任意の点
最近の筆記試験は難しい。
というか自分の基礎学力や一般常識力が謎だ。
普通のSPIで落ちたことないのに、テストセンターでは案外落ちる。
一般常識も、わかんないとか難しいとか言って落ちたりもするのに、なんだかんだ集英社とかフジテレビとかは通過してる。
昨日受けたプラップジャパンは英語力は然程関係ないとか言っておきながら外資と提携してるし、筆記試験のラスト2問はがっつり和訳と英訳だったし。
今日のデジタルアドバタイジングコンソーシアムはSPIとかいうわりには、面接重視とかいうわりには、普通のSPIよりダイブ難しくて出来なかったし。
去年もそういえばマガジンハウスや電通とかは通ったのにアサツーDKは落ちた。
セプテーニは2年連続テストセンターで落ちた。
あーぁ、やんなっちゃうなぁ。
明日は集英社の面接です。
ということで先程コンビニにてUOMOとMOREとJUMPを購入。
これから研究します。
ちなみにそのときペットボトルも買ったのですが、店員が「本と雑誌は一緒でよろしいですか?」と意味不明なことを聞いてきた。
今日は阿佐ケ谷の駅前で火事があった模様。
雨模様。
というか自分の基礎学力や一般常識力が謎だ。
普通のSPIで落ちたことないのに、テストセンターでは案外落ちる。
一般常識も、わかんないとか難しいとか言って落ちたりもするのに、なんだかんだ集英社とかフジテレビとかは通過してる。
昨日受けたプラップジャパンは英語力は然程関係ないとか言っておきながら外資と提携してるし、筆記試験のラスト2問はがっつり和訳と英訳だったし。
今日のデジタルアドバタイジングコンソーシアムはSPIとかいうわりには、面接重視とかいうわりには、普通のSPIよりダイブ難しくて出来なかったし。
去年もそういえばマガジンハウスや電通とかは通ったのにアサツーDKは落ちた。
セプテーニは2年連続テストセンターで落ちた。
あーぁ、やんなっちゃうなぁ。
明日は集英社の面接です。
ということで先程コンビニにてUOMOとMOREとJUMPを購入。
これから研究します。
ちなみにそのときペットボトルも買ったのですが、店員が「本と雑誌は一緒でよろしいですか?」と意味不明なことを聞いてきた。
今日は阿佐ケ谷の駅前で火事があった模様。
雨模様。
遺憾
ちょっと、苦言を呈することにした。
自分達が楽しければそれでいいのだろうか?
与えられた仕事を最低限こないているだけで満足なのだろうか?
それで責任はあるのだろうか?
それで感謝はあるのだろうか?
それで喜びや達成感を得ることができるのだろうか?
他人は必要ないのだろうか?
友人さえいればいいのだろうか?
夢はあるのだろうか?
何故大学に来たのだろうか?
何故この団体に入ったのだろうか?
この団体の存在意義を理解しているのであろうか?
昨日、追いコンの0次会に来た後輩は2人しかいなかった。
しかも1年生。
去年は黒板に「卒業おめでとう!」と書き、部屋を飾り付け、酒を調達して先輩の門出を精一杯祝ったはずなのに。
それもなし。
去年は就活があろうとも26日だけは可能な限り時間を割いた。
自主的に。
伝統とは、意志と意欲の連鎖である。
無下に断ち切られたことに悲しみを覚える。
ここには、これまで世代を尊重しながらも強い上下の信頼があった。
情があった。
喜びがあった。
それが後輩に伝えきれなかったのかと思うと、悔やんでも悔やみきれない。
ここには、「学生に還元する」というたった一つの制約があるだけで、なんでもできる環境が整っている。
是非何かしてほしい。
他の学生より恵まれた環境にいることに早く気付き、そして最大限活用してほしい。
はっきり言って、今の状況では、君達がここにいる必要はない。
最低限やるべきことをやるのはすべからく当然なことで、築き上げた実績があれば容易いことである。
そんなものは誰でもできるのだから、わざわざ自分達の楽しみを優先するような人間に無理矢理やってもらう理由はない。
出会いのきっかけはここにあるのかもしれないが、仲良くなった今、もう別にサークルでも作ったほうが、煩わしい義務にとらわれることがないし、有意義じゃないか。
最大限の上に出来る余裕で、さらに自分のための最大限を尽くしてくれ。
これは特にもうすぐ3年になる君達に言いたい。
やらなくちゃいけない面倒臭いことと思うより、仕事に楽しさを見出せるはずだ。
今の怠惰な様子を見ていて正直腹立たしい。
そして可哀相だ。
そして伝統を繋ぎ築いてきた者として情けなく思う。
自分達が楽しければそれでいいのだろうか?
