さて、旬ネタを入れさせて頂きますニコニコしかし“旬ネタ”と言ってもお出かけしたのは7月22日(月)のこと。既に一週間以上が経過してしまいましたので決して“旬”ではないのですがニヤニヤ先週から今週前半にかけては何かと行事が立て込んでおり多忙でしたので、やっとこさ、blogに取り掛かる余裕が出来ましたウインクそして今回のブログタイトルはオリジナル“「駅からハイキング」” びっくりそうです、JR東日本が企画している「駅からハイキング」ではないのですが、ホンモノの「駅ハイ」は例年、真夏の時期はお休みで、しかし2025年4月にリニューアルオープンさせた「駅からハイキング」アプリですが、その催行回数は激減えーなかでも4月~7月にかけて神奈川県内で催行されるものはなんとゼロ回ガーンの上、東京23区内で企画されたものも3回程度に過ぎませんショボーン「青春18きっぷ」の制度改悪も利用者からは悪評プンプンで喧しいのですが、「駅からハイキング」も同様、JR側の“やる気なさ感”が伝わってきますプンプンこれきっと、「青春18きっぷ」もそうですが、“ご利用される方が減りましたのでこの企画は中止させて頂くことになりました”の伏線ではないか、と疑ってしまいますえーそして今は通勤では都内に行かなくなりましたchu、「駅ハイ」でもないと中々上京する機会がありません真顔と言うことで、今回はたまたま上京しなければならない所用がありましたので、ですがそれだけだと直ぐに用件は終わってしまいますので、せっかくの上京ですウインク自分で行ってみたいところを組み合わせての“オリジナル「駅からハイキング」”にしてみましたニコニコしかしするとどうでしょう、特段の観光スポットではない各ポイントを、距離を稼がせるために延々と歩かされるコースとは異なり、自分の興味があるスポットを回っていきますので、何時もの「駅からハイキング」よりも断然楽しい爆笑で、その結果、撮影枚数も嵩み、blog用にセレクトしました写真はなんと120枚を超えてしまいました滝汗そのため、たった数時間のお出かけではありましたが、前中後編の3回シリーズにてお届けさせて頂きたく思います。このクソ暑い最中、よくも歩いたもんだなぁと自分でも思うのですが、“暑さのお裾分け”という意味も込めまして、お付き合い頂ければ幸いですウインクなおテーマは、“お出かけ”では漠然としすぎちゃいますし、しかしこれから「駅からハイキング」に参加出来る機会は減る(多分です、そもそも催行回数が減少していますから真顔)と思われますので、新たに“街歩き”というテーマを創りお届けさせて頂きたく思いますウインクそれでは、新たなジャンルであります「街歩き」の始まりはじまり照れまず今回のコース設定にあたり参考にさせて頂きましたのがこちらのガイド本👇このコースに、自分が行きたいポイントを加え、かつ、ゴール地点も、歩き終えた後の“お疲れさん会”会場にアクセスしやすい場所として設定しましたニコニコそれが、今回のコースである“有楽町から越中島までを歩く”なのでしたウインク

スタートはJR山手・京浜東北線と東京メトロ有楽町線が集まる有楽町駅。また同駅は銀座への玄関口でもありますニコニコてか、しっかり写真に残してありまして、有楽町駅の「銀座口」から旅はスタートしました爆笑

しかし暑いです。この日の都心部の気温は34.3℃と、猛暑日の一歩手前でございますゲローすると駅前にありましたパチンコ屋さんの店頭にこんなサービスがびっくり“ご自由におさわりください”と書かれていましたので、遠慮なく触らせて頂きました爆  笑しかしこのパチンコ屋さん、中々、オツなサービスをしてくれますね照れchuはパチンコはしませんので御礼に店内に入り売り上げに貢献するニヤニヤことは出来ないのですが爆笑都心のど真ん中で“江戸っ子の心意気”を見せて頂きました照れ

すると少し離れた場所で氷を設置している職人さんを発見ポーン先ほどの御礼を言うと共に少しだけお話させて頂きまして…この氷の重さはなんと45㎏びっくり職人さんはしっかりと腹帯を付けていますビックリマークそしてこの炎天下に置いて、どれくらい保つのかも伺ったところ、“まぁ、もって4~5時間ってとこかな”と爆  笑ありがたやありがたやお願いです爆笑なお氷の料金は3800円との事でした。

「有楽町マリオン」を抜けまして走る人走る人走る人

バブル期に誕生しましたこのビルヂング は、当時は今一つ垢抜けていなかった豊島区の池袋を牙城とする「西武百貨店」が、“花の銀座”に進出するための旗艦店として位置付けていました。またもう一つの棟には「阪急百貨店」…つまり銀座の玄関口で「西武」と「阪急」とがガチンコ対決をしたのですが、バブルが弾け時は流れ、今では両百貨店とも撤退してしまいましたチーンそして現在の「有楽町マリオン」はこんな感じに👇

こちらは数寄屋橋交差点に面した「数寄屋橋交番」ウインク独特な尖がり帽子のデザインがお洒落でして、銀座周辺での待ち合わせ場所としても多くの方が利用されています。もちろん、地理案内など、交番としての役割も警視庁管内でも断トツの1位クラッカー合格

chuは最初の目的地である「GINZA SIX」に向かいます走る人走る人走る人振り返ると「有楽町マリオン」がまるで屏風のように聳えていますウインク

こちらは銀座4丁目交差点 “銀座の中の銀座”と言えばこの交差点を指すのですチュー写真は旧「銀座和光」またの名を「服部セイコー」と呼んでいました👈chuはホント、古い人間です爆笑そして今は「セイコーグループ株式会社」本社であり「SEIKO  HOUSE GINZA」ビルでもあるのです

そして最初の目的地は中央通り沿いにある、「GINZA SIX」ニコニコ「GINZA SIX」は「松屋百貨店銀座店」(MATSUYA GINZA)の跡地に建てられた銀座エリア最大級の複合商業施設で、ハイブランドを揃えた商業施設と業務施設(オフィス)、それと能楽堂などの文化・共用施設からなる銀座の新名所ウインク

しかし“ハイブランド”が揃う高級店にchuの用事がないのは明らかで爆  笑目的は建物13階にある屋上庭園ウインクその広さは4000㎡もあり、人工芝ではあるものの芝生の広場と、ちょろちょろと水が溢れるグランドウォーター施設(場に潤いと快適さをもたらす水盤)、そしてその周囲には桜や楓など、多様な樹種から成る四季の移ろいを感じられる日影がたっぷりあります森林ゾーンもあり、同所でのお食事も可能ですから銀座のど真ん中で、まさなここは“大都会のオアシス”なのであります照れで、何故chuがこの日の最初の訪問ポイントに13階にある屋上庭園を選んだのかと言うと、当blogの先頭の写真に掲載しました「東京8000歩さんぽ」に掲載されていたからです爆笑こちらはエレベーター内のフロアーごとのショップの案内。1F~6Fまではハイセンスなブランドショップが構えていまして…通常、お客さんが利用するエレベーターでは7階~12階がスルーしてしまうものが主流。と言うのは7F~12Fは業務階(オフィス)のため、互いの利用者が必要以上に交わらなくても済む構造になっていますウインクさらにchuの場合で言えば今回、訪ねるのは屋上庭園のみニヤニヤ1F~6Fのハイブランドのお店には用はありませんので、こうしたエレベーターの構造は大welcomeですウインク

そしてやって来ましたのが「GINZA SIX」13階にあります屋上庭園合格クラッカー坪換算にすると1210坪ですが、豪邸であれば12軒分の敷地かぁ滝汗ここは東京都心の超一等地の銀座ですビックリマークいったいどんな方が住めるのかなキョロキョロなんてことはchuの関心の範疇にはありませんが爆笑そして周囲は樹木が植栽されてい他、適当な間隔にベンチも用意されており、こちらで持ち込んだお弁当を食べること等が可能。但しゴミは持ち帰りましょうねウインク

34.3℃を記録したこの日の都心部メラメラメラメラメラメラメラメラメラメラ直射日光が燦燦晴れ晴れ晴れ晴れ晴れと照り付けるこの日、しかしせっかくの芝生には誰一人として立ち入る人はいない…ショボーン

グランドウオーター(水盤)は水がちょろちょろ溢れており、涼をとることが可能なのですが…誰も利用していませんよチーン

そこでだパンチ!周りの、“緑の回廊”には何人かの方(ほとんどは欧米系の観光客の方とお見受けしました)がいらしたのですが、誰も入ってこないニヤリこんな時にこそ、“ニッポン人の根性”を見せつけてやらなければなりませんグラサンと言うことで、chu、行きますビックリマーク日本を背負って爆  笑

こんなこともして。リラックスしています合格クラッカーこれが奏功してか、興味深そうに芝生内に入って来られた外人さんは数人いましたが…寝転がる人はいませんでした爆  笑ニヤニヤその時chuは思わず“根性なし”と呟いたか、呟かなかったか…とか爆  笑逆にchuが変人扱いされていた可能性の方が高い…かグラサン

