…ということで片倉城跡公園 では彫刻めぐりをしてきたわけですけれど、

公園事務所の壁に貼ってあった案内によりますと、19点の彫刻が園内に点在しているのだとか。

それをひとつひとつ眺めてまいったのでありますが、さしずめスタンプラリー のようでありますね。

もちろん「19点踏破致しました!」と威張るほどのことでもありませんが…。


しかし、何故ここにかくも彫刻が設置されているのでありましょうや。
答えはこの像の説明にありました。


北村西望「西望自刻像」
日本を代表する彫刻家北村西望氏にゆかりのある公園として、ここに「西望自刻像」を設置する。北村西望氏は、本市(東京都八王子市)が進めている“彫刻のまちづくり”事業に共鳴され、自然に恵まれた片倉城跡公園が、日本彫刻会主催の日彫展の特別賞である「西望賞」受賞作品の展示にふさわしい場所であると自ら選定された。八王子市では同氏の意向を受けて昭和56年度から自作の「浦島-長寿の舞」とともに「西望賞」受賞作品を設置し、市民に親しまれる彫刻のある自然公園として整備している。

ということで、この公園が彫刻家北村西望と「どうゆかっちゃってんの?」という部分は不明ですが、
とまれ展覧会での栄えある受賞作品が展示されているのだということは分かりました。


北村西望さんの彫刻と言いますと、

最も有名な作品はやはり長崎にある「平和祈念像」ではなかろうかと。
園内に置かれた西望作品である「浦島-長寿の舞」とも、その無骨さ?の点で近しいような。


北村西望「浦島-長寿の舞」


ちなみに「長寿の舞」という作品を作られたご本人も102歳という長寿を全うされたとのこと。
平櫛田中 といい、この北村西望といい、彫刻家の方々はご長命なんでありましょうか。

さて、園内に置かれた西望賞受賞作の数々であります。


19点全てを載せようとも思いましたが、
例によって携帯電話のおまけ機能による撮影のため「どうも写りが…」というものもあれば、
作品自体にピンと来ないものもあるところでして、勝手にjosh版セレクションということで数点ほどに。


「長い髪」@片倉城跡公園 「ダンシングオールライト」@片倉城跡公園 「早く来ないかなあ」@片倉城跡公園

左は「長い髪」という作品。彫刻でも裸婦像は多いですよね。
やっぱり曲線的なフォルムを活き活きとどう表現するかてなあたりは挑戦しがいのあるところなんでしょうか。


真ん中は特段のお気に入りでもないんですが、このタイトルが「ダンシングオールナイト」であって、
1989年の受賞作とあっては「思いっきりバブリーじゃのう…」と思ってしまったものですから。


右の作品には「早く来ないかなあ」というタイトル。まさしくタイトルどおりの雰囲気だなぁと思いまして。
背景に鳥居が見えるものですから、「おおっと、神社で待ち合わせだぁねぇ」と下衆な勘ぐり。

続いて…


Chain reaction of curiosity Chain reaction of curiosity Chain reaction of curiosity



中には人物像ばかりでなくって、左は「風景-海-」と題されたもの。
まるっきり難破船ですけれど、二羽の鳥がせめてもの希望のようにも思えたり。


園内に点在する彫刻の中で一際印象的なのが真ん中の作品。
「アテネの戦士」と言われれば「そうか…」とも思いますが、

夜見たらびっくらこいてしまうのではないですかねえ。
ちなみに、仮面の中を覗いてみるとまるっきりの虚!(当たり前でもありますが)、

それが尚のこと怖かったりして…。


そしてやっぱり裸婦像に帰ってしまいますけれど、右が「独」という作品。
憂いが見えるふうでもあるんですが、それなら裸婦でなくてもいいような…。


ただこれが本来は公園の入口でいちばん初めに目に入る彫刻なんですね。
(今回は城跡の山から下りてきたので、裏側から見ていく形になりましたけれど)
もしかしたら、最初が肝心とアイキャッチ的に置かれたのかも…

