この年の初舞台生84期生からは様々な人材が生まれた。雪組トップの音月桂に、専科から星組トップ就任と話題になった北翔海莉がいた。男役スターで未涼亜希、ダンサー桐生園加、大真みらん、綺華れいに専科で長く活躍した美城れん等がいた。娘役では雪と星組で娘役トップの白羽ゆり、星組トップ遠野あすかの他に、主席入団でありながら退団後吉本新喜劇で活躍した仙堂花歩、ダンサー舞城のどかと椎名葵、高宮沙千の娘高宮千夏、歌のお姉さん“はいだしょうこ”として有名な千琴ひめか、ハウステンボス歌劇団創立メンバーの雪菜つぐみ等がいた。
1月は前年からの年またぎで雪組「春櫻賦/LET’S JAZZ」の後、宝塚歌劇としては約30年ぶりの再演となった2~3月月組「WEST SIDE STORY」が上演された。前年の組替えによって真琴つばさに風花舞のトップコンビに二番手紫吹淳、三番手初風緑という体制になっていた。アニタ役には樹里咲穂が抜擢されて評判を呼び、新人公演は第一部を大空祐飛が、第二部を大和悠河がそれぞれ務めた。大和は前年研3で新人公演初主演しWではあるがバウ公演でも初主演、TVCMにも出演と劇団による強いプッシュが目立ってきていた。このミュージカルについて劇団四季がよく知られているが、1964年の初来日公演後に日本版を最初に上演したのは宝塚歌劇団だった。1968年月雪組合同公演でトニー古城都、マリア八汐路まりのコンビで上演され、劇団四季による上演は1974年からとなっている。
そして4~5月に宙組旗揚げ公演として「エクスカリバー/シトラスの風」が上演され、姿月あさとと花總まりのトップコンビに二番手和央ようか、三番手湖月わたると長身の男役を集めて宙組が始動した。一方で5~6月花組「SPEAKEASY/スナイパー」は真矢みきと千ほさちの退団公演となった。この後真矢は8月の東京公演に先立ち。7月につんくプロデュースで日本武道館コンサートを開き大きな話題となった。この頃の真矢は当時人気絶頂だった木村拓也張りのロン毛にしてみたりと、男役トップとしての枠からはみ出るような言動もあって一部に眉をひそめる向きもあったが、個人的には“宝塚の男役”という形式を突き抜けたエンタテイナーとして挑戦しようとする姿に感心していた。
6~7月星組「皇帝/ヘミングウェイ・レビュー」は麻路さきの退団公演で、「皇帝」で麻路は歴史上悪名高きローマ皇帝ネロを演じた。最後は得意のニヒル&クールな舞台で幕を下ろすこととなった。8~9月雪組「浅茅が宿」は雨月物語を原作とした幻想的な物語だった。この舞台で小姓りん弥を演じた貴城けいの怪しい美しさは今も記憶に残っている。前年月組から組み換えとなっていた檀れいが、5月の全国ツアー「風と共に去りぬ」メラニー役に抜擢された後、「浅茅」新公で研7ラストチャンスのヒロインに抜擢され、その後月組へ再度組替えとなった。9~10月月組「黒い瞳」は柴田侑宏の脚本だが、元57期生隼あみりこと謝珠栄による初の宝塚歌劇演出・振付作品となった。以降柴田が脚本を担当し演出は他の人に任せるという体制になった。また風花舞はこの公演でで退団となった。11~12月宙組「エリザベート」で姿月あさとのトートに対して、初代エリザベート花總まりが相対することとなった。この年は12月末で公演が終了し、2年間続いた年またぎ公演もなくなった。
東京では前年末に公演終了となった旧東京宝塚劇場に代わり、帝国劇場にて3月星組と4月雪組公演後、5月に有楽町駅横にTAKARAZUKA1000Days劇場がオープンとなり、月組「WEST SIDE STORY」で幕を開けた。仮設ではあったが以降この劇場と宙組によって年間を通じての東京での宝塚歌劇の上演が可能となり、現在の公演形態への道筋が形づけられることとなった。
バウホールでは88年に退団した榛名由梨を主演に迎えて7月月組「永遠物語」を始めとして、花組「ヴェロニック」愛華みれ主演、星組「ディーン」絵麻緒ゆう主演、雪組「心中・恋の大和路」汐風幸主演等名作の再演が行われた。「心中」の汐風については、原作となった歌舞伎「冥途の飛脚」忠兵衛が父上の十五代片岡仁左衛門の当たり役でもあったので話題となっていた。10月雪組「凍てついた明日」は映画「俺たちに明日はない」の舞台化で香寿たつきと月影瞳主演で上演された。
この年は宙組の発足とそれに伴う姿月あさとと花總まりの新コンビ誕生。真矢みきと千ほさち、麻路さきの退団。1000Days劇場の開場による東京通年公演の開始等、大きく宝塚歌劇の構造自体に変化が訪れた年となった。