ケネス・グレーアム『たのしい川べ』 | 文学どうでしょう

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たのしい川べ (岩波少年文庫 (099))/岩波書店

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ケネス・グレーアム(石井桃子訳)『たのしい川べ』(岩波少年文庫)を読みました。あしあと帳でぴぴさんに薦めてもらった本です。

動物が登場する児童文学でとりわけ有名な作品と言えば1926年に発表された、A・A・ミルン『クマのプーさん』だろうと思います。ディズニーアニメと原作は結構違うので、機会があれば原作もぜひ。

クマのプーさん (岩波少年文庫 (008))/岩波書店

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そのA・A・ミルンが愛した作品と言われているのが、今回紹介する『たのしい川べ』。子供に語った話が元になっていること、動物と人間が共存している世界であることなど、かなりの共通点があります。

そして何と言っても、挿絵をどちらもE・H・シェパードが手がけているのが特徴的。『たのしい川べ』は1908年に発表された作品ですが、1931年の版からこの挿絵で親しまれるようになりました。

ちなみにE・H・シェパードの娘メアリー・シェパードもまたイラストレーターで、この間紹介したP・L・トラヴァースの「メアリー・ポピンズ」シリーズの挿絵を手がけたことで、よく知られています。

さて、『たのしい川べ』はネズミ、モグラ、ヒキガエル、アナグマの4匹を中心にした物語。動物の暮らしそのものを描いているのとは少し違います。服を着ていて、立派な家に住み、時に人間と喋ります。

動物を描いたというよりはむしろ、人間の社会階級や性格を動物の姿に仮託して描いた物語と言った方が当たっていて、内気なモグラとか、すぐ増長してしまうヒキガエルとか、まさに「あるある」です。

教訓的な色彩も強く、動物で物事を巧みに風刺した古代ギリシャの『イソップ寓話集』やトロイア戦争後に様々な困難を乗り越え帰郷しようとするホメロスの叙事詩『オデュッセイア』を連想させる物語。

描かれているのどかな田園風景の美しさとか、はらはらどきどきさせられるストーリーの面白さもあるので、子供が読んで楽しめるのは勿論ですが、実は大人が読んで深く考えさせられる話でもあるのです。

たとえば物語の冒頭でモグラとネズミが出会う場面。それまで川を見たことがなかったモグラに、ネズミはボートに乗るように誘います。

「ボートのなかにいるか、そとにいるかなんてことは、問題じゃない。どうでもいいんだ。そこが、いいとこなんだよ。どこかへ出かけようが、出かけまいが、目的地へつこうが、ほかのところへいってしまおうが、それともまた、どこへもつくまいが、ぼくらは、いつもいそがしい。そのくせ、これといって、特別のしごとがあるわけじゃない。そして、一つのことをやってしまうと、また、なにかやることがある。だから、それをやりたきゃ、やるもいいさ。だけど、やらないほうが、まだいい。ねえ、きみ、ほんとに、けさ、なにもすることがないんなら、いっしょに川をくだって、一日ゆっくり、あそんでいかないか?」
 モグラは、ただもううれしくって、足のゆびをもじもじ動かしたり、満足のため息で胸をふくらませたりしながら、いかにもしあわせそうに、やわらかいクッションにぐったりもたれかかっていました。
「なんてすばらしい日なんだ。いますぐ出かけようよ。」と、モグラはいいました。(21ページ)


何気ない会話ですが、「ぼくらは、いつもいそがしい。そのくせ、これといって、特別のしごとがあるわけじゃない」はまさに人生そのものについて語られているようで、はっとさせられる感じがあります。

同じように、ヒキガエルは車に夢中になるあまり大きな失敗をしてしまい、それは読者の笑いを誘うのですが、車を賭け事や何か好きなものと置きかえると笑いは戒めとなって自分たちに返って来るのです。

ほのぼのとした動物の暮らしを微笑ましく思いながら読むのもよし、また様々な人生訓を読み取るのもよしと、一冊で色んな楽しみ方が出来る作品。ぜひ多くの方に読んでもらいたい、おすすめの名作です。

作品のあらすじ


自宅の春の大掃除に一生懸命取り組んでいたモグラでしたが、段々うんざりして来て、何かに誘われるように細いトンネルを通って地上へ向かいます。草原を愉快に走り回っていると川に突き当たりました。

初めて見る川に思わずうっとり。やがてネズミと出会いますが、モグラが一度もボートに乗ったことがないと聞いて、ネズミは驚きます。

「いままで一度も――きみはいままで――ふうん、――じゃ、いったい、きみは、いままでずっとなにをしてきたの?」(20ページ)と。そこでネズミとモグラは、ボートで冒険にくり出したのでした。

陸にあがってご馳走を食べながら2匹が休憩していると、仲間が通りかかりますが、人見知りをするアナグマは「ふむ、つれがあるのか」(32ページ)と顔を出しただけで、背を向けて行ってしまいます。