おっと、これも下衆の勘ぐりでありますかね。


てなことで、街中はおろか美術館でも彫刻作品は通りすがるだけ的な見方でしたけれど、
よくよく見ればあれこれの情感なりも伝わってくる…と思い始めている今日この頃でありました。

ちょうど読み終わったところの本の巻頭には「作者のことば」とのこんな前書きがありました。

本書の事件は紀元前2000年、エジプトのナイルの河畔にはるシーブズで起こる。
…人物ないし話の筋は、古いエジプトの手紙から暗示を得たものである。詳しく言うと、それは、ニューヨークのメトロポリタン博物館エジプト探険隊員の手によって二十年前ラクソーの対岩(ママ)の岩窟墓中から発見され、バティスコム・ガン教授が翻訳して博物館の公報で発表した第十一王朝の手紙二、三通なのである。

作者はアガサ・クリスティー 、本のタイトルは「死が最後にやってくる」というもの。
ロゼッタストーン からエジプトのことを思ったときに、クリスティーを思い出したのですね。


死が最後にやってくる (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)/アガサ・クリスティー


「ナイルの死」(映画では「ナイル殺人事件」)などなどの

オリエントを舞台とした作品をいくつか書いているクリスティーですけれど、

同様の舞台設定を持つ作品でもまだ読んでないのがあるはずと思いましたら、

「考古学者夫人クリスティーならでは書けぬ、探偵小説始まって以来の大異色作!」
という触れ込みの一冊に出くわしたという。


なにしろ前書きにありますとおり、事件が起こるのは今から4000年も前のエジプトという設定。
今でこそ、先頃読んだ「
未完のモザイク 」でダンテ が探偵役になってしまうような

歴史ミステリはままありますけれど、

クリスティーが本書を書いた1945年頃はびっくりものの異色作だったのでありましょう。


ナイル河畔のシーブス(現在のルクソール、前書きの中のラクソーと同じ)で墓所守を務め、
なかなかに裕福な暮らしを送っているインホテプ一家で事件は起こるのですが、
印象として「墓守り」が裕福というのにあまりピンとこないところがあったのですね。


さりながら、古代エジプトでは墓所は大層大事にされており、
「土地も、家畜も、木材も、麻も、大麦も、みんな墓所に寄進され」るのですが、
実質的には大事な墓所を守る墓所守の私有財産となったようなのですよ。
ですから、作中には「死は、エジプトでは、富の主な源泉なのですから」といったひと言もあったりするわけです。


その富裕層といえる一家は、家長のインホテプ始め、その母、長男夫婦、次男夫婦、三男、
そして夫に先立たれて戻ってきた娘、その他使用人まで含め大所帯で暮らしていたわけです。


そんなところへ、男やもめとなっていたインホテプはやがては後添えにと若く美しい女ノフレトを
ナイル上流の土地から連れてくるのですね(つまりは余所者)。


ここから始まる、ノフレトと家族の間で起こる双方向のいじめ、いびり、いやがらせの数々、
2時間ドラマもかくやというところでありますね。


こうしたことが火種になるのは当然でありまして、やがてノフレトが崖から転落死。
いびりの急先鋒であった長男の嫁もまた転落死。
長男と次男には毒酒が盛られ、三男は泉で水死…。


ノフレトの死は事故であったにせよ、その後の不幸は全てノフレトの霊が悪意をもって
インホテプ一家に引き起こしていることではないか…ま、昔のエジプトの話ですから。


幽霊なんてこわかぁないと家長の母親が疑念を持って事件解決に乗り出しますが、
スーパーおばあちゃんぶりにも限界があり、ある朝亡くなっているのが発見され、
年齢が年齢だからと自然死とも見えたのでしたが…。


ここには、ポワロ もミス・マープルも出てきませんし、
指紋や痕跡を探るといった科学的捜査の類いも一切ないのですね(当然ですが)。
ようするに、疑いがあっても調べようがない。


