金魚と胡瓜
チャミスルジュセヨ。
一杯目。
なるほど確かに甘い。
マイルドな感じするよ。
チャミスルジュセヨ。
二杯目。
なんか違うけど、まぁいっか。
あぁなるほど。
喉を過ぎたら辛さが残るね。
これはこれで良いね。
韓国料理を食べに行った。
ファーストチャミスルは胡瓜割り。
読んで字の如く。
セカンドチャミスルは金魚割り。
赤唐辛子一本。
まさに水槽に泳ぐ金魚のよう。
ネットで調べたら、それに紫蘇の葉を入れたりもするらしい。
そっちのほうが美味そう。
多分、けっこうな酒飲みなら、これも一興で楽しめるんじゃなかろうか。
僕は好きだな。
一杯目。
なるほど確かに甘い。
マイルドな感じするよ。
チャミスルジュセヨ。
二杯目。
なんか違うけど、まぁいっか。
あぁなるほど。
喉を過ぎたら辛さが残るね。
これはこれで良いね。
韓国料理を食べに行った。
ファーストチャミスルは胡瓜割り。
読んで字の如く。
セカンドチャミスルは金魚割り。
赤唐辛子一本。
まさに水槽に泳ぐ金魚のよう。
ネットで調べたら、それに紫蘇の葉を入れたりもするらしい。
そっちのほうが美味そう。
多分、けっこうな酒飲みなら、これも一興で楽しめるんじゃなかろうか。
僕は好きだな。
後方はるか遠く
仕事が思ったよりも遅くなり、遅いついでに渋谷まで歩く。
目的を持たないいつものパターン。
期待していないリターン。
道路脇の壁面にさり気なく、且つ強烈に主張するグラフィティ。
濁を文化と認めない日本へのアンチテーゼ。
いや別にそんなん言いたかったわけじゃないけど。
渋谷で、一本電車を逃す。
待つ。
目の前に立っていた女性が何かA4コピーを眺めていた。
コピーの最初に、人の名前が書いてあってなんだか見たことあるなと思ったら、自分が内定を貰っていた会社の社長の社内ブログのコピーだった。
懐かしいような気まずいような思い出。
ちょっとだけ、未練の気持ちが沸き立った。
これってもうすぐ社会人になるからっていう、マリッジブルー的な感情なのかな。
それとも、本音はその会社に行きたかったのかな?
今日夕飯を友達と食べながら、話しながら自認したけど、今の会社選んで間違いではなかったと思う。
良かった。
その今日頭に戻ってきたその会社は、もうとっくに置いてきたはずだ。
なぜ頭に残るのか。
それは僕がメディアの複雑な補完関係の一翼をその会社、その業界が担うと信じているからだ。
極めて広義の広告において、内側と外側の作用はボーダーを越えて求め合わないといけないと思う。
そこ。
大事。
目的を持たないいつものパターン。
期待していないリターン。
道路脇の壁面にさり気なく、且つ強烈に主張するグラフィティ。
濁を文化と認めない日本へのアンチテーゼ。
いや別にそんなん言いたかったわけじゃないけど。
渋谷で、一本電車を逃す。
待つ。
目の前に立っていた女性が何かA4コピーを眺めていた。
コピーの最初に、人の名前が書いてあってなんだか見たことあるなと思ったら、自分が内定を貰っていた会社の社長の社内ブログのコピーだった。
懐かしいような気まずいような思い出。
ちょっとだけ、未練の気持ちが沸き立った。
これってもうすぐ社会人になるからっていう、マリッジブルー的な感情なのかな。
それとも、本音はその会社に行きたかったのかな?
今日夕飯を友達と食べながら、話しながら自認したけど、今の会社選んで間違いではなかったと思う。
良かった。
その今日頭に戻ってきたその会社は、もうとっくに置いてきたはずだ。
なぜ頭に残るのか。
それは僕がメディアの複雑な補完関係の一翼をその会社、その業界が担うと信じているからだ。
極めて広義の広告において、内側と外側の作用はボーダーを越えて求め合わないといけないと思う。
そこ。
大事。
仮想現実
インターネットは元来、仮想現実の世界だ。
四角い画面という制約や、見る、聞くというような行動の制約のせいで、そういった実感は少ないかもしれない。
でも、個人のホームページは言わばその人が持つ部屋であり、視聴者はその部屋のドアをノックした訪問者だ。
企業のホームページはショールームだし、チャットやSNSは集会所とか、団地やマンションにおける近所付き合いと変わらない。
そして現実生活に欠かせないものは手に入れることができるし、アバターの出現によって仮想世界でもファッションやインテリアを楽しむことが出来るようになった。
それでも人は、現実と仮想現実の垣根を越えようとしている。
Second Lifeなんかは今その先端にある仮想現実だ。
現実の人と同じように画面の中で自分の分身が歩き回り、人と話し、生活を営む。
Second Lifeの通貨は、現金との交換ができる。
そのために、Second Life内で生計を立てている人もいる。
Googleのようにテクノロジーの粋を応用するのではなく、もちろんSecond Lifeのテクノロジーは高いが、Second Lifeはまだまだアナログな生産活動だ。
が、今のところ技術は無限であり、欲望のベクトルは現実を向く。
人型ロボットを作るが如く。
マッドサイエンティズムとも思える理想が導くのは現実との同化。
実は攻殻機動隊みたいな世界かも。
四角い画面という制約や、見る、聞くというような行動の制約のせいで、そういった実感は少ないかもしれない。
でも、個人のホームページは言わばその人が持つ部屋であり、視聴者はその部屋のドアをノックした訪問者だ。
企業のホームページはショールームだし、チャットやSNSは集会所とか、団地やマンションにおける近所付き合いと変わらない。
そして現実生活に欠かせないものは手に入れることができるし、アバターの出現によって仮想世界でもファッションやインテリアを楽しむことが出来るようになった。
それでも人は、現実と仮想現実の垣根を越えようとしている。
Second Lifeなんかは今その先端にある仮想現実だ。
現実の人と同じように画面の中で自分の分身が歩き回り、人と話し、生活を営む。
Second Lifeの通貨は、現金との交換ができる。
そのために、Second Life内で生計を立てている人もいる。
Googleのようにテクノロジーの粋を応用するのではなく、もちろんSecond Lifeのテクノロジーは高いが、Second Lifeはまだまだアナログな生産活動だ。
が、今のところ技術は無限であり、欲望のベクトルは現実を向く。
人型ロボットを作るが如く。
マッドサイエンティズムとも思える理想が導くのは現実との同化。
実は攻殻機動隊みたいな世界かも。
100人に1人でも、「できる」と言ってくれるなら、僕は夢を語り続ける
僕は、やっぱり芸術面・美的面においてセンスを発揮するタイプの人間だ。
トークや演技というような、一次的アウトプットはどうしても苦手意識を感じてしまう。
絵のような、二次的アウトプット、間接的なコミュニケーションがいい。
何か媒介して表現すること、伝えること。
絵とか、音楽とか、文章とか。
紙とか、音とか、インターネットとか。
100人に1人でも、「できる」と言ってくれるなら、僕は夢を語り続ける。
僕の夢は今語れないが。
キャリアは終わるまで過程でしかないが、終わってしまったら無いと等しい。
結局は精神的な満足に救いを求める。
とりあえず僕は、音と文字と線と色で、ひたすら表現し続けるのだ。
