中央園芸のブログ

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(株)中央園芸の庭づくりの様子や、日々の出来事


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お久しぶりです、押田です。

 

ちょうど1年前、「大地の再生講座」での考え方や技術を普及しようとの趣旨で、

全国の有志と共に、(一社)大地の再生講座 結の杜づくり という組織ができました。

 

あれから1年が経過した、6月18日、東京都国立市から長野県富士見町に本部を移し、

2年目となる総会が富士見町にて行われました。

 

翌日は、大地の再生 結の杜づくりの理事でもある長野県原村のN邸にて、

今後の活動について話し合いました。

 

八ヶ岳西麓、標高は1,000mほどの原村は初めてでした。

小淵沢などの八ヶ岳南麓とはまた違い、とても静かで自然豊かな場所でした。

 

 

木々に囲まれたデッキに、木漏れ日が降り注ぎます。

 

 

 

これから、長崎県佐世保市へと向かう、杜の学校の道具車。

 

全国各地を飛び回る大地の再生講座も、束の間のゆっくりしたひと時・・・。

心地よく、爽やかな時間が流れました。

 

 

僕も、大地の再生講座への参加や講座開催、庭づくりの仕事と、地域の事、家族の事・・・

など、昨年よりもブログを書く時間が少なくなりました。

色々とお伝えしたい事は山ほどあるのですが、なかなか時間がなく、前回のブログでの告知からの報告を兼ねて、4月からの出来事を駆け足で紹介します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずは、GWに行われた、ふかや花フェスタ。

今年も晴天に恵まれ、2日間で7万人ほどの来場者があったそう。

 

 

毎年恒例の、軽トラガーデン。

先日、テレビ東京の「箱庭王」でTVチャンピオンにも出演した、金子園芸さん。

移動できる洗練されたカフェ、のような素晴らしい作品。

 

 

作庭志稲田さんの作品。

両面を板塀などで囲み、前面からしか中が見えない。

 

 

「中を覗きたくなる!」という人の心理を付き、見事に人気投票で1位になりました。

 

 

 

 

そして、今回は初めての試み、「庭師展」を行いました。

普段使用している剪定ハサミ等の展示や、半纏、

 

 

庭師の活動を写真で紹介。

また、イケメンの多いと言われる、埼玉県支部青年部の写真を集めた、「庭男子」の特集!

 

こちらは石を持ち上げる、三又(さんまた、みつまた)という道具。

庭づくりの世界では、クレーン車が入らないところは、今でもこのような道具を使い、重い物を移動したりしています。

大きな三又を使えば、重さ数トンの石も動かす事が出来ます。

ちなみにこれは1tサイズの三又。

 

お子様にも、チェーンを引いてもらい、500kgの石を持ち上げてもらいました。

 

 

そして、中央園芸としては、ミニ盆栽のワークショップも行いました。

 

 

 

 

 

 

続いて、5月19日(土)は、熊谷市松本材木店にて、

盆栽から学ぶ!夏の庭づくりセミナー の開催。

 

まずは盆栽を使っての座学。

盆栽の仕組みを知り、庭づくりに応用しよう、という内容です。

 

そして、駐車場に出て、赤松の盆栽の植え替え実演。

 

 

午後は、参加者のミニ盆栽づくり。

 

 

 

作品が完成したら、、ひとつひとつ作品の紹介。

参加者の方にも、作品のポイントをお話ししていただきました。

 

ということで、出来上がった作品。

 

それぞれが、思い思いの木を選び、石を置き、苔を張り、砂利を敷く。

小さな鉢の上に、理想の庭や山の上の景色が次々に出来上がっていきました。

本当に素晴らしいものばかりでした!

 

 

 

 

 

 

 

次に、5月26日(土)・27日(日)、

長野県長野市K宅にて、大地の再生講座を開催致しました。

 

元々は庭づくりの依頼でしたが、地元の人にも興味を持ってもらいたい、というお施主さんの言葉から、地元の方にお声掛けしての大地の再生講座。

 

 

まずは近くの公民館で座学を行いました。

 

 

 

 

座学の後は外に出て、大地の再生 結の杜づくり 関東支部、藤井マキコさんによる、

風の草刈りの説明。

 

 

草の多い時期、参加者も興味深々の風の草刈り。

 

初めての風の草刈りに戸惑いながらも、みんなでのこぎり鎌を持ち実践しました。

 

 

 

そして、K宅に移動し、みんなで水脈の見立ての検討。

起伏のあるところと平地の境、やはり水脈を掘るのは「斜面変換線」がポイントになります。

 

 

 

 

水脈の資材である竹は、付近の竹林へ取りに行きました。

「こんなものが使えるの?」という声。

 

「はい、竹は最高の環境改善資材となります!」

 

 

 

 

そして、水脈を掘ります。

お施主さん自身も参加しての作業。

 

 

 

そして、作業の合間はお施主さんの手作りのおやつと食事の数々。

 

 

 

 

お弁当を買ってきていただいたのかと思いきや、すべて奥様の手作り、

作業の合間の食事は本当に楽しみでした。

 

 

 

それから、笹に包まれたこの地区のおやき。

かぼちゃ、なす、にら、卯の花、あんこ・・・色んな味が楽しめます。

これは、今まで食べたおやきの中でダントツでNO1でした。

 

 

という事で、2週間に渡る講座工事も完成。

既存の庭を補修しながら、水脈を整備し、木を植える。

 

 

とても歩きやすくなった階段。

今までの階段を少し手直しをして、直線だった階段を曲線にしました。

 

 

デッキの中と前に植栽をしました。

 

 

2日目の講座の後の集合写真。

草刈りや水脈整備、グランドカバー・・・。

 

少しずつでも、我々の活動が広まっていけばと思います。

 

 

 

 

