赤川次郎『三毛猫ホームズの推理』 | 文学どうでしょう

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三毛猫ホームズの推理 (角川文庫 (5680))/角川書店

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赤川次郎『三毛猫ホームズの推理』(角川文庫)を読みました。

今ちょうどNHKで、滝沢秀明主演のドラマ『鼠、江戸を疾る』が放送中です。ぼくは見ていないのですが、お馴染みの義賊、鼠小僧を主人公にした物語みたいですね。その原作を書いているのが赤川次郎。

読みやすくユーモラスな作風で人気の赤川次郎が手掛けた時代小説というだけで興味を惹かれるので、いつか読んでみたいと思いますけども、赤川次郎を代表するシリーズと言えば、鼠ではなく猫ですよね。

猫のホームズが活躍(?)を見せる大人気のシリーズが「三毛猫ホームズシリーズ」。そして片山刑事と三毛猫ホームズが出会う、記念すべき第一作が、今回紹介する『三毛猫ホームズの推理』になります。

女子大生が殺される事件が起こり、売春組織の捜査のために大学を訪れた片山刑事は、森崎学部長の飼い猫ホームズと出会ったのでした。

「私の飼猫でしてね。お入り。お客様にご挨拶しなさい」
 猫はスイングドアを頭で押し上げ、うさんくさそうな目つきで片山の顔を眺めていたが、やがてするりと入口をくぐり抜けて入って来た。三毛猫で、体つきはほっそりとしている。配色がユニークで、背はほとんど茶と黒ばかり、箱のほうが白で、前肢が右は真っ黒、左は真っ白だった。鼻筋が真っ直ぐ通ったきりっとした顔立ち、ヒゲが若々しくピンと立っていて、顔はほぼ正確に、白、黒、茶色に三等分されていた。こういう所で飼われているせいだろう、毛には絹のような光沢があって、実に艶やかだった。
 「ホームズ」と呼ばれた、その猫は、挨拶どころか、てんで片山など眼中にない様子で部屋の奥へ軽やかな足取りで進んで行くと、マホガニーのデスクの上へ、ふわりと飛び乗った。そして置いてあった書類を尻っぽでわきへ押しやって場所を開けると、丸くなって寝てしまった。(23ページ)


やがて、森崎学部長が何者かに殺されてしまったことで片山刑事がホームズを引き取ることに。密室で殺された森崎学部長の死の謎について悩んでいた片山刑事は、ホームズの行動からはっと閃いて……。

「三毛猫ホームズ」シリーズの面白い所は、ホームズが擬人化されていない所だろうと思います。ホームズの行動というのは、あくまで普通の猫の行動。それがたまたま、事件の真相の閃きに繋がるのです。

論理的な思索を積み上げていくわけではないので、ミステリファンからは好き嫌いが分かれるシリーズでもありますが、ユーモラスな文章は読みやすく何よりそののんびりした雰囲気が人気を集めています。

シリーズの中でも名作と名高いのが、この『三毛猫ホームズの推理』で、仰天の密室トリックが使われた作品。ぼくも初めて読んだ時は、まさに目から鱗という感じでした。まだ知らない方は、ぜひぜひ。

「ホームズ」が好きという話で盛り上がったら、一人はコナン・ドイルが生み出した名探偵シャーロック・ホームズ、もう一人は三毛猫ホームズの話をしていたという笑い話があるくらい人気のシリーズ。

何度もドラマ化されていますが、原作が持つユーモラスかつ少し切ないという独特の味を忠実に再現しているものは、なかなかないような印象があります。未読だという方はぜひ原作も読んでみてください。

作品のあらすじ


鬼刑事の異名を持ち、警視庁で有名な腕利きだった父を持つ片山義太郎、28歳。空き巣に刺し殺されてしまった父の意志を継いで刑事になったはいいものの、血が苦手で「お嬢さん」と呼ばれている始末。

母ももう亡くなっているので、7歳年下の妹晴美と二人暮らし。職場では父の同僚だった三田村警視がなにかと目をかけてくれています。

羽衣女子大学の三年生が殺される事件が起こりましたが、どうやらその学生は売春組織に属していて、お客に殺されたらしいことが分かりました。三田村に命じられた片山は、羽衣女子大学へと向かいます。

