The life is time killing till I die. -106ページ目

確固と書くこと

無責任にこんなブログを書いていたせいで、なんか就活でエントリーするときに書く自己PRとか志望動機とかが、怖い今日この頃。

確かにここに書いてるのはホント一方的な押し付け論だから、まったく気兼ねがない。

まぁ気兼ねがないってのは若干嘘だけどね。


でも勝手気ままに書いてきた、今まで。


それが、企業に見られるものだとなったときに、恐怖が生まれた。

これは相手に受け入れられる文章なのか。

物事は、言い回しによって180度受け手の心象は変わる。


それをこの中で体感してきたから、これで大丈夫なんだろうかって思ってしまう。

流石に、今回は前回以上のプレッシャーに襲われているせいかもしれないけど、この度合いが大きい。

踏ん切りがつかない。

でもやるしかないんだよね。


わかってる。


わかってる。


でも何でもいいから自分に自信が欲しい。

欲しくてたまらない。

Loop in my Middle

昨日に引き続き、自分の中途半端さに切なくなっている今日。
これでも、自分のなかに一縷の望みを見出だそうとはしているんだが。

デザインをすることができる。
しかし本職のデザイナー、学生には到底及ばないチャチなものだ。
もともとクオリティが低いにも関わらず、制作は片手間でしかやっていない。
向上しない。

もともと、一般的な大学の一般的な法学部に入ったときから、アート方面は将来の選択肢から消え、法律を諦めた時点で、法職は消え、一般企業で可もなく不可もなく生きることしか残っていなかった。

はずだった。

内側に押さえ込んでいた綺麗なもの、格好いいものへの欲求は、クラブでの音や映像で抉じ開けられ、音楽業界に触れることで覚醒した。
そこで、自分の欲求と、自分はただの文系大学生である事実に違和感を感じた。
例えるなら性同一性障害みたいな気分だろうか。

安定を望む親と、不安定に傾く自分とも。

そこで妥協点として決めたのが広告業界だ。
良いデザインに触れられ、自分もクリエイティビティを多少発揮でき、親の要望にも応えられる。

奇しくも人気業界。

もう一つ。
志望がクリエイターでも営業でもない自分の立ち位置が、これも中途半端な気がしてならない。
自分に突出するものが見当たらない。
強いて言うなら何も突出していないことが利点なのか。

よくわらない。
自分のアイデンティティを見失っているようだ。

思い返せば、去年ブログを書き始めた頃と心理状態が似ている。
歴史は繰り返されるのか。

ここを打破すれば一皮剥けるんじゃないだろうか。

個性?

家にいると、やらなくちゃいけないことがあってもやらない。

家は、究極的に自分をリラックスさせるところだ。

だから部屋もまだまだ片付かない。

って自分の堕落を肯定。


見える部分しか見てないと、見えている部分を受け入れるだけの、つまらない人間になってしまう。

見えない部分を容易く想像できるようにならないと、ならないと。


0から1にすることは難しい。

1から100000000にするのなんて簡単だ。


ないものを作る、そんな仕事をしたいのになぁ。

いや、前例があってもいいんだよ。

自分のエッセンス、これ大事。


自分のエッセンス、自分のこの20数年間は、自分以外経験してきたヤツはいない。

多分結構大きな括りでも、極めて数は少ないのでは…?

ピアノと柔道とかさ。


人に自慢できるようなことはない。

けど、人と違う部分があるってのは声を大にして言える。


それは皆言える。

でもあんまり気付いていない。


気付いたモン勝ち!

ダメ人間

さてさて、最近また落ち込み気味。

自分で決めた悪路とはいえ、不安という恐怖で押し潰されそうで。

どうにもこうにも、何事にもフンギリがつかないでダラダラしてしまうという悪循環に苛まれています。


まだ卒業には間に合うでしょう。

多分、ギリギリで。

かといって求職フリーターになる勇気もございません。


もし、昨年の内定が復活したら、迷わず(?いや、迷うだろうな)行くんじゃないだろうか。


先に飛び立つ同輩に羨望の眼差しです。

引け目も感じます。


一泊二日くらいで、どこか荒行に行ってこのふにゃふにゃにふやけてしまった精神を鍛え直したい。

血反吐が出るまで自分を追い詰めたい。


というM発言。


まぁね、苦境に打ち勝つ自分が大好きです。

M系ナルシストです。


先輩に広告にはMの人が多いと聞いたのが、最近の僕の支えだったりもする貧弱な今日この頃。

かといって芸人ほどのエンターテイメント性がないし、柔らかい思考がありません。

と決め付けてしまってはもともこもないよね。


一応D社で「君おもしろいねぇ~」と言われたことも、僅かながら支えています。


いっそのこと自我が崩壊したら楽なのになって思うときもあるけれど、親をはじめとする周りのみんなに迷惑と幻滅を与えてしまうからやめる。

結局自分の根幹にあるのは「他人本意」。


人のために動いて、人に評価されることが自分のためになるということ。

自分の喜び。


でも暫くこのダウナー系は続きそう。

やめられません。

激震

今日は学校が創立記念日で休みだったから、ここぞとばかり部屋の片付けをしたさ。
嘘、そんなにしてない。

でも結構片付いたはず。
あとは容赦なくいらないものを捨てるだけだ。

今日は阪神大震災から11年目。
その時僕はフロリダにいたことをはっきり覚えている。
朝起きたらテレビでKOBE QUAKEってやってたから。
で帰国したら未曾有の大災害になっていた。

それから日本は地震に対して過敏になり、恐れ、対策をとるようになった。
そんな今日1月17日に、耐震偽造問題でヒューザーの小嶋社長の証人喚問が行なわれた。
補佐人の弁護士とその都度打合せていては、それで怪しまないほうがおかしい。
刑事訴追のおそれは事実確認では通用しないだろ普通。

一方でライブドアと堀江社長が証券取引法違反の疑いで家宅捜索を受けた。
風説の流布らしいが、商法はノータッチなので詳しいことは言えない。
株価の不正操作したってことらしいけど。

とりあえず堀江社長はメディア使いが上手いから、どうにか切り抜けられるんじゃないだろうか。

さらには宮崎勤の死刑が確定した。
責任能力があったからだよね。

まぁ何かと騒がしい一日。
11年前には大地が揺れ動き、今日社会が揺れ動いた。
まったく関係はないけれど、人の記憶にはそんなふうに残るんだろうか。