椎名誠『アド・バード』 | 文学どうでしょう

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アド・バード (集英社文庫)/集英社

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椎名誠『アド・バード』(集英社文庫)を読みました。

話題沸騰!(になっていくと嬉しい)「どどおんと椎名誠SF三部作特集」もいよいよ最終回。日本SF大賞を受賞したこともあって、椎名誠の代表作と言われることも多い『アド・バード』を紹介します。

椎名誠自身は色んな所で、最も力を入れて書いた『武装島田倉庫』で日本SF大賞を受賞したかったということを語っているのですが、SF三部作で最も面白いのは、間違いなく『アド・バード』でしょう。

一口に小説の面白さと言っても、色々な要素がありますが、『アド・バード』はとにかくストーリーが面白くて引き込まれる作品だから。

生態系が大きく変わってしまった近未来。行方不明になった父を探す兄弟が、アンドロイドとともに都市を目指して旅を続ける――というお話。冒険小説的な色彩も強いですし、SF的な発想も面白いです。

言うならば世界観など設定が斬新なのが『武装島田倉庫』、人生哲学を読み取ることも出来るほどテーマ的に興味深いのが『水域』、SF的ガジェットとストーリーが面白いのが『アド・バード』でしょう。

SF三部作はどれもおすすめですが『武装島田倉庫』は文体が硬く、『アド・バード』は560ページほどとやや長いので、『水域』から読み始めるとよいかも知れません。ぼくは『水域』が一番好きです。

さて、椎名誠の盟友とも言うべき目黒考二は『アド・バード』の解説
で、「オールディスの名作に対する椎名誠のオマージュなのである」(572ページ)とオールディスのSFからの影響に触れています。

椎名誠がオールタイム・ベストに名をあげるほど好んでいたというそのSF小説が、環境が大きく変化して巨大な植物が世界を覆った近未来を舞台に描いたブライアン・オールディスの『地球の長い午後』。

地球の長い午後 (ハヤカワ文庫 SF 224)/早川書房

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同じく『地球の長い午後』の影響が語られるのが宮崎駿の『風の谷のナウシカ』で、それだけに『アド・バード』は『地球の長い午後』を通して『風の谷のナウシカ』と通じ合っているような所があります。

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なので、関心のある方は、ぜひその辺りを色々読み比べてみてほしいと思いますが、ぼくが『アド・バード』を読みながら連想していたのはむしろ、SFの元祖とも言うべきH・G・ウェルズの小説でした。

タイムマシン (光文社古典新訳文庫)/光文社

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ウェルズの小説は今読んでも面白いのですが、なにが面白いかというと社会諷刺の辛辣さが今なお古びていない所。たとえば、『タイムマシン』はタイムパラドックスが生じないSF的には物足りない作品。

しかし、重要なのは、富裕層と労働者の格差を未来を舞台に大袈裟に描くことで、こんな生活が続き、こんな社会が続いていたら、こんな世界になってしまうんだよと、現実を諷刺していることなのでした。

火星人の襲来を通して、地球人のグロテスクな未来図を描いてみせた『宇宙戦争』でもそうですし、驚くべき動物実験を通して、むしろ人間とはなにかを問いかけている『モロー博士の島』もそういう作品。

ウェルズに限らず、冷戦中のSFの黄金期でもそうですが、優れたSFというのは単に架空の未来世界を描くのではなく、未来世界を描くことで現実を新たな角度からとらえなおしているものだと言えます。

まさに『アド・バード』はそんな作品で、崩壊しつつある未来世界を描きながら、現代社会が抱える問題のグロテスクさが明らかにされていく物語なのでした。それをよく表しているのが「アド・バード」。

広告を伝えられる賢い鳥ですが、つまりは人間のために生態系を無理やり変えてしまったわけですね。そしてさらに大きな問題があるのですが、それは実際に読んだ時の楽しみのために伏せておきましょう。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

 安東マサルはずっと武器の事について考えをめぐらせていた。どんな武器を持っていったらいいだろうか、という事と、どんな武器が手に入るだろうか、という二点だった。
 マサル自身はアイクチとねご銃を一丁ずつ持っていた。アイクチはもう相当の年代ものらしく、研ぎすぎで刃の先端部分が槍の穂先のようにいささか頼りなげに先細りになっていた。マサルはしかしその方が敵の眼前で白刃をひるがえしたとき、真新しいナイフなどよりははるかに心理的に威圧感を与えるのではないか、と考えていた。(9ページ)


ねご銃だけでは頼りないと思っていると電話が鳴ります。しばしば回路閉鎖されていて今ではほとんど使い物にならない電話だったので、突然の音にマサルは驚きました。電話をかけてきたのは、弟の菊丸。

「臓器保存墓地」からで、母親の臓器で取引してフンボルト銃を手に入れることにしたという連絡でした。続けてG子から電話があり「ねえ、行っちゃうんだって?」(19ページ)と、問い詰められます。

何度にも渡る電気粛清を経て、廃墟のようになってしまった世界。巨大な墓石のように並ぶ建物には、灯がともりません。夕闇が迫る中、「F」と「ま」の形になってアド・バードの群れが飛んで来ました。