こちらはグランドウオーター(水盤)の注意書き。“この水は飲めません”“水に顔や手を近づけないでください”とありましたが、chuもさすがにこのちょろちょろ溢れる水を飲んだり、顔を近づけることはありませんでしたが…手では触ってしまいましたウインク

あ、「GINZA SIX」13階の屋上庭園から見た周囲の景観(南側)はこちら👇「東京ミッドタウン日比谷」、「帝国ホテルインペリアルタワー」や「東京電力本社」が見える中、ビルの合間でしたがchuが勤めていた本社も見えましたウインク

館内では「BIG CAT BANG : THE FINAL」を開催chuチュー「BIG CAT BANG : THE FINAL」とは👉2024年4月から展示がスタートした中央吹き抜け空間の大規模インスタレーション「BIG CAT BANG」が最終章を迎えるにあたり、2025年7月23日(水)から9月7日(日)の期間中、「BIG CAT BANG:THE FINAL」と題した特別企画を実施します。現代美術作家・ヤノベケンジによる「BIG CAT BANG」は、宇宙から生命を運んできた神話的存在「宇宙猫」、「SHIP’S CAT」シリーズ初の大規模作品。 中央吹き抜け空間を中心に館内外でさまざまな展開をしてきたGINZA SIXの本作品は、エントランスの新作展示やPOP UP SHOPの開催、展示終了後のアートピースのプレゼント企画とともにクライマックスを迎えます。加えて、BIG CAT BANG(猫大爆発)の壮大なストーリーは、「宇宙猫」 を実際の宇宙(成層圏)へ送り、大阪の地にも“着陸”させるなど、新たな物語を展開します。(オフィシャルWebサイトから引用させて頂きました)

(👇の画像はお借りしました)

さて、「GINZA SIX」を後にしましたchu一行、東銀座に向かう途中にありました三原橋のミスト噴霧スペースチュー「三原橋街角広場」という名前が付けられたスペースですが、“広場”っていう程のものぢゃありません爆  笑またここにずっと立ち止まっているわけには参りませんのでほんのちょびっと、涼むだけなのですが、先ほどの有楽町駅前のパチンコ屋さんのサービスと言い、またおそらくこちらは中央区の行政が絡んでいるキョロキョロのかと思いますが、酷暑の下を歩く都会人にとっては有難い限りですチュー

【御参考】ここではミストの真下を歩くと共に、真上から“これでもかこれでもか”と間断なく噴霧してくれているため、その清涼感はハンパないですねチューそれに対して某球場で遅ればせながら、暑さ対策として始めたこれとは👇比べ物にならないニヤリ(この弥縫策的な暑さ対策につきましては2025年7月10日アップの拙blogに記していますニヤリ)

「晴海通り」と「昭和通り」の交差点が東京メトロ銀座線と都営地下鉄浅草線の「東銀座駅」ですウインク銀座4丁目交差点から南東方向に僅か数百メートルほど離れただけですが、既にここには銀座の華やかさは見受けられませんニヤニヤ

しかし“華”はなくとも「歌舞伎座」がある爆  笑と言うことでこちらが「歌舞伎座」になりますウインク先日の京都編で御紹介しました四条大橋近くにある「南座」と同じく、「松竹」が運営していますニコニコ

そしてこちらが装い新たに、高層タワーとして完成しました地上29階建ての「歌舞伎座タワー」ビックリマークこの建物は歌舞伎座とオフィスビルとを融合させた銀座の新たなランドマークビックリマークそして設計は新国立競技場をデザインした隈研吾さんですウインク

ただ今上演中のプログラムはこちら👇「七月大歌舞伎」と、その中の「鬼平犯科帳」(既に終了しましたお願い)

そしてここからは初訪問のスポットビックリマークと言うのは、何時ぞやの「駅ハイ」で「歌舞伎座」地下二階にある売店を訪ねるコースが組まれていたのですが、その時は「歌舞伎座」の写真だけ撮影して地下の売店には行かなかった(>_<)帰宅後、「駅ハイ」のコースマップを見て、行き忘れていたことに気が付きガーンとなったことがありましたえーんそのため、機会があったらいつか行ってみよう、と思っていたところの“いつか”が今回の街歩きにて、この日のコースを選択したことの動機にもなっていますウインクそしてこちらが「歌舞伎座タワー」の地下2階にあります木挽町広場内にあります「おみやげ処かおみせ」ニコニコ

この時、上演中の「鬼平犯科帳」グッズが盛りだくさんです照れ池波正太郎さんファンにはこでぃらいね、ですねウインク

さて、売店を一回りした後は屋上庭園へウインクと言っても、29階建てのタワーの屋上ではなく、歌舞伎座の屋上…タワーの6階部分にその庭園はありますニコニコこちらは庭園出入口横に飾られていました「壽於輔人形」ニコニコ

そしてこちらが屋上庭園。先ほど訪れました「GINZA SIX」と異なり天然芝のため、敷石が置かれている場所以外の芝生は立ち入りをご遠慮ください、との張り紙がありましたので寝転がることは断念ニヤニヤ

その後、1階に戻り「歌舞伎座タワー」を出ようとしたところの、同ビル1階エレベーターホールに掲げられていました緞帳(どんちょう)ここはオフィス棟の出入口になりますので歌舞伎鑑賞に訪れた方が出入りすることは少ない場所ですが、実に立派な緞帳でしたチューなおこの緞帳は「永谷園」さんのプレゼンツですウインク

さて、ここからは更なるオリジナルコース…というかスポットに向かいます走る人走る人走る人「歌舞伎座タワー」から昭和通り沿いに歩いて徒歩5分、「東京アートセンター」がそのスポットウインク

で、何のスポットかと言うとそれは毛糸屋さんびっくりこちらへの立ち寄りは、編み物好きの家内からリクエストですニコニコそして「東京アートセンター」では各種毛糸の販売と共に、編み物の教室も開催されているようですが今回はショップへ、ということでウインク

お店の入り口です。かなりこじんまりしていて、“銀座でのお買い物”感はまるでありません爆  笑

しかしそれでもしこたま買い込んでいましたよニヤニヤそれにしても凄くたくさんある各種毛糸、はグラム単位の量り売りなのですが、デジタルが当たり前のこの時代、御覧のような秤で計測するのには驚きましたw爆  笑

中編に続きますウインク

2024年9月16日から21日までの5泊6日の日程で京都、大阪、神戸を訪れた際の様子をお届けしています。旅も4日目に入り、chuの大好きな京都の個別スポットを巡る旅へと入りましたウインク前回はこちら👇

まず最初に訪れたのが琵琶湖疎水ニコニコ琵琶湖疎水とは👉水量豊かな琵琶湖から京都へと水を運ぶ「琵琶湖疏水」は、滋賀県大津市観音寺から京都府京都市伏見区堀詰町までの全長約20kmの「第1疏水」、第1疏水の北側を全線トンネルで並行する全長約7.4kmの「第2疏水」、京都市左京区の蹴上付近から分岐し北白川に至る全長約3.3kmの「疏水分線」などから成りたっており、明治期の竣工以来、今なお現役で活躍している人工の運河です。 

そうなんです、琵琶湖疎水とは、日本最大の湖である琵琶湖から京都市内に水を引き込むための運河なのですが、今回歩きますのは左京区蹴上から北白川に至る全長約3300mの「疎水分線」の一部です。起点を訪れますウインク

写真前方はトンネルとなっている水路の出口。その右側、レンガ造りの建物は旧御 所水道ポンプ室👉第1疏水から大日山貯水池に水を上げるポンプを据え付けた建物です。かつて、御所水道として、京都御所に防火用水を送水していました。明治期を代表する宮廷建築家であり、京都国立博物館や東京の赤坂離宮(現在の迎賓館)を設計した片山東熊(とうくま)の作品です。円柱付きバルコニーなどを備えた重厚感ある意匠に仕上げています。 「びわ湖疏水船」の乗下船場のすぐそばにあり、舟の乗下船時に間近で見ることができます。また、付近の大神宮橋からも眺めることができます。 令和2年(2020)4月、国登録有形文化財に登録されました、なのだそうですニコニコ(出典は日本遺産「琵琶湖疎水」Webサイトより)そしてここが「びわ湖疎水船蹴乗下船場」です。ルートはこちら👇

京都市山科地区から水路トンネルを抜けた場所が蹴上の「びわ湖疎水船蹴乗下船場」なのですが、ここから京都市中心街へはかなりの高低差があり、そのためそのままでは船は行き来出来ません。そこで考案されたのが「インクライン」と呼ばれる船そのものを運搬するシステムです。これは船をそっくりそのまま台車を担う車両に載せ込み、その車両が高低差を運ぶもの。

