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好きな言葉  ・・・向こうからの幸せ・・・

好きな言葉  ・・・向こうからの幸せ・・・

紫式部の時代、今から1000年も前だからテレビもなければ瞬間湯沸かし器もない。冬の寒い日にはパックリと赤く口を開けたアカギレの手をさすりながら冷たい水でお椀を洗った。

たびたび、飢饉がきて多くの農家は家族を身売りしなければならない辛い日々が続いた。今年も凍てつく大地と格闘し、身も心もぼろぼろになった。それでも神様に感謝し、幸福な人生だった。

今から1000年後の日本人は私たちの生活に驚くだろう。えっ!傘がオチョコになるってなに? えっ!雨や風の中ですんでいたの?! えっ!交通事故って車同士が衝突することなの? 何でそんな車が販売されていたの?! ひどい生活だったのね!

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でも、1000年前も、今も、そして1000年後も私たちは幸せな人生を送ることができる。人間の幸せというのは、「こうなれば」ということはないからだ。幸せと思えば幸せ、不幸と思えば不幸。

人生には希望や目標がある場合もある。したいことはやまほどある。でも、幸せはこちらから望むことではなく、向こうから来るものだ。

私は彼女を愛する。だから明日は彼女に告白しよう。

「愛しているから結婚してくれ!」 3回言おう。それでもダメだったら諦めてお酒を飲みに行く。

幸福は求めるものではない。自分は真心だけで、向こうから幸せは来る。こなければそれが自分の幸せなのだ。

中部大学武田邦彦
(平成24年2月9日)

まともな日本に01 「高齢化社会」の間違い

まともな日本に01 「高齢化社会」の間違い

「高齢化社会」とか「超高齢化」とかいう用語があります。60歳、あるいは65歳以上の人が多い社会を「高齢化社会」というのが一般できですが、この用語はいかにも視野が狭く、適切な用語ではありません。

なぜ、60歳、65歳以上の人を「高齢者」と言うのかというと、平均寿命が70歳の頃、年金制度ができ、大家族制が無くなったころの社会を基準にしているからです。平均寿命が短いのですから、当然、60歳、65歳の人の数は少なく、若い人を基準にすると「高齢者」と感じられたのでしょう。

でも、かつて中学校を卒業したら勤めに出ていたのに、今は高校全入、大学の進学率も半分ぐらいになりました。就職の平均年齢は15歳が20歳になっています。また女性の結婚年齢は20歳ぐらいから30歳になり、35歳を過ぎた出産もそれほど珍しくない時代です。さらに閉経年齢も明治時代の40歳から50歳代半ばすぎになっています。

つまり年齢とその人の一生という点では、おおよそ1.5倍になっているとしてもそれほど間違いでは無いでしょう。今後、平均寿命は21世紀末に95歳から100歳になるのは間違いありません。そうなると80歳以上が「高齢者」で、定年も80歳になります。つまり20歳まで教育、20歳から80歳までが仕事、80歳から100歳までが引退後の晩年とするのが適当でしょう。

80歳以上の人の数は少し少ないと思いますが、医療費などがかかるので、簡単に予測すると、人生20年が教育、60年が仕事、20年が晩年ですから、他人の世話になるのが40年、自分が稼ぐのが60年ですから、年金ができた頃とあまりかわりません。

それに加えて、女性の職場進出、電子化による労働生産性の向上、社会システムの効率化などが進みますから、むしろ仕事をする人の負担は「重くなる」のではなく「軽くなる」と考えられます。増税の必要なし!!

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私のエッセイに「老婆の時間」というのがありますが、縁側でひなたぼっこしている老婆が家の前の道を忙しく走り去る若い学生を見送って、「ああ、私の人生いも・・・」と思う情景を書いています。本当はまだまだ人生の時間を楽しめる老婆が、社会の「常識」に押しやられて人生を諦めているように思われたからです。

老婆でも若い学生でも人生の時間は同じく貴重であり、それを社会的に封殺することは良いことではないと思います。

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私がテレビで「50歳以上の男性は意味が無い」と言っているのも同じことで、現在のような停滞している社会では、比較的年齢が高い人の権力が強くなり、若い時代に活躍する芽を取られることがあります。仕事をする時間はかつては15歳から55歳までの40年だったのに、これからは20歳から75歳までの55歳になるのですから、50歳以上の男性は30年の仕事の前半生に区切りをつけて、若い人の人生の時間を考える方がよいという意味です。

つまり、一見して「老婆の時間」と「50歳以上の男性は意味が無い」というのは矛盾しているように見えますが、私が言いたいことは「どの人も年齢によらす、同じ価値を持つ時間を過ごすように日本人全体が考えた方が良い」という意味なのです。

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人間の人生は、若い頃は20年ぐらい自分を鍛えるのに使い、その間に、兵役、ボランティア、外国生活なども2年ぐらいは経験した方が良いでしょう。でも、若い頃は長い間、教育を受けるより、少し早めに社会に出た方がよいので、平均はやはり20歳ぐらいというところでしょう。

