この年の79期生からは雪組トップ水夏希、花組娘役トップ大鳥れいがいた。その他男役では現星組組長美稀千種、元月組組長越乃リュウ、立樹遥、未来優希、先頃退団の元宙組組長寿つかさの妹達つかさ等がいた。娘役では秋園美緒、貴咲美里、南城ひかり、作家野坂昭如の次女愛耀子等がいた。

 

 前年末で閉館となった旧大劇場に代わり、新大劇場が1月1日にオープンとなった。1~2月の杮落し公演は星組「宝寿頌/PARFUM DE PARIS」で「宝寿頌」には専科から春日野八千代と松本悠里が、また大劇場のみ他3組のトップ花組安寿ミラ、月組涼風真世、雪組杜けあきも出演した。「PARFUM DE PARIS」のフィナーレの衣装はデザイナー高田賢三が担当し、インタビューではやたら羽根の茄子紺に拘っていた。またこれ以降舞台メイクがよりナチュラルになったとか。2~3月花組「メランコリック・ジゴロ/ラ・ノーバ」は好きな公演だった。しかし「メランコリック」ではヤン・ミキの男役コンビが強調されて、早くも相手役の森奈みはるの存在感が薄くなり始めていた印象だった。「ノーバ」はラテン物でしかも「ノバ・ボサ・ノバ」を連想させるタイトルだったが、内容はSFチックで若干戸惑いを覚えた記憶がある。

 

 4~5月月組「グランドホテル/BROADWAY BOYS」は涼風真世の退団公演で、両作品をブロードウェイ俳優・振付家・演出家であるトミー・チューンが担当し話題となった。「グランド」は元々ブロードウェイの舞台だったが1932年に公開された映画版が有名となって、以降スターを揃えた群像劇を“グランド・ホテル形式”と呼ぶようになった。1974年公開「タワーリング・インフェルノ」はその代表作だが、フレッド・アステアがこの作品でアカデミー助演男優賞にノミネートされた。「グランドホテル」映画版ではグレタ・ガルボ演じるバレエ・ダンサーのグルーシンスカヤとジョン・バリモア(「E.T.」のドリュー・バリモアの祖父)演じたガイゲルン男爵が中心となっていたが、この宝塚版では涼風が会計士オットーを、麻乃が速記係フラムシェンを演じることとなって主役変更と話題となった。以降「エリザベート」等男役中心の宝塚に合わせて、内容をアレンジしての上演が結構見られるようになった。尚、男爵は三番手だった久世星佳が、グルーシンスカヤはこれで退団となった羽根知里が演じ、二番手だった天海祐希はグルーシンスカヤの付き人ラファエラ役で、”清く正しく美しい”宝塚の舞台上で煙草を吸っても良いのか?の声も一部で聞こえた。

 

 5~6月雪組「天国と地獄/TAKE OFF」は新トップ一路真輝の大劇場披露公演となり、相手役は引き続き紫ともで二番手に高嶺ふぶき、三番手に轟悠という布陣でのスタートとなった。7~8月星組「うたかたの恋/パパラギ」で「うたかた」は紫苑ゆう念願の再演ということだったが、稽古中に紫苑がアキレス腱断裂の大怪我を負ったために大劇場公演は全休となって、二番手麻路さきが代役を務めた。尚11月の東京公演では紫苑が復帰して主演を務めた。「パパラギ」はサモア人が夢見たヨーロッパという不思議なテーマのショーで、作・演出の草野旦らしい作品だった。8~9月花組「ベイ・シティ・ブルース」はハムレットを、1940年代の米西海岸に置き換えた小池修一郎作品。

 

 9~10月月組「花扇抄/扉のこちら/ミリオン・ドリームズ」は最年少研7でトップ就任と話題になった月組新トップ天海祐希の大劇場披露公演だったが、翌94年に予定されていたロンドン公演の試作品でもあった。「扉」はO・ヘンリーの短編小説を原作とした上演時間30分の小品だったが、海外公演で初めて台詞のある作品を上演するというので話題となった。「ミリオン」で新人公演が上演されたが主演は天海と同期の姿月あさとで、同期同士で本公演と新公の主役を分け合うという珍しい事態が起きていた。相手役は引き続き麻乃佳世で、二番手に4期上の久世星佳、三番手にやはり4期上の若央りさと2期上の真琴つばさが並ぶ形となった。11~12月雪組「ブルボンの封印/コート・ダジュール」で紫ともが退団となった。