そこで、決め手を見出すには犯人の自白(あるいはそれに類する挙動)を引き出すしかないのですが、
どうやらおばあちゃんはそこに踏み込んで、殺されたのではないか。
こうした経緯の中では、言葉が非常にポイントになりますね。


前に「オリエント急行の殺人 」を読み直したときにも、
クリスティーが散りばめる些細な言葉の積み重ねを見ましたけれど、
ここでも見事にとあるひと言(もちろん、それは書きませんけれど)が最後の最後に生きてくるという。


金持ち一家の大所帯。
もう見事にひとくせふたくせありそうな人物が多々配され、一方でいいもの風の人物たちもちらりほらり。
この中で、正統的に意外な犯人を捜せばいいのかどうか。
それは読んでのお愉しみですなぁ。


そもそも設定が制限を作ってますので、普通のポワロ作品などのように

クリスティーも自由には書けなかったでしょうから、極上の部類ではないにしても、

やはり2時間ドラマ的結末は「やっぱりな、でも悪くない」とは思うところでありました。


それにしても、冒頭の言葉に戻りますけれど、
クリスティーが古代エジプトの手紙に想を得たこの作品も
ロゼッタストーンの解読あったればこそと思うも、別の感慨ひとしおという気がいたしますよ。

ユダヤ系イタリア人カステルヌオーヴォ=テデスコ がファシズムから離れてアメリカに渡ったことやら、
はたまたドストエフスキーのユダヤ人蔑視 といったあたりのことから、

またまた「そういえば見てなかった」と思い出したのが、映画「シンドラーのリスト」でありました。


シンドラーのリスト スペシャル・エディション 【プレミアム・ベスト・コレクション¥1800】 .../レイフ・ファインズ,ベン・キングズリー,リーアム・ニーソン


「シンドラーズ・リスト」というタイトルで新潮文庫の新刊で出た当時に読んだものですから、
すっかり話を知っている気でいて、映画はついぞ見ずじまいのまま来ていましたけれど、
さすがに「ユダヤ人を強制収容所送りから救い出す手立てを講じたお話」という程度の

朧な記憶となってはこれを機会と見てみることにしたわけです。


ただ、本が出た当時というよりやはり映画化されて大きく話題になってからでしょうか、
主人公オスカー・シンドラーは「ほんとにそんなにいい人?」みたいな話も出てきていたような。
人をよい一面で見ては判断を誤ることもありましょうけれど、
よろしからぬ面があることで全否定というのもどうか…なんでしょうね。
後者はついつい陥りがちですが…。


そんなこともありますけれど、実話としてどうかはともかく(それが大事な点ではありますが)
ひとつの映画作品(つまりはフィクションだと思っても差し支えないもの)として見たといいましょうか。
そうすると、やっぱりあれこれ考えることを促すものであったのではなかろうかと思うわけです。


行為を眼目とするより人の変化、
取り分け主人公であるオスカー・シンドラー(リーアム・ニーソン )の変化を見ていくことが注目点ですね。


物語は、オスカーがどうやらふらりとポーランドクラクフ に現れたらしいところから始まります。
レストランでひとり手持ちぶさたそうにしているかと思えば、

出入りする独軍幹部を観察しては言葉巧みに近づいてあれよあれよの間に

知己としてしまう手管はたいそうな手だれと感じさせるに十分。


ここいら辺までもそうですが、その後の展開においても

オスカーがどういう経歴の持ち主なのかといった情報は最少限しか触れられず、

そもそもどういう人物であるかというのも見る側に任されている気がします。


こうした説明が極端に少ない分、

描写で語る小説にも似た想像を読む側(見る側)にある種強いることになりますね。
それが、何でも説明されてしまう結果薄っぺらな印象にしかならない作品とは

大きく異なっている気がしないでもない。


ただ、ここまでのところで想像する限りでは、ようするに山師的人物であろうということでしょうか。
独軍幹部と近づく手段として惜しみなく酒を振る舞ったりしますけれど、これは金持ちなのではなくって、
何のコネクションもない(ついては古傷に触る者もいない)新天地クラクフでひと旗揚げるための、
なけなしの営業経費というところでしょうか。