与えられた仕事を最低限こないているだけで満足なのだろうか?
それで責任はあるのだろうか?
それで感謝はあるのだろうか?
それで喜びや達成感を得ることができるのだろうか?
他人は必要ないのだろうか?
友人さえいればいいのだろうか?
夢はあるのだろうか?
何故大学に来たのだろうか?
何故この団体に入ったのだろうか?
この団体の存在意義を理解しているのであろうか?
昨日、追いコンの0次会に来た後輩は2人しかいなかった。
しかも1年生。
去年は黒板に「卒業おめでとう!」と書き、部屋を飾り付け、酒を調達して先輩の門出を精一杯祝ったはずなのに。
それもなし。
去年は就活があろうとも26日だけは可能な限り時間を割いた。
自主的に。
伝統とは、意志と意欲の連鎖である。
無下に断ち切られたことに悲しみを覚える。
ここには、これまで世代を尊重しながらも強い上下の信頼があった。
情があった。
喜びがあった。
それが後輩に伝えきれなかったのかと思うと、悔やんでも悔やみきれない。
ここには、「学生に還元する」というたった一つの制約があるだけで、なんでもできる環境が整っている。
是非何かしてほしい。
他の学生より恵まれた環境にいることに早く気付き、そして最大限活用してほしい。
はっきり言って、今の状況では、君達がここにいる必要はない。
最低限やるべきことをやるのはすべからく当然なことで、築き上げた実績があれば容易いことである。
そんなものは誰でもできるのだから、わざわざ自分達の楽しみを優先するような人間に無理矢理やってもらう理由はない。
出会いのきっかけはここにあるのかもしれないが、仲良くなった今、もう別にサークルでも作ったほうが、煩わしい義務にとらわれることがないし、有意義じゃないか。
最大限の上に出来る余裕で、さらに自分のための最大限を尽くしてくれ。
これは特にもうすぐ3年になる君達に言いたい。
やらなくちゃいけない面倒臭いことと思うより、仕事に楽しさを見出せるはずだ。
今の怠惰な様子を見ていて正直腹立たしい。
そして可哀相だ。
そして伝統を繋ぎ築いてきた者として情けなく思う。
お見送り
とりあえず、浮かないようにスーツを着て学校へ。
歓喜の長調がキャンパスを包んでいる。
ちょっとした嫉妬心を覚えながらも、友人の門出可能な限り祝おうと決めていた。
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
何度言っても足りないくらい、大学生活で出会ったトモダチは多かった。
ホントに喜ばしいことだ。
こんなにトモダチがいたことと、卒業していくことが。
あぁ普段接することは少なくても、トモダチと思える人物は多かった。
あまりにも多くて、全員に均等に最後の時間を割くことができなくて非常に心残りだ。
クラスのトモダチ。
ゼミのトモダチ。
サークルのトモダチ。
限られた時間のなかで全部顔を出し、祝った。
それぞれホント二少ない時間で。
その中で僕に言ってくれた「もう」とか「遅い」とかいう言葉が、自分が受け入れられていることを証明しているようで、うれしかった。
精神において、僕はまだみんなと並んでいる。
究極的に僕は、トモダチの卒業を祝うと同時に、彼等の中での存在意義を確かめていたようだ。
結局は利己的なんだと思うと淋しい。
今日サークルの追いコン1次会のあとに、実は去年卒業した先輩達がお祝いに駆け付けてくれた。
この嬉しいサプライズは安堵も与えてくれ、なんだかんだやっぱり先輩の大きさというのを感じさせられた。
1年多く学校にいる自分は、果たしてこのように大きくなれるのだろうか。
卒業は、各々の成長への最大限の賛美である。
と同時に未来へのスタートフラッグでもある。
本日、僕はみんなに最大限の賛美を送り、そして輝かしい未来を切望する。
「未だ来ず」と書いて「未来」。
だけど、1秒あとは今来てるし、100秒あとはもう目の前だ。
その積み重ねがその先を作る。
頑張れ!
その一言に全てを集約したい。
あと願わくば、少なくともこのブログを読んでいる友人には必ずどこかで再会したい。
歓喜の長調がキャンパスを包んでいる。
ちょっとした嫉妬心を覚えながらも、友人の門出可能な限り祝おうと決めていた。
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
おめでとう!