 

 この1993年は新大劇場開場で幕を開け、涼風真世、杜けあきの退団の一方で天海祐希と一路真輝が月組と雪組の新トップに就任した。特に天海は若干研7トップ就任がマスコミでも大きく取り上げられて、世間の注目を集めることとなった。紫苑ゆうは念願だった「うたかたの恋」上演を目の前にして、怪我により休演せざるを得なくなり残念至極。花組は安寿ミラと真矢みきのヤンミキコンビで、一気に人気が爆発した年となった。

 この年の78期生は前年に続き人材豊かな学年だった。月組トップ瀬奈じゅん、宙組トップ貴城けい、貴城の次の次の宙組トップ大空祐飛。娘役では月組から専科を経て星組でも娘役トップを務めた檀れいがいた。男役には夢輝のあ、音羽椋、眉月凰などが、娘役には千紘れいかや羽純るいがいた。

 

 この年は1~2月月組「珈琲カルナバル/夢・フレグランス」で始まった。「夢」はロマンチックレヴュー第7作目。2~3月花組「白扇歌集/スパルタカス」は、安寿ミラ・森奈みはるの新トップコンビの大劇場披露公演。森奈は同時期に娘役トップとなった白城あやかや麻乃佳世に比べて技量的に劣るところがあった訳ではないのだが、不幸にも安寿・真矢みきのヤンミキ男役コンビの人気が大きすぎて存在が霞んでしまったような感じがした。その真矢が二番手で、三番手に愛華みれと真琴つばさが並ぶ体制となった。「スパルタ」はカーク・ダグラス主演の映画が有名で、安寿では少々細すぎないかとの危惧も開幕前にはあったが、力強い演技と依然強力だった花組のチームワークで前評判を覆した印象だった。

 

 4~5月雪組「この恋は雲の涯まで」は3回目の上演で、義経ジンギス汗伝説に基づく作品。初演はやはり和物が得意だった甲にしきの退団公演として上演された、植田紳爾による“宝塚グランドロマン”第1作。またこの作品から退団した鮎ゆうきに代わって、紫ともが新たに杜けあきとコンビを組むこととなった。5~6月星組「白夜伝説/ワンナイト・ミラージュ」は紫苑ゆう・白城あやか新トップコンビの大劇場披露公演。「白夜」はお子様向け作品だったが、妖精ミーミルを演じて注目を浴びたのが当時未だ研2の花總まりだった。

 

 7~8月月組「PUCK」はシェークスピアの「真夏の夜の夢」を原作にしていて、涼風真世が本領発揮となる妖精パック役を演じて評判となった。主題歌を松任谷由実が作ったのも話題だった。この頃月組で二番手天海祐希よりも上級生ながら若央りさと共に三番手格だった久世星佳は、この公演で演じたダニーの様な仇役系の役処で存在感を発揮する独特な個性を持った役者と見られていた。8~9月花組「心の旅路/ファンシー・タッチ」の「ファンシー」は、三木章雄らしい“ファンシー”な遊び心に溢れた作品だった。

 

 そして10~11月雪組「忠臣蔵」が旧大劇場での最後の公演であり、杜けあきの退団公演となった。この公演のフィナーレは一本立てなので大石内蔵助役の杜が青天のかつらに裃姿、以下全員劇中の衣装でラインアップとなった。しかし銀橋に並ぶとやはり四十七士の黒い討ち入り衣装がどうしても目立つし、その格好でシャンシャンをもってパレードする様子は、違和感の行進に見えて仕方がなかった。特に旧大劇場の最後なわけだから、オーソドックスな羽飾りの衣装で終わってほしかったと個人的には思っていた。旧劇場では確か一階ロビーから噴水のあった中庭のようなところに出られた記憶があるのだが、第一幕終了後の休憩時間は女性ばかりのロビーを避けてそこで過ごしていたように思う。しかし30年前の事だけに記憶が曖昧だ。

 

