この年74期生は前年とは逆に娘役が人材豊富な学年となった。宙組二代目トップ和央ようかに男役では片岡孝夫(15代仁左衛門)の娘汐風幸、初風緑、寿美花代の姪松平瑠美、元宙組組長美郷麻也、神田智らがいた。娘役では花組森奈みはる、月組麻乃佳世、星組白城あやか、渚あきの各トップ娘役に歌が上手かった美々杏里などがいた。

 

 1~2月雪組は「風と共に去りぬ」の再演だったが、平みちと杜けあきでバトラーとアシュレーの、一路真輝と神奈美帆でスカーレットⅠとⅡのそれぞれWキャストとなった。神奈は純娘役で初めて大劇場でスカーレットを演じることとなった。2~3月星組「炎のボレロ/Too Hot!」は日向薫の大劇場お披露目公演で引き続き南風まいが相手役となり、二番手に紫苑ゆうその下に麻路さき、あずみれいかという布陣となった。この作品は2020年雪組で再演された。

 

 4~5月花組「キス・ミー・ケイト」は一時は怪我から再起不能で退団の噂も流れた大浦みずきの舞台復帰作で、大劇場トップ披露となり“ダンスの花組”の幕開けでもあった。ひびき美都は秋篠美帆と同期で既に研10だったが、大浦が二番手時代から度々組んで踊っており怪我から復帰したばかりのサポートもできる人ということで選ばれたと聞いた。二番手に朝香じゅん、三番手格に瀬川佳英と幸和希、以下安寿ミラ、真矢みき、愛華みれ、真琴つばさ、紫吹淳、香寿たつき、姿月あさと、匠ひびき後に各組のトップとなる人材がずらりと勢ぞろいしていた。これらのメンバーが大浦を先頭に大階段を黒燕尾で降りてきた場面は、今思い返しても身震いがする思いだ。娘役も峰丘奈知、北小路みほ、華陽子、香坂千晶と揃っていて、花組だけでなく宝塚全体でみても史上稀にみる充実期だったと思う。しかし幸はこの公演で退団となった。

 

 5~6月月組「南の哀愁/ビバ!シバ!」前年一年を通して「ME MY」に明け暮れた月組だったので、「ビバ」は舞踏神シバをテーマにひたすら踊りまくるショーとなった。この公演から本公演で涼風真世が郷真由加を抜いて二番手となった。7~8月「たまゆらの記」は柴田侑宏の「あかねさす紫の花」「あしびきの山の雫に」に続く万葉三部作で、天武天皇(大海人皇子)の曾孫安宿皇子の物語で藤原氏が権力を握ろうとする時代の物語。これが平みちと神奈美帆のコンビ同時退団公演となった。平は大地真央と同期の59期生で、あだ名のモサクは“もさっとした感じがする”ということから大地が命名したとか。ただしこの頃の雪組は平とあるOG振付家に関するトラブルの噂があったせいで、不穏な雰囲気となっていた。

 

8~9月星組「戦争と平和」かの有名なトルストイの小説の舞台化で、専科から榛名由梨、但馬久美が特別出演して上演されたが南風まいとあずみれいか、そして榛名と但馬はこれが退団公演となった。9月バウホールで月組「サウンド・オブ・ミュージック」が上演されたが、これが春風ひとみと郷真由加の退団公演となった。春風は条はるきに続いて別格ではあったものの、主演作で退団という破格の扱いとなった。郷は桐と涼風の三人での二番手グループの筆頭格であったけれど、「ME MY」後に涼風に抜かされた形なって踏ん切りをつけたというところだろうか。

 

10~11月花組「宝塚をどり賛歌88‘/春ふたたび/フォーエバー・タカラヅカ」の「をどり」と「フォーエバー」は翌1989年に予定されていたNY公演の試作で、「春」は1970年真帆志ぶき主演作を朝香じゅん主演で再演したもの。試作となった2作はどちらも主題歌に“タカラヅカ~”のフレーズが止めどもなく繰り返されていて、さすがにここまで来ると少々食傷気味となったものだった。11月~12月月組「恋と霧笛と銀時計」は1983年バウホール公演「恋と十手と千両箱」の姉妹編だった。

 

