イ・ハニ、パク・ソダム、イ・ソム、目が眩みそうに好感女優陣だったので…日本併合下の朝鮮を舞台に絶壁の洋館ホテルに集められたスパイ容疑者5人と朝鮮総督府官憲の激しい心理戦と闘いを描いて絶品…「幽霊」

 

ラジオの緊急速報では、上海で次期朝鮮総督ヤマガタ陸軍大将がテロリストに襲われたが襲撃は失敗した、と報じている。犯人グループは朝鮮独立を目論む「黒色団」で”幽霊”と呼ばれるスパイを日本勢力奥深くに潜り込ませている…1933年京城(今のソウル)。朝鮮総督府の保安情報受信係パク・チャギョンは暗号電報を受ける。それを若い伝令係イ・ベッコが通信課長ムラヤマ・ジュンジに届け、ムラヤマは暗号復号を担当するチョン・ウンホ係長に渡す。チョン係長が復号すると「次期総督が京城に入り、朝鮮神宮を訪れる」という極秘情報だ。その情報は秘書ヨシナガ・ユリコを通じて政務長官にも届けられる…映画館黄金(コガネ)館にはマレーネ・ディートリッヒ主演「上海急行」がかかっている。チャギョンは窓口で1円札を出してチケットを1枚買う。窓口係ヨンジュはその札を映写技師に渡し、彼は札に隠しインクで書かれた暗号を読み解く。ヤマガタ次期総督の情報だ。映写技師はその情報を次にかかる映画「ドラキュラ」のポスター英語配役陣のアルファベットに点を打って劇場に貼りだす。そこには「次期総督が京城に入る。朝鮮神宮で除去せよ」とある。そのポスターに見入る女がいる。「黒色団」の暗殺者ユン・ナニョンだ。ナニョンはチャギョンに近寄り煙草の火を借りる。こうしてヤマガタ次期総督暗殺を巡るすさまじい暗闘が始まったのだ…

 

元警務局の腕利き朝鮮総督府通信課長ムラヤマ・ジュンジ(村山淳次)に、韓国最高の名優ソル・ギョング、”幽霊”の通信係パク・チャギョンに、かつて世界で4番目に美しいと認められ「エクストリーム・ジョブ」など最近絶好調イ・ハニ、妖艶な政務長官秘書ヨシナガ・ユリコに、「パラサイト」で一気にグローバル人気パク・ソダム、ムラヤマと敵対する警備隊隊長タカハラ・カイトに、ソル・ギョングとは「夜叉」に次いで二度目の共演パク・ヘス、暗号担当係長チョン・ウンホに、名脇役ソ・ヒョヌ、チャギョンの後輩で若き伝令係イ・ベッコに、全く過去作が見つからない若手二枚目キム・ドンヒ。特別出演では、ムラヤマ・ジュンジの母親に、お馴染みキム・ヘオク、「黒色団」映写技師に、こちらもお馴染みキム・ジョンス。友情出演では、「黒色団」暗殺者ユン・ナニョンに、「小公女」「サムジン・カンパニー」「キル・ボクスン」五つ星三連発で大注目イ・ソム、黄金劇場切符係イ・ヨンジュに、売れっ子の方ではありませんが「声/姿なき犯罪者」などかなり好感イ・ジュヨン。

 

この映画には原作小説があって中国のサスペンス作家バイジャ(麦家)2009年「風声」で、中国でも映画化されています。原作では日本統治下の南京を舞台にした中国共産党スパイと日本公安の闘いですが、それを朝鮮に持ってきているので当然日本が悪者なのは致し方ありません。ただ日本側を演じるのがソル・ギョングとパク・ヘスという重鎮なので間抜けな反日映画などでは全くなく、実に重厚に物語は進みます。特に上に書いた”つかみ”から間もなく”幽霊”の容疑者5人が断崖絶壁に立つ古い洋館”ハド・ホテル”に集められ、日本官憲と丁々発止の”密室劇”が展開されますが、それこそが原作や本作の肝で、実にサスペンスフルに仕上がっています。イ・ヘヨン監督は「フェスティバル」「京城学校」「毒戦」など必ずしもバイオレンスやアクションに留まらない語り口の監督なので、密室心理劇の巧みさ、マレーネ・ディートリッヒ「上海特急」を絡めながら「さらば愛しき女よ」ばりのハードボイルドでスタイリッシュな絵作りも圧倒的です。しかし何といっても女優陣でしょう。気丈なイ・ハニ、妖艶で我儘な謎の女パク・ソダム、薄幸な暗殺者イ・ソムの三人の存在感は圧巻で、あのソル・ギョングやパク・ヘスも霞むくらいだと思います。ただ、パク・ヘスのほぼ全て、ソル・ギョングの7~8割の台詞が日本語ですが、ネイティブ並みとはいいませんが実にきちんと喋っていてその役者魂は賞賛できると思います。

 

原作の力量でもあるでしょうが密室心理劇という意外な手法を軸にサスペンスを盛り上げる脚本、ノスタルジックで美しい絵作り、恐ろしく魅力的な女優陣、これでは五つ星以外考えられない、という出来栄えだと思います。

 

実写も使われた映画は1932年名匠スタンバーグ、マレーネ・ディートリッヒ主演のメロ活劇「上海特急」ですが、エンディング近くで流れるアンニュイな名曲もマレーネ・ディートリッヒが歌った「Das lied ist aus」で韓国のジャズシンガー<MOON(혜원)>が見事に歌っています。

 

メモ。劇中何度か登場する”일선동조”ですが、”日鮮同祖”論という日本統治を正当化する論の名前のようです。