  バウホールでは1月花組「ドニエプルの赤い罌粟」は真矢みき主演だったが、それから30年経って今ような事態になるとは誰も考えの及ばないことだった。8月雪組「バレンチノ」は1986年作品を杜けあき主演で再演したものだが、初演で元男役の明都ゆたかが演じたナターシャ役を、再演では高嶺ふぶきが妖艶に演じて強烈な印象を残した。

 

 11月には既に退団していた大浦みずきが主演で、絵麻緒ゆう、匠ひびき、有未れお、湖月わたる等現役生と共にNY・ジョイスシアター公演を実施した。ジョイスシアターはタイムズスクエア界隈の繁華街から少し外れた、チェルシー地区の8番街沿いに位置しているオフブロードウェイシアターで、一見すると映画館と見間違う様なこじんまりとした劇場だった。ブロードウェイはオン、オフ、オフオフと分けられるが、基本的には劇場の規模、大きさで区別される。オフオフともなると劇場の体裁を取っていれば未だ良い方で、下手をすると会議室にパイプ椅子を並べた様な所で上演することもある。ただそれはそれで、文字通り手の届く所で芝居が見られる、と言う楽しみもあるのだけれど。

 

この年は花組安寿ミラ・森奈みはる、星組紫苑ゆう・白城あやかの新トップコンビ誕生に紫ともが雪組娘役トップ就任した。一方で杜けあきが退団し旧大劇場も最後となる等、前年に続き大きな変化が起きた年となった。

 前年の76期生は娘役に逸材が揃っていたのに対して、この年の77期生は男役に人材豊富な学年となった。先ず花組トップ春野寿美礼に雪組トップ朝海ひかる。二人に少々遅れる形となったが、星組トップ安蘭けいは汀夏子以来の音楽学校主席卒業からのトップ誕生となり、主席入団はトップになれないと密かに囁かれたジンクスを久しぶりに破った。その他一時雪組で安蘭、朝海とともにダンゴ三兄弟と呼ばれた成瀬こうき、麻路さきの妹麻園みき、そして朝宮真由、汐美真帆、北嶋真実等もいた。娘役では何といっても後に女帝と呼ばれ今尚日本を代表する女王様女優花總まり、ダンサー城華阿月、貴城けいの姉都々城あい等がいた。

 

 この年は先ず1~2月花組「春の風を君に…/ザ・フラッシュ」で幕を開けた。「春の風」は中国物で、朝香じゅんはこの公演が退団公演となった。朝香が人気実力がありながらトップになれなかったのは全く持って運がなかったというか、時が合わなかったとしか言いようがない。先に寿ひずるが花組トップになった場合を妄想したが、もしなったとしても結婚の事を考えたら多分短期で退団だったろう。その場合朝香にもチャンスがあったかも知れない。まあ、今更言っても詮無い事だが。2~3月雪組は「花幻抄/恋さわぎ/スイート・タイフーン」三本立てとなったが、ニ幕目和物の「恋」は二番手だった一路真輝が主演した若手主体での上演となった。

 

 4~5月月組「ベルサイユのばら~オスカル編」は新トップ涼風真世の大劇場お披露目で、涼風オスカルに対してアンドレに杜けあき、日向薫、大浦みずきに二番手となった天海祐希とぶち上げたものの、コンビを組んだはずの麻乃佳世は衛兵隊員アランの妹ディアンヌ役。これが退団公演となった二番手娘役朝凪鈴はロザリー役。本来の主役アントワネットは相応しい生徒がいないということで、フェルゼンと共に登場しないという凄い話になっていた。尚三番手格に二番手天海より5期上級生の久世星佳と若央りさが並んだ。

 

 5~6月星組「恋人たちの肖像/ナルシス・ノワール」の「肖像」は「エリザベート」「ルードヴィヒⅡ世」「うたかたの恋」といった作品と重なるところが多いお話となっていた。また「ナルシス」はロマンチックレヴュー第6弾。7~8月花組「ヴェネチアの紋章/ジャンクション24」は大浦みずき・ひびき美都の退団公演となった。前作での朝香じゅんの退団を受けて二番手安寿ミラ、三番手真矢みきとなっていた。この新人公演で、真琴つばさがラストチャンスの主演を務めた。8~9月雪組「華麗なるギャッツビー/ラバーズ・コンチェルト」で初のミュージカル化として上演された「ギャッツビー」は、後に「グレート・ギャッツビー」として一本立て作品となるが、初演では二本立ての前物で映画版の邦題を使っていた。尚、この公演でヒロインのデイジーを演じた鮎ゆうきが退団となった。

