クォン・ヘヒョつながりで、かつ映画監督が主人公ということもあって…女流監督の手による、’女流監督が”韓国で二人目の女流監督が韓国初の女性判事を描く映画”を復元すべく奮闘するロードムービー’で、女性と映画への圧巻の賛歌…「オマージュ」

 

スイミングスクールでは、中年女流監督キム・ジワンがビート板にしがみついて必死でバタついている、”泳ぎ切ったら20万人を超える…”と呟きながら。そして親友PDセヨンと自信作”幽霊人間”がかかる映画館に向かうが、館内はガラガラだ。家に帰っても、生意気な息子に”面白い映画を撮れよ”と馬鹿にされる始末だ。そんなジワンに映画会社からバイト仕事のオファーがある。60年代の古い映画”女判事”を何とか上映したいが、フィルムの映画後半の音声トラックが失われて無声になっており、台本も見つかっていないので何とか復元して欲しいと言うのだ。ギャラは1000万₩で声優などスタッフを考えると格安だが、生活費にも事欠くジワンは結局引き受け、映画を撮った女流監督ホン・ジェウォンの娘を訪ねることから始める。監督の部屋で1枚の古びた写真を見つけるが、この1枚が長く熱い旅の始まりだということにジワンはまだ気づいていない…

 

3作目”幽霊人間”も不振で公私で悩む女流監督キム・ジワンに、超のつく名女優ながら観た中では初めてクレジット・トップに立つイ・ジョンウン、ぐうたらな不愛想夫に、クォン・ヘヒョ、大学に行かないとごねる文学青年の息子ポラムに、子役出身も早や二十歳タン・ジュンサン、ジワンの親友で右腕PDセヨンに、個性派脇役コ・ソヒ、”女判事”復元映画会社担当ハン・ジュニョンに、颯爽とした二枚目オ・ジョンウ、喫茶店”ミョンドン(明洞)茶房”老主人に、80代も半ば名老優ユ・スンチョル、かつての編集技師イ・オッキに、主演作もある80歳も間近な名老女優イ・ジュシル。友情出演では、回想や幻想の中の女流監督ホン・ジェウォンに、美熟女キム・ホジョン。特別出演では、老人施設に入る”女判事”に出演した老優に、このブログでも「桑の葉」など韓国映画を代表する渋い二枚目ハン・テイル。

 

えげつないホラー並み社会派「マドンナ」様式美溢れる辛口ファンタジー「ガラスの庭園」を撮ったシン・スウォン女流監督作品ですが、主人公は名女優イ・ジョンウンが演じる3作目もヒットせず苦しむ女流監督キム・ジワン、彼女が復元を引き受ける”女判事”を撮ったのが女流監督ホン・ジェウォン(モデルは韓国二人目の女流監督ホン・ウノン)、そして”女判事”ヒロインのモデルは(山下英愛氏論文によれば)韓国初(1953年)の女性判事ファン・ユンソク(黄允石)、そしてその女性判事を演じるのは調べる限り「誤発弾」などちょうど200本の映画に出演した大女優ムン・ジョンスク…まずこの重層的な女性像が圧倒的な女性群像的映画空間を作り上げていて、これだけで五つ星の風格だと言わざるを得ません。さらに語り口が巧い。見つからない台本、1巻分ほど抜け落ち一部が無声のフィルム、それらを復元すべく走り回る女流監督の辿る道筋はまさにロードムービーそのものですし、長らく姿を見せないアパートの隣に住むはずの女、時折迫りくる帽子をかぶりトレンチコートを着た女性の幻影、みたいなサスペンスやファンタジーな風味を加え、かと思えば、ぐうたらだったり飄々とした夫・息子に困り果てるおばさんとしての生活、そういう脚本と演出は圧倒的に映画的だといえるでしょう。これをイ・ジョンウンという演技派女優や70代80代の老優が熱く演じるわけで、もはやこの作品自体が韓国映画史と呼べるような気さえしたりします。

 

ということで、文句なしの五つ星作品だと思います。ただ、2時間近く隣のおばさん風あのイ・ジョンウンと水着姿も含めて一緒に過ごすわけで、キラキラ韓流作品とは北極と南極ほど離れているのを覚悟する必要があって、そこさえ乗り切る自信があれば、実に良い映画になる可能性は高いでしょう。しつこいですが、おばさんにも映画にも興味がなければ近づかない方が無難なんだろう、と思います。

 

引用作品について。老編集技師がターンテーブルに乗せるレコードは、「軍艦島」の冒頭でも使われたキム・ヘソン(김해송)1938年「青春階級(청춘계급)」、レトロなエンディング曲は、チェ・スンヒ(최승희)1936年「이태리정원(イタリア庭園)。引用される映画は、勿論ホン・ウノン監督1962年「女判事」(ちなみにYouTubeを”여판사 A Woman Judge”で検索すると現存する全編が見られます。機械翻訳ですが日本語字幕もついています)、取り壊し間近な荒廃した劇場でエロ映画として上映されているのは、80年代を代表するエロメロ映画チョン・イニョプ監督1982年「エマ(愛麻)夫人(애마부인)」(エロ映画と馬鹿にする勿れ、その年の観客数No.1、近年カンバックした美貌の主演アン・ソヨンは百想新人女優賞を獲ってたりします)。息子が朗読する詩は、D.H.ロレンス”現代人の祈り”、ポーランドのヴィスワヴァ・シンボルスカ(Wislawa Szymborska)”私が眠っている間に”。

 

余談。監督のインタビュー(サイト”NEOL"23/3/6掲載記事より)によれば、”女判事”監督ホン・ウノンは本名のまま登場する予定だったのが、映画製作途中に協力を頂いていた監督の娘さんが亡くなり、完成版を見せられなかったことから仮名ホン・ジェウォンに変えたようです。ぐっとくるエピソードです。

 

ちなみに、廃墟寸前の劇場正面には、かすれた「ベンハー」の手描き看板と”ザ・レインボー”の手書き文字が並んで掲げられていますが、”レインボー”はシン・スウォン監督の商業映画第1作で軽い楽屋落ちなんでしょう。