「インクライン」👉疏水上流の蹴上船溜と下流の南禅寺船溜を結んだ全長約582mの傾斜鉄道で、建設当時世界最長でした。約36mの高低差を克服するために舟を台車に乗せ、ケーブルカーと同じ原理で運びました。インクラインによって、舟は貨物の積み下ろしをせずに、高低差を乗り切ることができました。現在は、レールが形態保存されています。インクラインの中は自由に歩くことができ、観光名所としても親しまれています。春には、インクライン両側の桜が咲き誇り、華麗な様相を見ることができます(出典は日本遺産「琵琶湖疎水」Webサイトより)

その台車がこちら。ご覧のように船をそっくり台車に載せてしまっています。ですがこれは疎水を使っての運搬船が活躍していた頃に使われていたもので、現在は陸運が発達しているためこちらの「インクライン」は歴史的遺構として現状保存されているに留まります。現在運行されている「びわ湖疎水クルーズ」では使われていないのが少し残念ですねキョロキョロ


「そすいさんぽ」はこの辺りの歴史遺構を観察しながら疎水沿いに「哲学の道」などを通り白川通を抜け、最後は堀川通まで全長9.7㎞を散策するコースですニコニコそしてここが蹴上側のスタート地点ウインク

で、この時chuぱ疎水沿いに「南禅寺」を目指すのですが、従来、このスタート地点に来るルートとしては36メートルの高低差がある敷設されている線路上を、蹴上交差点から上がって来ていたのですが、今回は地下鉄を使い蹴上駅まで来てしまいましたので、その線路を歩きませんでしたニヤニヤですのでこれは前回の上洛時に蹴上交差点から(標高差のある)線路を歩いてきたときの写真を参考までに添付させて頂きます。なお訪れた季節はちょうど桜が咲こうかとする時のもの。そして実はここは隠れた桜の名所でもあるのですウインク

蹴上の交差点と「インクライン」の横を通る三条通。そしてこの場所は御覧のようにかなりの傾斜があります。と言っても自動車であれば行き来できる坂道ですが、さすがに船は行き来出来ません滝汗

こちらは「The Westin Miyako Kyoto」。そしてその昔の名称は「都ホテル」合格クラッカーかのエリザベス女王が来日されて京都を訪れた折に御宿泊されました京都を、否、日本を代表する由緒&格調高きホテルです照れ

この辺りまで来ると三条通は眼下に見えています。

そしててっぺんが、先ほどの「びわ湖疎水船蹴乗下船場」近くに現状保存されている沿水船。この台車に載せて傾斜のある坂道を上下に行き来させていたのです。そしてご覧のようにこの台車の線路の幅がとても広いことにビックリしますよねウインク

そしてここからは、今回、上洛時の写真に戻りますウインクここは蹴上発電所取水口

そしてこの横を通り過ぎるといきなり“ひっそり感”たっぷりの山道=獣道になります。「インクライン」周辺にはそこそこの人出があるものの、この辺りまで来るとパタリと人がいなくなります。chuは10代の頃よりこのルートを歩いていますので動じることなく歩けるのですが、京都に慣れていない観光客の方がこの道に足を踏み入れることはまずないでしょうウインクまた鬱蒼とした木々が迫ってきていますので、この時期、クマとの遭遇が全くないとは言えません滝汗なおこの事は次々回編あたりでお伝え出来るかと思うのですが、京都市内でのクマの出没、実はあるんですよびっくり

で、歩き始めた箇所は、疎水が真ん中に流れる山道でしたが、しばらく行くと左岸(疎水は蹴上から下っています/手前から前方に向かい流れています)の護岸はレンガで固められ、その横には転落防止のための柵が設けられていました。これは以前…と言っても、前回この道を通ったのはもう20年以上も昔のことですが、その当時にはなかった構造物ですから、転落事故などがあったのかも知れません叫びドクロ

そして蹴上付近から疎水沿いを歩ける箇所はここまで。その先には人が立ち入りできないよう、鉄柵でふさがれているのは昔と変わりませんニコニコ

そしてここからはかなり急な坂道を下りますあせるあせるあせる“坂道”と言うよりも崖に造られた階段を降りて行くという感じでまさに獣道滝汗しかしすると突然、なんともレトロな構造物と遭遇しますびっくりで、これは何かというと先ほどの疎水が流れている“水道橋”で、その名は「水路閣」ニコニコまたこの場所は「南禅寺」の境内に位置していますので“南禅寺の水路閣”と呼ばれていますニコニコ

そしてここは人気スポットであり、訪れる方多数ビックリマークなお蹴上からここを訪れるのにはchuが歩いてきたところが最短コースなのですが、あの獣道を通って来る方は殆ど居りません爆笑

蹴上から南禅寺の水路閣までのルート、地図でお示しするとこうなります👇chuが歩いてきましたのが赤色で示した“獣道”ルート。に対して、一般的なのは黄色で示したルートとなりますウインク

なお、この南禅寺水路閣の周辺にはこんな輩も出没しているようでして、注意が必要ですね👇プンプン

そしてこちらが「南禅寺」👉臨済宗南禅寺派の大本山。正応4年(1291)、亀山法皇の離宮を、大明国師を開山に迎えて寺に改めた。創建時の建物は応仁の乱の兵火で焼失し、現在の伽藍は桃山時代以降に再建されたものです。なお同寺には、「南禅院」や「金地院」など、拝観可能な塔頭寺院が複数あるのですが、chuは何れも過去の上洛時に何度も訪れていますので今回は拝観しませんでしたウインク

なお「南禅寺」には、小堀遠州作と伝えられている江戸時代初期の代表的枯山水庭園(方丈庭園)がつとに有名で、その造りは南側から西側にかけて5本の定規線を配した薄青色の筋塀(築地塀)をめぐらし、東西に細長い地形に作庭されており、石組はこの筋塀に添って配置されています。大きな石組を方丈側から見て左奥に配し、前方と右手には、白砂の広い空間が残されています(写真は南禅寺Webサイトから転載させて頂きました)。中々の名園で、chuが個人的に選ぶ“京の名園”にも入っていますウインク

そして正面に見えているのが「南禅寺」の「三門」なのですが、実はとあることで有名なんですウインクそれは歌舞伎「楼門五三桐」の

石川五右衛門の伝説のこと。天下の大盗賊、石川五右衛門はこの三門に登り、京都市中を見渡しながら“絶景かな、絶景かな”と宣うあれですが、実はこれは史実に基づいたものではなく完全な作り話なのだとかキョロキョロと言うのも、創建(1295年)当時の山門は1447年に火災で焼失、その後再建されましたのが1628年で、これは五右衛門の死後、30年が経過した後の事。このことから物理的に五右衛門が三門に登った事実はないのだそうです。ですがでは何故、あの有名な“絶景かな、絶景かな”が歌舞伎の中で取り上げられたのかというと、そこには南禅寺に対する痛烈な皮肉が込められているのだとか。これには「南禅寺」の歴史を紐解く必要があるのですが、「南禅寺」が全盛を極めたのは室町時代、しかしその室町幕府には、足利尊氏、義満、義政など、それなりの成果を残した将軍以外が執権を握っていた時以外、必ずしも長期的な安定は望めず、将軍家・幕府からの加護が心許なかった「南禅寺」の“懐事情”も豊かではなかったそうです。そのような折、1447年の大火により寺院の多くを焼失させたのですが、この時幕府は「南禅寺」の復興を進めるために京都市民から一人当たり一文の、“勧進”とは名ばかりの半強制的な復興資金を認めたのだそうです。しかしこれにより、やっと再建が適ったと思ったところの「応仁の乱」の勃発。この乱を起点とし、ここから長い戦国時代へと突入するのですが、やがて天下統一を果たした豊臣秀吉が新しい寺領を定めたことで「南禅寺」は救われたのでした。しかし時代は1605年、「南禅寺」塔頭「金地院」の住持であった以心崇伝という僧侶、この僧侶は徳川家康の信を得て政治兼外交顧問も務めたのですが、「禁中並公家諸法度」や「武家諸法度」を起草、さらには「寺院法度」も創り全国の寺院を徳川幕府に屈服させた張本人ビックリマークそのため、後には“大欲山気根院僭上寺悪国師”なる、大変な悪名も付けられたほどなのですが、この以心崇伝は徳川幕府の先兵となりち「南禅寺」を屈服させてしまったのですガーン秀吉の配慮により折角、再興が叶った「南禅寺」でしたが、その「南禅寺」塔頭「金地院」の僧侶が徳川の走狗となり大恩ある豊臣家を裏切り「南禅寺」を屈服させた…は、その昔、半強制的な勧進までさせられながらも「南禅寺」の再興を喜んだ京都市民の目には“「南禅寺」の裏切り”以外の何物でもなく、庶民感情としても納得できるものではなかったそうです。だからこそ、「楼門五三桐」の作者である並木五瓶は創作でありながら天下の大盗賊である石川五右衛門を敢えて三門に登らせ、裏切り者である「南禅寺」に対し“絶景かな絶景かな”と。つまり、「南禅寺」三門における“絶景”とは、恩ある豊臣方を裏切り、素早く徳川方に寝返った「南禅寺」の変わり身の早さを、“お前、大したもんだなニヤリプンプンパンチ!”と痛烈な皮肉を込めて大見得を切らせたものなのでしたニヤニヤなおこの“絶景かな”を受け、三門に登る拝観者は多いのですが、実はこの三門に登ったとして京都市中が見渡せるわけではなく、そのため素晴らしい眺望を期待していた観光客は一様にがっかりするのだとかグラサンしかし当時、chuはこの逸話を知らず“絶景”を期待して三門に登ったものの、大した眺望は得られずガッカリした観光客の一人でもありました爆  笑因みに「南禅寺」の拝観では、本寺、各塔頭寺院、三門と、それぞれ拝観料が掛かりますので全てを拝観して回った場合、そこそこの拝観料が掛かりますことを申し添えますニヤリ(以下、3枚の写真が「南禅寺」の山門で重要文化財です)