こうした博打めいた行動からしても多分に山師的であろうと。


潰れた工場を買収する出資者にユダヤ人を利用するのは
「財産を放棄せざるを得なくなるよりは、ここで投資しておいた方がよかろう」

という説得が通用しそうだからで、ユダヤ人に偏見がないというより実利的な面しか考えてないわけですね。


従業員にユダヤ人を雇うというのも、単にポーランド人よりも賃金が安く済むという理由のみ。

ようするにひと旗揚げるために利用できるなら誰でもいい、
ただコストがかかるならそれは安い方がいいという考え方でしかないオスカーではありますが、
それが「蔑視する、しない」という物差しに代わるものであった分、その後の展開に繋がるのでしょう。


クラクフのゲットーが解体され、収容所送りにされるユダヤ人たちの姿、
時にもたついたり反抗的であればたちどころに射殺されていったユダヤ人たちの姿、
これを目の当たりにしたときに「オスカーは変わった」と見えますね。


ここも表情で語らせることによって、

見る側には先のストーリーで「やっぱり、そうだよね」と思わせるようになってますが、
「オスカーが変わった」というのを「オスカーが目覚めた」的に言ってしまっていいのかどうか。


ここではもしかすると「これでは工場が立ち行かなくなる」という

とまどいの表情だったのかもしれないわけです。


劇的なものを求めると、

山師が聖者に変わった瞬間のようなものがあった方が文字通り劇的なわけですけれど、
人はそう簡単に変わるものではないような…。


「え?」「あれ?」「おや?」と思っても、考えは古くて大きいものと新しくて小さなものの間を行ったり来り。
その後同じような何かがないとやがては振幅は狭まり旧に復していくような場合が多いのではないかと。


オスカーにとっては新旧の考えの間で揺れる振り子の振れは

収まりを見せる以上の展開がその後に続いたことで、
だんだんと徐々に変わっていったと思われてならないわけです。


こういうときはおそらく自分自身も戸惑ってますよね。
ですから、時にはそれを無理やり納得させんがために、いささか奇異というか、
ちと目立ってしまう行動をとったりすることもある。


例えば移送されるユダヤ人が満載された貨車が炎天下に置かれた状況に際して、
オスカーが「水を掛けろ!」と言い出した時。
閉じ込められた人たちに水をかけるのは、ある種のいじめ的行動でもありながら、
傍からでも気付いてみれば炎天下には癒しともなるわけですね。


そうしたユダヤ人に配慮した行為と取られかねないと分かっていて、
「もっと!もっと!」と水をかけさせる姿は傍目にはいささか常軌を逸しているように見える一方、
オスカー自身の中には「何やってんだ、おれ?」という醒めた思いもあったやに思うわけです。


こうした振幅を抱えたままオスカー・シンドラーは、
あわやアウシュビッツに送られるというユダヤ人たちを

自分の工場の大切な熟練工として守ることになりますけれど、
このあたりにもオスカーの山師的傾向が実は生きていたのではないかと。


カネもコネも無いところから事業を起こして大金を稼ぎ出すという困難な仕事の代わりに、
誰もがユダヤ人に背を向ける中でこれを守るという困難な仕事、
それもできるだけたくさん儲ける代わりにできるだけたくさんの人数を救うということを目標にして。


ホロコーストに目を向けないということではもちろんないのですけれど、
この映画を見るときには人間の変わりようと変わらなさを考えてみてもいいのかなと思ったのであります。
主人公のオスカー・シンドラーはもとより、収容所長(
レイフ・ファインズ )の方を見てもそのように…。

