The life is time killing till I die. -108ページ目

出会いの妙

今日は色んな友達に会った。

フリーペーパーを作った仲間、ゼミの友達、パラグライダーの時の友達。


フリーペーパーのその友達は、最近神戸でやるフリーペーパーやマップのイベント(?)、コンクール(?)のようなものを見つけてきて、それで応募しようってことで待ち合わせた。

といっても、80部郵送しなくてはいけないため、足りない分を手渡されただけだけど。

すごい久しぶりに会ったら、なんだか懐かしくなって、とりとめのない話を2~3して、もう20分くらいでバイバイ。

まぁイベントの打ち上げとかやってないから、今度はみんな集まって楽しもうってことで。


僕と同じ境遇の人だから、妙に親近感がある。

と勝手に思っている。


で、フリーペーパーのまだ足りない分を補おうと、ソソクサと学校へ向かった。

そしたら学校の裏手で、ゼミの友達と会う。

なにやらヒマだということなので、お茶することになった。

いこいで。

ここでもホント他愛もない話ばかり。

友達ってそーゆーもんなんだよね。

でもやっぱり話す内容は将来の話とか、卒業してからの話とかが多い。

でも不安はなさそうだったから、一先ず良かった。

そしてちょっと羨ましく思ったのも事実。

バイトの時間が来たからバイバイ。


で、部室に。

まぁここにいるメンバーはいつも同じ顔、とくにびっくりもなにもない。

でも新年初顔合わせだからね、一応新年の挨拶「今年も宜しくお願いします」の応酬。


今日は4年だけの新年会。

その場所が、パラグライダーの時の友達がバイトしているところ。

その日でバイトをやめるということだったので、これはちょうどいいと思い、前日に予約を取った。

いっぱいサービスしてくれた。

この友達は、自分ではあんまり友達いないとか言ってるけど、なかなか気持ちのイイヤツで、そんなことはないと思っている。

確かにパラグライダーのときは最初独りだったような気もするけど。


ロースクールに受かったのも、目出度い。


年末から、久しぶりというか、珍しい人に会う機会が多くなってるように思える。

恐らく今はそういうクールなんだろう。

だから選りすぐりせず、いろんな人と会って、いろんな話をして、いろんなことを吸収したい。

それに無駄など一切ない。


それが俺の好きな言葉。


無駄なものはなにもない。

ある日の思い出

relaxの今月号を見ていたら、JAZZY SPORTがフットサルの記事で出ていた。

JAZZY SPORTはAMERICAN RAG CIEが渋谷のセルリアンタワーのJZ Bratで催したイベント(なんだっけ?JAZZ CATS?)に行ったとき、うっかりLAZZY SPORTのメルマガに登録しちゃったのがきっかけ。

ちなみにこの日一緒に行った友達は泥酔して階段から落ちて頭部出血で病院送りになった。


JAZZy SPORTは、JAZZY HIPHOPではいいものを揃えているレーベルだったりレコ屋だったり。

GAGLEとかね。

とはいっても実は3回くらいしか行ったことがない。

でもスペシャのBLOCKS、餓鬼レンのヨシとGAGLEのHUNGERの回は結構見てたよ。(フォローになってない。)


で、一昨年からやってたインターンみたいなことのおかげで、少しだけ縁があってね、今回relax見て懐かしくなった。


クリエイターのフットサル世界大会adi cupの日本代表であるJAZZY SPORTと試合やったなぁと。

昨年の2月、雪がちらつく真夜中のKELで。


KELはいいね。

カフェを併設したフットサルコート。

このときはクラブフロアになってた。

外ではフットサル、中ではクラブ、実は将来実現したいと思っているスポーツとクラブの融合がここにはあった!


かなり楽しかったことを覚えている。


JAZZY SPORTとの試合に関しては、正直あまり覚えていない。

後から知ったことだが、GKの僕はこのとき股関節脱臼した状態で試合に出てた。

激しい痛みに見舞われてた。

とりあえず、やっぱり相手は巧くて、大差で負けたということを覚えているだけだ。


ただこの空間が素晴らしかったこと、JAZZY SPORTと試合をした時間の白熱したこと、これはホントに良かった。(まぁこの後数日間はまともに歩けなかったが。)


そんな縁もあって、JAZZY SPORTには、勝手ながら頑張って欲しいと思った。


「古風なまでにストイックに、グルーヴとリズムを感じて球を蹴る。」

恋愛依存症(恐怖症)

昨日、屋根の上でこんなことも考えていた。

恋愛における男性と女性の価値観の違いについて。

一概にそうだと言い切れないので、あくまで自分の置かれている環境からいろいろ考えた。


昨日のメインテーマは、「付き合う」ということ。

あくまで、自分も含めた僕の周りでは、という制限のもとでの話ではある。

最近よく思うのは、付き合う際に、結婚という目標、通過点を念頭においているか否か。

僕の周りでは、男性は結婚もある程度眼目に入れて付き合い始めるのに対し、女性はなんだか”結婚しない”という前提で付き合うことが多いような気がする。

”結婚しない”というのは、別れるということでも、事実婚ということでもなく、そこまで未来を重視していないというようなニュアンスだ。


例えば、現在彼女がいない男性の話を聞くと、大体女性に対して中長期的な理想を語る傾向にある気がする。

家庭的であるとかそういうことではなくて、気が合わなければ長続きするわけがないから、理想的なまでに気が合うという女性がいない今は、妥協して付き合っても意味がない(もしくは好きになれない)という考え方。