さて、これにて「南禅寺」の境内を離れ北に向かって進みます走る人走る人走る人 こちらは浄土宗系の「東山学園」中学&高等学校で場所は「南禅寺」と、モミジの綺麗な「永観堂」の真ん中あたりウインク余談ですが東山高校は日本のプロ野球やMLBで活躍された岡島秀樹投手の母校ニコニコ前回、ここを歩いていた時、岡島投手はボストンレッドソックスに在籍されていましたが、OBを称える垂れ幕が掛けられていたことを思い出しましたニコニコそしてこのルートも「びわ湖疎水散歩」のコース途中でして、この辺りは琵琶湖からちょうど11㎞の場所のようですニコニコ

付近の地図です👇なおこの地図は左が「北」を指していますのでもの凄く見ずらい(>_<)地図上、現在地とされている場所から上に進むのですが、これは北に向かっているのではなく東に移動しているのです真顔

すると「哲学の道」に到着ビックリマークここから「銀閣寺」に向かい疎水沿いを北上するのですが、その途中の寺院にもちこっとですが立ち寄らせて頂いておりますウインク

以下次号(旬ネタを入れますので少しだけ休載させて頂きます)

 

2024年9月16日から21日までの5泊6日の日程で京都、大阪、神戸を訪れた際の様子をお届けしています。旅も4日目に入り、chuの大好きな京都の個別スポットを巡る旅へと入りましたウインク前回では祇園周辺(但し朝ですが爆笑)と清水寺周辺のそぞろ歩きました👇

そして今回お届けするエリアは、chuが初めて京都を知り(※正確に言えば初めての京都は中学校の修学旅行ですが、あれはただの観光旅行でした爆笑)自分で訪ね歩いた旅…これをして、以後、chuは京都を訪れる際は“上洛”という言葉を使います。そう、上洛して初めて、“これこそchuが待ち望んでいた京都だひらめき電球”と閃いた場所を御案内させて頂きますチューただ、前回の「清子寺」編では文字数の都合上、一部、紹介しきれなかった写真もありましたのでその続きからお届け致しますウインク

 

こちらは「奥の院」の真下にあります「音羽の滝」。東山三十六峰に連なる音羽山を源とする湧水で千年以上も途切れることなく流れ続けている「滝」です。清水寺本堂の石段を降りた場所に位置しており音羽山から下りてきた地下水が三本の筧を伝って滝壺に落ち、延命長寿や恋愛&学業成就の願掛けなどの御利益があるのだとか照れ京都市にお住まいのブロ友さん、清水さんのお近くにお住まいだったそうで、お子さんの時は「清水寺」の仁王門前でバドミントンに興じたり、また夏の暑い日は音羽の滝で水浴びをされていたという生粋の京都っ娘さん爆笑ま、「清水寺」それだけ市民の方に愛され、かつ身近にあるものなのですが、今ではここもインバウンド観光客に席巻されていますよ真顔「観光立国ニッポン」を打ち出した当時のABE政権でしたが、オーバーツーリズムに繋がる今の状況を少しとも考えなかったのでしょうかえー声高に“日本人ファースト”を言うつもりはありませんが、このままでは日本人が日本国内でしたいこと(特に旅行、不動産購入など)が極端にし難くなる日がひたひたと近づいてきているような気がします真顔

こちらが音羽さんからしたたり落ちて来る湧水ですニコニコ石造りですがこれが手水舎です。

音羽山からの湧水をひしゃくで掬い、手を清めた後に口に少し水を含む、の手水のしきたりですが、ここにはあらゆる国の方が来訪し、かつ取水舎や手水の仕方を御存知ない方も多いことでしょうニヤリなおひしゃくはこのように紫外線滅菌装置の「箱」に戻すことになっているのですが、なにせ訪れる人がとても多いのですから、殺菌の効果は如何に!?するとこんな記述を発見👉概要 細菌やウイルスなどに数秒間照射するだけで効率的に殺菌でき、有害物質を生成する心配のない、人と環境に配慮した殺菌装置です。と、徳島大学大学院医歯薬学研究部による実験では、30秒の紫外線照射で新型コロナウイルスを99.99%不活化することが確認されました。 この結果は、手洗いや消毒用アルコールと比較しても、短時間で高い殺菌効果が得られることを示しています。と解説がありました。入れ替わり立ち替わりで来る観光客、一度、この「箱」に戻すも数秒間置かれている場合もありますが、秒の単位で出し入れされることもありますから、特に徳島大学の実験では“30秒の紫外線照射で”とはっきり謳っていますから、chuが見た限りからの感想では、この装置に全幅の信頼を置くのは難しそうですニヤリ

こちらは「音羽の滝」の説明。それによると“三筋の霊水は大昔より音羽山中より湧き出でる清泉であり創建以来、一度も枯れたことがなく”だそうですニコニコ観音様の功徳水である金色水とも呼ばれ、延命長寿、諸願成就が叶えられるとのこと。で、この霊水は冥加料500円でお分け頂くことが出来るそうですニヤニヤ

「音羽の滝」からの湧水を、ひしゃくを使って口に含む皆さん。どうかここから、コロナを含む細菌症の感染者が出ることがないよう、祈るばかりですよお願いグラサン

ちょうど国宝舞台の真下に真下に来ました。舞台までの高さは13m。もっとありそうな気もするのですがキョロキョロ13mだそうです真顔

「清水寺」を後にしましたchu一行は「三年坂」「二年坂」と下りますニコニコ

ここからが、傾斜は緩いものの一応は“坂”でして「一年坂」ですニコニコ「清水寺」を参拝するにはバス停「清水道」から両脇にお土産屋さんが建ち並ぶ「清水坂」を登ってくるのがお土産屋さんにとりましては“王道”のようですが爆笑今回、chuが歩きました走る人走る人走る人八坂の塔→三年坂→清水坂を経ての「清水寺」の方が、より京都らしい情緒を味わうことが出来ると思いますウインク

そしてここからは「高台寺」へと至る「ねねの道」となります。“ねね”とは豊臣秀吉の正室で北政所と呼ばれるお方。後に高台院とも呼ばれましたが、ねね様の墓所がこの先にある「高台寺」でして、この道が最近になり「ねねの道」と呼ばるようになりました。と言うのはchuが京都通いをしていた時の定宿はこのすぐ近くにあるのですが、当時は寺院の名前を用いた「高台寺道」と呼ばれていました。しかし電線地中化工事を終え、広い道幅いっぱいに御影石を敷き詰めた石畳の道に整備したことで、京都らしい風情の景色と、「ねねの道」として名称が変わったのでした。なおこの近くにある二つの寺院には、過去に何度も訪れているため今回は立ち寄りませんでしたが、Webサイトまでリンクしておきますので、この界隈を訪れた際にはぜひお立ち寄り頂ければ、東山エリアの魅力をより一層、お感じ頂けるかと存じますウインク

こちらが「ねねの道」ウインクですがchu的には「高台寺道」の方が聞き覚え有りますが爆笑

あ、あと次に行く前にもう一度「八坂の塔」へウインクなんて、「清水寺」参拝前にスマホで撮影しておいた写真なのですが、背景に見事に人影が写り込んでいませんチュー奇跡のスーパーショットクラッカー合格ということで、久しぶりにサインさせて貰っちゃいました

さて、ここからが東山エリアの本番ですウインク「ねねの道」から西に入る小路があり、それがこの「石塀小路」ウインク「ねねの道」と「下河原通」を結ぶ、長さにして100mにも満たない“小路”なのですが、石畳と石塀が続くいかにも京都風情溢れる通路で、小路の中には京都らしい風情の旅館や料亭、庭園が美しい喫茶店などがあり、そぞろ歩きを楽しむのに最適ですチュー