 

 10~11月月組「銀の狼」は涼風真世が記憶喪失の殺し屋に扮したサスペンス作品という異色作。11~12月星組「紫禁城の落日」は日向薫・毬藻えりの退団公演となったが、宝塚版「ラストエンペラー」というべき物語は近代史に基づく極めて政治色の強い作品となった。星組は元々他の3組よりも毛色の異なる作品を上演する傾向にあったが、「紫禁城」以降特に近代史に基づく作品が目立つようになる。

 

 バウホールでは5月雪組「微笑み国」で研2の純名里沙がヒロインに抜擢される。8月花組「ディーン」が安寿ミラ主演で再演され、9月紫苑ゆう主演星組「グランサッソの百合」は第二次世界大戦レジスタンスシリーズの三作目、11月月組は天海祐希主演で「たとえばそれは瞳の中の嵐のように」が上演された。

 

 この年は涼風真世の月組新トップ就任の一方で、花組大浦みずき・ひびき美都及び日向薫・毬藻えりコンビそして鮎ゆうきの退団、更に朝香じゅんの二番手での退団と比較的平穏だった前年とは対照的に、大きな変化の波がが打ち寄せた年となった。

  この年初舞台を踏んだ76期生には月組トップの彩輝直がいた。男役スターでは樹里咲穂、楓沙樹、真由華れお、千波ゆうは千波三姉妹の末娘、千波薫の娘でお兄さんは蘭寿とむと結婚したはず。現役生では専科の高翔みず希に最後の宙組創立メンバーで長らく組長を務める寿つかさなどがいた。娘役トップに花組純名里沙、月組風花舞、雪組月影瞳、星組星奈優里と74期生に続いて4人揃い、他にも男役から転向した朝峰ひかり、翠花果、陵あきの、星野瞳など非常に豊かな人材を生んだ学年だった。

 

 年初1~2月雪組「天守に花匂い立つ」、この頃から和物での杜けあきが引き立つようになったと思う。2~3月月組「大いなる遺産」はチャールズ・ディケンズの小説の舞台化で、剣幸とこだま愛コンビが円熟期に入った作品となったが、特に老嬢ミス・ハビシャムを演じた邦なつきの迫力が印象的だった。4~5月花組「ベルサイユのばら~フェルゼン編」は大浦みずき主演で“踊るフェルゼン編”とも呼ばれ、研1生純名里沙が初舞台でいきなりフィナーレのエトワールに、風花舞がダンスのソロに抜擢されて話題となった。

 

 5~6月星組「メイフラワー」は1983年花組高汐巴のトップ披露公演として上演されたものの再演。7~8月雪組「黄昏色のハーフムーン」は演出家中村暁の大劇場デビュー作品。そして8~9月月組「川霧の橋/ル・ポワゾン」が剣幸・こだま愛コンビ退団公演となったが、かつて地味だ地味だと言われながら、この頃には二番手涼風真世、三番手に急成長の天海祐希という華やかな体制となっていた。天海演じた“清吉”役は、天海の数少ない悪役となった。「ポワゾン」はロマンチックレヴュー第5作目で先述の通り一本立てでない退団公演の作品の内、別箱やツアー公演ではあれど芝居とショーの両方とも再演されているのはこの「川霧/ポワゾン」だけだろう。


ところで、創立100周年を記念した劇団殿堂入りの100人で最年少は60期生の大浦みずきと遥くららで、同期の剣は当初入らなかったのだが、翌年追加で殿堂入りとなった。多分100人目最後の一枠を遥か剣かで迷ったのだろうが、退団後の菊田一夫演劇賞の授賞実績もあって遥となったのかもしれない。しかし「ME MY」に代表される剣の実績を疎かにも出来なかった、ということかと想像する。


9~10月花組「秋…冬への前奏曲」は演出家谷正純の大劇場デビュー作品。11~12月星組「アポロンの迷宮/ジーザス・ディアマンテ」では、「ジーザス」コイヌールの場面で毬藻えりが踊った“宝石を食う女”が強い印象を残した。

 

 この年は月組トップコンビの剣・こだまの退団や演出家中村暁と谷正純の大劇場デビューがあったものの、全般的には平穏に過ぎた1年となった。

 