バウホールでは1月月組「リラの壁の囚人たち」で涼風真世が主演し、実質的にはこれから涼風が二番手に昇格していた。7月には榛名由梨主演で専科・月組合同「永遠物語」が退団公演となった「戦争と平和」に先立って再演された。12月雪組「ツーロンの薔薇」は一路真輝主演の「リラ壁」に続く小原宏稔による作・演出作品で、91年に上演される星組紫苑ゆう主演「グランサッソの百合」と合わせて第二次世界大戦レジスタンスシリーズと呼ばれている。

 

この年は花組大浦みずきと星組日向薫と新トップが誕生し、月組では涼風真世が二番手昇格し郷真由加と春風ひとみが退団、雪組では平みちと神奈美帆の同時退団。更に星組南風まいと専科の榛名由梨と但馬久美が退団と、トップ披露と退団が相次ぎ大きく構造変化が起きて大浦と剣が中心となり、劇団全体に変化の波が寄せてきている印象の1年となった。

 この年の73期生は特に男役に長身で有望な人材が揃ったと評判となった。当時異例の速さでトップになった月組天海祐希、宙組初代トップ姿月あさと、残念ながらワン切りトップとなってしまった匠ひびきと絵麻緒ゆうと71期生に続いて4人のトップが誕生した。男役スターはその他に北山里奈、夏城令、有未れお、後に娘役に転向した五条まい、退団後に声優となった葛城七穂などがいた。娘役も人豊富で「ベルばら」再演で北原千琴以来となった少女時代のアントワネットで話題となった青山雪菜、その北原に似ていた朝吹南、叶千穂、「エリザベート」の初代ゾフィーだった朱未知留、退団後に政治家に転じた苑ななみなど様々な人がいた。更に刑事事件を起こしてマスコミ沙汰となった人もいた。

 

 1~2月星組「紫子」は漫画原作作品で、峰さを理が双子の兄妹を一人で演じた。峰主演作では「哀しみのコルドバ」が何度も再演されているが、個人的にはこちらの「紫子」が一番だと思っている。藩主である兄碧生が死んだために国を守るため兄を装った妹紫子の微妙な感情の揺れを、劇的かつ繊細に演じ切った姿に感動させられたものだった。先にも記したが、自らの身代わりに輿入れしてきた舞鶴姫/南風まいの寝所に風吹/日向薫を送り込んだものの嫉妬に苦悶し、そして『風吹!私を抱け!』との切ない叫びに客席は圧倒されていた。2~3月花組「遥かなる旅路の果てに」はまたもや長いタイトルでロシア物だった。

 

 4~5月雪組「宝塚をどり賛歌/サマルカンドの赤いばら」の「をどり」は春日野八千代の受勲を記念した作品で、これ以降和物レビューでタイトルに「宝塚」が入った作品の主題歌は、“タカラ~ヅカ、タカラヅカ~”と連呼されることが多くなったように思う。、「サマルカンド」はシルクロードの要所であったサマルカンドを舞台にしたファミリー向けの作品でたわいもないお話ではあったけれど、当時新進の男役だった鮎ゆうきが演じた王子様役を新人公演ではこの公演で初舞台を踏んだばかりの天海祐希が演じており、天海伝説は初舞台で既に始まっていたのだった。尚この公演途中で一路万輝(真輝)が自然気胸で入院し休演となり、代役で高嶺ふぶきが舞台に立った。

 

 そして5~6月月組が「ME AND MY GIRL」であった。当時ロンドン・ウエストエンドとNYブロードウェイで上演中だった作品を宝塚で同時期に上演するというのは初めてのことでもあり、「ロンドン・NY・宝塚同時上演!」と大々的に宣伝していた。そしてこの作品はそれまで地味と言われながらも、堅実に実績を重ねて地下にマグマが溜まっていたような月組のパワーを一気に噴出させたのだった。剣幸ビルにこだま愛サリー、郷真由加ジョン卿に春風ひとみマリア公爵夫人、桐さと実ジェラルドに涼風真世ジャッキー、そして未沙のえる、園みはる(星原美沙緒)、汝鳥怜を始めとしたその他のキャストもすべてがぴったりはまって舞台は大評判となった。あまりの好評ぶりに、本家ロンドンの舞台でも宝塚風のフィナーレがついて、最後に出演者全員が黒燕尾と赤いドレスで勢ぞろいしたとかしなかったとか。

 