「石塀小路」の入り口には“私道につき許可のない撮影禁止「石塀会」”とあります。しかしそもそもここは私道ではないのと、またこのような注意書きが出されるようになったのはパパラッチも辞さないインバウンド観光客が乱痴気騒ぎを起こすからムキー節度を保ち、京都の風情を味わいたいという、ごく普通の日本人観光客までも締め出してはいけないプンプンと勝手に解釈したのですが、帰宅後に調べたところでは、実は2016年に撮影禁止エリアに指定されたそうな。と言うのは、プロのカメラマンによるレンタル和装を纏った観光客の撮影会が多発したことから、こうした措置が取られたのだとかえーまた「石塀小路」は一般の民家も接しており、自宅の庭先で連日のように写真撮影を目的に大挙して押し寄せられてもカナワナイ、ということも分かります絶望スミマセン、そうした背景も知らずに撮影しちゃいました(>_<)なので撮影した「石塀小路」の写真、Upすべきか否か、随分迷ったのですが、chuは立ち止まったり、大声を出したとかではなく、歩きながらパシャパシャって撮影しただけでしたので、御批判は受けます(>_<)今回だけどうぞお許しくださいませお願いあと「石塀小路」内には何軒かの宿やお食事処、喫茶店があるのですが、救いはインバウンド観光客相手にあこぎな商いを展開している方がいません。“錦の住人”には、ここを見倣わんかいパンチ!と声を大にして言ってやりたいですプンプン

それでは節度を持って、おしゃべりは控えて石畳を散策した写真、“ここだけの話”ということでお見せ致します。なおこの石畳は、その昔、京都市内を縦横無尽に走っていた京都市電を撤去する際に、線路の地盤に使われていた敷石を「石塀小路」に運び込み石畳風に仕上げたのがその始まり。

そしてここですよここチューchuが10代後半より、高校時代の友人であるs山君、梅〇君、H口君らと頻繁に京都通いが始まり、後にchu一人でも足繁く通った京都の原点&定宿は、この直ぐ近くにあるのですウインク

それが、ここだぁ合格チュー

“高台寺と圓徳院の間を通る「ねねの道」を八坂の塔に向かって歩くと、圓徳院の先に石畳の路地がひっそりと続いてます。「石塀小路」--情緒溢れるこの小道の中ほどに、片泊まりの宿「寿栄屋(すえや)」はあります。昔お茶屋だった建物は古き良き時代の雰囲気を残し、門をくぐった瞬間、懐かしい思いに包まれ、京都散策の疲れを癒してくれます”と、フロントページにてお宿の全体像を紹介チュー中央のお写真の方が女将さんで、大〇さんですウインク

そしてお部屋は僅か3室のみ。そのため予約を取るのがとても難しく、特に桜や紅葉の時期は一年前から予約しなければなりません滝汗お宿からは“わずか3部屋だけの客室は、どの部屋も趣があり、和める空間になっております。歴史を重ねてきた調度品や、廊下に飾ったアーティストの作品を眺めるのも楽しいかもしれません。さらにお風呂(家族風呂くらいの大きさです)の浴槽には檜を使っており、その優しい香りが京都散策の疲れを癒してくれます。<客室・共用スペースを含め全館禁煙です。予めご了承願います>”と紹介されています。

そした楽しみなお食事は“この宿の楽しみとなるのが、朝早くから女将が作る朝食です。京都ならではの食材~湯葉・聖護院大根・生麩など~を使った7~9品の「おばんざい」が朝の膳をにぎやかに彩ります。そんな贅沢な朝食に、贅沢な時間…。京都散策がきっと楽しくなります。片泊まりなので夕食はありません。もし食べるところに迷ったら、女将に相談してください。宿の近くにあるおいしいお店を紹介してくれます”と紹介されています。ここでちょっと聞きなれない言葉が出てきましたが、それは“方泊まり”。方泊まりとは、宿でご用意いただくのは朝食のみで、晩御飯は、徒歩圏内の祇園や四条河原町界隈にたくさん飲食店がありますから、そちらでお好みのものをお召し上がりくださいね、というものウインクそーなんですよ、「寿栄屋」の女将さんに最初に紹介して頂き、爾来、通い詰めたのが前々回のblogで紹介しました木屋町通り沿いの「たこ入道」さんだったのです照れ

【以上、3枚はリンクさせて頂きました「寿栄屋」さんのホームページから転載させて頂きました】
 

「寿栄屋」さんを過ぎました。視界の少し先の左手には、昔、芸妓さんをされていたママが「喫茶いし塀」という喫茶店をやっていて、とてもとても花街で芸妓遊びなど出来る身分ではないchuたち、まだ青臭き青年でしたが、この喫茶店で京の粋を感じた気になっていましたっけ爆  笑ですが残念ながら今は閉店してしまっているみたいでしたチーン

こちらはテレビ朝日系で放映されていました「京都迷宮案内」で主人公の新聞記者・杉浦さんが京都に単身赴任していた折、“住まい”としていた「田舎亭」で、昔は民宿でしたが今では旅館のようですウインク

 

【御参考】「京都迷宮案内」は、都合、Vol10まで続いた人気番組でしたウインク👇

そしてここで「石塀小路」はお終いウインク普通に歩いたら1~2分で通り抜けてしまう道ですが、そこには東山エリアの、否、京都の魅力がギュッと詰まった素晴らしいスポットなのですチュー

「石塀小路」を抜けるとそこは「下河原通」という、ちゃんと名前が付いた道爆笑男4人で京都に滞在していた時、夜は一旦宿に戻り、そこから食事に繰り出すのですが、朝の早い時間から夜までは完全自由行動ということも多く、朝食を頂き、一旦は4人一緒に宿を出るものの、お宿を出て僅か30秒のこの「下河原通り」で、そしてここはそれぞれ自分の目的の場所にバラバラに散って行った場所でもありました爆  笑

「下河原通」から眺められる「八坂の塔」 やはり東山のシンボルです照れそしてchuが京都に通い詰めるようになりもうかなりの歳月が経過しましたが、この景観を壊すような高層建築物はこの辺りにはありません。そしてそれはもちろん、産寧坂伝統的建造物群保存地区 、重要伝統的建造物群保存地区などの各種規制があるからに他なりませんが、しかしこの景観は京都が1200年以上も前から続く、“ニッポンの都”の証なのでもありますチュー

こちらは「大谷御廟」の入り口。こちらは浄土真宗の開祖・親鸞聖人の墓所ですニコニコまた“親鸞聖人の近くで眠りたい”という真宗大谷派(本山は東本願寺)門徒さんの方たちのための墓所でもあります。chuも真宗大谷派の門徒ではありますが、墓所は千葉県松戸市内にありますので、こちらにお世話になることはなさそうですニヤニヤ(なお真宗大谷派と双璧を成す浄土真宗の宗派に本願寺派(本山は西本願寺)があり、同派の門徒さんが集まる“親鸞聖人の墓所”は東山五条に「大谷本廟」があります。親鸞聖人の御遺骨は、幾つかの墓所に分散され埋葬されているのです)

そして「下河原通」の北端は「八坂神社」の南楼門に直結していますウインク

「八坂神社」の本殿がこちらウインクchuはここに立ち寄らせて頂くたびに、凛と背筋が伸びる思いがしますチュー

で、訪れていたのは9月中旬でしたが、その年の年末と翌年の年始に備え、アルバイトの巫女さん募集中ニヤニヤその資格として、“専門学校、短大、大学生”はいいとして(高校生はダメですよ、ということウインク)、“25歳くらいまで”はかなり曖昧な線引きではニヤリこの求人広告、“問題あり”と指摘されても神社サイドは抗弁出来ませんよね真顔

こちらは西楼門から見た祇園の街並み 四条通の東のどん詰まりがここ八坂神社ですウインク

西楼門ですウインク ただ四条通と東大路通の交差点にあるため「八坂神社」の出入り口としては一番目立ちます照れ

「八坂神社」を後にしたchu一行は、三条通りと東大路通りの交差点である東山三条までバス移動🚌ダッシュダッシュダッシュここで地下鉄東西線に乗り次の訪問先に向かいますニコニコ

地下鉄にはひと駅分だけ乗車 地下鉄・バス共通一日券を使っての移動ですので、例え短い区間であっても躊躇なく利用爆  笑ただ、まだ朝比較的早い時間帯ではあるのですが、灼熱の太陽がジリジリと肌に照りつくため、交通機関を利用しての移動は理にかなっているのでしたウインク