 この年の初舞台生75期生からは星組トップの湖月わたる、男役スターで伊織直加、久城彬、宝樹芽里の妹で現在振付師AYAKOとして活躍している宝樹彩、元月組副組長の嘉月絵理などがいた。娘役では今も専科で活躍している美穂圭子、三代続けてのタカラジェンヌ万理沙ひとみ、神矢夕紀、那津乃咲などがいた。

 

 年初1~2月花組「会議は踊る/ザ・ゲーム」は未だ昭和64年だった元日に幕を上げ、大劇場千秋楽の際は平成元年となっていた。この年は秋に大浦みずき主演でNY公演も予定されていた時期で、大浦を中心とした花組が最も盛り上がっていた時だった。これ以降特に花組を中心にして公演チケットが入手し難くなってきた。2~3月雪組「ムッシュ・ド・巴里/ラ・パッション」杜けあきと鮎ゆうきの新トップコンビのお披露目公演となった。「パッション」はロマンチックレヴュー第4作目。鮎は当初有望男役として注目されたが1987年TVドラマ出演を機に娘役に転向し、前年88年に「風と共に去りぬ」新人公演スカーレットに続いて「たまゆらの記」でもヒロインを演じていた。ただし鮎が杜より高身長だったため、コンビで並ぶ時は鮎が常に膝を折って低く見せるという難行を強いられることとなる。そして二番手に一路真輝、三番手に高嶺ふぶきという体制となった。

 

 4~5月星組「春の踊り/ディガ・ディガ・ドゥ」から、南風まいの退団を受けて新たに毬藻えりが日向薫の相手役となった。この頃の星組は歌が上手かった南風が抜けても洲悠花を筆頭に歌える娘役が競い合っていた状況で、そんな中で歌よりもダンスが得意だった毬藻がトップになったのは少々意外に思えた。またこの公演で二番手娘役に綾瀬るりが浮上してきたのだが、その後あっさり退団してしまい個人的には非常に残念だった。5~6月月組「新源氏物語」は剣幸主演での再演となったが、初演にあったフィナーレが無くなって前物となり、ショー「ザ・ドリーマー」が併演となる通常の上演形式となった。また、娘役陣が初演時の強力なキャストに比べると、自分としてはどうしても見劣りする感じがしてしまった。しかし前年に星原美沙緒は専科に移動したものの、左大臣汝鳥伶、左大臣未沙のえるは健在だった。

 

 7~8月花組「ロマノフの宝石/ジタン・デ・ジタン」に続いて、8~9月雪組「ベルサイユのばら~アンドレとオスカル」、10~11月星組「ベルサイユのばら~フェルゼンとアントワネット」が連続上演された。いわゆる平成版「ベルばら」である。雪組ではアンドレ杜けあき、オスカル一路真輝に対して鮎ゆうきがロザリー、フェルゼンが朝香じゅん、紫苑ゆう、麻路さきのトリプルキャストとなった。星組ではフェルゼン日向薫、アントワネット毬藻えりに対してオスカルは大劇場が涼風真世、一路真輝、大輝ゆう、安寿ミラのクワトロキャストだったが、東京では紫苑ゆう単独となった。大劇場では安寿のオスカルが大評判となり以降の大活躍の切っ掛けとなった一方で、大輝は当時新公で連続主演し東京では新人公演でオスカルを演じたがそのまま退団となり、以降新公の主演は稔幸に回ってくることになる。11~12月月組「天使の微笑・悪魔の涙」はゲーテの「ファウスト」を原案にした小池修一郎の大劇場デビュー作品だった。

 

 バウホールでは1月後半月組剣幸・こだま愛で「心中・恋の大和路」の再演に続き、2月前半月組涼風真世主演で「赤と黒」を上演した。その後2月から3月にかけては花組真矢みき主演で「硬派・坂本龍馬!」を上演。石田昌也の演出が、すみれコードに引っかかるのではないかと話題になった。

10月には大浦みずき主演でNYブロードウェイ、ラジオシティ公演が実施されアメリカでも評判をとった。

 

1989年は大浦・花組が絶好調に剣・月組も好調、雪組杜・鮎新トップコンビ誕生にNY公演の実施と劇団全般で充実が目立つ年となった。