片倉公園で彫刻を見て回るのはこれまた実は「ついで」でありまして、
町田へ出るオン・ザ・ウェイだったものですから立ち寄ったのですね。
町田のお目当て、国際版画美術館で開催中の「驚異の部屋」展を見に行ったわけです。
驚異の部屋、ドイツ語で言うところの「Wunder Kammer」(英語だとWonder room)に関しては、
ちょっと前に東大総合研究博物館小石川分館
で異形の展示を見たときにも触れましたけれど、要するに
「とにかく珍しいと思われるものは何でもかんでも集めてしまい、できるだけたくさん飾りつけてしまおう」
という「トンでも部屋」がヴンダーカンマー ということになろうかと。
展示室に入ってすぐのところには、フェッランティ・インペラートという人が
自室に作ったヴンダーカンマーの様子を描いた版画がありますけれど、
もう壁から天井からびっしりと標本の類いが飾られているのですね。
とりわけこの方は生物に興味があったようで、
まず目を引くのが天井に腹をぺったりつける形でへばりつけられたワニの剥製でしょうか。
それを取り囲むように魚介類が埋め尽くしており、
天井の右手側をよく見るとトカゲの仲間と思われるも頭が一つで胴体部分が二つに分かれ、
それぞれに脚が付いている標本までありました。
こうした畸形種などは自慢の展示物であったことでしょうねえ。
実際、左手下には観客と思しき人にインペラートさんご本人(?)が長い杖で何かしら指し示し、
得意げに話をしている様子が描きこまれているのですから。
このインペラートさんはナポリで薬種商を営んでいたとのことですが、
薬の材料は交易によってもたらされるわけで、
その交易との関わりは「変わったもの」の入手を容易にしたのでありましょう。
この版画の制作年は1599年、大航海時代の幕が切って落とされてから100年余り。
交易船(中には海賊船なんかも)が大洋を越えて行き来をしていたからこそ、
ワニなども手に入ったのでしょうね。
そういえば、ダンテ・アリギエーリ
も薬屋さんの免許を持っていたと言いますから、
さぞ立派なヴンダーカンマーを持っていたのかもしれませんですね。
とまあそんな具合に、コレクションの方針は個々の趣味嗜好も絡むところでしょうけれど、
とにかく膨大な何かしらを集めて人に見せる場所ということなれば、
今日の博物館の原型とも言えましょうけれど、
集めるものが絵画や彫刻であれば、これはこれで美術館の原型かと。
本展の展示の中にも「ルーヴル宮の王立アカデミーの絵画・彫刻サロン」という
1800年頃に制作された版画がありました。
美術館になる前のルーヴルの一室というわけですが、
これがまた展示の様子ときたら、先ほどのインペラートさんの部屋と
変わりがないほどぎっしりの展示なのですよ。
壁面は隙間なくびっしりと絵が掛けられているのはもちろん、
窓がはめ込まれた枠部分のちょっとした奥行きあるところまで小品が掛けられているというのは、
今日の美術館ではありえない話ですけれど、
貴族の館を描いた絵画にも同じような様子をよく見かけますですね。
ところで本展のその後の展示はといいますと、
ナポレオンのエジプト遠征(ロゼッタストーン
を発見した、あの遠征!)に同行した学者たちが
研究成果として残した「エジプト誌」から鉱物類、魚介類、動物などなどを描いた標本画がたくさんあり、
さらには細密な植物図や人体解剖図、はたまた怪物が登場する絵の数々、
そして踊る骸骨という「死の舞踏」に絡む絵のコーナーへと続いていました。
ここで模刻とはいえホルバイン のシリーズ版画「死の舞踏」が見られたのは
何よりだったのだでありますが、「はて、ヴンダーカンマーらしい展示は最初の方だけ?」と思いかけて、
遅まきながらようやっと本展の意図に辿り着いたという。
本展の正式名称は「版画でつくる-驚異の部屋へようこそ!」であったなと。
つまりは「版画の展示によって『驚異の部屋』を再現してますから、どうぞおいでませ」
ということだったのですね。
まさに見終わらんというその頃になってようやっと気が付いたのでありました。
だから、あんなに標本画があったのね…。
それぞれに面白い作品もありましたけれど、
「驚異の部屋」の再現というからには先に版画で見たような「所狭しと」感がありませんとねえ。
…などと、これだけ気付くのが遅いのに言われる筋合いではないやもしれませぬなぁ。
でもやっぱり、怪しさの点では東大博物館小石川分館の雰囲気に敵わぬような…。