以下次号

2024年9月16日から21日までの5泊6日の日程で京都、大阪、神戸を訪れた際の様子をお届けしています。旅の3日目、夜の京都散策をお届けしたのがこちら👇

そして旅の4日目からはいよいよ京都の街中を歩きますウインク否、歩き回ります爆  笑走る人走る人走る人走る人走る人ビックリマーク思えは上洛初日にこそ、金閣寺や龍安寺、嵐山など京都を代表する有名スポットを巡ったものの、翌日はレンタカーを借りて伊根の舟屋や天橋立など、京都府北部に遠征、そして3日目には憧れの町・神戸を巡っていましたから、chuの大好きな京都…著名な観光スポットのみならず、小さな神社仏閣やそこかしこにある小路など、京の風情を感じさせてくれるところも訪ね歩きたい照れの、一日の始まりでして、当然のことながら勿論この日も早起き&早立ちですウインク先ず最初に向かったのは祇園ビックリマークなのですが、ホテルj前の「千本旧二条」バス停すらバスに乗り込み京阪電鉄の「祇園四条駅前」で降車。あ、この日は再び「京都市地下鉄・バス共通一日券」を利用していますウインクで、昨日も御案内しました「南座」は夕方に見た時と印象、変わっていますでしょうかキョロキョロいえ、あまり違いは感じせられませんね

ニヤニヤ

こちらは「京都祇園郵便局」…って、京都を代表する花街の名前を冠しているだけあって名前は立派ですが、集配局ではない特定局のようニヤニヤただ、建物の外観はそれなりに京都の景観に合わせた造りになっているな、と感じて思わずカメラするとやはりこの建物の外観は歓心を惹き付けるに足りるようで、このようにも紹介されています👇この局舎を見て、瞬間的にひらめき電球と感じたchuの直感もなかなか捨てたもんぢゃございません爆  笑

そしてここはchuの大好きな場所ウインク祇園白川ですクラッカー合格“石畳の道に紅殻格子の町家が並ぶ、風情ある祇園の巽橋付近。テレビなどの撮影にもよく使われ、京都といえばこちらを思い浮かべられる方も多いでしょう”と紹介されている祇園白川のど真ん中ビックリマークですが日中にここを訪れようものならファインダーの中には人の波しか映りませんゲローですのでこうして早起きをしてここにきているのですよウインクまたこの辺り、桜の季節だとなお美しいのです照れ

 

こちらの看板、かなり朽ちていてとても読みにくいのですが、祇園白川地区はこのすぐ横に連なる祇園新橋地区と共に「祇園新橋伝統的建造物群保存地区」に指定されている、とても京都らしい趣きを感じ取るところウインク無秩序な開発など断じて許されないのですが建物の規制は出来てもここを訪れる、特にインバウンドの外国人の訪問者には古都をそぞろ歩く嗜みが全く出来ない人も多く、困ったものなのですプンプン

こちらが白川に架かる「巽橋」。夜には祇園のお茶屋さんに出向く舞妓さんが往来する小路なのですが、その舞妓さんに対してパパラッチの如く、執拗について回り写真を撮影しようとする輩が後を絶たないムキーそして、そんなことをするのは100%、例外なくインバウンドの外国人観光客ですパンチ!

さて、久しぶりに訪れました祇園白川周辺でしたがこの日も予定している行程が長いあせるあせるあせる本当はもっとまったりしたいのですが、後ろ髪を引かれる思いで次のスポットへ走る人走る人走る人つっても、四条通を渡り南側に広がる花街エリアでこちらは祇園花見小路へニコニコ

まだ人が少ない早朝の時間帯、祇園エリアを散策してきましたウインク最初に訪れたのが赤色で〇囲みしました祇園白川、新橋エリア。で、四条通の南側が祇園花見小路エリア。そしてこの辺り一帯を指して祇園花街を形成しているのです照れ

花見小路を散策している時に求人広告を見つけましたウインク店舗の清掃スタッフさん…は、一般的に各自治体(都道府県ごと)の最低賃金が適用されることが多い職種ですが、この求人では時給1300円ですから、京都府の最賃をかなり上回っていると推察致しますキョロキョロ(※2024年(2023年11月から~2024年10月までの適用)の京都府の最低賃金は1008円ですから、これはかなりの厚遇ですウインク)

そして花見小路のどん詰まり「建仁寺」に到着ビックリマーク臨済宗建仁寺派の大本山ですウインクですがここでの拝観はせず次のスポットへと急ぎます。いえね、本当ならば手あたり次第、京都の神社仏閣は拝観したいのではありますが、建仁寺にはずっと大昔になりますが一度は訪れていたことと、旅の予算との兼ね合いもあり、ある程度、絞ったところを拝観させて頂いておりますニヤニヤ爆  笑

そしてこちらは京都市中心部の東端を南北に貫く東山通を渡ったところにある「東山安井」のバス停ビックリマークですが“たかがバス停”と言うなかれニヤリと言うのはchuの定宿でありました「石塀小路」にある民宿「寿栄屋」さんの最寄りのバス停がこちらですので、chu的にはとてもワクワクするスポットなのですチュー「東山安井」と「京都駅」とは当時は循環バス系統の「206系統」でしたねニコニコ

次いでやって来たのはchuの大好きな東山エリアチュー前方に見えている五重塔は「八坂塔」と呼ばれている「法観寺」。先ほど素通りしちゃいました「建仁寺」を本山とする臨済宗建仁寺派の寺院。まぁ寺院としてはさほど大きくはないのですが、景観が保たれた東山エリアにおきまして、「八坂塔」は「清水寺」や「三年坂」等と共に東山エリアを代表するスポットですウインク

そしてこの「八坂塔」をベストアングルで撮影するにはお決まりの定点スポットがあり、それはこの石畳の小路である八坂通りの幾つかのポイントから撮影するものなのですが、時計の針は8時を回ってしまいましたので、人影が入らない状態での撮影はもはや難しい不可能です滝汗

それでも何とか粘りに粘って撮影できたのがこちらの2枚👇ちょっと上にリンクしましたサイトのフロント写真がまさにここから撮影したものなんですよウインク

こちらが「八坂塔」撮影にベストな4ポイントの解説👇是非ともここからの撮影にチャレンジしてみてくださいウインクですがインバウンドの観光客で溢れる昨今の京都、残念ながら最高のシチュエーションでの撮影は難しい無理です笑い泣き

さて、八坂通りを過ぎると今度はやはり東山エリアを代表する観光スポットでもある「二年坂」「三年坂」を通り「清水寺」へと向かいますニコニコここ京都においてchuがエスカレーターも設置されていない石段を上る毎に高まるのものは、心拍数ではなく情緒あふれ風情豊かな東山への期待感です爆笑

八坂から清水坂へと続くこの石段は「三年坂」は「産寧坂」「再念坂」とも綴られることがあります。ここを通る方は皆、「清水寺」に参拝に行く方なのですが、実は「三年坂」で転ぶと“3年以内に死ぬ”とか“3年寿命が短くなる”などの逸話があります滝汗しかしこの話、実は既に「延宝7年」(1679年)刊行の「京都巡覧集」から紹介されていて、それによるとなんでも、万一、ここで転んだ場合でも、転倒により抜けてしまった魂を瓢箪が戻してくれる、というおまじないがあったらしく、そのため「三年坂」の両脇には瓢箪を売るお店が軒を連ねていたそうです爆笑

少しだけ時計を巻き戻して、こちらはとても残念嫌な光景 坂を上る途中、休憩のため腰を掛けるのに丁度いい段差があるのですが、飲み干したペットボトルをこうして放置してしまう…片付けていたのは近くにお住まいの方々で、お話を伺ったところ、こんなことはしょっちゅうなんですとプンプンそしてこんな不埒なことをしでかすのはオーバーツーリズムとも言えるインバウンド外国人観光客による仕業なのですムキー日本人観光客は…こんなことをする人はまずいませんよプンプンしかしこうした不道徳者、先ほどの舞妓さんのパパラッチしての撮影もですが、そうした“不逞インバウンド観光客”相手に、都人としての矜持を投げ捨ててまで、ぼろ儲けに奔走している京都人もいるのも事実真顔当ブログ最終章にて若干の問題提起もさせて頂く予定ですが、既に事案を御存知の、京都市内にお住まいのブロ友さんも、chuと同様の印象を語って下さいましたことが京都を愛するchuとしましては本当に救いなのでしたチュー

さて、「三年坂」の石段を昇りきるとそこは清水坂。「清水寺」に通じる参道ですが、坂の両脇には参拝客相手の土産物店が連なる、こちらも“いかにも京都”という雰囲気を醸し出しています。chuが初めて京都を訪れた中学3年時の修学旅行では、この清水坂の土産物屋と、京都の街中にある新京極商店街にて“限度額いっぱい”のお土産を買い求めたものでしたが、10代後半になり“京都通い”をするようになると、清水坂にある土産物屋で何かを買い求めたことは一度もありません爆  笑ところでまだ時間が早いせいかオープンしているお店は少なめですニコニコそーですよね、この時間、多くの観光客は参拝に向かう時間帯です。参拝をする前に、手荷物になるお土産を買う人は少ないでしょうから、観光客が参拝を終え、この坂をぞろぞろと下り始める第一弾が現れる頃にシャッターを開こうか、という算段のようですウインク