 

 

そして、今後の予定です。

 

今週末、6月23日(土)、埼玉県寄居町の川の博物館にて、

~かわはくで緑に親しもう~   お家に緑を持って帰ろう

というイベント内で、ミニ盆栽づくりワークショップを開催します。

申し込みは不要、、金額は1,000円~。

 

http://www.river-museum.jp/event/cat74/post-396.html

 

 

 

 

 

そして、6月30日(土)は、大地の再生講座in中央園芸の開催です。

 

 

2016年秋の矢野さんを招いての大地の再生講座in中央園芸から1年半。

会社の圃場(植木畑)は、いまだに試行錯誤しながら、進化を続けています。

 

中央園芸の圃場にて、理想的な植木畑づくりと植栽管理の仕方。

矢野さん自身も熱望していた企画です。

 

風の草刈り、風の剪定、そして、以前稲城の講座の時に初めて見て衝撃を受けた、植木の掘り取り・・。

圃場に水脈を通し、さらにこの植木の移植方法をマスターすれば、植木の移植がほぼ1年中行うことができます。

 

*内容はプロ向けですが、一般の方でも参加できます。

以下、詳細になります。

 

日時 6月30日(土) 9:00~18:00(時間は変更することがございます。ご了承ください)

 

集合場所 JAふかや・用土支店 (中央園芸すぐ横)  埼玉県大里郡寄居町用土1793−1

※実作業は、 (株)中央園芸の圃場にて行います

 

予定している講座内容

*植木生産の圃場メンテナンス、樹木の移植、風の剪定、風の草刈り、水はけの悪い畑の改善など

 

講座費用 ①一般  6000円(昼食付)

②造園連会員、JAふかや出荷部会、青年部、4Hクラブほか、

寄居町在住、在勤の方 4000円(昼食付)

 

持ち物:腰道具、タオル、帽子、飲み物など。

移植ごて、のこぎり鎌、三本鍬(くわ)などあればご持参ください。

 

服装:作業着、雨具、長靴、手袋など。

 

タイムスケジュール

9時   JAふかや用土支店2階 集合、受付

9時30分 講座開始 

9時30分~11時頃 座学

座学終了後、中央園芸圃場へ移動し、圃場の現状説明

12時~13時 昼食

13時~17時 実作業 (途中休憩あり)

17時~18時 質疑応答、まとめ

18時解散(時間は延長することがございます。ご了承ください。)

 

定員:30名程度(予定)

 

申し込み

〇参加者氏名 〇住所 〇当日連絡の取れる電話番号 〇交通手段(車か電車か) 

〇領収書希望の方は宛名

*造園連組合員や寄居町在住の方は、お知らせください。

 

以上を明記し、以下のメールにて受け付けます。

info@chuou-engei.co.jp  

 

締め切りは6月28日(木)まで、(定員になり次第、受付は終了させて頂きます。)

 

*ご不明の点がありましたら、メールか、担当の水谷までお問い合わせください。

 

主催: 株式会社 中央園芸   埼玉県大里郡寄居町用土2308-2  担当:水谷(080-3019-6097)

 

毎日全国を飛び回る矢野さん自身も、現場の先頭に立って講座をやるのは、あと半年くらいかと先日の総会でも言われました。

貴重な中央園芸でも講座の機会をお見逃しなく!

 

 

 

 

 

それから、僕も参加した屋久島での2回目の講座の事は、著作家の大内正伸さんがブログでまとめています。

大地の再生講座がよくわからない方、

または、水脈整備、風の草刈りなど技術的な解説もとてもわかりやすいです。

読みごたえがあり、素晴らしいブログですので、是非ご一読を!

 

⚪︎座学&1回目の改善後の観察:https://iroridanro.net/?p=35287

⚪︎小杉谷集落跡地へ前編:https://iroridanro.net/?p=35413
⚪︎小杉谷集落跡地へ後編:https://iroridanro.net/?p=35418

⚪︎一湊エコビレッジ前編:https://iroridanro.net/?p=35407
⚪︎一湊エコビレッジ後編:https://iroridanro.net/?p=35481

⚪︎アペルイ家周り改善前編:https://iroridanro.net/?p=35524
⚪︎アペルイ家周り改善後編:https://iroridanro.net/?p=35599
⚪︎アペルイ家周り改善おまけ:https://iroridanro.net/?p=35612

⚪︎棚田再生プロジェクト前編:https://iroridanro.net/?p=35623
⚪︎棚田再生プロジェクト作業後:https://iroridanro.net/?p=35549

 

また、大地の再生講座の今後の予定になります。

 

https://www.facebook.com/daichisaisei/

 

 

いつも、ブログを読んでいただきありがとうございます。

まだ、お伝えしたい事はたくさんありますが、また次回のブログでご紹介します!

 

 


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こんばんは、押田です。

新緑の美しいこの時期、1年で最も過ごしやすく、心地よい季節といっても良いかもしれません。

 

写真は、深谷市の仙元山、雨上がりの新緑がとてもきれいでした。

 

 

今回のブログは、GWのイベントや、今後の中央園芸の動きなどの告知をいたします。

 

 

 

 

 

 

 

まずは、前回のブログでご紹介した、宮城県気仙沼での大地の再生講座。

 

*4月28日(土)、29日(日) 大地の再生講座in気仙沼  

https://www.facebook.com/events/215747209173569/

 

4月28日、AM9時 宮城県気仙沼市本吉町前浜地区、 前浜マリンセンター集合。

 

作業内容は、小川の整備、水脈のメンテナンスや、春の風の草刈りほか。

 

前回水脈整備を行った、ゆずの木の樹勢回復の状況も気になるところです。

 

参加費:一般5000円、東北の方、3000円、気仙沼の方は参加費無料です。

講師は矢野智徳氏。

今回私は別のイベントのため、残念ながら参加できません・・・。

 

申し込みや詳細は、大地の再生講座事務局

daichisaisei@gmail.com   0554-62-4002(杜の学校)まで

 

 

 

 

 

そして、同日になりますが、

*4月28日(土)、29日(日) 

 第15回ふかや花フェスタ   深谷城址公園にて。

 

私の所属する、(一社)日本造園組合連合会埼玉県支部(青年部)、

寄居町花植木出荷部会青年部での参加です。

 

4/28 10時~ ミニ庭園づくり(実演)フラワーミニステージにて

4/28,29 造園連ブース内にて、「庭師展」の開催(軽トラガーデンもやります。)

写真は2016年の軽トラガーデンコンテストの様子。

例年、来場者数は2日間で7~8万人の大イベントです!