ヒキガエルは新調した服と新しく買ったスカル(左右両側の櫂で漕ぐボート)で通りました。帆かけ舟、さおを使った舟、屋形船となんでも夢中になるわりに、すぐ他のことに興味が移るのが厄介なところ。

帰る時になるとモグラは自分でもボートを漕いでみたくて仕方がありません。見た目ほどやさしくないんだとネズミは止めましたが、強引に櫂を奪い取り、案の定ボートをひっくり返してしまったのでした。

美しいおべんとうバスケットもなくしてしまう所でしたが、ネズミは怒りもせず笑いながら助けてくれます。モグラは情けない上にネズミの器の大きさにすっかり感服してしまって、ひたすら謝るのでした。

「川ネズミが、すこしぐらいぬれたって、それがなんだというんだね?」(41ページ)と全然気にしない様子のネズミ。しかしネズミと一緒に暮らし始めたモグラは、またしても失敗をしてしまいます。

モグラはネズミが止めたのも聞かずに、一人で探検して森の奥に住んでいて滅多に交流しないアナグマに会いに行こうとしてしまったのでした。見知らぬ場所で道も分からず、ただただ恐怖に打ち震えます。

炉ばたで居眠りをしていたネズミは、目を覚ましてモグラがいないことに気付くと足跡などを注意深く観察し、少し考えた後で腰に皮帯をつけてピストル二丁を差し込み、棍棒を持って森へと向かいました。

辛抱強く一時間かそれ以上、声を出しながら探しまわった後で、ようやくブナの老木のほら穴の中にいるモグラを見つけ出しましたが、モグラは疲れて動けないと言い、次第に雪が降り始めてしまって……。

また、冬が近付いたある時ネズミとモグラはカワウソと一緒に高原地方へ遠足に行きました。その帰り道、モグラの鼻は懐かしいある臭いを感じ取ります。それは、しばらく離れていたわが家の臭いでした。

ネズミを呼び止めますが、ネズミは雪が降り始めそうなことを心配して先を急ぐばかり。モグラはやむをえず後を追いかけて行きますが、段々と悲しくなって、ぽろぽろと涙をこぼし始めてしまったのです。

「そりゃ、みすぼらしい――きたないところだけれど――いごこちのいい、きみの家や――りっぱなヒキガエル屋敷や――大きなアナグマの家とはちがうけれど――ぼくの家だったんだ――それで、ぼく――その家がすきだったんだ――ぼく、家を出たから、家のことをすっかり忘れてたんだ――それを、さっき、きゅうに道で――かぎつけたのさ――ぼく、きみを、よんだんだけれど、ネズミ君、きみは、きいててくれなかったんだ――そして、いろんなこと、ぼく、どっと思いだしちゃって――帰りたかったんだよ! ――ああ、ああ! ――それでも、きみは、もどってきてくれなかったから――ぼく、あんなににおってたけれど、それをすてて、きてしまった――胸がはりさけそうだったよ――ねえ、ちょっと、ひと目見てこられたのにさ――ひと目でよかったんだ――すぐそばだったんだよ――でも、きみは、もどってきてくれなかったんだもの! ああ、ああ!」
 思いだすと、また、あたらしく悲しくなって、モグラは、もう一度、わっと泣きだすと、これいじょう、話がつづけられなくなりました。(141~142ページ)


モグラが泣き止むとネズミは来た道を戻り始めたではありませんか。驚いたモグラがどこに行くのか尋ねるとネズミは、「なんだい、きみの家をさがしにいくんじゃないか」(5ページ)と言ったのでした。

一方、一つのことにとにかく夢中になってしまうヒキガエルは、自動車に夢中になったあまり、思わず自動車を盗んでしまいます。牢獄へ入れられてしまいましたが、親切な獄吏の娘に助けてもらえました。

洗濯ばあさんに扮装したヒキガエルは、故郷に帰るために困難な旅を続けて、様々な危機を乗り越え、ようやく自宅にたどり着きました。しかしそこはすでにイタチの一団に占拠されてしまっていたのです。

困ってしまったヒキガエルの家を取り戻すために、ネズミとモグラ、アナグマは一致団結して、作戦を立てることとなったのですが……。

はたして、ヒキガエルの家をイタチの一団から取り戻せるのか!?

とまあそんなお話です。どことなく内気で張り切ると失敗してしまうモグラに共感したり、ネズミのあまりのかっこよさにしびれたので、そちらを中心に紹介しましたが、半分ぐらいはヒキガエルの旅物語。

この作品自体『ヒキガエルの冒険』という邦題なこともあるくらい。波瀾万丈な旅物語は実際に本編で楽しんでもらうこととしましょう。

ところで、みんながヒキガエルに駄目な所を諭すんですよ。それがすごくよかったです。本当にヒキガエルのためを思わなければ、なかなか出来ない諭し方で。これぞまさに友情だなあと、心打たれました。

ストーリーは面白く、個性豊かなキャラクターが魅力的。考えさせられることも多い作品なので、興味を持った方は読んでみてください。

明日は、赤川次郎『三毛猫ホームズの推理』を紹介する予定です。