第12話
和樹と一緒にいるときも、ふとリコは慎也の事を考えてしまうようになった。
「どうしたの?リコちゃん?」和樹に心配そうに尋ねられ、はっとリコは我に返った。
「何処か調子悪いの?」
「ううん、何でもない。ごめんね」リコは慌てて笑顔を振り撒いた。
どうして・・・新村君と付き合っているのに・・・こんな自分にリコは戸惑いを覚えた。
そして、とうとう何の用事もないのに、慎也のバイクショップの前に来てしまった。
「あれ、今日は?」慎也は驚いてリコの方を見た。
「うん・・・実はね、私バイクに興味あるの」と何とかごまかして見せる。しかし、それは余りにも見え見えの口実だった。
「へえ・・・アンタが?」慎也は少しからかって聞いた。
「変?」
「変じゃないけど…珍しいなって思って・・・」
慎也はおかしそうにくすっと笑った。リコは恥ずかしくて顔を赤らめた。
仕事をする慎也の後姿は、背広姿の男たちとは違う、野性的とも言えるような魅力があった。
何処に住んでいるのか・・・どんな人生を歩んできたのか・・・
リコは慎也の事が知りたくてたまらなくなった。
ちゃんと会って、ゆっくり話しがしてみたい・・・。
「尾藤君・・・あの・・・」
リコが声をかけ、慎也が振り向くと、ふと、リコの携帯が鳴った。着信の表示は、新村和樹・・・
「もしもし?」
「リコちゃん?僕だよ、和樹。今、何処なの?」
「・・・いまちょっと友達と会ってて…」
『友達』のところで、慎也の顔が少し曇った。
「今から会えないかな?少しでいいんだ・・・」
「う・・うん・・・」リコは断ることが出来なかった・・・。
第11話
リコと別れた慎也が、バイクショップに戻ると、一台の黒い高級車が横付けされていた。
「よう、また来たぜ」
黒いスモークを貼り巡らしたウインドウが開き、オールバックに
黒いサングラス姿の男が顔を出した。その顔を見るなり慎也はの顔が曇った。
「またお前か、仙崎・・・」慎也は怪訝な顔で言った。
「そんなつれない顔するなよ。昔の族仲間のよしみじゃん?」
車から降りた、仙崎と呼ばれた男は、ブランド物のスーツに太い金のネックレス、オールバック、黒いサングラス姿である。何処から見てもとある筋の人間という感じだった。
「お前もこんな貧乏臭い仕事やめて、俺らんとこ来いよ。いい目みしてやっからよ」
仙崎は慎也の前に詰め寄った。
「ヤクザには興味ねえ」
慎也は顔をそむけ、吐き捨てるように行った。
「ヤクザじゃネエって、仙崎興業って立派な企業だぜ?『入社』してわずか半年で独立、しかも何もしてネエのに、バカもうけしてるしよ。信じられネエだろ?」仙崎は得意げに言った。
仙崎興業が指定暴力団の傘下にいるのは有名な話だった。
「帰れよ!」仕事に戻ろうとして慎也が言った。
「お前のオヤジさんだって、うちらと関係があんじゃんか?」
仙崎は鼻を鳴らして答えた。
そんな仙崎を慎也は鋭く睨みつけた。
「ち、分かったよ。今ここで面倒起こすわけにいかネエからな」
舌打ちして、仙崎はスモークだらけの車に乗りこんだ。
去っていく仙崎に車を慎也は睨みつけた。
「また、奴か?」奥から店長が出てきた。
「スミマセン、ご迷惑かけて・・・」
「気にするな。お前と仙崎がかつて族の二枚看板だったってのは100も承知だ。俺も過去を知ってて雇ったんだ。今のお前は真面目で技術もある、うちには欠かせない存在だからな。ま、そう言う俺も昔は悪だったけどな。はははは!」
そう言って店長は慎也の肩をぽんとたたいた。店長の言葉に慎也の顔は少し和んだ。
第10話
慎也と一緒のお昼がリコにとって嫌なはずはなかった。
「ちょっと着替えてくる」
そう言って慎也は店の奥の方に行き、着ていたシャツを思いっきり脱いだ。
引き締まった、筋肉質の上半身があらわになり、リコは目のやり場に困ってしまった。
「もう・・・何で見えないとこで着替えないのよ!」
リコは慎也に文句を言った。
「何で?着替えるだけじゃんか?」
慎也はリコの気持ちなどまるで理解していなかった。
