大分のご当地アイドルSPATIO/オフィシャルブログ -80ページ目

大分のご当地アイドルSPATIO/オフィシャルブログ

大分のご当地アイドルSPATIOが所属するモデル事務所シネマスコープが運営する活動ブログ

息子と2人で「BECK」を観て来た。
バンドをやりたいとギターを買った息子が観たい、観せたい映画だった。
           
$CINEMA SCOPE/映画とアイドルの部屋

原作はハロルド作石の漫画、監督は「20世紀少年」の堤幸彦。
キャストは水嶋ヒロ、佐藤健、向井理の今をときめくイケメントリオに個性派の桐谷健太。紅一点のポッキー娘・忽那汐里。
これだけで「観たい!」と思わせるのに充分な幸せなキャスティングだ。

ずっとこのつまらない日々が続くと思っていた。
あの男に出会うまでは——

いじめに耐えながらも、平凡な毎日を送るごく普通の高校生コユキ(佐藤健)が偶然にもNY帰りの天才ギタリスト南竜介(水嶋ヒロ)と出会うところから物語は始まる。

所属していたバンドのメンバーと対立した竜介は、新たに才能溢れるメンバー、ラッパーの千葉(桐谷健太)、ベースの平(向井理)を誘い、バンドを結成する。さらに竜介は、強引にコユキとコユキの同級生ドラムのサク(中村蒼)という若いメンバーを加えてバンド・BECKとしての活動を始める。
コユキはギター練習、バンド活動へ没頭していき、いつしか天性の才能を開花させていく。
さらに、コユキは、もっとも自分の才能を評価し、また、応援してくれている竜介の妹・真帆(忽那汐里)に淡い恋心を抱いていくのだった。
そんな中、真帆はコユキが一瞬にして聴く者の心を虜にする「奇跡の歌声」を持つ事に気づく。
やがて日本最大の野外ロックフェス「グレイトフル・サウンド」への出場が決まり、歓喜する竜介たちだったが・・・
竜介の持つギター、ギブソン・レスポールにはあるいわくがあった。
そしてついに、バンドの存亡を賭けた、運命のライブの幕が開く。

直球ど真ん中な最高の青春音楽映画だった。
原作と比べてキャストが云々という毎度お馴染みの批評など、全く無視していい。重要なのは原作の「ハート」を伝えているかどうかだろう。
特にこの映画化で重要なのは「音楽」だ。
当然だが、漫画には「音」がない。映画には「音」がある。
漫画では描けない「音」を映画でどう描くか。そこにスタッフが精力を注いだのは想像に難くない。
そして素晴らしい「音の創造」に成功したと言っていいだろう。
イントロで、あのレスポールの重低音が鳴り響いただけで、自分等70年代ハードロック時代に青春を過ごした者の「ハート」まで鷲掴みにする。
と同時に全くの初体験である、息子世代の「ハート」までも。
そしてそのサウンドを生み出す役者たちの「カタチ」の特訓も並大抵ではなかっただろう。

もう一つ「音」の演出で面白いのが、コユキの「奇跡の歌声」だ。
ここが賛否両論ある部分だが、この映画の中では一切その「声」を聴かせない。それを聴いた人々の「驚きの表情」「感動の涙」というリアクションだけで表現してみせるのだ。
まるで「ゴジラの姿を見せずに、群衆のリアクションだけでゴジラを想像させる」ようなものだろう。
これは映画の手法として「アリ」だと思う。
パンフレットによれば、原作者の「コユキの歌声は聴かせないで欲しい」という提案に、堤監督が応えた演出だったらしい。
チャレンジャーな堤監督らしい演出だ。

演出以外に、こういう予定調和的なストーリー展開を「ベタ過ぎる」と嫌う批評も多いと思う。CMのプランニングなどでも、クリエイティブを自認する人間ほど「ベタ」を嫌う。「ヒネリ」がなければクリエイティブではないと思っている。しかし、このような純粋な青春映画こそ「ベタ」でいいと思う。ど真ん中直球ストレートで勝負すべきだと思う。
なぜなら「青春」に打算や小細工は必要ないから。
まっすぐな熱い思いだけで突っ走ればいいのだ。
自分が「青春映画」が好きなのは、その「ひたむきさ」や「がむしゃらさ」に感動するからだ。
ただ、そこに掘り下げた人物像や緻密な演出がなければ、「ルーキーズ」のような、無意味にがむしゃらなだけの、直球ストレートだが、それがすべてくそボールで四球の山みたいなダメダメ映画になってしまうのだ。

話が逸れたが、この「BECK」。世代を超えて心に響く「音楽」の素晴らしさ。年齢に関係ない夢を追い続ける行動=「青春」の素晴らしさをストレートに伝えてくれる青春音楽映画の傑作だ。

なかなかメンバーが集まらずバンド結成に至っていない息子には、「自分一人でも努力して腕を磨いておけば、いつか偶然の出会いがあり、バンドとしてケミストリー(化学反応)を起こす日が来る」と伝えた。
息子がこの後、ギターの練習を始めたのは言うまでもない。
期待の「悪人」を観た。