そして「清水寺」に到着ビックリマーク久しぶりではありますが、直近で上洛した2010年3月には立ち寄っていましたから14年ぶりの訪問となりましたウインク

境内はそこそこ広く、塔頭寺院もありますがやはり「清水寺」と言えば国宝にも指定されている“清水の舞台”ですよね。ところでこの広い境内を歩くだけなら拝観料は不要なのですが、清水の舞台に立つためには拝観料が必要です。こちらは舞台の前で拝観券を受け取るスタッフのおじさん。“ただ見はさせませんぞ”という圧を感じます爆  笑

こちらが有名な“清水の舞台”にある国宝に指定されている「本堂」ですニコニコ

そして清水の舞台を独り占め…は、中々できないのですが、それでもファインダー内になるべく人が映り込まないよう、アングルなどには随分と腐心しましたよ口笛

「国宝 本堂舞台」の説明👉本堂の全面にせり出す舞台は、高さ約13メートル・床面積約190平方メートル。410枚ほどの檜板が使用され、特別な行事の際にここで芸能などが奉納されることから、一世一代の晴れ舞台を意味する「檜舞台」の語源になったとも。なお2020年12月3日(木)には本堂(国宝)の檜皮(ひわだ)屋根の葺き替えと「清水の舞台」の床板の張り替え工事が完了したため、今回chuが訪れた際の「清水寺」はリニューアルされたものですニコニコそう言えば、2010年に来た時は本堂全体が工事用の足組と幕とですっぽりと覆われていましたから、10年の時をかけて新しくなっていたのですね照れその結果、舞台の部分だけ色が異なり、真新しさを感じましたニコニコなお本堂は、日本古来の伝統工法である「懸造り(かけづくり)」で建てられ、格子状に組まれた木材同士が支え合い、耐震性が非常に高い構造となっています。そしてなんと驚くことに、釘は1本も使用されていないのですよびっくり

こちらは本堂舞台の一番前まで来て身を乗り出して、南西方向を眺めたもの。ちょうど「京都タワー」が見えていまして、JRの京都駅はあのあたりです。遠いようにも見えますが、それほど遠くはないのですが、京都駅に降り立ちました旅行者が、「清水寺」に参拝に来るためのアクセスは残念ながら鉄道は通っていませんのでバスになります。先ほど、chuが御運内しました「206系統」他が運行されており、最寄りのバス停は「清水道」から徒歩10分。そしてバスの移動時間、通常であれば15分程度の距離なのですが、土曜休日となると周辺道路はこれがとんでもなく大渋滞を引き起こし、1時間越えはザラなのだとかゲローそれにそもそも、土曜休日だと京都駅から「206系統」のバスには混雑が過ぎて中々乗りませんゲロー始発の京都駅からであっても…です叫びドクロ(なのでもちろん、途中のバス停からでも乗れません)。しかしこれって、206系統のバス路線を使う方は何も観光客だけぢゃないですから、京都市民の方の日常生活にも多大なる悪影響を及ぼしているのですよプンプンこの“オーバーツーリズム”問題は、ホント、何とかしなきゃですねプンプン京都市だけの問題ではありません。日本国内のあらゆるところに突然、発生する問題です。“Yocoso JAPAN”なんてやっている場合ぢゃないですよパンチ!ムキーところで「清水寺」へのアクセス、とりあえずの解決策として京都駅-「清水寺」直通の特急バスを走らせたビックリマークこのバスは通常料金に500円+することでノンストップで「清水寺」まで行けるため、観光客の多くはこれを利用しますから、スペースが開いた分、一般の京都市民の方は利用しやすくなりますウインクただ特急バスの運行は土曜休日に限られていることから、弥縫策に過ぎないとの指摘は受け入れざるを得ませんチーンあと、唯一の鉄路としては京阪電鉄の「清水五条駅」から歩く走る人走る人走る人という選択肢は無きにしも非ずなのですが、同駅からだと徒歩で25分。さらに京都駅やJR各線と京阪電鉄との乗り換え駅は市営地下鉄烏丸線の烏丸御池駅で東西線に乗り換え、三条駅で京阪電車に乗り換え、清水五条駅を目指す、若しくはJR奈良線で東福寺駅まで南下し、京阪電鉄に乗り換え清水五条駅を目指すという“大回り”をしなくてはなりませんショボーンそしてそこから徒歩で25分絶望だったら、最初っから京都駅から歩いた方が分かりやすいですよ、恐らく1時間と少しで歩けますから爆  笑“駅からハイキング”に参加されているような方であればコースの途中区間の1時間程度を歩くのは、わけないですからねニヤニヤ

こちらは清水の舞台から望む子安の塔 拝観コースでは舞台を降りた後に、再び子安の塔が建つ小高い丘まで上がるのですが、またそこからは真正面に清水の舞台が眺められますので、一味違う「清水寺」を見ることが出来ますニコニコだけどこの時は…すでに暑かったのと、時刻も9時を回り次第に人も増えてきましたので、誠に残念ながら今回はここからの参拝ということでお願い

そしてこちらが舞台から眺めた“舞台の下” よく“清水の舞台から飛び降りるつもりで”と言われますが、あそこに飛び降りる…飛び込むのですよ滝汗まぁ、高さにして13mですから、必ずしも死に至る…というほどの高さではありませんニヤリ13mはマンションで言うと4階相当。しかしここには御覧のように樹木が沢山ありますから、どこかに引っかかって地面に打ち付けられますので、例え助かったとしても大怪我するのはは免れませんがねニヤニヤちなみに“清水の舞台から飛び降りる”の言わんとするところは👉思い切ったことをするときに、よく使われることわざ。 清水寺の舞台から飛び降りたという話は現実にあった。 観音様に願をかけて舞台の欄干から後ろ向きに飛ぶ。 願いが叶えば無傷、だめでも極楽往生という死も恐れない信仰、なのですが、その背景につき、「日本経済新聞社」さんが記事を纏められていますので謹んでリンクさせて頂きますお願い

で、同記事によりますと、江戸年間、判明しているだけで実際に飛び降りた方は234名。そして生存率は85%とかなり高く、ですので実際に“死を選ぶ場所”としては相応しくない場所だということがわかりますニヤニヤまた、“飛び降りる動機”については、現在のような借金や異性、仕事の行き詰まりなどではなく、“観音様に命を預けて飛び降りれば、命は助かり願いがかなうという民間信仰”がメインとの事。そのため決して自殺願望からではなく、あつい信仰心からだった、とされています。しかし、“信仰心からの飛び降り”もやがては1972年(明治5年)に京都府が禁止令を出し、次第に沈静化に進み、その後、舞台の周りには防止用の竹矢来が組まれ現在に至っているそうです。なお清水寺は778年の創建と伝えられていますが、江戸時代以前の飛び降りの記録は見当たってはいないそうですニコニコさて、清水の舞台を後にして、こちらは「奥の院」ニコニココンコンと湧き出る清水…キヨミズではなく清水が湧き出る「音羽の滝」の真上にある建物ですニコニコちなみにここから「清水寺」の本堂や舞台を眺めるのに拝観料はかかりません。先ほどまでchuが居ました本堂の拝観と舞台に降り立つ時のみ、拝観料が必要ですニコニコ

でもほれ、本堂に居ると「本堂」の写真は撮影出来ませんからニヤニヤこうして「奥の院」から撮影した方が“映える”んですよ爆笑

ガーン文字数の限界が来てしまいましたあせるあせるあせる清水寺編、あと少しお散歩した後に東山界隈を散策しますウインク

(※2か月ぶりの再開ですウインク)

2024年9月16日から21日までの5泊6日の日程で京都、大阪、神戸を訪れた際の様子をお届けしています。旅の三日目は京都を離れ、憧れの街・神戸を散策しました照れその後、“人生初乗車”の阪神電鉄と、こちらは馴染み深い京阪電車を使い帰京ウインク結果、関西圏の鉄道で利用したことがないのは近鉄と南海の2社になりました。前回は帰京に際しての“乗り鉄”色が濃いblogとなりましたが、実は今回のシリーズのタイトルであります「三都物語」、その中の一つである大阪市は、鉄道を経由しての通過となってしまいましたことをお詫び申し上げます滝汗神戸・元町から京都・祇園四条までの様子はこちらから👇

京阪電鉄の「祇園四条」駅は、その昔は単に「四条」を駅名とした地上線でしたが、何時の頃だったでしょうかか、新しく京阪本線の始発駅となりました出町柳駅から、JR東海道本線とクロスする手前の「塩小路通」までが地下化され、「四条駅」は「祇園四条駅」と名を変え地下駅となりました(駅名が変わった時期は地下化した時より後だと思います)。鴨川の左岸を通っていた京阪本線ですが、線路の跡地は「川端通」として京都の中心街を南北に貫く主要な道路となりました ニコニコそしてこちらの写真、地上に出て来て鴨川をパチリカメラ時刻は17時ですウインク

