P.L.トラヴァース『風にのってきたメアリー・ポピンズ』 | 文学どうでしょう

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風にのってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)/岩波書店

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P.L.トラヴァース(林容吉訳)『風にのってきたメアリー・ポピンズ』(岩波少年文庫)を読みました。

朝は雨が降っていて傘を持って行ったのに、午後になるとからっと晴れているという時があります。晴れの日の傘ぐらい邪魔なものはないもので、小学生の登下校なんかだと、もうおもちゃにするわけです。

ぼくの時代に流行っていたのは「アバンストラッシュ!」という横に斬る技で、知らない方はもう本当に知らないと思いますが、昔週刊少年ジャンプで連載していた『ダイの大冒険』の主人公の必殺技です。

ぼくの少し前の世代は「スター・ウォーズ」の旧三部作、少し後の世代は新三部作の世代だと思うので、もしかしたら「ブブブブブブ」と口で言いながらライトセーバーごっこをしていたかも知れませんね。

ぼくが子供の頃にやっていたもう一つのことが、ちょっと高い所に行って傘を開いて、「メリー・ポピンズ!」と叫びながら飛び降りるというたわいもない遊び。やっていた人いませんか? いないかな。

ともかく、今回紹介するのは、今の人気はよく分かりませんけども、ぼくの子供の頃はそれだけしっかり定着していた「メリー・ポピンズ」。名前はみなさんご存知だろうと思うのですがどうでしょうか。

「メリー・ポピンズ」がそれだけ有名なのは、1964年に公開されたディズニーのミュージカル映画『メリー・ポピンズ』が、とにかく大ヒットしたからです。アカデミー賞も、5部門で受賞しています。

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何度も観て、自分の気持ちを表すのに困った時に使える魔法の言葉の歌「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」や「チム・チム・チェリー」を今でも歌えるという方も多いでしょう。

映画に主演したのはジュリー・アンドリュース。面白い逸話があって、ジュリー・アンドリュースは元々は舞台の人で、大ヒットミュージカル『マイ・フェア・レディ』の初演のヒロインをつとめました。

ところが『マイ・フェア・レディ』が映画化された時は、他のキャストはほとんどそのままだったのに役を降ろされてしまい、ヒロインに選ばれたのはより儲かるであろうオードリー・ヘップバーンでした。

『メリー・ポピンズ』と『マイ・フェア・レディ』が公開されたのは同じ年。そして、その年のアカデミー賞主演女優賞を手にしたのは、『メリー・ポピンズ』のジュリー・アンドリュースだったのでした。

映画デビューで大成功を収めたジュリー・アンドリュースはその翌年ミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』に出演します。戦争が背景にあるので少し重いですが、こちらも機会があればぜひ。

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「ドレミの歌」や「エーデルワイス」などが親しまれていますが、今一番有名なのは「私のお気に入り」でしょうか。みなさんご存知のJR東海のCM「そうだ 京都、行こう。」に使われている曲ですね。

なんだか話がジュリー・アンドリュースのミュージカル映画の方に逸れてしまいましたが『メリー・ポピンズ』には原作があるんですね。

『風にのってきたメアリー・ポピンズ』『帰ってきたメアリー・ポピンズ』『とびらをあけるメアリー・ポピンズ』と番外編の短編集『公園のメアリー・ポピンズ』の四冊。すべて岩波少年文庫で読めます。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

 もし、あなたが、桜町通りへゆきたいと思ったら、交差点へいってお巡りさんにきけばいいんですよ。お巡りさんは、帽子をちょっと横にかしげ、もっともらしく頭をかいて、白い手袋をはめた大きな指で指さしながら、こう教えてくれるでしょう。
「はじめの角を右にまがり、つぎを左、それから、ぐっと右、そしたら、そこが、桜町通りです。では、さよなら。」
 そして、お巡りさんのいったとおりに、ちゃんとゆけば、まちがいなくそこ――桜町通りのまんなかへ出ます。その通りは、片側に、ずっと家がならんでいて、もう片側は公園、そして、道のまんなかに、枝をはった桜の木が、ずうっと植わっています。
(9ページ)


桜町通りで暮らすバンクス家。家は古ぼけていますが、ジェインとマイケル、それから赤ん坊の双子ジョンとバーバラの四人の子供に恵まれています。ある時突然子供の世話係がいなくなってしまいました。

そこで新聞に公告を出しますが、やって来たのはつやつやした黒い髪とキラキラした青い目を持つなんだか不思議な女の人。ジェインとマイケルにはその人がなんだか風に乗って空を飛んだように見えます。

バンクス夫人は保証人のことを尋ねますが、メアリー・ポピンズと名乗ったその女の人は「たいへん旧式な考えです、わたくしの考えますのに」(17ページ)と保証人をあげることをつっぱねたのでした。

マイケルはじゅうたんでできているというメアリー・ポピンズのバッグを見て驚きます。中身が空っぽだったから。ところがメアリー・ポピンズは空っぽのはずのバッグから次々と物を取り出したのでした。

せき止めシロップを取り出し子供たちに飲ませましたが、不思議なことに、マイケルにはストロベリー・アイス、ジェインにはライム・ジュース・コーディアル、ジョンとバーバラにはミルク味がします。

そして自分でも飲み「ラム・パンチ」(カクテル)と舌をならすと、ふたをしたのでした。そんな風に「風が変わるまではいましょう」(26ページ)と言ったメアリー・ポピンズとの生活が始まります。

メアリー・ポピンズと一緒にいると不思議なことばかり。メアリー・ポピンズのおじさんのウィッグさんを訪ねたマイケルとジェインは楽しい気持ちになって笑いガスがたまって、宙に浮かんでしまいます。