 

今回、初の試みとなる「庭師展」。

もっと庭師の仕事を知ってもらいたい!庭師をあこがれの職業にしていきたい!

 

そんな主旨の元、庭師の「歴史」、「道具」、「服装」、「仕事」などのカテゴリーに関連するものを展示し、

我々が実演、説明等を致します。

 

また、庭師の仕事ぶりや休日の庭師、夜の庭師?など・・・遊び心を取り入れたミニ写真展も計画中です!

今回も軽トラガーデンも4台ほど集結、大人から子供まで楽しめる、体験型の展示イベントを開催します。

 

 

また、寄居町花植木出荷部青年部ブースでは、植木鉢物の販売。

私は、ミニ盆栽を販売します。

 

 

今回のイベントは、二つの部会を掛け持ちしての参加、

 

お気軽に遊びに来てください!

 

 

 

 

 

 

 

 

次に、

2年前に正木覚氏の設計、中央園芸の施工で新社屋の庭づくりを行った、熊谷松本材木店のイベント。

 

 

 

* 5月19日(土) 松本材木店 「盆栽から学ぶ!夏の庭づくりセミナー」開催決定!

私が講師となって、

「盆栽から学ぶ、庭づくりセミナー」と題して、

盆栽の仕組みを通して、樹勢回復方法や、樹木の剪定(風の剪定)、草の管理の仕方(風の草刈り)など、

皆さんの庭のお悩みや管理方法をレクチャーします。

 

午後からは、ミニ盆栽づくりのワークショップも行います。

 

お問合せは、0120-70-2289 お申込みは、FAX048-523-2200(松本材木店)にて。

 

 

 

続いて、大地の再生講座in屋久島のご案内。

 

 

北海道から、沖縄まで、全国各地で開催してきた矢野智徳氏主催の大地の再生講座。

ついに、屋久島に上陸しました!

 

亜寒帯から亜熱帯など、日本の気候がすべて見られるという屋久島は、矢野氏にとっても、「最終目的地」という位置付けをされ、ここを大地の再生講座のモデルにしたい、とも言われておりました。

 

第一回目は、4月5日~8日に開催され、地元のガイドさん向けの講座や、農地の環境改善の整備などを行いました。

 

写真は、4月5日、ガイドさん向けの講座。

 

屋久島の照葉樹林を歩き、現状と問題点を指摘。

こんなに自然豊かに見える屋久島でも、木々の痛みは顕著にみられました。

 

4月7日、今回主催のアペルイでの座学の様子。

 

スタッフを含めると50名近い参加者となりました。

 

段々畑の再生。

 

 

* 5月30日~6月3日 第二回 大地の再生講座 @屋久島

https://www.facebook.com/events/164019437630527/

 

申し込み、詳細については、mail@aperuy.com (アペルイ田中俊三)まで。

 

今回の目玉は、矢野さんが訪れて絶賛したという、

「人がつくった建物と、自然とが見事に共存している」という、屋久島ならではのとっておきのポイントに案内してくれる予定。私も5/30~6/1まで参加したいと思います。

 

 

 

 

6月以降では、

*6月上旬  関西方面で、盆栽ワークショップ。

*6月23日(土) かわはくで緑に親しもう! 埼玉県立川の博物館にて(大里郡寄居町小園39)

  こちらも、ミニ盆栽づくりのワークショップを開催予定。

 

今後の予定や詳細については、中央園芸のHPでチェックしてみてください!

 

http://www.chuou-engei.co.jp/

 

以上、お出かけにはとても良い季節になります。

どちらかのイベントでお会いしましょう!

 

 

 

 

 


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7年目の春、ブログ後編です。

気仙沼市 前浜漁港、穏やかな秋の海岸、2017年11月26日。

 

 

前浜漁港の前にある防波堤。

 
 
釣りをしている姿が見られました。

 

 

 

 

海岸沿い、枯れている樹木は赤松でした。

なぜ、枯れたのか?

大地の再生講座、矢野智徳氏によると、

山や川、海は地中でも水脈、気脈を通し繋がっていて、防波堤や周辺道路の整備により、地中の空気と水の流れを滞らせてしまう事が原因。

 

そして木々が弱ってきたところに追い打ちをかける様に、津波が地表面の表土を洗い流した。

木々が弱ったところに、マツノザイセンチュウが入り、赤松は枯れた、との見立て。

 

海岸付近の人工的な構造物は、自然環境への影響がとても大きい。

 

 

 

 

 

前浜漁港近辺、我々が今回草を刈った区域の1年半前の夏の様子。

辺りは勢いよく草が繁茂していました。

実はここには、小さな川があり、この時行われた大地の再生講座では、風の草刈りをして、

詰まってしまった小川の泥をすくい、水の流れを呼び戻しました。(私は参加しておりませんが・・)

 

草を刈り、水が流れてくると一気に風が通り始めます。

小刻みに小川は蛇行し、ちょろちょろと水音が響き、心地よい風が流れます。

 

