先週出掛けた日本フィルのコンサートでは、シューベルト
の交響曲第3番、
ボリス・ベルキンをソリストに迎えたブラームス
のヴァイオリン・コンチェルト、
そしてR.シュトラウス
の組曲「町人貴族」が演奏されたのですね。
かつて井上道義
さんをダンシング・マエストロと言いいましたけれど、
今回初めて広上淳一さんの指揮ぶりを見て、
それを遥かに(?)上回るパフォーマンス交じりのシューベルトに驚きもしましたし、
ボリス・ベルキンの地金のように太い音にも「ほお~」と思ったものであります。
されど、聴き慣れていないことも一因なのか、日フィルはもちろん上手いのですけれど、
なんだかどうも音楽が余所余所しいなという印象。
これが何故だか分からないうちに小編成の「町人貴族」に至って、俄然楽しくなったような。
独奏ヴァイオリンの艶やかさもよろしく、個人的にはこの日一番であった気がしたのでした。
そんなようなわけでちょっと「町人貴族」に興味が出てきたものですから、
まずはモリエール
の原作を読んで見るということに。
金持ちの町人ジュールダン氏は、背伸びをして貴族に認められ、
あわよくばお仲間に加えてもらうことこそ生きがいとしている人物。
音楽、バレエ
、フェンシングから果ては哲学に及ぶまで
貴族の嗜みと思い込んでいるあれやこれやの先生を呼んできては、
金にもの言わせて習おうとするのですよ。
ジュールダン氏には妙齢の娘リュシルがおりますけれど、
当然のように貴族に嫁がせることを夢見ておりまして、
相思相愛の相手クレオントには「絶対娘はやらん!」という具合。
そんなにお偉いさん贔屓ならとクレオントの従僕(フィガロ
よろしく従僕は才気煥発!)が一計を案じ、
クレオントをトルコ
の王子様との触れ込みでジュールダン氏に紹介すれば、
あれよあれよという間にリュシルとの婚儀が相調ってしまうという。
ま、簡単に言ってしまえば、こうした実に他愛もない笑いを提供する
「笑劇」ということになりましょうけれど、気になる点がなくもないのですね。
いろいろな習い事の先生たちとのやりとりは常に頓珍漢で「学の無さ」が強調されますし、
最新貴族モードとして仕立師に着せられてしまう服は小間使いに大笑いされるような服ながら
「これが貴族流」てな話にいとも簡単に騙されてしまいます(この辺「裸の王様」を思い出しますね)。
後半では、偽者のトルコ王子を崇めて奉っていんちきなトルコ語にも感心しきり。
全ては笑わせる材料とはいえ笑われるのはジュールダン氏ばかりでありまして、
この話のというのがそもそもルイ14世の宮廷での上演用に作られたとなると、
いささか「うむむ…」とも思えてきたりするのですよ。
ジュールダン氏を笑い倒すのはもっぱら王侯貴族の側ではなかろうかということで…。
そうそう、音楽の先生とダンスの先生が交互にジュールダン氏にこんなことを説いて聞かせていましたっけ。
音楽とダンス…音楽とダンスは必要欠くべからざるもので。
音楽ほど国家に役に立つものは何一つありません。
ダンスほど人間に必要なものは何一つありません。
音楽がなければ、国家は亡びてしまいます。
ダンスがなければ、人間は何もすることができません。
こうした台詞には、ルイ14世も音楽好き、踊り好きなればこそ
さぞやしたり顔で聞き入っていたのではありますまいか。
モリエールと言えば、コメディの人。
コメディと言えば諷刺であるはずなんでが、どうもその対象が成金町人の貴族趣味となると、
「そりゃ身の丈に合わない振るまいをするからだ」と庶民も笑ったかもしれませんが、
先ほどの台詞などにも窺えるように、どっち向きで作ったんだろうなぁと思ってしまったものですから。
同じモリエールでも「ドン・ジュアン」あたりとは趣きの異なる気がしないとなれば、
今後もいささかの探究が必要でありますねえ。
ところで、この「町人貴族」は台詞で音楽やダンスを持ち上げてるばかりでなく、
実際の上演にあたってバレエの入る設定、音楽が入る設定が予め組み込まれた音楽劇でもあるのですね。
そしてこの音楽に携わったのが、フランス・バロックの大御所(?)ジャン・バティスト・リュリであります。
(といっても、元々はイタリア人で、その後フランスに帰化したようで)
何でも当時リュリとモリエールは、
共作によって宮廷用の音楽劇を次々と生み出していったうゴールデン・コンビだったようでして、
後のモーツァルト
とダ・ポンテ
、R.シュトラウスとホフマンスタールてな感じでありましょうか。
そして、このリュリとモリエールによる「町人貴族」を奇しくも
R.シュトラウスとホフマンスタールが甦らせたということになりますかね。
R.シュトラウスの音楽は、リュリの書いたものの編曲も含めた組曲にも仕立てられて、
先日聴いたのはその組曲での演奏でありました。
シュトラウスの持ち味の一つと思われる諧謔風味が程よく効いて、
しかも初演がウィーン
のさる貴族の館であったこともあって小編成アンサンブルによるもの。
これがまた「ルイ王朝の宮廷でもこんなふうだったんかいね」と思わせてくれたりもするわけです。
さりながら、シュトラウス版「町人貴族」はその成立過程であれやこれやがあったようですが、
これはまた別の話ということで…。