こちらが「祇園四条駅」の地上駅舎。京都観光のまさにど真ん中がこちらの駅になりますウインク例えば地方…京都の方は“京都こそ日本の都”と信じてやまない風潮文化が根付いていますので、東京も地方となるのですがニヤニヤ例えば東京から京都を訪れる時もそうですが、地方から上洛する場合、圧倒的多数の方は東海道新幹線を利用しての来訪となるのですが、新幹線を使って京都を訪れた場合の「京都駅」は実は京都観光の中心地ではありませんびっくり京都観光の拠点は、やはり祇園界隈を中心とした四条河原町周辺となりますウインク

こちらは「南座」。久しぶりに見ましたが、「南座」を見ると“あぁ、京都に来たんだな”と実感出来るのです照れ

そしてこの「南座」、その歴史は古く江戸時代初期の慶長年間(1596~1615年)びっくり日本最古の劇場で、現在は「松竹」が運営する劇場です。なお“南座”という名称の理由は、建物の目の前を東西に走る「四条通」の南側にあるから、という単純明快なものです爆  笑

正面には「四条通」の東詰め。“祇園さん”と呼ばれる「八坂神社」ウインク全国に約2300も存在している“八坂神社”の総本社と言われています(諸説あります)

日が暮れゆく京の街 鴨川を跨ぐ「四条大橋」から北側を眺めていますニコニコそして鴨川で有名なのは河川敷に座るカップルの皆さん。等間隔を開けて座っている様子がお分かり頂けるかとウインク

「四条大橋」を渡り切り、こちらは鴨川右岸の河川敷と、鴨川側に張り出した飲食店の“川床”。川床料理と言えば、市内の北に位置する貴船あたりの料亭が有名で、河原町付近のこちらの食事処等は厳密に言えば川の真上に張り出されているわけではないのですが、非日常間が味わえる川床料理ってのは、このような場所で戴くのでしょうかキョロキョロそして鴨川に張り出したこうした床のことを“納涼床”と呼ぶのだそうです。なお京都には若い頃から訪れているchuですが、川床料理など、超高価なお料理は頂いたことは残念ながらありませんニヤニヤ

そしてこちらは先斗町(ぽんちとちょう)。西に「木屋町通」、東に鴨川が流れる、その中間にある細い路地の花街なのですが、chuをして、“もっとも京都らしい”と感じるところの一つですウインクと言っても、先ほどの川床料理同様、京都の花街での“大人の嗜み”などを経験したことはございませんが爆  笑

先斗町の細い路地の左右には、このように飲食店がびっしりと軒を連ねていますウインク

こちらは先斗町通りの小路を歩いていて、飲食店が建ち並ぶほんのちょっぴりの隙間からから眺めた鴨川の様子ニコニコ

そして目的のお店は木屋町通りに面しており、こちらは高瀬川ですウインク

こちらは現在は廃校になりました立誠小学校の校舎をリノベーションした「立誠ガーデンヒューリック京都」ニコニコかつての立誠小学校はなんと1869年(明治2年)の開校びっくりアーチ型をした玄関など、当時としては西洋技術の粋を集めた近代建築の校舎で、長らく木屋町周辺のシンボルとしての建物だったのですが、このエリアの少子化の加速により1993年(平成5年)に閉校。しかしその歴史的重厚感のあるこの校舎が直ぐに壊されることはなく、その再利用に期待が高まっていたところ、耐震化工事を施すと共に、当時の建築物と、その景観に融和させた新たな建物を合わせ、大幅なリノベーションにより2017年にオープンしました。chuが京都通いをしていました時分には現役の小学校でしたのでその敷地内に入ることは出来なかったのですが、外観から見ただけでその重厚感には圧倒されていたことが思い出されます。と言うことで今回の旅で初めて旧立誠小学校の建物内に入れたのでしたウインク

そして今宵訪れたお店がこちら👇初訪問は19歳の時ですから、四半世紀以上は経過していますウインク (※半世紀は経過しておりません 爆  笑)で、この「たこ入道」さんはchuが上洛の折、定宿としていました東山区安井は石塀小路にあります「寿栄屋」さんの女将さんに教えて頂いたお店。 以前はまだ現役でした立誠小学校の校庭の南側に位置していましたが、chuが京都を訪れなくなり暫くしてから、現在の木屋町通りに面した場所に移転されたようですニコニコ で、こちらのお店のウリと言えば、なんと言っても明石焼クラッカー合格 って、“京都なのに明石焼き ”なのニヤニヤですが 、当時、てか今もchuは明石には行ったことがありませんから、明石で明石焼きを食べたことはありません爆笑また今日はせっかく、憧れの街であります神戸を訪れたのですが、夕方には京都に戻って来て、そして京都の繁華街でもある木屋町にて、明石焼きを食べるという、なんともシュールな一日を送っているのでした爆  笑

まずはこの日の始動も早かったので、乾杯生ビールビックリマークで、のどを潤しますチュー

そしてこちらが名物の明石焼きクラッカー合格一見して、たこ焼きに似ていますよねニヤニヤその明石焼き、ふんわりと焼き上がった“卵ボール”を薄味の上品な出汁で味わうのですが、とにかく美味しいですウインクで、chuが「たこ入道」さんに来て初めて明石焼きを食べたのはまだ10代の頃。最高に美味くて、“おぉ、これが京都の味だビックリマーク”なんて感激していたのですが、ちと冷静に考えてみればその名前は“明石焼き”ですから兵庫県発祥の郷土食、っうことは直ぐにわかりそうなものの、あの頃は上洛出来た嬉しさからか、見るもの聞くもの食べるもの、全てが京都のものと思い感動&感激しまくりだったのでしたチューあぁ、穢れを知らない10代でした爆  笑

こちらが明石焼きのウンチクです👇

さて、「たこ入道」さんでは明石焼き以外にも、いわゆる“京のおばんざい”的なお品が多く、カウンターに並べられた料理を動きながら見定め、“これとこれを下さい”って感じて頂きます。「たこ入道」さんを訪れたのはもう四半世紀以上も前のことになるのですが、また、お店の位置も変わっていましたが、女将さんと板さんの雰囲気は当時のままビックリマーク居酒屋…というか気軽な小料理屋さんの雰囲気ではありますが、何せ久しぶりの訪問ですからchuのことを覚えているはずもなく、しかも地元の方が多いように見受けられましたので、一見して分かるchuのような旅行者に対してはやや、“塩対応”のような感じもしました真顔同じ京都府でも、昨日訪れていました伊根町や天橋立などでは旅行者大歓迎的な歓待を受けましたが、京都の街中ではこうした大衆店でありましても“一見さんお断り”ならぬ“一見さん、飲んで喰ったらさっさとお帰りやすぅ”的な印象を受けたのは、ただのchuの僻みでしょうかえー

そんなこんなでお店を後にして、再び先斗町の小路を歩きます走る人走る人走る人時刻は19時ころですので“京都の夜はこれから”なのですが、3日連続で5時過ぎから動き始めていますので、少々疲れも溜まってきていますあせるあせるあせる

👆と👇、何が違うかお分かりですか!?先斗町小路の直ぐ西側には木屋町通りが通っていて、先斗町小路と木屋町通りとは飲食店の隙間の路地を使って行き来できるところもあるのですが、👇は行き来出来ないので、“通り抜け出来ません”と案内してくれているのですウインク

風情溢れる夜の花街照れこんなお料理屋さんにも行ってみたいのですが、“一見さんお断り”されちゃいますから、そぞろ歩きに留めます爆笑

四条通に面した先斗町通りの入り口まで戻って来ました。情緒たっぷりですね照れ

四条大橋の袂から、鴨川の右岸に降りてみましたニコニコ

河岸に少しだけ張り出した“納涼床” あ、これはさっき、四条大橋を渡り切ったところで撮影したお店ですねウインク

さて、鴨川河岸での涼を浴びた後、宿に戻る事にしましょう。何せ京都の街中は網の目の如くバスの路線が入り混じっています。朝は宿の前にある「千本旧二条」バス停から「四条河原町」まで来たのですから、当然、逆ルートがあるわけなのですが、この四条河原町交差点…東京で言えば銀座4丁目、新宿3丁目、上野広小路、浅草雷門前、渋谷駅前スクランブル交差点…のような人波があり、京都で一番の繁華街なのですが、交差点の至る所に「四条河原町」バス停があるため、目的のバス系統がどのバス停から出るのはが判らず、交差点のあっちこっちを行ったり来たりしてました滝汗

で、やっとこさ見つけた「千本旧二条」に行くバス停を発見ビックリマークここからはホテルまで20分もかからなかったと思いますニコニコ帰り着いたら“バタンキュウ”で、京都3日目の一日は終わりましたウインク

以下、次号(とは言ってもまたまた不定期になりそうですニヤニヤ)