 

 

今回の秋の作業も、周辺の草刈りをしながら、小川のメンテナンスをやりました。

見落としてしまいそうな地道な作業。

こんな小さな水の流れが、陸と海とを繋げるこの土地の水脈を復活させる、大きなきっかけとなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、こちらは、気仙沼市本吉町を流れる沖ノ田川の上流付近。

 

 

 

 

 

 

 

 

この川は、復興事業として、「河川堤防」という大規模な工事が行われています。

 

 

出来上がった、「河川堤防」。

もはや「川」という感じがしない。

巨大なコンクリート水路。

 

高低差は9m。

 

 

 

 

沖ノ田川の下流付近。

かつては鮭が遡上していたという清流も、今は昔。

その面影はありません。

巨大なコンクリートの構造物は海まで続きます、2017年2月。

 

 

 

 

沖ノ田川、河口付近は防潮堤の工事も始まりました。

(今回のブログの写真は、気仙沼市在住の菅原圭子さんから、たくさんの写真とデータを提供していただきました。)

 

ポンプ車による、コンクリートの打設。

 

 

 

河口付近の防潮堤工事。(2017年6月撮影)

周囲の土は固く転圧され、水が抜けない様です。空気と水の循環がすでに滞っているよう。

河川と海との水脈は分断されてしまったようです。

 

防潮堤の高さは9.8m。

これが出来上がれば、海が見えなくなります。

 

 

 

 

 

 

こちらは、同じく気仙沼市、小泉海岸。

かつては美しい松原と砂浜の海水浴場でしたが、津波により松原や砂浜は消滅。

新たに防潮堤をつくる計画になったようです。

 

ここ小泉海岸は、三陸に作られる防潮堤の中でも、最大級ともいえる高さ14.7m、底辺の幅は90m。予算は400億円を超える勢いの大工事。(2016年7月撮影)

 

 

コンクリートが敷かれ始める、2017年9月の状況。
 

こちらは完成、イメージパース。

住宅は高台に移転し、海岸付近には人は住んでいないという。

何のための防潮堤なのだろう。

 

 

 

 

 

気仙沼市唐桑町の大理石海岸。

三陸沖らしい、風光明媚な景色。
 
 
透明度のある海。

 

しかしながら、こちらの海岸も防潮堤の工事が行われます。

既存の岩場と一体化?したコンクリートの工事。

 

 

 

 

現況の海岸が、

 

完成イメージパース。11.3

mの防潮堤の計画だという。

 

 

 

 

このような工事計画は、気仙沼だけに限った事ではありません。

 

津波でも被害の大きかった、岩手県 陸前高田市。

 

有名な奇跡の一本松。

高田松原の7万本の松は、ほぼ壊滅しました。

 

 

流された松林の残骸。

後方には、12.5mの防潮堤。景観は一変しました。

 

震災当時は15.1mという津波の水位。

 

 

 

高田松原を復活させようと、松の植林が行われています。

しかしながら、空気と水の滞るこの土地では、どんな木を植えても、木々は育ちにくいと想像します。

 

まずは水脈の整備をし、松だけではなく多種多様な樹木を植えることをお勧めしたい。

 

 

 

 

 

 

同じく陸前高田市、広田町大野海岸。

 

青い海と美しい砂浜。

 

 

 

 

 

 

 

しかしながら、後方には、大きな防潮堤が建設されました。(2017年9月撮影)

陸と海との水脈は分断され、今後自然環境への影響が心配されます。

 

 

 

 

 

 

 

良質な漁場として栄えたであろう三陸の漁港も、とても無機質なものに変わっています。

周辺の木々も樹勢が弱っている姿が見られます。

 

 

 

 

三陸復興国立公園、崎野海岸(岩井崎)。

前浜漁港と同様に、松枯れが見られます。海岸付近の大きな構造物の建設による樹木への影響は顕著です。

 

 

 

 

気仙沼市 唐桑町。枯れている樹木は、同じく赤松か。

 

防潮堤の計画は、被災した岩手、宮城、福島の約600箇所、総延長400kmにも及び、総事業費は1兆円ともいわれています。

 

 

 

宮城県南三陸町 歌津館浜の防潮堤。

 

 

 

石巻市白浜海岸。

 

 

 

 

 

 

陸前高田市 米崎町。

 

 

 

 

 

 

 

岩手県大船渡市の碁石海岸。

三陸海岸を埋め尽くす防潮堤の自然への影響は、今後益々増えていくと思われます。

 

空気と水の流れに敏感な赤松への影響が心配されます。

いつまでこの美しい景観が見られるのか・・・

 

 

震災から7年が経ち、復興は順調に進んでいるように見えますが、

今、東北では復興事業という名のもとに、住民の意思とは思えないような大規模な工事が次々に計画され、施工されています。

大きなコンクリートの構造物は景観の良し悪しだけでなく、周辺樹木や海産物への影響が懸念されます。

 

 

 

 

「景観十年、風景百年、風土千年」という言葉があります。

 

リアス式海岸で知られる、美しい三陸の景観や世界三大漁場といわれる良質な漁場。

 

 

 

 

今回の東日本大震災は観測史上最大規模の地震と津波であったことは事実ですが、元々三陸では、平安時代の貞観地震や江戸時代の寛政地震、明治時代の明治三陸地震、昭和三陸地震、チリ地震・・・など、古くから幾度もの地震や津波の被害にあった歴史があります。

 

 

人々は美しい風景や豊かな海産物など、あり余るほどの多くの海の恩恵を受けてきた代わりに、光と影、時として起こる海の猛威と真摯に向き合ってきたのかもしれません。

 

 

 

 

「俺たちは、怖い思いもしたけれど、やっぱり海が好きで、たくさんの恵みを受けてきた。

だから、子供たちにも恥ずかしくないものを残してやりたい。」

 

