われた、蘆名義広vs.伊達政宗の戦いで、政宗はこの戦いに大勝したことで、義広の居城であった黒川城を手に入れたのです。

蘆名軍に強風が吹き付けて、兵士(特にコンタクトをしていた人)たちが目を開けていられなくなったからとか、蘆名軍の背後の橋が伊達の人々によって無情にも破壊されたからとか、勝因はいろいろと言われますが、結局のところ、政宗の事前工作と機動力が勝利を引き寄せた戦いでした。

さて、合戦自体は6月5日に行われたので、これまでのクエストイベント基準で考えると6月に開催すべきでしたが、6月があんまりお出かけシーズンでもないので、今回は新暦基準で、7月17日~スタートとさせて頂きます。終了は8月18日です。

八重の桜で盛り上がる会津で、戦国ファンのみなさんは“あえて”摺上原の古戦場へ足を運んでみてはいかがでしょうか(。・ω・)ノ゙ 場所はこの辺↓


無料で全国3,000城をスタンプラリー!!
「発見!ニッポン城めぐり」 はここからGET↓

ブログも3周年

光陰賤ヶ岳の戦いでさっきまで大垣にいたのにもう戻ってきた秀吉の如し。ということで、本日7月5日で、この運営ブログの方も3周年を迎えました。ありがとうございます(。・ω・)ノ゙

当初は土日関係なく隔日で、現在は月・水・金更新してますので、3年間で単純計算500記事ほどアップしていることになります。話題の市川海●蔵氏の更新頻度には遠く及びませんが、周囲に「いつ最終回を迎えてもおかしくないんだゼ(* ̄ー ̄)y-~~~」と公言しながらも、地味に皆勤賞です...。

そんなこともありまして、おかげさまでこの運営ブログ、更新のある日はAmebaブログの「歴史好き」ランキングでだいたい10位(3,806ブログ中)以内にランキングされるようになってきました(ノ´▽`)ノ

Amebaでは2つまでジャンル登録ができて、現在「歴史好き」と「ゲーム」というジャンルに参加しているのですが、「ゲーム」の方でもおおむね50位(35,677ブログ中)前後にランキングされるようになりました。

これもひとえに、乱筆乱文のブログにもかかわらず日々みなさまに読んで頂いているおかげでございます。改めて御礼申し上げますm(..)m

万々が一、「歴史好き」ジャンルで1位を取るようなことがあれば、豪華旅行が当たる謝恩キャンペーンを実施させて頂きます(さすがにそれは無理だろうとたかをくくっている)。

それでは、引き続き『発見!ニッポン城めぐり』運営ブログをよろしくお願い申し上げます。

片桐:「秀吉様っ!こんな手前味噌なブログがありましょうや!」
秀吉:「うむ、法螺貝でも吹いておけ。」

抜け穴伝説

以前、大坂城抜け穴伝説の話をしたことがありますが、日本の城には抜け穴伝説が大量に残されています。

真田の抜け穴
真田の抜穴跡(提供:「戦国のすべて


上の大坂城だけでも抜け穴伝説が大阪市内にあちこちあり、他には、江戸城熊本城姫路城宇都宮城岡山城和歌山城など、あげればキリがありません。きっと、調べれば地元だけに伝わる伝承も多くあることでしょう。

中には、単なる井戸や用水路であったものが、後世“抜け穴”として語られるようになったものもありますが、未だその多くは伝説のままであって、すべてが発掘調査によって否定されているわけでもありません。だからまだ夢(誰の?)をあきらめてはいけませんヾ(・・ )

抜け穴伝説の多くは近世城郭に見られ、緊急時に城主が脱出するためのものと言われますが、歴史上、プリンセス・テ●コーよろくしく抜け穴を通って見知らぬ土地にひょっこり現れたイリュージョンは聞いたことがないので、あったとしても城外との連絡用といったところでしょう。

実際、上田城にある「真田井戸」といわれる井戸は城外に通じていたといい、現地説明板によると兵糧も運び入れられたとか(まぁ便利(@_@))。

ちなみに、名古屋城の抜け穴についてはその実在が確認されていて、「御城危急の場合、御城裏階段より空濠底に下り波止場より御濠を渡り、御深井御庭に出て高麗門を経て、鶉口より沼沢地を渡り清水に至り、片山蔵王北より大曽根に至る。さらに勝川より沓掛を経て、木曽路に落ちて行く。」(諏訪水大夫著『御土居下雑記』)というルートが想定されていました。