一方、仕事を辞めて引退が今のように65歳とすると、100歳までの35年、することがないのはやはり歪んだ人生のように思います。そこで80歳を定年にすることになりますが、体力的には今の70歳が100年後の80歳になるでしょう。

明治の人の随筆などを読むと、当時の50歳の人は今の80歳と同じぐらいの体力の衰えを感じています。人間のように集団性の動物は全体の動きに合わせて個人の体力まで変わるのです。

今、消費税率を上げるために、「高齢化社会」が問題になっていますが、私はその前に、日本会の50年後、100年後のイメージを作るべきでしょう。1960年に始まった年金を考えた社会はあまりに「その時」だけを視野に入れていたので、破綻をしました。今度、改めて日本国民の人生を考えるときには、「高齢化社会」という言葉を使わないことが大切と思います。

従って、「高齢化社会がきて大変になる」と暗くなるのではなく、「長く人生を楽しむことができるようになるぞ!」と考え、「どんなに寿命が延びても高齢化にはならない」とするのがまともな日本にする第一歩を思います。

「takeda_20120210no.418-(9:16).mp3」をダウンロード


中部大学武田邦彦
(平成24年2月9日)

等価交換=射幸性 !?

等価交換=射幸性 !?
 
と思い込んでいる当局側の人間は、まだまだ多く

警察庁加藤保安課長の講話の中でも、実はテーマのひとつとして触れられていました。

背景と流を掻い摘んで説明すると

もともと、遊技場では

当該遊技の結果として表示された遊技球等の数量に対応する

金額と等価の物品

との交換しか法律的には認められておらず、この「等価の物品」とは

同等の市場価値を有する物品

をいい、「市場価格」とは

ディスカウントショップを含む一般の小売店の日常的な販売価格

ということになっています。

したがって、4円の玉貸し料のお店では、定価440円(法律上値引きはできないので、取扱い価格は定価だけ)のタバコは110玉で交換されることになります。

ポイントは市場価格なので、ホールが隣のタバコ屋さんから440円で買ってきても、問屋を介してキックバックを受け取って仕入れても、パチンコホールのカウンターに於いては

玉貸し料×玉数=440円

となるようにしなければなりません。

幾らで仕入れをしたのかということは、そもそも問題にならない。

一方、換金用の特殊景品は

★貸し玉料:1個4円
★30個交換

のホールの場合は

4円×30個=120円

として

換金用の特殊景品を、遊技客に提供していることになります。

この時点では、貸し玉料:1個4円、カウンターで交換する時も玉は4円となりますから、形の上では等価交換という寸法になります。

~遊技客はこの120円の景品を交換所に持って行き100円で売り払う~

この行為は、お店が関わっていないので(ということになっているので)パチンコにおける換金は成立しています。

一方、打ち手が「等価交換」として認識しているモノは

★貸し玉料:1個4円
★25個交換

4円×25個=100円

として換金用の特殊景品を遊技客に提供~遊技客はこの100円の景品を交換所に持って行き100円で売る~

という容。

風適法の範囲における景品交換は「ホールのカウンターにおいての交換」だけなので、特殊景品の価格が違うだけで、30個交換であれ、25個交換であれ等価交換の原則は守られている・・・というのが常識(遊技業界だけのね煜)。

ところが

特殊景品の流通コスト等を勘案すれば、100円で買い取ってもらえる商品を100円で提供できるのはおかしいビックリマーク

不当に安く景品を提供して、射幸心を煽っているビックリマークビックリマーク

消費税等をからめて話を膨らましている人達までいますが、論点がズレている上に、税の話まで持ち出すと長くなるので、本日は割愛させて頂きます。

という不思議な論法の方が、入れ替わり立ち代わり現れます。

議論だけならまだしも、一部の地域では、実際に等価交換が消滅してしまいました。煜

この論法が異常な点は

・特殊景品の流通コスト等を勘案した景品の議論は、換金を前提とした話になるので、この話を議論するなら、まずは法整備が必要・・・にも拘らず、そこはスルー煜

・等価交換のホールの利益は、売上玉と交換玉数の差によって生まれており、仕入差益が利益追求のベースになっている店など存在しない・・・にも拘らず流通コストの心配をするって・・・煜煜

・射幸心を煽るのは出玉を換金したときの金額のハズ
等価交換のホールは、赤字営業ではない限り、玉ベースの還元率平均は100%以下。
要は粘れば粘るほど、折角出した玉も減る可能性が高い営業スタイルです
したがって、メリハリのハリの部分は伸ばし難い営業スタイルってことになります。
一方、低換金の場合は真逆になるので、粘れば粘るほどハリは伸びることになります。

したがって、玉ベースでの還元率が同じであれば、等価交換が「射幸心を煽る」という論法も分かるんですが、そんな話は聞いたこともない・・・にも拘らず等価営業だけは「射幸心を煽る」らしい・・煜煜煜

一体、誰の為に等価交換を撲滅したいのか?

行政側の中にはパチンコを全くやらない方も多いので、法的議論を除けば違和感を持たないのかも知れませんが・・・



特定の方の思惑で、無意味な規制が追加されるとしたら、とても残念・・・
そんな無意味な規制の積み重ねが、後々祟りを起さないか心配な今日この頃です