 

大地の再生講座に参加した地元の方々からは、そんな声が聞かれました。

 

防潮堤のつくられている沖ノ田海岸も、砂浜が少しずつ戻ってきているという。

 

自然は時として、水脈・気脈の詰ったもの、人がつくった不自然なものを破壊することで、自然の歪みを修正します。

 
 
今回の津波で崩壊した旧防潮堤の破片には、フジツボなどの生き物が住みついています。
自然界にとってはコンクリート片もゴミではなく、住処となります。
 
防潮堤のブロックの隙間から、植物が生える。
自然は、何物をも受け入れて、自ら再生しようとしています。
 
 
大地の再生講座の昼食時、僕は地元の方々と矢野智徳氏とで防潮堤の問題について、話す機会がありました。
地域住民たちも、賛成、反対で対立、お互いが疲弊していく。
黙っていれば、どんどん工事は進む。
だったら、防潮堤を受け入れてみる。
 
良い防潮堤って何だろう・・・
矢野智徳氏と、
「こんな防潮堤なら、あってもいいな!」
というものを考えてみました.。
 
 
 
防潮堤の下部に透水管を通し、陸と海との水脈を繋ぐ。
防潮堤の壁面から、上部には、先程の写真のようなコンクリートの隙間に樹木(苗木)を植える。
樹木は一樹種ではなく、できるだけ多種多様な樹木を植えて、生態系も再生したい。
 
50年後のコンクリートの耐用年数が来る頃には、樹木はしっかりと成長し、コンクリートに代わり、防潮堤の土台を木々の根がしっかりと守る。10m、20mと成長する木々の成長を考えれば、防潮堤はそれほど高さは必要ないだろう。
 
 

今回の三陸海岸を中心とする巨大な河川堤防や防潮堤の工事は、今後の日本全体の海岸の景観を左右するものとなるでしょう。

 

南海トラフを代表とされる、今後発生が予想される地震や津波の対策として、同じような構造物が日本の海岸を埋め尽くす可能性もあります。

 

 

 

 

今まで何百年、何千年、何万年と培ってきた風土や歴史を、この数年間で壊していい物なのか?

 

 

 

 

我々は、今回の震災により、何を学んだのか。

最先端の科学技術や今までの土木や造園の技術を駆使し、この大きな問題を考えていかなければなりません。

 

 

震災復興はまだ終わっていない、住民の苦悩は今も続いています。

 

大地の再生の気仙沼講座は、4月下旬ごろに再び開催予定。

このブログでもご案内できればと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回も長いブログにお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

また、写真を使わせていただきました、増茂君、白鳥様、そして膨大な写真やデータを提供していただきました、菅原圭子様、取材にご協力していただきました岩田さんありがとうございました。

 

 

 

多くの方にこの現実を知っていただき、美しい日本の海を残していけますように・・・。

 

 

 


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.2017年の11月25日、宮城県気仙沼漁港。

震災後6年が経ち、僕は被災地を始めて訪れました。

 

 

2011年の3月16日に、僕の第一子が誕生したこともあり、被災地はいつも気になっていましたが、

なかなか縁がなく、今まで足を運ぶことはありませんでした。

 

そんな中、2017年の11月下旬、大地の再生講座という機会で、ようやく被災地を訪れる事になりました。

 

 

 

早朝、気仙沼を車で回りました。

海岸沿いには、津波対策として、真新しい防潮堤が次々と建設されています。

 

 

大きな防潮堤もあちこちに見られます。

被災地では復興事業として、かなり大規模に工事が行われているようです。

 

こちらは新しい高速道路、三陸沿岸道路の建設現場。

仙台から気仙沼を通り、青森の八戸まで続くといいます。

 

 

こちらは、震災で廃線となった気仙沼線。

 

 

 

気仙沼での大地の再生講座は、すでに何度か行っているようで、

今回は個人宅の環境改善工事を行いました。

 

母屋の裏、大きなビワの木が倒れました。

母屋によりかかるように倒れ、瓦や屋根の一部も破損したとのこと。

 

 

その横には、また大きなゆずの木があり、樹勢がとても弱ってきた、というお施主さん。

昔に比べ、このゆずの木はかなり衰弱したという。

なぜなのか?
樹齢の古い木だから、
肥料をあげてないから、
異常気象だから・・・
よく、そんな理由を耳にしますが、
原因は、土の中の空気と水が停滞しているから、と考えられます。
 
土の中が通気不良になると、植物にとって有害な有機ガスが発生、土壌が腐り(グライ化)、
樹木の根が衰弱し、樹勢が弱る、と推測されます。
よく観察すると、枝の上部に枯れ枝が多い。
 
樹木の根は、地上の木の姿をひっくり返したようなものだといわれます。
枝の上部に枯れ枝が多いという事は、根っこの下の方に問題がある。
おそらく土壌の表層ではなく、下層の方に原因があるのか。
やはり、土壌の下層が通気不良なのか。
 

 

付近を見ると、コンクリート目地で固めた石垣と、コンクリートのU字溝、コンクリートの土間がありました。

ここが原因だと思われます。

 

コンクリートという、空気と水を通さない性質上、今まで石垣の間から通気ができていたものを、コンクリートの目地で固める事により、空気と水を遮断し、停滞させてしまう。

U字溝や土間も、雨水を外に逃がすだけで、地面には浸透しません、地面との呼吸を妨げています。

 

ビワの木の倒木と、ゆずの木の樹勢が弱っている原因は、これらのコンクリートの構造物が原因だとほぼ断定できます。

通気不良となった土壌に、健全な樹木の成長は望めません。

 

でもこれは改善することができます。

大地の通気性、通水性を解消し、樹勢回復を図る工法が、「通気浸透水脈」の施工です。

 

 

 

 

ゆずの木の下にも、U字溝がでてきました。

おそらく、このU字溝により空気と水を遮断し、土壌の通気を悪くしています。

 

よく、土を入れ替えれば良いのでは?

