居たい気持ちと痛い気持ち
そこに居たいという願望と、そこから離れたいという恐怖?みたいなもの。
そこに居たいという願望と、そこにいることの惨めさ。
そこから離れたいという恐怖?と、そこから離れることの寂しさ。
自然に離れる感触が、ある。
それもまた、いいかなとは思うけど、やっぱり何で?って思いは、ある。
コミュニティのアイデンティティに自己のアイデンティティがシンクロニティを持っているのか。
気を遣わないわけじゃないが、気の遣い方がわからない。
ポジショニングができない。
居たいし、居れない。
「人事を尽くして天命を待つ」とはいい言葉。
But I don't know What should I do?なわけで。
人事を尽くせない。
「命を懸ける」という言葉。
命あってこその言葉。
ある意味、命懸けたのかも。
存在のライセンス。
いや、やっぱり保険をかけている。
捨て身なんてなかった。
これが思考のデフレスパイラル。
そろそろ止めなきゃ。
科学的側面の偏重
広告に従事する魅力とは、なんだろうか?
少なくとも僕にとっては、社会に影響を与えるダイナミズムと広告物の芸術性だと思う。
最近の広告に、それがなかなか感じられなくなってきている。
特にインターネット広告には、その文化と言い換えてもいい側面がほとんどない。
インターネット広告は、最近トレンドが平たく言って検索結果に対応する広告に移ってきていて、ビジュアルで訴求するバナー広告は廃れてきている。
後者をメインに扱っている僕が来年行くであろう会社は伸び悩みを見せている。
各個人のパーソナリティに合わせた広告で手っ取り早いのが、今トレンドになってるんよ。
簡単にいてば、表現力が乏しい。
殆ど全てのウェブサイトが、広告収入によって無料でユーザーにサービスを提供しているのに、運営に必須用件である広告が、有効に作用していない。
一方でキャンペーンサイトは、最近クオリティが高くなってきている。
ビジュアルが美しいものや、エンターテインを尽くしているもの、世の中にリッチメディアユーザーが増えてきた結果である。
ただ、「こんなキャンペーンサイトがある」と知る術が少ない。
企業サイトにいく人は少ない。
TVCMの最後に検索ボタンを表示する安易なクロスメディアが行われているくらいだ。
(個人的にはクロスメディアという言葉を使うことがおこがましいと思っている。)
あとは実はバナー。
しかしバナーを見てキャンペーンサイトに行く人は、全表示回数の0.1%でもいいほうだ。
極めて少ない。
ついでにいうと、アテンションの低さ、クオリティの低さからだと思うが、バイラルに繋がることが少ない。
アテンションからダイレクトでキャンペーンサイトというか、モアインフォメーションを得られる仕組みが必要だ。
今の広告事情は悲観的だ。
電通のいいところは、広告チャンスを構築している広告商社的仕事振り。
巧くコンテンツを生成している。
はっきり言って、電通以外はTVのコンサバティブな利権の上に乗っかっているだけだ。
もしくは4マス・SPで何とか食いつないでいる程度。
インターネットは、どこも巧く使いこなせていない。
技術的なことろはいいかも知れないけどね。
経済的には文化という風に言えるかもしれないけど、社会的にはどうかな。
魅力はないかな。
まぁいいけど。
Jazz on the Morning
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アフィリエイトついでに紹介しようと思ったら、イメージないでやんの。
オススメです。
めっちゃジャズです。
ノれるジャズです。
最近仕事行くときこれでテンションあげてます。
ちょっと前のリリースだけど。
特に、「KA I KA」ってナンバーは、同じメロディで、少しずつ音に厚みが増して、テンポが速くなって、確かに「開花」ですよ。
でもどっちかというと、なんだか夜明けって感じがしていい。
暗闇から少しずつ陽が差すイメージ。
これで「Demonstration」だなんて勿体無い。
てかこれ全部一発レコーディングってのがエクセレント!
無題というか無意味
照りつける太陽、晴れ渡る青空は好きだけど。
なんとなく、カタストロフィを連想してしまう。
最期の審判みたいな。
って思い出した。
一昨日あたりに。
まぁどっちにしろ不安は拭い去れないんですが。
そろそろしみったれた考えは止めろって。
いやぁ常々ポジティブにいかなきゃなとは思ってるけどね。
俺、テンション基本的に高くないからな。
ポジティブ=高テンションみたいなところあるじゃない?
まぁどうやったら上がるんかね?
常に生まれ変わりたい願望ある。
メディアの力
静岡新聞が、粋なことやってます。
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ひとりの人が持つ未来のイメージは、ささやかなものかもしれません。
でも、企業も、地域も、国も、その小さなイメージの集合体なのです。
すべての人が、地球の未来をつくるプロジェクトの参加者。
楽観的な意見でも悲観的な意見でも、奇抜なアイディアでも緻密な計画でも、
あなたの想像する「未来」をきかせてください。
そして、地球の未来に参加してください。
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今見たらちょっとチープな感じも受けるけど。
目的もちょっと不明だけど。
でも、これを見るひとりひとりに、それぞれの想像力に任せた警鐘を鳴らす。
これがメディアの力。
そんな影響力に惹かれているのかもね。
もう一つ。
最近いじめ関連のニュースがよく流れているね、勿論自殺の話。
生徒も校長も、やたら自殺の話を聞く。
というか連鎖的に人が死んでいく毎日だと思う。
これもメディアの力。
なんだろうな、実例を示しているような感じ?
特に校長は生徒を代表して「苦しくなった時の逃げ道」を教えていたみたいなものだ。
報道するということは、そういうこと。
死にたいと思っているヤツに、コメンテーターのテキトーなコメントは聞こえない。
偽善的な記事も届かない。
ただ死ぬ勇気を、きっかけを与えているにすぎない。
メディアは、その影響力を自認する必要があるわけで。
取り扱い注意っすよ。