先日母の誕生日に、義理の父の家にいったとき

1歳になったにゃんこ姉妹「ララ」と「ベベ」を

じゃんじゃん写真に撮ってきました。


うさうさ☆きらりんこ

春は彼氏が欲しいとレディーストークに花が咲いていた

2人も、避妊をしてちょっと食欲に目がいった感じです。


花より団子な2人でした。


うさうさ☆きらりんこ

困ったちゃんは、このベベちゃんです。


奈良の川に流れていたのを、優しい獣医さんに助けられ

はるばるやって来たのですが、臆病なくせに危険が

大好きで、脱走歴3回です。


うさうさ☆きらりんこ

半年前にワクチンを打ちに病院にいったときは

怖くて泡をふきながら、お腹をくだしてました。


本当に臆病で、毎回遊びに行くたび、暫く

出て来ません。


うさうさ☆きらりんこ

出てきても、私を丸くよけて行きます。。。


意外とおしゃべりだったりもします。


昔一緒にいた、「ベル」という子に顔も性格も

ほんとそっくりなんです!!!!


うさうさ☆きらりんこ

ベベに比べ、ララは機転がきくタイプで綺麗好きです。


スタイルも小柄な割にスラっと手足が長く

昔一緒にいた「ベル」の兄弟の「ラブ」にそっくりです。


「ラブ」にも似ているけれど、目元とかお母さんに

よく似ています。


きっとお母さんがいなくても、義父ががんばるように

やってきたのかもしれませんね音譜


出会ったころの義父は猫が苦手だったのですが

今ではかなりの親バカっぷりを発揮していると

近所でも有名なようです。


物書きさんなので、「物書き=猫好き」っぽい通説に

とてもマッチしてよいよいと思ってます。


この子達の為にも、長生きして良い作品をいっぱい

残してくれるといいなあといつも思います。



8月のコパクラブの会報にあった「開運アクション」

のひとつに、8月後半から9月9日の重陽、9月12日の

仲秋くらいまで「長い食材」がラッキフードだそうです。


ズバリ「麺類」ですね。


というわけで、本日は散歩がてら「じゃんがらラーメン」

を、久々に食べに行きました。


道中にある「鳩森神社」と「東郷神社」「明治神宮」に

御挨拶をしながら、初秋を満喫しました。


原宿は賑わっていて、オタ芸アイドルのイベントなど

若者の熱気がいっぱいでした。


明治神宮では「御神酒」をいただいて、かなりいい気分に

なってしまいました。


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お酒を飲みだしたとき、先輩兄さん達に教わった

「酒は生命(いのち)の水」だから、大切に飲む!

という言葉をふと思い出しました。


元気百倍です音譜


そして、大好きな明治神宮のおみくじを引きました。


明治神宮のおみくじは、大吉とかではなく明治天皇や

照憲皇太后のありがたいお言葉がいただけます。


今日は「鏡」でした。


「朝ごとに むかふ鏡の くもりなく

       あらまほしきは 心なりけり」

という句で


心の鏡をいつも清く明らかにいたしましょうという

内容でした。


とてもすがすがしい一句を賜り、上機嫌になりました。


帰りは、ハチ公バスに乗って帰宅。


うさうさ☆きらりんこ

自宅のすぐ近くまで運んでもらえました。


100円ですが、利用者も多くみんな重宝しているみたいです。


道中いろんな小さい道を抜け、なぜか心霊スポットの橋を

潜り抜け、3時間以上の散歩から戻ってきました。



うさうさ☆きらりんこ

お昼から、ヒグラシの鳴き声がする、夏の終わりを

感じる3時間でした。




夏が猛ダッシュで駆け抜けようとしている今日は

母のお誕生日でした。


お線香をあげに行くことくらいしかできませんが

当たり前の話だけど、母はいつまでたっても

私の母で、それだけでとっても幸せな気分になります。


帰りに本屋に立ち寄ると、夏休みの読書感想文用に

毎年のことですが、純文学が平積みされてました。


目線の先には「杜子春」がありました。


小学校の時に、この杜子春にとても影響を受け

話から脱線してますが、仙人になりたい・・・と思いました。


うさうさ☆きらりんこ

といっても、今ではあらすじすら思い出せません。


もやもやしてきたので、思い切って短編集を

購入しました。


げげげ、本を開くと結構「芥川龍之介」の本

学校で読まされてたんだなあって驚きました。


「蜘蛛の糸」「羅生門」「トロッコ」などなど・・・

鮮明にそのときに浮かべた情景を思い出せる

くらい印象に残ってました。


でも、芥川先生・・・というと、「顔ながっ!(長)」って

いつも写真を見ながらおでこに落書きしてました。


うさうさ☆きらりんこ


なんで仙人になりたかったのか・・・とか思いながら

再度「杜子春」を読んで思い出しました。


人間嫌いの原点はこの本にありました。


杜子春が仙人になりたくなった理由は、調子のいい時しか

近寄って来ない人間に愛想がついたからでした。


杜子春は自分で自分を守ろうとしない、とてもピュアな人で

多分子供のころから甘やかされて危機感とかなく

育ったタイプだと思います。


その点では私と真逆なのですが・・・・


私が仙人になりたかったのは、自分が感情のアップダウン

が激しくて、ひとつひとつ一喜一憂していることに

凄く疲れてしまってました。


小さいことをいうと席替えのときに、隣の人が誰かと

ドキドキするだけでも、うっとうしかったのです。


好きな男子の隣になりたいとか、ドキドキしているうちに

自分から独り(隣なし)の席を立候補してしまいました。

もちろん中学からは、女子校に迷わず入学しました。


小さい頃はおっちょこちょいなので教育熱心な両親に

怒られてばかりで、気の休まるところもありませんでした。


杜子春がもうお金もいらないから仙人に弟子にしてくれ

と、言った時、私も同様に仙人になりたいと思いました。


今、この本を読んで、小学校の時より異常に面白い!と

思ったのは、話に出てくる場面や登場人物のことが

理解できるようになったからです。


泰山とか峨眉山とか、金庸の物語によく出てくる武門の

総本山みたいなところだし、突然現れた「神将」や「眷属」も

今ではいろんな仏像を見聞きしているので、すぐに

想像することが出来ました。


うさうさ☆きらりんこ

最後に驚いたのが、この物語がハッピーエンドで

とても後味が良かったことでした。


終わり方に納得のいかない人もいるだろうなあ

と思いますが、パンドラの箱の底にあった「希望」を

小学生の私は、この物語に見つけた気がしました。


父とよくケンカしていたのが、父はスグ「金の問題」

というけれど、私は断固として「金じゃない、気持ちの

問題だ!」と反論しました。


しかし、これは感性の問題なので、気持ちは

見えないものなので、感じ取れない人には、本当に

分らないものなんですよね。


人間らしい生き方、自分らしい生き方、自分が

何をするのが、どんな状態が一番HAPPYかを

想像できないと、いつまでたってもむなしいままですね。


幸せはいつも目の前にたくさんキラキラして

微笑んでくれていると思います。


仙人ならなくても大丈夫・・・って今再び「杜子春」を

読んで思いました。