と聞かれることがありますが、この環境自体を変えないことには、問題は解決しません。

というより、土を入れ替える必要はなく、環境さえ変われば、土壌は必ず再生します。

 

ということで、このU字溝の際に沿って横溝を掘り、所々に深み(点穴)を開けていきます。

 

建物の外周部分に沿って、溝を掘ります。通気不良の土壌は、とても固く、つるはしを使っての作業でした。

 

既存の浸透桝は、泥が詰まり機能していませんでしたが、これも点穴(縦穴)として利用します。

 

 

 

 

溝を掘った後は、透水管を埋設します。

 

 

 

母屋の裏山。

 

見るからに「暴れている」状態で、竹や笹が繫茂しています。
水脈が滞ると、樹木は衰弱していきますが、下草や竹は逆に暴れ、勢いを増し、藪(やぶ)化します。
でも、意味もなく竹や下草が伸びている訳ではありません。

通気不良で固くなってしまった土壌に、必死に根を伸ばし、通気を解消しようとしている植物の姿。
それがこのような藪化した状態。
「通気不良を解消してくれ~」
と、植物たちがサインを送ってくれています。

 

そんな周囲の裏山の竹林からも竹や篠竹を切り、透水管に組み込んでいきます。

 
 

その後は、半分くらい土を戻し、通気浸透水脈の完成となります。

じめじめしていた空間でしたが、地面に空気が通ると、空気感が変わります。

そこを歩いているだけで、心地良さを体感できます。

 

 

 

 

午後からは、風の草刈りをするということで、海岸の方へ移動しました。

 

 

時間は1時間ほど、限られた時間の中で、この地域の草を刈ります。

普通にやっていたら膨大な時間がかかりますが、このようなフィールドでは、どのように草を刈るのか?

 

 

 

例えば、このような草地。

 

まずは、ここに風を通していきます。

よく見ると、草の生え方が薄い部分があります。そこを見極めて、草を刈り、風を通します。

 

 

いわゆる、獣道(けものみち)をつくるイメージ。

草の少ない部分を刈っていくと、自然と道は蛇行していきます。

 

風を通すラインは直線ではなく、必ず蛇行させることが、自然の摂理。

なぜなら、風や水の動きは直線的ではなく、渦を巻いているから。

そして、蛇行させることで、風の勢いを加速させることなく、弱めてくれます。

 

 

 

周囲の草は、風で揺れるポイントで、草の頭をナイロンコードで刈る。いわゆる、なで刈り。

刈った草は、もちろんこのまま。

これで良い。

 

山林や広大な敷地での短時間での草刈りは、風を通す部分だけ刈り進む。

草地の地表面に風が通ることで、

地面の中の空気も連動して動き、大地の中の呼吸が始まり、再生されていく。

これを繰り返す事で、草の成長は不思議と安定していきます。

 

これが「風の草刈り」です。

 

そんな要領で、広い草原での草刈り、短時間での作業をこなしました。

 

 

 

草刈りも、だんだん海辺に近づいていきます。

元々は風光明媚なところだったのでしょうが、海岸沿いの木々が枯れていました。

赤松でしょうか。

 

 

 

僕も草刈りに夢中になっていましたが、ここは気仙沼、前浜地区。

津波の被害も大きかったところ。

 
この草地も、以前は家が建ち並んでいた場所だ、という事を後で聞きました・・・。
                                               後編に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


テーマ:

2018年1発目のブログです。

 

 

 

昨年の年末の事、

暮れの植木の手入れにバタバタとしていた頃、

遠くからクレーン車の長いブームが見えました。

 

嫌な予感がしました。

 

行ってみると、

大きなシイガシやユズリハなどが、かなり大きく剪定され、

常緑樹なのにこの姿・・・。

 

 

この現場は僕も関わっていたお客様のお宅。

 

 

 

20~30mはあったシイガシでしたが、駐車場にドングリが落ちて車が傷つく、

という苦情のための強剪定だということでした。

 

 

もう少し、枝や葉っぱを残してあげたら良かったのに、と思いました。

快晴の冬空には、何とも寒そうな感じがしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月の下旬、埼玉県 県央地区、とある敷地内の屋敷林。

 

 

こちらも大きなシラカシとユズリハ。高さは20~30mクラス。

 

 

 

周囲からも見渡せる、立派なシラカシの大木。

 

 

 

屋敷林の生い茂る広い敷地内の一部は切り売りされ、今後一戸建ての住宅が建ち並ぶ。

賃貸のアパートも一棟建つようです。

 

 

同じ敷地内、古い蔵の横にある、シラカシとゆずの木。

 

そんな開発計画の際に、生い茂る大木をどうするか。

伐採するのか、残していくのか?

 

家主には、そんな選択が迫られます。

 

 

 

赤い印のついた、この境界杭で樹木の運命が決まります。

「境界から近いから、この木は伐採、残せない。」

「これも敷地内に落ち葉が入るから伐採、やむを得ない。」

 

この現場では、何本かは生き残る予定になりましたが、かなりの本数の大木が伐採されることになりました。

 

 

 

 

その土地を守ってきた大木たちは、

近隣の住民の苦情や今後の維持管理費の問題などで、やむなく伐採される運命に。

 

都市の中に残された大木を残していくには、多くの問題が立ちはだかります。

 

何とか救ってあげたい・・・。

 

 

 

 

 

最近は、樹木の調子が悪い、樹木を助けて欲しい、何とか残せないのか?