 7~8月星組「別離の肖像」は峰さを理の退団公演だった。オリジナルの一本立てだったが内容は三部構成で、第一部は日舞が得意だった峰のための和物レビューで、ここで登場したのは“ボレロ佐渡おけさ”。最初は何の曲なのか判らなかったけれど、聞いてるうちに何となく“佐渡えぇ、佐渡えぇ~と~”と謡が浮かんできてその正体が理解できた時の衝撃は、「祝いまんだら」の“さくらのボレロ”よりも強烈だった。とにかく民謡がボレロになるということが驚きだったのだ。そして第二部が軽いコメディで、第三部がスウェーデン映画「みじかくも美しく燃え」を舞台化した士官と踊り子の悲恋物語だった。

 

 8~9月花組「あの日薔薇一輪/ザ・レビュースコープ」は高汐巴と秋篠美帆の退団公演となった。峰と高汐は同期生で新人時代一緒に3バカトリオで売り出し、同時にトップとなり、ほぼ同時に退団となった。ただし、この公演中に大浦みずきが膝の怪我により休演を余儀なくされた。先に高汐の次トップの相手役にはなれないと言われて秋篠も退団を決めたと記したが、当時次のトップが大浦みずきなることはほぼ間違いなかったし、二番手娘役だったひびき美都は秋篠と同期だったが、既に大浦と組んで息の合ったダンスを幾度となく見せてきた実績を見れば秋篠より相応しいと判断されたのだろう。「レビュースコープ」は「モン・パリ」誕生60周年記念作品で次の雪組と連続公演となり、「モン・パリ」50周年の際の「ザ・レビュー」連続公演以来のこととなった。

 

 10~11月雪組「梨花 王城に舞う」はマルコ・ポーロのお話で、この公演から一路真輝が舞台に復帰した。芸名を“万輝”から“真輝”に変えたのもこの頃のことだったと思うが、間違っていたら済みません。11~12月月組は「ME AND MY GIRL」大ヒットを受けての直ぐの再演となり、当時"これが宝塚式のロングラン"と言っていたような。新人公演で天海祐希が研1主演という偉業を成し遂げて天海伝説が本格的に始まった。尚この公演では剣幸と涼風真世が、それぞれビルとジャッキーで入れ替わるという役替わりも数回実施された。これ以降月組は華やかさも増して“芝居の月組”と言われるようになった。

 

 バウホールでは3月星組で紫苑ゆう主演の「蒼いくちづけ」が上演されたが、これが小池修一郎「ポーの一族」上演への第一歩となった

 

 この年1987年は「ME MY」の大ヒットに峰さを理と高汐巴、秋篠美帆の退団。一路真輝と大浦みずきの休演と話題が豊富で、また変化の兆しが見えた年となった。

 この年の72期生からは月組トップ紫吹淳と星組トップ香寿たつきが出た。男役スターには真織由季、大海ひろ、後に俳優小倉久寛と結婚する速水渓、長く星組で活躍したにしき愛、個性が光っていた真山葉瑠や矢吹翔などがいた。娘役では今も専科で活躍しているダンサー五峰亜季や茜このみ、美原志帆などが活躍した。

 

 1~2月年明けは花組「微風のマドリカル/メモワール・ド・パリ」だった。「メモワール」はノスタルジックにパリの様々なスケッチを重ねた洗練されたショーで、中でも“パッシーの館”の大浦みずきとひびき美都のダンスは素晴らしかったのだが、その幕前でMGM映画「ジーグフェルド・フォーリーズ」から引用した場面がありこれには少々驚かされた。2~3月雪組「大江山花伝/スカイ・ハイ・スカイ」の「大江山」は漫画原作で平みちが鬼・茨木童子に扮したのだが、むしろトップ2作目にして相手役の神奈美帆が早くも尋常じゃない存在感を見せ始めていた印象が強かった。「スカイ」では空飛ぶことに憧れるペンギン坊やに扮した鮎ゆうき(当時はまだ男役だった)が、あまりにも可愛いと評判だった。

 

 4~5月星組「レビュー交響楽」は、ブロードウェイの名興行師フローレンツ・ジーグフェルドの物語。先に触れた「ジーグフェルド・フォーリーズ」は、20世紀初頭から30年代にかけて、彼がブロードウェイでプロデュースしてヒットした同名の劇場レビューの映画版(1945年公開)で、それ故に1989年大浦みずき主演でNYラジオシティ・ミュージックホールで行われた公演に対して、NYタイムズが「ジーグフェルドに対する日本からの返事」と評したのだった。このフィナーレでは、ピンクのオーストリッチの羽根扇に囲まれて歌う峰の姿が印象的だった。また、この公演をもって湖条れいかが退団となった。


