この年74期生は前年とは逆に娘役が人材豊富な学年となった。宙組二代目トップ和央ようかに男役では片岡孝夫(15代仁左衛門)の娘汐風幸、初風緑、寿美花代の姪松平瑠美、元宙組組長美郷麻也、神田智らがいた。娘役では花組森奈みはる、月組麻乃佳世、星組白城あやか、渚あきの各トップ娘役に歌が上手かった美々杏里などがいた。
1~2月雪組は「風と共に去りぬ」の再演だったが、平みちと杜けあきでバトラーとアシュレーの、一路真輝と神奈美帆でスカーレットⅠとⅡのそれぞれWキャストとなった。神奈は純娘役で初めて大劇場でスカーレットを演じることとなった。2~3月星組「炎のボレロ/Too Hot!」は日向薫の大劇場お披露目公演で引き続き南風まいが相手役となり、二番手に紫苑ゆうその下に麻路さき、あずみれいかという布陣となった。この作品は2020年雪組で再演された。
4~5月花組「キス・ミー・ケイト」は一時は怪我から再起不能で退団の噂も流れた大浦みずきの舞台復帰作で、大劇場トップ披露となり“ダンスの花組”の幕開けでもあった。ひびき美都は秋篠美帆と同期で既に研10だったが、大浦が二番手時代から度々組んで踊っており怪我から復帰したばかりのサポートもできる人ということで選ばれたと聞いた。二番手に朝香じゅん、三番手格に瀬川佳英と幸和希、以下安寿ミラ、真矢みき、愛華みれ、真琴つばさ、紫吹淳、香寿たつき、姿月あさと、匠ひびき後に各組のトップとなる人材がずらりと勢ぞろいしていた。これらのメンバーが大浦を先頭に大階段を黒燕尾で降りてきた場面は、今思い返しても身震いがする思いだ。娘役も峰丘奈知、北小路みほ、華陽子、香坂千晶と揃っていて、花組だけでなく宝塚全体でみても史上稀にみる充実期だったと思う。しかし幸はこの公演で退団となった。
5~6月月組「南の哀愁/ビバ!シバ!」前年一年を通して「ME MY」に明け暮れた月組だったので、「ビバ」は舞踏神シバをテーマにひたすら踊りまくるショーとなった。この公演から本公演で涼風真世が郷真由加を抜いて二番手となった。7~8月「たまゆらの記」は柴田侑宏の「あかねさす紫の花」「あしびきの山の雫に」に続く万葉三部作で、天武天皇(大海人皇子)の曾孫安宿皇子の物語で藤原氏が権力を握ろうとする時代の物語。これが平みちと神奈美帆のコンビ同時退団公演となった。平は大地真央と同期の59期生で、あだ名のモサクは“もさっとした感じがする”ということから大地が命名したとか。ただしこの頃の雪組は平とあるOG振付家に関するトラブルの噂があったせいで、不穏な雰囲気となっていた。
8~9月星組「戦争と平和」かの有名なトルストイの小説の舞台化で、専科から榛名由梨、但馬久美が特別出演して上演されたが南風まいとあずみれいか、そして榛名と但馬はこれが退団公演となった。9月バウホールで月組「サウンド・オブ・ミュージック」が上演されたが、これが春風ひとみと郷真由加の退団公演となった。春風は条はるきに続いて別格ではあったものの、主演作で退団という破格の扱いとなった。郷は桐と涼風の三人での二番手グループの筆頭格であったけれど、「ME MY」後に涼風に抜かされた形なって踏ん切りをつけたというところだろうか。
10~11月花組「宝塚をどり賛歌88‘/春ふたたび/フォーエバー・タカラヅカ」の「をどり」と「フォーエバー」は翌1989年に予定されていたNY公演の試作で、「春」は1970年真帆志ぶき主演作を朝香じゅん主演で再演したもの。試作となった2作はどちらも主題歌に“タカラヅカ~”のフレーズが止めどもなく繰り返されていて、さすがにここまで来ると少々食傷気味となったものだった。11月~12月月組「恋と霧笛と銀時計」は1983年バウホール公演「恋と十手と千両箱」の姉妹編だった。
バウホールでは1月月組「リラの壁の囚人たち」で涼風真世が主演し、実質的にはこれから涼風が二番手に昇格していた。7月には榛名由梨主演で専科・月組合同「永遠物語」が退団公演となった「戦争と平和」に先立って再演された。12月雪組「ツーロンの薔薇」は一路真輝主演の「リラ壁」に続く小原宏稔による作・演出作品で、91年に上演される星組紫苑ゆう主演「グランサッソの百合」と合わせて第二次世界大戦レジスタンスシリーズと呼ばれている。
この年は花組大浦みずきと星組日向薫と新トップが誕生し、月組では涼風真世が二番手昇格し郷真由加と春風ひとみが退団、雪組では平みちと神奈美帆の同時退団。更に星組南風まいと専科の榛名由梨と但馬久美が退団と、トップ披露と退団が相次ぎ大きく構造変化が起きて大浦と剣が中心となり、劇団全体に変化の波が寄せてきている印象の1年となった。