この鶉口(御土居下)に常駐する「御土居下御側組同心」と呼ばれる脱出専門集団も組織され、代々世襲して同地に屋敷地を与えられ、世間と隔絶されていたと言われます。現地、名古屋城周辺にはそれらの説明板などが整備されています。

極秘事項のわりに驚くほど詳しく現代に伝わっていますが( ̄_ ̄ i)、普通に考えれば、本当に抜け穴だったとしたらそれは一部の人だけが知る秘密だったわけですから、後世に伝わっていなくとも何ら不思議ではありません。いわゆる埋蔵金伝説と同じ論理ですね...。

いつか、徳川埋蔵金のように膨大な日数と費用をかけて、抜け穴をガッツリ検証する番組に期待したいところです( ̄ー ̄)ノ

会津若松城?

大河ドラマ「八重の桜」もいよいよ会津戦争の段階に突入して、見ごたえある戦闘シーンが随所に登場するのでテンションも上がり気味です(むしろ、終戦後の展開が心配だったり( ̄Д ̄;;)。

さて、そんな会津戦争の舞台となった会津若松城。そもそもいろいろ呼び名があります。個人的には会津若松城派ですが、ドラマでは鶴ヶ城、国史跡の指定名は若松城、その昔は黒川城とハマチ顔負けの呼称の数があります。

歴史としては、もともと東北の有力大名としてギラギラしていた頃の蘆名氏の居城(黒川城)でしたが、そこへもっとギラギラした伊達政宗が登場してこれを奪い取ります。

がしかし、秀吉によってアッサリ召し上げられ、城は蒲生氏郷に与えられます(ちなみに、中央から遠く離れて天下を狙えなくなった氏郷はここでむせび泣いたとか...)。氏郷は、地名を若松と改め、城を「鶴ヶ城」と名付けます。

ところが、氏郷の跡継ぎ、秀行がお家騒動で飛ばされると、今度は越後から上杉景勝が入ってきます。その景勝も関ヶ原の敗戦で会津を追われ、その後、再び蒲生秀行加藤嘉明と城主が代わり、最後は保科氏が入って幕末へと続きます。この保科氏は後に松平姓に改姓するので、京都守護職にもなったことで有名な会津藩主松平容保は松平姓なんですね。

こうやって見てみると、この城に関わる人物は超ビッグネームばかりです( ̄□ ̄;) 戦国初期から幕末の終わりの終わりまで実戦で使用された珍しい城のひとつと言えますね。

では最後に。Wikipediaに会津藩降伏直後に撮影された「鶴ヶ城」の写真がありましたので、転載しておきます。損傷具合が生々しいです。


助手席マナー

「さぁて、今日もブログ書くかー」とひとり怪気炎をあげてアメブロを開いたところ、ふとクリックしてみたくなるタイトルが目に飛び込んできました。

「イラっとする助手席マナー1位は?」ですと...。

いつもながらの悪いクセとは自覚しながら、脱線して読みふけってみました( ̄ー ̄) でもこれ、車deメグラーの方はきっと気になるはず。1~5位は以下のようなランキングでした↓

1位 「運転の仕方に口を出す」
2位 「渋滞にイライラして不機嫌になる」
3位 「ケータイやスマホをいじって、ほとんど会話しない」
4位 「ドライバーにお構いなく、たばこを吸う」
5位 「食べ物や飲み物をこぼす」
   (転載元:アメーバニュース

いやーん、身につまされるわー(@ ̄Д ̄@;)
特に「3位」。これには、助手席deメグラーの方は要注意ですよ。身に覚えのある方、このリサーチによるとその時運転手はイラっとしているそうです。

粉っ気の多いお菓子をほおばりながら、「ちょっとー、急ブレーキかけないでよー」と文句言いつつ、城攻めボタンを押すものの新しい城が攻略できずにイライラしてきたから、窓を開けてちょっと一服。
なんてことでもした日には、さすがに車外に蹴り飛ばされることになります。お気を付け下さい。

助手席で城めぐりを楽しみたい方は、ぜひ運転手の方の分も託してもらって、両手で城攻めして下さい。その懸命なあなたの姿に、きっと車中は感動に包まれるはずです。

あ、でも運転手の携帯の方だけ取り漏れるようなことがあったら、それはそれで喧嘩になりますけど( ̄ー ̄;