$CINEMA SCOPE/映画とアイドルの部屋-悪人

原作を読んだのは大分前だが、真綿で首を絞められるような息苦しさと、やり場のない怒りを覚える作品だった。

これが映画化される、そして監督が「フラガール」で絶賛された、今最も期待される若手監督・李相日と聞いて期待しないはずがない。

そして、その期待は裏切られる事なく、スゴい映画になっていた。
本年度「告白」と賞を争うであろう素晴らしい出来だ。

(以下オフィシャルサイトよりストーリー抜粋)
きっかけは九州の田舎町で起きたひとつの殺人事件だった。
保険外交員の娘(満島ひかり)山中の峠道の崖下で絞殺死体で発見されたのだ。捜査線上に湯布院の老舗旅館の息子で福岡の大学に通う大学生(岡田将生)が浮かび上がる。事件当日の夜、被害者を車に乗せて峠道を走っていたらしく、行方をくらませているらしい。
被害者の父(柄本明)は、やり場のない怒りに打ちひしがれる。

(以下オフィシャルサイトより抜粋)
土木作業員の清水祐一(妻夫木聡)は、長崎の外れのさびれた漁村で生まれ育ち、恋人も友人もなく、祖父母の面倒をみながら暮らしていた。
車だけが趣味で、何が楽しくて生きているのかわからない青年。

一方、佐賀の紳士服量販店に勤める馬込光代(深津絵里)は、妹と2人で暮らすアパートと職場の往復だけの退屈な毎日を送っていた。

「本気で誰かに出会いたかった…」
孤独な魂を抱えた2人は出会い系サイトで出会い、刹那的な愛にその身を焦がす。しかし、祐一は、連日ニュースを賑わせていた殺人事件の犯人だった。
「もっと早く出会っていれば良かった…」

そんな祐一の自首を止めたのは光代だった。
殺人犯との許されぬ愛…。
生まれて初めて人を愛する喜びに満たされる光代は、祐一と共に絶望的な逃避行へと向かう。
やがて地の果てとも思える灯台に逃げ込んだ二人は幸せなひとときを迎えるが、その逃避行が生んだ波紋は被害者の家族、加害者の家族の人生をも飲み込んでいく。

なぜ祐一は人を殺したのか?
なぜ光代は殺人者を愛したのか?
引き裂かれた家族の運命はどうなるのか?
絶望のどん底に突き落とされた人間たちが、善悪の葛藤のなかでもがき、そしてその先にひとつの謎が生まれる。

いったい誰が本当の“悪人”なのか?

その答えが明かされたとき、
物語は、衝撃と感動のクライマックスを迎える。(引用以上)

いや、実際にはこの映画で「誰が悪人なのか?」の答えは出ていない。
むしろ自分には「何が悪人を作り上げるのか?」の問いかけの方が重要な気がした。
その答えを探す為の舞台が、福岡、佐賀、長崎という北部九州の片田舎であり、彼らの使う言葉がすべて「方言」であるというのも重要だ。
その土地と方言というリアリティが、この物語をまるで、実際の事件の再現映像のように見せている。
つい先日起きて、いまだ未解決の別府・明礬の看護士殺人事件も思い出させるし、この手の事件がニュースに載らない日はない位、日常事になっている。
これらの報道を見るたびに「なんと惨い事を。犯人はなんと極悪人なんだ。」と誰もが思うはずだ。

しかしこの作品は、「殺人犯=極悪人」とは決めつけない。
殺人を犯してしまった背景と、誰にでも殺人を犯す可能性があることを見せつけてくれる。
なぜそうなってしまうのか?

その答えを提示してくれている(かもしれない)長セリフがある。
容疑者だった大学生が捕まるが、殺人は犯していない事がわかり釈放される。
その後何事もなかったかのように、友人との飲み会の席で、被害者の娘をバカにし、あざけり笑う大学生。
それを見ていた被害者の父(柄本明)が、容疑者の態度に嫌気がさしている彼の友人の大学生に対して、独り言のようにいうセリフがそれだ。

「あんたには大切な人はおるね?

その人の幸せな様子を思うだけで、自分まで嬉しくなるような人ですたい・・・
アイツ(娘)にもおらんと思います。
おらん人間が多すぎるのよ。

今の世の中大切な人がおらん人間が多すぎったい。

大切な人がおらん人間は、何でもできると思い込む。
自分には失うものがなかっち、それで強うなった気になっとる。
失うものもなければ欲しいものも無い。

だけんやろ
自分を余裕のある人間っち思い込んで、 失ったり欲しがったり、一喜一憂する人間を馬鹿にした目で眺めとる。
そうじゃなかとよ
本当は、それじゃ駄目とよ・・・」

このセリフは心に響いた。
涙が溢れた。

大切な人がいて、その人の幸せそうな姿を思うだけで、人は生きていける。
大切な人がいないから、一人で生きていると思うから、人は生きるのが辛くなる。
実は目の前に大切な人がいるのに気づいてないだけなのかもしれない。
本当は大切な人のはずなのに、憎み、恨み、争い、言葉の暴力を振るったり、実際に手を上げたり、保護責任を放棄したり。
あまりにもそんな事例が多すぎないだろうか?