 5~6月月組「哀愁」は元々ブロードウェイの舞台劇だったものをビビアン・リー主演で映画化された作品で、剣幸・こだま愛のコンビで宝塚ミュージカル化した。実力者コンビの舞台は堅実な仕上がりとなったが、個人的にはいかんせんビビアン・リー演じたヒロインに丸顔のこだまでは、少々イメージのずれが辛かった。また当時すでに星組へ組替えしていた麻路さきが、月組最後の新人公演で出演しダンスシーンの中心になって踊ったのだが、そのダンスの最後を見事に決めて絶賛されていた。

 

 7~8月花組「真紅なる海に祈りを」ではアントニーとクレオパトラの恋愛劇で、「愛あれば命は永遠に」のナポレオンに続き高汐は歴史上の英雄を演じた。高汐については何が凄いのかよく判らないのだけれど、それでも舞台に立っていると何だかんだで注目してしまう不思議な雰囲気を持っていた。それ故に特にこのような歴史上の有名人を演じると、その独特な存在感で周囲を圧倒してしまっていたのだろう。秋篠も元々の美貌に加えて、クレオパトラという歴史上特筆すべき美女を演じるに相応しい華やかさを見せていた。因みに前作「微風のマドリカル」新人公演では安寿ミラが主演したが、今作では真矢みきが主演した。しかし「真紅海」とか「愛永遠」と、当時は言うのも書くのも長くてめんどくさい公演タイトルが多かったと、今文章を書きながら改めて思う次第であります。

 

 8~9月雪組「三つのワルツ」は1938年と1958年に上演されたものの再演となる一本立て作品だったが、平の印象は殆ど残ってなくて圧倒的に神奈の歌い踊る姿ばかりが思い出される。10~11月星組「華麗なるファンタジア」は、1977年花組で上演されたショー「ル・ピエロ」と同じく小説「カンディード」を原作とした作品。11~12月月組「パリ、それは哀しみのソナタ/ラ・ノスタルジー」で「ノスタルジー」はロマンチックレビュー第3作で、特にシボネーの場面のダンスが好きだった。この頃の月組は剣・こだまコンビを中心として組全体のまとまりが良く出来上がってきて、堅実で安定した舞台を見せていたのだけど、いかんせん未だ地味な印象が強くまとわりついて払拭できないでいたのだった。

 

 バウホールでは1月に雪組「ショーボート」が平。神奈コンビで上演され、映画版でエヴァ・ガードナーが演じたジュリー役を男役だった北斗ひかるが演じて評判をとった。4月には小池修一郎の記念すべき初演出作品「バレンチノ」が杜けあき主演で上演されたが、この時の振付宮本亮次とは、現在の演出家宮本亞門その人である。

 

 この1986年は星組湖条れいかが退団したが、それ以外にトップの退団もなく特別な話題作もなかった。しかし、前年に新体制がスタートした各組が充実を図り、トップ峰さを理が円熟期に入った星組と共に安定しした舞台を見ることができた年となった。

 この年の71期生は才能豊かな様々な人材がそろった学年となった。トップになったのは花組愛華みれ、月組真琴つばさ、雪組(後に専科)轟悠、星組稔幸と同時期同期4人がトップの座を占めたのは有名な話。娘役トップは鮎ゆうきがいた。男役には橘沙恵や元月組副組長光樹すばる、娘役では花組に華陽子、香坂千晶、夢乃千琴の三人、月組組長だった夏河ゆらは初の組長寿退団を成し遂げた。宙組副組長だった貴柳みどりは退団後ホテル支配人に、能舞三子は退団後TVキャスターに転身、雪組には朝霧舞もいた。

 

 年明け1~2月雪組「花夢幻/はばたけ黄金の翼よ」は麻実れいの退団公演で、「花」には春日野八千代が特別出演した。「はばたけ」は少女漫画が原作の作品で、ヒロイン・クラリーチェ役に当時研3の新人男役だった一路万輝(真輝)が抜擢されて話題となった。先にも記したが一路は一度は娘役転向を麻実に相談し、諭されたことがあったそう。1~2月バウホール月組公演で条はるき主演「愛・・・ただ愛」が上演され、トップではなく別格娘役だったが条だったが、主人公エディット・ピアフ役で退団となった。

 