町の中を牛が通った時は、メアリー・ポピンズは昔から知っているというその赤牛という名の牝牛の話をしてくれました。ある時、赤牛は突然踊り始めてしまったのです。自分でも何故踊るか分かりません。

やめたくてもやめられず、一週間踊り続けた赤牛は王さまの所に相談しに行きました。すると王さまは赤牛の角には落ちた星が刺さっていると言い、治すには月を飛び越さなければならないと言ったのです。

 赤牛は、息をふかくすうと、すさまじいいきおいで、とびあがりました。地面は、足の下で遠ざかってゆきました。王さまや廷臣たちの姿が、だんだん小さくなってゆくのが見えましたが、とうとう、下のほうへ、見えなくなりました。赤牛のほうは、空高く、どんどんのぼってゆきました。たくさんの星が、大きな金のさらのように、まわりをまわってゆきましたが、やがて、目もくらむようにあかるくなると、月のつめたい光線がふりそそぐのを感じました。赤牛は、目をとじて、その上をこえてゆきました。そして、まぶしい光がうしろへすぎて、首を地面のほうへむけなおしたとき、角のさきの星が、とれるのがわかりました。星がひじょうないきおいで角をはなれると、まわりながら、空中をおちてゆきました。そして、その星が消えていった闇のほうから、すばらしい音色の音楽がきこえてきて、それが空いちめんにひびくように思われました。
 つぎの瞬間には、赤牛は、ふたたび、地面に着いていました。おどろいたことには、そこは、王さまの庭ではなくて、まえからいたタンポポの野原だったのです。(111ページ)


お母さんが帰って来たので、子牛は大喜び。ずっと悩みの種だった踊りも止まって、一安心です。これで万事解決したはずでしたが……。

火曜日。ベッドの悪い方の側から起きてしまったマイケルはわがままでいたずら好きの悪い子になってしまいました。散歩の途中マイケルは道ばたで、ガラスの中に矢印があるキラキラ光るものを拾います。

「わたしが、はじめに見つけたんです」(126ページ)とそれをマイケルから取り上げてしまったメアリー・ポピンズ。そしてこれは世界をまわるためのものだと言い、北と叫ぶとなんと北極へ着きます。

南と叫ぶと今度は熱い国へ。冒険をくり広げて家に帰りますが、夜になるとマイケルは自分でもやってみたくなって、北南東西を一辺に唱えます。すると、色んな国の恐ろしい人々が襲い掛かって来て……。

ジェインとマイケルがパーティーに出かけた時のこと。メアリー・ポピンズは、二階の子供部屋の暖炉の火で着物をほしていました。双子の赤ん坊のジョンとバーバラは、日の光とおしゃべりをしています。

するとそこへ、煙突のてっぺんに住んでいるムクドリがやって来ました。ムクドリから、いつかはきっと日の光や風、星、ムクドリの言葉は忘れてしまうと聞かされて、ジョンとバーバラはびっくりします。

「忘れるもんか。」と、ふたごはいって、ムクドリのことを、殺しそうないきおいで、にらみつけました。
 ムクドリは、せせら笑いました。そして、
「忘れる、っていってるのさ。」と、いいはりましたが、「もちろん、きみらのせいじゃないがね。」と、すこしやさしく、ことばをたしました。「忘れるってことは、どうにもならないんだよ。いままでだって、満で一つになって――せいぜいおそくってだが――まだおぼえてたって人間は、ひとりもいないんだから――もっとも、あのひとは別だけど。」そういって、ムクドリは、肩ごしに首をふって、メアリー・ポピンズをさしました。
「だって、どうしてメアリー・ポピンズはおぼえていられて、ぼくらにはできないの?」とジョンがいいました。
「ああ、そりゃあね! あのひとは別さ。それこそ、とびきりの別格なんだ。あんなわけにはいかないさ。」ムクドリは、そういうと、ふたりにむかって、にっこりしました。
 ジョンとバーバラは、だまってしまいました。(200ページ)


ジョンとバーバラはいつまでも忘れたくないと思い、ムクドリも口では色々と言いながらも忘れてほしくないと思っていたのですが……。

とまあそんなお話です。長編というよりは、いくつもの短い不思議な出来事が描かれていく連作のような感じです。ぼくがとりわけ印象に残ったエピソードを選んで紹介してみました。たとえば、赤牛の話。

踊ってしまうのが悩みでしたよね。月を飛び越えて治って、踊らなくなったのに、どうして故郷を離れてこんな町中をさまよっているのでしょう。月を飛び越える描写が美しく皮肉な展開が面白い話でした。

星をめぐるエピソードとしては、コリーおばさんを訪ねるところも面白いですが、それはぜひ本編で読んでみてください。星は手を伸ばせば届きそうなものですから、こうしたイメージの話は好きですねえ。

赤ん坊の時は自然の物や動物と話せるけれど、成長するといつか忘れてしまうというジョンとバーバラのエピソードも印象に残りました。

ところで、明るく愉快なイメージの映画と比べて原作のメアリー・ポピンズは何を考えているかよく分からない人物で、印象は大分違うだろうと思います。バンクス家の子供にかなり厳しく接するんですね。

それでもその中にやはりやさしさが見えるのが面白い所で、何をしでかすか分からない、ギャグ漫画の登場人物並みにエキセントリックな原作のメアリー・ポピンズもまた多くの方に知ってもらいたいです。

興味を持った方は、映画とあわせてぜひ原作も読んでみてください。

明日は、山手樹一郎『夢介千両みやげ』を紹介する予定です。