何度言っても足りないくらい、大学生活で出会ったトモダチは多かった。
ホントに喜ばしいことだ。
こんなにトモダチがいたことと、卒業していくことが。
あぁ普段接することは少なくても、トモダチと思える人物は多かった。
あまりにも多くて、全員に均等に最後の時間を割くことができなくて非常に心残りだ。
クラスのトモダチ。
ゼミのトモダチ。
サークルのトモダチ。
限られた時間のなかで全部顔を出し、祝った。
それぞれホント二少ない時間で。
その中で僕に言ってくれた「もう」とか「遅い」とかいう言葉が、自分が受け入れられていることを証明しているようで、うれしかった。
精神において、僕はまだみんなと並んでいる。
究極的に僕は、トモダチの卒業を祝うと同時に、彼等の中での存在意義を確かめていたようだ。
結局は利己的なんだと思うと淋しい。
今日サークルの追いコン1次会のあとに、実は去年卒業した先輩達がお祝いに駆け付けてくれた。
この嬉しいサプライズは安堵も与えてくれ、なんだかんだやっぱり先輩の大きさというのを感じさせられた。
1年多く学校にいる自分は、果たしてこのように大きくなれるのだろうか。
卒業は、各々の成長への最大限の賛美である。
と同時に未来へのスタートフラッグでもある。
本日、僕はみんなに最大限の賛美を送り、そして輝かしい未来を切望する。
「未だ来ず」と書いて「未来」。
だけど、1秒あとは今来てるし、100秒あとはもう目の前だ。
その積み重ねがその先を作る。
頑張れ!
その一言に全てを集約したい。
あと願わくば、少なくともこのブログを読んでいる友人には必ずどこかで再会したい。
ずっとトモダチ
日に日に春の日差しが街を包みこんでいく。
暖かい。
今は3月。
街を歩いていると、袴姿の女性が至る所で目に付く。
そうか、今は卒業の季節、別れの季節なんだと改めて気付かされる。
自分は卒業しないから、と思っていたけれど、そうでもない。
昨日は大学時代、最も一緒に過ごした(であろう)仲のいい友達の誕生日で、仲のいい男女5人で集まって飲んだ。
途中で抜けてしまったんだが、それはホントに悔やまれる。
大学で知り合った友達は、みんな卒業していく。
僕は残る。
一抹の不安と淋しさが、今日になって込み上げてきた。
ホントに淋しい。
ホントに不安だ。
自分が置いていかれることに。
自分の将来が不安定であることに。
一緒に連れて行ってくれないか?なんて言えない。
勿論、そこにとどまることは自分で決めたことなのだから。
そういういろんな感情が湧き上がり、涙が毀れそうになった。
多分、まだ実感が少ないからだろう。
本当に居なくなってしまうって気付いたときには、泣いてしまうかもしれない。
ホンキで言える。
友達のためだったら、泣ける。
泣くことを厭わない。
ケツメイシの「トモダチ」。
今は聴かない。
まだそこにいるうちは、聴く必要がないと思っている。
思いたい。
ホントのホント
ホントのホントは、見えそうで見えない。
闇の中に切り刻む炎。
ホントのホントは、触れそうで触れない。
時の中に、埋もれていくもの。
白、黒、赤、青、黄、緑、茶、オレンジ、ピンク、灰色…
見えるものだけが全て。
ホントのホントは、叶いそうで叶わない。
嘘のほうが気になる。
ホントのホントは、ホントに自分のホント?
離れそうで離れない。
近づく。
逃げる。
避ける。
追う。
見つめる。
逸らす。
広げる。
閉じる。
しきりに、泣く。
そして笑う。
浮き上がる雲につく両手。
水をくぐるカラダ。
風に目をつぶる。
泣く。
見つめ合うほど意識は遠くへ。
意識するほどホントはどこかへ。
闇があるから光がある。
苦があるから楽がある。
男がいるから女がいる。
人がいるから自分はいる。
ホント?
闇の中に切り刻む炎。
ホントのホントは、触れそうで触れない。
時の中に、埋もれていくもの。
白、黒、赤、青、黄、緑、茶、オレンジ、ピンク、灰色…
見えるものだけが全て。
ホントのホントは、叶いそうで叶わない。
嘘のほうが気になる。
ホントのホントは、ホントに自分のホント?
離れそうで離れない。
近づく。
逃げる。
避ける。
追う。
見つめる。
逸らす。
広げる。
閉じる。
しきりに、泣く。
そして笑う。
浮き上がる雲につく両手。
水をくぐるカラダ。
風に目をつぶる。
泣く。
見つめ合うほど意識は遠くへ。
意識するほどホントはどこかへ。
闇があるから光がある。
苦があるから楽がある。
男がいるから女がいる。
人がいるから自分はいる。
ホント?