 2~3月星組「哀しみのコルドバ」はトップ峰さを理に対して相手役2人湖条れいかと南風まい、前公演で山城はるかが退団したので、ほぼ同格の2番手日向薫と3番手紫苑ゆう、存在感が半端ない脇役新城まゆみという難しい布陣を見事に捌いてドラマを描き切り、柴田侑宏の当て書作品の中でも一番の傑作となった。3月東京公演は月組「ガイズ&ドールズ」だったが、アデレイド役条が退団してしまったために、春風ひとみと仁科有理が抜擢されてWキャストで上演された。条退団後は春風が別格娘役として活躍することになる。「ただ愛」で条の相手役を務めた旺なつきも、この東京公演で退団となった。

 

 4~5月花組「愛あれば命は永遠に」は高汐巴ナポレオンと若葉ひろみジョセフィーヌの物語で、大浦みずき演じるところのジョセフィーヌの愛人イポリット大尉との三角関係が描かれた。高汐はコミカルな持ち味の一方で濃厚なドラマにおいても独特な存在感を醸し出し、それが大浦や三番手朝香じゅんと各自対照的な個性を際立たせつつ絶妙なコンビネーションを生み出していた。またこの公演で若葉ひろみが退団となった。

 

 5~6月月組「二都物語/ヒート・ウェーブ」は大地真央と黒木瞳のコンビ同時退団となって、当時は基本的に東京公演でも当日券でそこそこの席を買えて観劇することができていたのだが、さすがにこれだけはあっという間に全席売り切れとなってしまった。先にも記したがトップコンビの同時退団というのは今では当たり前にようになっており、むしろ一緒に退団しないと“えっ!なんで?”と言われてしまうこともあるくらいだが、当時は全くの禁じ手で、コンビであったとしても公演をずらすのが慣例になっていたため、大地・黒木の同時退団は結構な衝撃的事件となったのだった。

 

 7~8月雪組「愛のカレードスコープ/アンド・ナウ!」が新トップ平みちの大劇場お披露目となり、花組から組替えとなった神奈美帆とコンビを組む。ところで、もし寿ひずるが退団せずに花組のトップになっていたら、その後の体制はどうなっていただろう。


 雪組では麻実れいの下の二番手はそのまま高汐巴で、麻実の後は当然高汐が雪組トップだったろうし、いずれ杜けあきがその次に来ただろう。一方で花組は寿の下で共にダンサーの平と大浦みずきが並ぶかたちになっただろう。平のほうが大浦より1期上級生だが、スター性の点では大浦のほうが平に勝っていたと思う。その次に朝香じゅんもいたことを考えると、平にトップの目はなかったかもしれない。一方で寿トップの下での花組は、その後大浦トップとなったとしても、“ダンスの花組”とは異なる個性になっていたかもしれない。まあ、全ては仮定の話しだ。

 

 8~9月星組「西海に花散れど」で峰さを理は平家の武将に扮して主演したが、日本物に優れ端正な芸風の峰には最も柄にあった役だったと考える。9~10月花組「テンダー・グリーン/アンドロジェニー」で、高汐の相手役に若葉に次ぐ二番手娘役だった、秋篠美帆が順当に昇格する。作品については以前記したように相当の話題(問題?)作で、良くも悪くも評判を呼んだ公演だった。「アンドロ」はロマンチックレビュー第2作目だった。11~12月月組「ときめきの花の伝説」で剣幸がこだま愛とコンビを組んでトップ大劇場披露を果たし、二番手グループには桐さと実、郷真由加、涼風真世の3人が並び立つこととなった。しかし、飛びぬけて華やかだった大地真央・黒木瞳の後では、実力者コンビとはいえかなり地味な印象になってしまったのは致し方なかったところ。

 

 バウホールでは8月雪組「黒いチューリップ」で一路万輝(真輝)が、9月月組「スウィート・リトル・ロックンロール」で麻路さきがそれぞれ初主演を果たした。6月には花組主体高汐巴主演ででハワイ公演が行われた

 

 この1985年(S60年)は雪組麻実に続き月組大地が黒木と同時退団し、花組も若葉が退団した。そして花組高汐・秋篠、月組剣・こだま、雪組平・神奈の各組新コンビの体制が誕生と、大きな変化の波が押し寄せた年となった。月組条もトップではなかったが破格の待遇でラストを飾ることができ、星組はWヒロイン&W二番手体制で充実を見せた年となった。

 この年の初舞台性70期からは雪組娘役トップの紫とも、男役スターで大輝ゆう、宝樹芽里など、娘役では羽根知里に元雪組副組長灯奈美、長く星組組長を務めた万里柚美、作家野坂昭如の娘花景美妃や乙原愛、桂あさひ、詩乃優花らがいた。