もう一度、自分自身に問いかけてみよう。
「今の自分にとって大切な人は誰なのか?」を。

あなた自身が「悪人」になる前に。
ついに昨日、我家の「家電総入れ替え」が完了しました。

17年使った「冷蔵庫」「洗濯機」20年使った「テレビ」が、すべて最新のものに変わりました。

なにより「劇的」に変わったのが「テレビ」。
ソニーのトリニトロンから、一気にブラビア3Dに。
3Dがお目当てではないんですが、3Dも付いた画質の綺麗な機種ということで、ブラビア3Dに決定しました。

しかも52インチの大画面!
これまでが29インチだったので、面積的には4倍はあります。

そして、いまさらですがハイビジョンの美しさ。
2Dでも充分立体感があるし、木は木、プラスティックはプラスティック、金属は金属っていう、モノの質感・素材感がはっきりわかります。
それに人物の「肌」。松潤って、頬に傷があったんだ!なんて細かい部分まではっきりわかります。怖いぐらいに。(笑)

それと、お恥ずかしい話ですが、CMの美しさに感動しました。
普段、仕事場では事細かに色や画質にこだわってCM作りをしているんですが、我家のテレビ画質には全く無頓着で、「どうせオンエアされたら民生機の画質に落ちるんだから」とあきらめてました。

しかし・・・画質にこだわって作られたCMのこだわったまんまの美しさをお茶の間のテレビで再生出来る時代になってたんですね。
やっとCM本来の美しい画質に家庭用テレビが追いついたと言うことでしょうか?
いままでそのことに気づかなかったなんて、「医者の不養生」みたいなものでしょうか?(笑)

すでにこれが「スタンダード」になった時代。
3Dはまだ「観るもの」がないので見てませんが、3Dはあくまでも「おまけ=オプション」でスタンダードにはならないでしょう。
3Dが定着するかどうかは、今後のソフトの充実次第ですね。

しかし我家のテレビ革命を前に、映像にはまだまだスゴい可能性があるんだと、あらためて確信しました。
一昨年から毎年、息子の通う中高一貫校の学園祭の記録DVDを制作しています。
昨年からは、PTA行事のひとつになりました。

今日、開会式で、明後日体育祭、明々後日から3日間文化祭と、怒濤の5日間が始まります。
中高一貫校なので5学年合同(高3は不参加)で行い、かなり盛りだくさんで見応えのある学園祭です。
そのすべてを撮影し、2時間4枚組8時間のDVDに仕上げます。

生徒たちにとっては「一生の記念」なので、一人も撮り逃さないように、すべて回します。
600人以上の生徒がいるので、中にはモデルが出来そうな子もいるわけで、今年もどんな子に出会えるかも楽しみです。
今日はモデル2名と湯布院の旅館のDVDの撮影で、湯布院にロケに行って来ました。
CINEMA SCOPE/映画とアイドルの部屋
由布岳をバックに小川沿いを自転車でサイクリングするイメージカットです。

CINEMA SCOPE/映画とアイドルの部屋
颯爽と電動アシスト自転車で走る二人

CINEMA SCOPE/映画とアイドルの部屋
撮影隊は三人の小規模ロケでした。

CINEMA SCOPE/映画とアイドルの部屋
この他に浴衣でくつろぐカットもありましたが、天候にも恵まれ、予定より早く撮影終了。
電動アシストのお陰でラクチンな撮影でした。
お疲れ様でした。
今日、HPから応募のあったモデル希望者に会って来ました。
20歳の女子大生ですが、某着物メーカーのモデルを務めていたりと
経験もあり、かなりイケそうです。
来週か再来週に第2期メンバーで撮影をして、HPにアップしますので、
ご期待下さい。
第2期メンバーが着々と揃いつつあります。
現在6名程度ですので、全員のスケジュールを調整後
また撮影してHPにアップ、一人一人紹介していきます
ので、乞うご期待!

今回は下は9歳のキッズメンバーまでいます。
この子が「川島海荷似」で可愛いんです。
$CINEMA SCOPE/映画とアイドルの部屋


さて第1期登録モデル5人目は、異色中の異色。
純粋インド人の留学生、ソニィです。
大分には別府市にAPU立命館アジア太平洋大学という世界中から留学生が
集まって来る国際色豊かな大学があります。
留学生の数2000人は、早稲田大学に次いで日本で2番目です。
キャンパスを歩くとまるで多国籍、とても日本、別府だとは思えません。

彼女はそんなAPUの4年生。
日本語は勿論ペラペラ。非常に聡明でしっかり勉強もしている頑張り屋さんです。
それにしてもインドの女性は鼻が高く、彫りも深く、美人ですね~。

こんなインド美人が大分にいる事は「奇跡」です。
活躍の場は限られるかも知れませんが、大分の枠を超えて活躍して欲しいモデルさんです。