「さーて、何処で食べるか…」慎也は周囲の店を見まわした。
「ラーメン屋でいいよ」というリコに、
「一応餃子食うわけにはいかないだろ?」
と彼なりに気を遣っている所がおかしかった。
結局二人が選んだのはちょっとオシャレな定食屋である。
定番の焼き魚定食など、素朴なメニューが売りだが、内装や食器がオシャレな和風になっていて、
女性でも気軽に入れる感じだった。
「へえ、こんなオシャレな定食屋さんがあるんだね」
リコは感心していった。
「普段はラーメン屋だけどな・・・でもここ、意外に安いから」
定番メニューだが、なかなか美味しかった。横須賀など、地元で獲れた魚を出しているところがうりのようである。
彼にはこじゃれたイタリアンの店より、こういった気軽な店のほうが合うかもしれない。
美味しそうにご飯を食べる彼の姿にもリコは心をそそられた。
だんだん慎也に惹かれていく自分に、リコは戸惑った。
第9話
週末になり、リコはタダで車を直したお礼の為、また慎也の店に訪れることにした。
今度は彼に似合いそうな、これまたシンプルなデザインのTシャツであった。
「またわざわざお礼?別にいいのに」
と爽やかに笑う慎也に、リコの心はときめいた。
「だって、タダで直してもらっちゃったから…迷惑ですか?」
リコは少し照れながら聞いた。
「分かった。折角だからもらっておくよ」
慎也はにこやかに受け取ってくれた。
こうやって慎也のところに何かと口実を付けてやってくる自分の積極さが意外に思えた。
「ずっと休みナシですか?」リコが慎也に尋ねた。
「基本的に水曜日と月に2回くらい日曜日も休めるかな」
「忙しいんですね。うちなんて完全週休二日なのに・・・」
「ま、個人経営の小さい店だからね」
「小さい店で悪かったな」
店の奥から40代くらいの茶髪に髭をはやしたかっぷくのいい男が出てきた。
「おやっさん!」
慎也が驚いて男の方に向かって言った。
こんな自分にリコは戸惑いを覚えた。
「何だ?シン、お前の彼女か?」男はからかい気味に言った。
「いや、・・・」
「尾藤君に、いろいろ助けてもらったんです」リコは男に声をかけた。
「あ、うちの店の店長・・・」慎也は男をリコに紹介した。
「ほほお、シン、お前が人助けをね」店長はからかうように慎也を見た。
「お嬢さん、こいつは昔この辺じゃ有名な暴走族だったんだぜ」
「え?」リコは驚いた。
「でも今は、すっかり足洗って真面目一筋だから安心しな。シン、いい機会じゃないか。
どうせバイクと車ばっかで女ッけなかったんだろ?」
慎也はうんざりしたような顔をした。
「人事だとおもって・・・」
「それより、そろそろ昼だし。なんだったらそっちの彼女と仲良く昼行って来いよ♪」
店長はからかうように言った。慎也は少し困って後ろ頭をかいた。
第8話
一方、和樹との交際も少しずつ進みはじめた。
毎日のようにメールと電話をくれる和樹。そして、毎日仕事の後会っていた。
そして、週末には桜木町にあるオシャレなレストランに連れて行ってくれた。
金曜の仕事の後、和樹から電話がかかってきた時にもサエにからかわれた。
「リコー、この間の合コンの時の彼と上手く行っているみたいじゃない♪」
「え?」
「だって、毎日のようにデートデートでしょ?彼、新村さんていったっけ?随分積極的よね!」
「う・・うん・・・」
「やっだあ、なに照れてんの?新村さんとお付き合い出来るなんて、サイコーじゃない!」
サエにはすっかり、自分と和樹が上手く行っているものだと思われている。
だが、リコはすっきりしない思いが残っていた。
和樹との付き合いは何処から見ても、人がうらやむ間柄で、申し分はないはずなのに・・・。
デート中の和樹は話題も知識も豊富で、話していて飽きることがない。
自分に知識が足りなくても、和樹はリコを上手にフォローしながら話を進めていってくれる。
正直、居心地は良かった。
だが・・・やはり素直に喜べなかった。
心の奥にあの男・・・慎也のことを考えている自分がいたからである。