 

 年明け1~2月は星組「祝いまんだら/プラス・ワン」の和洋レビュー二本立で幕が上がった。峰さを理は前年11月に東京公演「アルジェの男」でトップ披露公演を果たしていたが、改めて南風まいを相手役に大劇場披露となり、二番手に山城はるかその下にに日向薫と紫苑ゆうという体制となった。4月の東京公演では「春の踊り」に改題し、「プラス」も一部院隠滅滅と言われた部分を改訂して上演された。2~3月花組「琥珀色の雨にぬれて/ジュテーム」以降花組は高汐巴の不思議な存在感で盛り上がっていった。「琥珀」ではクロード高汐をめぐってシャロン若葉ひろみとフランソワーズ秋篠美帆の三角関係を中心にアダルトで濃厚なドラマが繰り広げられ、ルイ大浦みずきを筆頭としたジゴロ軍団も後の“ダンスの花組”を予感させるような色気を見せた。「ジュテーム」は岡田敬二作ロマンチック・レビューシリーズの、第1作となった作品だった。

 

 4~5月雪組「風と共に去りぬ」再演で遥くららは退団となった。遥スカーレットは初演時と比べて歌唱が格段に向上し、幕間のロビーでも“ずいぶん歌が上手くなったね”との声が漏れていただけにまったくもって残念な限りだった。今も劇団で振付をしている尚すみれが、エルシング夫人を迫力で演じていた記憶がある。尚はそのパワフルな個性で、当時の雪組の舞台に句読点を与えるような存在だった。5~6月月組「沈丁花の細道」は山本周五郎原作の柴田侑宏作品として、「白い朝」以来10年振りの作品となった。大地真央主演の数少ない日本物であるこの作品は、以降未だ再演されていない。

 

 7~8月星組「わが愛は山の彼方に」は1971年以来13年ぶりの再演となった。朴秀民峰さを理にチャムガ山城はるかは当然として、初演で大原ますみが演じたヒロイン万姫を湖条れいかが演じ、南風まいはジュリメに回るというビックリキャストにファンの間に衝撃が走った。以降湖条と南風はダブルヒロインとして、峰の相手役を務めることとなった。8~9月花組「名探偵はひとりぼっち」は当時人気だった赤川次郎の小説を舞台化したロマンチックコメディで、高汐の柄にあった作品だった。

 

 9~10月雪組「千太郎纏しぐれ」は麻実れいが江戸下町の火消しの役で、柴田侑宏が本領発揮したまさに神田生まれの麻実のための当て書作品だった。二番手平みち三番手杜けあきという布陣だったが、遥くららが退団した後の作品だったので誰か一人が相手役になるのではなく、草笛雅子、北いずみ、鳩笛真希、美風りざ、毬谷友子、真乃ゆりあ、晃みやびといった様々な娘役達と絡んでいた。11~12月月組「ガイズ&ドールズ」は、主人公スカイとサラを演じた大地真央・黒木瞳コンビの代表作となり、またネイサン剣幸とアデレイド条はるきのコンビも評判となった。剣のどすの効いた台詞「クラップやろうぜ」は、今も耳に残っている。この時条は退団が決まっており、東京へは行かずに大劇場で最後の作品となった。

 

 一方バウホールでは3月に初の専科公演「花供養」が上演され、春日野八千代、神代錦、榛名由梨、梓真弓らが出演した。神代は春日局役を演じたが、当時膝が悪く立ち座りが難しいとのことで立ちっぱなしの演出になったとか。9月から11月にかけては星組「回転木馬」山城はるか主演、月組「南太平洋」剣幸主演、花組「オクラホマ!」大浦みずき主演とブロードウェイ・ミュージカル3作品がいずれも当時の各組二番手が主演で連続上演された。「南太平洋」ではブラッディ・メリー役の常盤幸子が歌った「バリハイ」が評判を呼んだ。因みに「オクラホマ!」は1967年上月晃主演で上演された宝塚歌劇団として初のブロードウェイ・ミュージカルで、日本での本格的なブロードウェイ・ミュージカル上演の先駆けとなった。

 

 1984年は星組トップ峰に対してWヒロイン&W二番手という体制になった一方で、花組・月組はそれぞれの組の体制の充実が図られたが、雪組は遥退団により麻実は相手役不在となった。