「アド・バードだ!」
 マサルは立ち上り、自分の長い髪の毛を激しくかきむしった。
「やつらだ」
(中略)かれらはおそらく同じ広告文字の沢山の部品のひとつずつだったのだろう。「F」の文字はどんなところに使われていたのだろうか。
 FRESH
 FINE
 FIT
 あるいはFANTASYかもしれない。いやヘッドばかりではなくて、もっと別のところに使われていたのかもしれないから、たとえばBEAUTIFULの輝かしい「F」であったのかもしれない。
「ま」は何だったろう。
そうだ「うまい」だ! いや「すまい」かな。「まっています」かもしれない。どっちも組み合わせが沢山ありすぎて正確にはわからないけれど、この二文字が、すこし前まで都会の空の上で、華麗に宙を舞う「広告文字」をつくっていたことはたしかなのだ。
 安東マサルはなおも激しく髪の毛をかきむしりながら、あつい吐息とともに、この薄汚れた街の空の上を素晴らしい早さで飛んでいく二群のアド・バードたちを見つめていた。(23~24ページ)


馴染みの居酒屋「ファーブル」に行ってG子や仲間たちに別れを告げると、マサルは弟の菊丸とともに旅立ちます。破壊されて自動車では通行できない高架一九八号線、旧称蚤飛び街道を移動し続けました。

やがてオアシスのような美しい幻影を見たマサルと菊丸はその幻影を作り出す機械を持っていたキンジョーという男と出会います。都市まで道案内してくれると言うので、キンジョーと道連れになりました。

しかし謎の集団に襲われてキンジョーは破壊され、アンドロイドだったことが分かります。集団に捕まったマサルと菊丸を別の集団が助けてくれますが、その集団が、キンジョーを修理してくれたのでした。

手に入る少ない部品で修理し、部品を入れ替えたため、キンジョーは外宣用に造られたおちゃらけロボットの要素が入ってしまい、動作は滑稽になり口調は関西弁になっていて、前とは少し様子が違います。

マサル、菊丸、キンジョーは、どういう生態メカニズムかは分かりませんが、宣伝を食べるために動くと言われている、まるで巨大な地面そのもののような存在「地ばしり」に乗って都市への旅を続けます。

やがて電気粛清の前までは空を飛んでいたというヒコーキを見つけ、自分たちの想像よりはるかに大きなヒコーキにマサルたちは圧倒されたのでした。それは、「ファーブル」での出来事を思い出させます。

ヒコーキを見たと話す、すむすただおという客がいました。手術跡があり、非人間的なカン高い声で喋る犬男をいつも連れていて、周りの客からは不気味がられていた、すむすただお。犬男は歌を歌います。

「まだ次があります」
 と、すむすただおはさっきよりもまた一段とひくい声で言った。
 犬男はよだれのつたわる長い舌をゆっくり口の中に引き戻し、さっきまでの詩とは別のものを喋りはじめた。
「きいてほしい。きいてほしい」
と、犬男は切ない吐息とともに言った。
「わたしのなまえは、あんどうさきじろうです。けーにじゅーいちのしゅっしんです。このむろーというこいぬにわたしのいのちをたくします。わたしはこれらのめっせーじどうぶつやめっせーじどりをつくったあと、まざーけーしのぼっくすにいれられます。わたしたちはぼっくすにいれられると、しんだということにされるようですが、じっさいにはしんではいません。わたしたちはいきつづけます。わたしのなまえはあんどうさきじろうです」
 犬男はそこまで喋りつづけると、いきなり激しく体をふるわせ、長い舌の先から大量のよだれを落した。
「よしよし」
 すむすただおは犬男の顎の下を撫で、首をまげてゆっくり店の中を眺めまわした。
「マサルの親父じゃないか」
 店のマスター八木沼平吉がいつもどろんと赤く見える目を大きく見開いたのを、マサルはすこし体をふるわせながら眺めていた。(185~186ページ)


様々な困難を乗り越えて、父がいるという都市マザーK市にたどり着いたマサルたちでしたが、宣伝や音声案内の音は騒がしいぐらいに鳴り響いているものの、人間の姿は見えません。一先ず体を休めます。

しかしそれから街のどこを探しても、やはり人間は見当たりませんでした。一体どういうことなのか不審に思っている中、マサルたちにはよく分からない勢力争いに巻き込まれ菊丸がさらわれてしまい……。

はたして、菊丸の運命はいかに? そして、父を探し出せるのか!?

とまあそんなお話です。行方知れずになった肉親を探して旅をするというストーリーは、シンプルながら非常に引き込まれますし、生態系の大きく変わった未来世界に登場する生き物はどれもとても個性的。

『アド・バード』は椎名誠の「SF三部作」の中で最もSFらしい作品なので、これはぜひSF好きの方に読んでもらいたいです。未知なる世界にわくわくさせられる、SFの魅力がぎっしりつまった一冊。

三回連続で行ってきた「椎名誠SF三部作特集」いかがだったでしょうか。少しでも興味をもってもらえたならうれしいです。これから小学館文庫で、新装版が色々出るはずなので、注目してみてください。

次回は、有沢佳映『アナザー修学旅行』を紹介する予定です。