それに対して女性は、現在においてのみの男性に好意を持つような感じだ。

中長期的な観点は少なく、今ここに存在するこの男性はある程度好感が持てるからとか、現在の自分が彼氏という存在を求めているからとか、そんな理由で付き合っているようだ。

あくまで僕の主観ではあるけれど。


悪い言い方をすれば、女性は、付き合ってみて選別をするんだ。

臆病な現代の日本人男性は、付き合う前にそういうことを確かめないと怖くて仕方ないんだろう。

恐らく、別れること、傷つくことに物凄く臆病なんだ。


理想は高くて結構だが、そんな理想に見合った相手はそうそういないだろう。

妥協することは避けられない。

これは妥協ではなくて歩み寄りというのだ。

お互いに思い描く理想像とは多かれ少なかれ誤差があるのだから。


僕は、純情ぶっているけれど、案外浮気性の疑いがある。

いや、僕も前述したような理想を追い求める無垢で純朴な青年ではあるけれど、ある程度理想を満たしていれば、見境がないような人間だな。

でも、やっぱり振られる恐怖、別れる恐怖に怯えているために、暫く彼女が出来ていない。

振られて疎遠になってしまうよりか、ある程度近いこの距離で、これからも仲良く”友達として”保ってしまおうとしてしまう。


わかっていながら改善ができないダメ男だなぁと、屋根の上で思った。

雪上で

雪下ろしをしている間は、いつも無心状態でいるので今日は何か考えながらしようと思った。

といっても、コレについて脳内ディスカッションを繰り広げたい!!っていうものがないので、さてさてどうしようか。


サントリー伊衛門を雪に挿して冷やしていたので、なんとなく伊衛門のあの曲を口ずさんでいたつもりが、どこか違和感がある。

あ、そうか、これは「SUMMER」だ。

菊次郎の夏の。


違う違う。

まぁどっちも久石譲の曲だけどさ。

久石譲の名前はクインシー・ジョーンズからきているんですよ。


伊衛門のことを考えていたら、このCMディレクターである中島信也氏のことを思い出した。

就職活動のとき、面接で念願のご対面を果たした彼。

コワモテの外面とは正反対で、めっちゃいい人だったなぁ。

この人の下で働きたいって思ったのは、そのときが初めてだった。

分野は違うけれど。


で、伊衛門のあのCMいいなぁ~って思うわけです。

あの雰囲気が、パッケージから味まで表現しきってるような。

和み系。


それで雪下ろしの半分時間潰れました。

有意義でした。


そういえば、さっきトイレにある温度計を見ました。

0.5℃でした。


押し潰されそうな我が家、そして自分

不本意ながら、今日また実家に舞い戻った。

自然は時に我々に試練を与え賜う。

雪害とはな。


一週間前にこの肉眼が捉えた風景より、もう一段階ひどい状況が今僕の目前に広がっている。

アスファルトの上には氷が覆っている。

場所によっては鏡のように磨かれた綺麗な氷が、線対称の僕を映し出している。

タイヤを取られる。

セカンドに落としても、軽く滑りながら走ってるレガシィは、なかなかスピードが落ちない。

デンジャラス。


実家の屋根も、恐らく僕が東京に戻ってからも1・2度雪下ろしをしたのだろうけれど、もっさり積もっていた。

形容するならもう巨大なかまくらの中に一軒家が入っているようなもんだ。

しかし雪の重さは尋常ではない。

家の中の引き戸が開かない、閉じない。

相当な筋力を要するマッスルハウスと化していた。

本格的にヤバイんじゃないかと思う。

そろそろ年を負うごとに、我が家の耐久性には疑問符が投げかけられる。


ただ業績的には、ついに災害援助法が適用された。

雪で災害援助法が適用されたのは約20年ぶり(?)だって。

街の財政を扱っているうちの親父が悲鳴を上げていたが、災害援助法のお陰で一先ず胸を撫で下ろしていた。

そういや9日に、北側国土交通相と武部幹事長が視察に訪れるらしい。

背広族は暢気なもんだ。

どうせ雪掘りもせずにすったかすったか帰っちゃうんだろう?

親父は陳情書を書くために夜遅くまで残業してた。


堆く積もった雪は本当に危険なんだ。

スキーヤーやボーダーもね、もうちょっと雪国に暮らす人々のことを一瞬でも思ってくれたらなぁと思う。

苗場スキー場だって遂に雪崩起きちゃったでしょ。

ここで暮らす人は常にそういった危険と隣り合わせなんだから。


それはそうと、この時期にこうやって実家に帰ってくることに、僕は物凄い不安を感じている。

周囲は就活やいろいろで活動しているのに、雪のために足止めを喰らっている自分。

おいていかれているような感覚に陥る。

去年以上に今は不安で不安でたまらない。

こんなシチュエーションで、自分が今置かれている状況は崖っぷちであるという実感を頂戴するとは思わなんだ。

押し潰されそうになってしまう。


早く普段の東京で生きる自分に戻りたいのである。

自然は時に我々に試練を与え賜う。

ただ生きるということにおいてだけではなく、これからの自分自身にとっても、精神的に、肉体的に。