などと、多くの方々から相談を受けるようになりました。

 

大地の再生講座や、雑木の庭づくり、街路樹サミットなど、

今の様に木々の問題に関わり、樹木を大切にするようになったのには、僕自身、それなりの理由がありました。

その一つのきっかけとなった出来事を今回のブログでは紹介します。

少々長いですが、お時間の許す方は是非お読みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の住む寄居町は養蚕業が盛んな地域で、うちも養蚕農家でした。

しかしながら養蚕業が下降気味になる1960年代、

先代の祖父、正一郎が将来を見据え、植木栽培にシフトしていきます。

 

祖父が始めた中央園芸は、盆栽や植木鉢物など、園芸の生産、販売をやっておりました。

今から50年ほど前の事です。

 

 

僕は1973年生まれ、幼いころから、盆栽や植木鉢物に囲まれて育ちました。

 

写真は以前住んでいた民家、当時で築70年ほど。1990年頃の写真。

 

 

 

 

 

 

こちらは民家(母屋)から見た前庭付近。

家の前には盆栽棚があり、所狭しと盆栽が並べられていました。

 

正面に見える建物は物置です。

現在は僕が住む家を建てる時に、物置は解体しました。

 

盆栽や植木鉢物が売れていた時代。

寄居町用土地区は川口安行や大宮盆栽村のように、植木鉢物の一大産地となりました。

 

小学生の頃は、休みの日になると、植木の仕事の手伝いをよくやりました。

祖父や祖母のところで、一緒に植木を運んだり、畑に苗木を植えたり。

 

「大助、よく頑張ったな~」といっては、祖父からおこずかいをもらったり。

子供の頃は家業の手伝いをするのが、とても楽しかった記憶があります。

 

僕は次男だったこともあり、家業の植木屋を継ぐ気はなく、普通高校を出て、大学に進みました。

学校の勉強はあまり好きではありませんでしたが、日本地図や時刻表を見るのが大好きだったこともあり、大学は地理学専攻へ進学しました。

 

漠然と旅行会社で働いてみたいと思っていましたが、、就活をしていた1995年頃は、就職氷河期と呼ばれていた時代。

僕の勤務先は見つからず、実家の寄居町へ戻ることにしました。

特にやりたいこともなく、祖父と祖母の植木屋の仕事を手伝うことにしました。

 

写真は、祖父である押田正一郎(当時78歳)  1991年3月撮影。

 

フジの苗木を圃場に植えています。

空気と水の流れを意識しているわけでないと思いますが、畝を高く上げています。

起伏をつけて苗木を植えた方が、植物の成長は良いというのは感覚的にやっていたようです。

 

 

 

そのうちに縁があり、近くの造園屋さんで働くことになりました。

当時すでに80歳を超えていた祖父は、高齢のため畑仕事が次第にできなくなって、寝たきりになっていきました。

僕が造園屋さんの仕事から帰ると、寝たきりの祖父はベッドに横になりながら、僕が作業着で帰宅する姿をニヤニヤしながら見ていました。

 

祖父からもらった最後の給料袋。今でもとってありました。

なぜか名前が間違えています。名前は「大介」ではなく、正しくは押田大助です。

 

 

 

 

その後、祖父が亡くなり、3年後に祖母が亡くなり、造園屋さんで働いていた僕は、中央園芸を継ぐ決心をしました。

父親は中学校の教員でしたので、母親と僕で仕事をしました。

 

 

 

当時はガーデニングブームが起こり、今まで庭木として売れていた、黒松やサザンカ、キンモクセイ、モッコク、梅などの需要が減っていきます。

新しい時代になる予感がしました。

 

 

 

 

中央園芸として最初に取り掛かった仕事は、荒れてしまった植木畑(圃場)の整理をしようと思いました。

 

今後売れそうもない植木は処分し、これから売れそうなコニファーや流行りの株立ちの木々を仕入れ、畑に植えていこうと思いました。

僕はチェーンソーと2トンのユンボ(パワーショベル)で、畑にある古い木々を伐採、伐根し、片付けては、焼却し処分をしていました。

 

祖父や祖母が亡くなり、荒れ放題だった植木畑はみるみるきれいになりました。

直感的に使えそうな木は残しましたが、一度畑の植木をすべてをリセットしようという気持ちでしたので、

僕は手あたり次第、チェーンソーやユンボで伐採・伐根していきました。

 

そんな様子を見ていた母親は、後継者が出来たことを喜びながらも、次々に処分される木々を見ては、

「もったいない、かわいそう、まだ使える木もある・・・」と嘆いていました。

 

でも僕は、そんな事など聞かずに、

「時代は変わったんだ、これからは俺のやり方でやる!」

と、聞く耳がありませんでした。

 

 

 

数日すると、畑の片隅に、ボロボロになった植木が植えられていることに気が付きました。

母親が、「まだ使えそうだから・・・」

という事で、僕が伐採し、捨て場に積んで焼却処分する植木を引っ張り出し、畑の片隅に植えていました。

 

それを見つけた僕は、

「何やってんの、これじゃあ仕事がはかどらないよ!」

「これからは新しい植木じゃないと売れないよ!」

「こんな形の悪い(樹形の悪い)植木なんて、使えないから!」

母親に向かって声を上げました。

 

植えられていた木は、チェーンソーで切られ、重機で引っこ抜かれ、ボロボロになった植木。

梅の木や、サザンカ、ツゲ、片枝のハナミズキ・・・。

小さなツツジやクチナシ、アジサイなどは重機で半分踏みつけられていたものもありました。

 

確か1月か2月の良く晴れた午後、休憩しようと思った時、

僕の頭の中に昔の記憶が蘇りました。

 

 

 

 

 

 