三田村の友人でもある森崎学部長は、どうやら寮の中にあるらしい売春組織について、調べてほしいと片山に頼みました。ところが、阿部学長は学内に警察の者が入り込むのを、快く思っていない様子です。

大学に泊まりこみで調査をすることになった片山は教職員宿舎や体育館、建設中の新校舎を見て回ったり、管理人に話を聞いたりします。

新校舎と学生寮の間には工事関係者の食堂らしき平屋のプレハブがありました。そこで張り込んでいると、森崎学部長に聞いて、吉塚雪子という女子学生が、コーヒーとハンバーガーを持って来てくれます。

それほど緊張感もないままに張り込みをしていた片山でしたが、4階にある雪子の部屋を覗こうとしている不審な男の姿を見つけました。

それは以前から雪子に熱烈なアプローチをしていた英文学教授大中でしたが、間抜けなことに高所恐怖症で動けなくなっていたのです。大中を助けるのに手間取り、食堂に戻った時は4時を回っていました。

食堂に入っていった片山は、自分の目を疑います。先ほどまであったはずの6つのテーブルやベンチ型の椅子が、すべてなくなっていたから。三田村に報告しますが、あまり真剣に取り合ってもらえません。

やがて警察に恐ろしい知らせが届きました。森崎学部長が殺されたというのです。殺害現場はテーブルやベンチが消えた、あの食堂でした。残された森崎学部長の飼い猫ホームズを可哀相だと思った片山。

「――どうした?」
 三田村の声で、はっとわれに返ると、
「いえ……。何でもありません。……三田村さん、先ほど『実に奇妙だ』とおっしゃいましたね」
「うむ」
「どういう点が、ですか?」
「ドアを見ろ」
 片山は開け放たれたドアを調べた。よく見るまでもなく、カンヌキの部分が、叩き壊されているのがわかった。
「カンヌキがかかっていたんですか?」
「そうだ。内側から、しっかりとな」
「内側から?」
「そしてこの中には、森崎の死体の他、誰一人いなかったんだ」
「じゃ、窓から?」
「窓を見てみろ」
 三田村は手を振ってみせて、「全部金網が張ってある。破られてもいないし、張り直した跡もない」
「それじゃ犯人は……」
「どこかに消えてしまったというわけだ」
「――密室ですか? 推理小説じゃあるまいし!」
「だが、現実にそうなのだから仕方ない」
 三田村は重々しく肯いた。「密室か!」(93ページ)


密室の謎に挑もうと思った片山はカンヌキを調べますが、糸や針、磁石などで細工できそうなやわな鍵ではありません。金網の張られた窓も出入りは不可能ですし、壁や天井にも抜け穴はありませんでした。

三毛猫のホームズと一緒に森崎学部長の部屋を調べていると、ホームズは書棚に飛び乗り、一冊の本を指して片山に鳴き声をあげました。

その本を取ってみるとページに「これ以上調べ回らぬよう警告する! もし聞かねば……」(115ページ)という脅迫状がはさまっていたのです。何かを調べていた森崎学部長は、脅されていたようでした。

雪子が森崎学部長と真剣に交際していたことを知った片山は、雪子から、森崎学部長が新校舎建設の落札を巡る汚職事件の調査をしていたことを聞かされました。森崎学部長を殺した犯人を追い続ける片山。

一方売春組織に属する女子大生殺しもやまず被害者は増え続け……。

はたして、片山と三毛猫ホームズは、連続殺人を止められるのか!?

とまあそんなお話です。分かっていてやっているのかどうなのか捜査に行き詰るとホームズの何気ない仕草によって片山は閃くのでした。

捜査のヒントをくれる猫と、「お嬢さん」のあだ名を持つちょっと情けない刑事が事件に挑むミステリ。文章は読みやすく密室トリックも斬新なおすすめの一冊。興味を持った方はぜひ読んでみてください。

明日はピーター・アントニイ『衣装戸棚の女』を紹介する予定です。