それは、祖父や祖母がビニールハウスの中で椅子に腰掛け、

苗木を一本一本丁寧に植木鉢に入れている姿。

暖かいハウスの中は、子供の頃の僕の遊び場でもありました。

植木栽培の仕事は、種をまいたり、株分けした苗木を、毎日毎日世話をして大きく育て販売する仕事。

 

紛れもなく、僕が「いらない!」と思って次々に伐採してきた木々は、

祖父や祖母が大事に育ててきた物だという事に、ようやく気が付きました。

 

「自分は何てことをやっているんだ・・・」

 

 

 

 

 

 

                                                                                                                                    

  

 写真は、ビニールハウスの中で福寿草を鉢入れしている祖父。

年末はお正月用の寄せ植えや福寿草が良く売れました。

(よくこんな写真が残っていました・・)

 

 

 

 

 

 

この時から、樹木を無意味に伐採する事はしなくなり、

樹木への愛情というものが、僕の中で芽生え始めました。

 

 

 

 

 

 

この後、20代後半で造園屋さんとして独立。

無意味に樹木を伐採したくない、樹木を助けたい・・・

 

という思いを持ち、中央園芸として仕事に打ち込みました。

しかしながら、与えらえる仕事とやりたい仕事との違いに葛藤の日々が続きました。

 

 

独立して10数年が経ち、

東日本大震災があり、雑木の庭づくりや大地の再生講座に出会いました。

 

ようやく、自分のそんな思いを形にすることができる様になっていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年、今年も庭づくりが始まりました。

 

 

新築の建物にウッドデッキ。

夏は直射日光を遮るものがなく暑い。

木を植えたい、木陰が欲しいという依頼。

 

 

 

 

 

ここは、大きなコナラを中心に植栽をしていきます。

7~8mクラスの大きなコナラです。

 

 

デッキの前に枝を張り出すよう、コナラを植えていきます。

 

 

 

 

 

デッキの前と外周に中心に植栽をしました。

木々の間の広いスペースは、木漏れ日の差す気持の良い空間になることでしょう。

 

子供が庭に出るようになった!、との奥様の声。

本当に嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

1月に入り、2件目の現場。

 

数年前に新築し、外構屋さんが庭を作ったが、今一つ。

 

モミジや梅は害虫が大量に発生し、

1本のモミジは枯れ、右側に植えられているハウチワカエデは夏に葉焼けを起こし、きれいにならない。

 

レンガで囲まれた植栽枡の中の木々の異変に気付き、通気を良くしたいという、リ・ガーデンの依頼。

 

 

 

 

 

 

 

ここは思い切って、レンガの土留めの半分を解体することに。

 

 

 

 

植栽枡の土の中30cmほど、厚いコンクリートがあり、通気を妨げていました。

もみの木の下にも、基礎コンクリートが。

まさに植木鉢の様です。

 

木々の下の土壌は固く転圧され、空気や水の抜けるところがありません。

土壌も通気不良のサインである、グレー色の土が出てきます。

 

悪い土壌が出てくると、以前なら土壌を入れ替えたりしていましたが、今は違います。

土壌内の通気を取り戻せば、自然と土壌は団粒化、再生されていくことがわかりました。

 

 

 

植栽枡の半分を解体し、敷地内に水脈を通し、通気を良くしていきます。

水脈の最後は、縦穴を深く大きく掘り、そこに繋げていきました。

 

 

 

解体したコンクリートガラもすべて処分するのではなく、土留めの一部として使います。

余った芝生もグランドカバーとして再利用。

あるものは、できるだけその現場で使い切ります。

 

最後に、粗腐葉土を敷き、全体をなじませる、「落ち葉仕上げ」。

表土の乾燥を防ぎ、多くの微生物が土壌を豊かにしていきます。

 

 

 

 

 

移植適期ではない冬期に掘り取りしたレモンの木は、寒さを防ぐために、わらを敷き、幹巻きをして、寒冷紗をかけてあげました。

 

 

 

 

滞っていた敷地内の通気を確保し、樹木が生き生きと成長できる環境を整えます。

 

 

 

敷地内の樹木を移植しながら、新たにコナラ、シラカシ、トネリコなど高木の木々を植えました。

 

 

 

畑で木々を無意味に伐採し、処分していた頃を思い返してみると、

今だったら、庭の中で生かす事ができるし、

山積みされた幹や枝葉は、焼却することなく、水脈整備の資材として、

他の木々や環境改善の役に立つよう、土に還すこともできる。

 

 

 

僕は、あの頃の思いがあったからこそ、

木々の痛みやメッセージを敏感に感じ取ることができる様になったのかと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

数年前からは、植木の生産も再開しました。

 

今年もドングリを拾って、ポットに植えてあります。

 

 

 

 

ドングリを拾って植えたコナラの苗木も、4年ほどすると、4m以上になりました。

 

 

山採り樹木の代名詞のアオダモも、種を撒き、だんだん大きくなってきました。

 

いずれは、山採りの樹木に頼ることなく、すべて生産された樹木で庭を作れるようになりたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祖母が「担いできて植えた」というハクレンの木の花芽も膨らんできました。

 
 

 

 

 

そんなハクレンの木にぶら下げたブランコは、今は僕の二人の子供の遊び場になっています。

 

 

 

 

 

昔の母屋と前庭。

 

 

 

今は、母屋も変わり、前庭は雑木の庭のモデル庭園となりました。

 

 

時代は変わる。

でも、忘れてはいけないことがある。

お正月休みは、なぜか子供の頃を思い返していました。

 

 

 

 

 

 

 

今年の仕事初め。

社員一同、地元の神社でお参りをしました。

木々と人々が争うことなく、共に暮らしていける世界をつくる。

 

2018年、初心を忘れず、また新たな気持ちで中央園芸は始動いたします。

それでは本年もよろしくお願いいたします。

長いブログにお付き合いいただき、ありがとうございました!

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