先週たまたま府中の森公園 でやっていた彫刻ガイドツアーで見て回ったときに

またしても「そういえば!」と思い当たったのが、八王子から横浜線で一つ目の片倉駅から歩いてほどない

片倉城跡公園なのでありますね。


以前参加した京王線のウォーキング・イベントのときにコースに入っていて、

通りすがりに「何だか彫刻のいっぱい置いてあるところだぁねぇ」と思っていたのですね。


なんだか「墓まいらー 」に続いては「彫刻まいらー」的行動ですが、

(あ、彫刻には参るとはいいませんでしたねえ)

あれこれ検索してみますと、どうやら園内には十数作品あるてなことで、

「よっしゃあ!全部見てこよう!」と出かけたような次第でありますよ。


JR片倉駅ホームから片倉城跡を望む


駅のホームから見ると、こんな感じにこんもりしたところがありまして、

てっぺんは公園の名前の通り城跡ということですので、

彫刻はさておきまずは頂上を目指してみたわけです!すると…。


片倉城二の丸跡

なかなか見晴らしの良さそうな気配ではありませんか。

眺望への期待に胸ふくらませ、二の丸跡とされる園地をずんずん進んでいくと…。


二の丸跡から覗いてみれば…


すぐそこでは農作業をしておりました…。

ただ目先の方向さえ変えればなかなかに深山幽谷の気配はあったですけれどね


片倉城跡公園


ところで、ここにあったとされる片倉城とは?といった辺りを備忘的に記しておくとしましょう。

現存する遺構は、歴史手にはほとんど不明ですが、室町時代の初期に築城されたといわれています。15世紀後半、鎌倉幕府初期の重臣・大江広元を祖にもち関東管領家の扇谷上杉氏の家臣でもあった長井氏によって築城されたともいわれていますが定かではなく、また城主も城が放棄された時期も明確には判っていませんが、扇谷上杉朝定によって再築された深大寺城と、築城の特徴が類似しています。

とまあ、何から何まで分からんずくめ。

何千年も前のエジプト のことだって分かるようになっておりますのにねえ。

まあ時代的には扇谷上杉家の家宰であった太田道灌 らが活躍した後、

後北条氏 が関東にどんどん出張ってきてた時期なのでありましょう、きっと。


…てなことばかりで、なにやら歴史散歩のようになってきてますが、

早々に彫刻めぐりの方へと思ったところへ、今度はやおら水車小屋が!


水車小屋@片倉城跡公園


以前はとおりすがっただけですけれど、

いざちゃぁんと立ち寄ってみると、それなりに面白さが…

と、未だ彫刻にたどり着かないうちに長くなってしまいましたので、ひとまずはこれにて。

バーデン・バーデンの夏 」に見たようにドストエフスキーが実際カジノで賭博に入れあげて…となれば、

やっぱり「読んでみようかな」という気になりますよね。

ご本人が書いた小説「賭博者」であります。


賭博者 (新潮文庫)/ドストエフスキー


数あるドストエフスキーの大作、名作の中にあって、

どうもこの「賭博者」という小説はあまり日の目を浴びないものではないかと。

ドストエフスキー作品にしてもは、たいそう短いですし。


この辺りの謎(?)は巻末の解説で一目瞭然でありました。

1865年の夏、ドストエフスキーは借金に苦しむあまり

無体なことを言う出版人のステロフスキーと全集出版の契約を交わしますが、

翌66年11月1日までに新しい長編を渡さなければならないとの付随の契約があったのだとか。

その後の状況を解説から引かせていただきましょう。

ドストエフスキーは66年1月から雑誌《ロシア報知》に「罪と罰」を連載中で、その年の9月が終わるころになっても、とうてい新しい長編にとりかかることは不可能な始末だった。絶対絶命の危機に追いこまれた彼は、友人ミリュコフの助言を容れて、速記者による口述で長編を書くことを決め、わずか27日間でこの作品を仕上げて、約束の期限ぎりぎりの10月31日に「賭博者」の原稿をステロフスキーに渡して危機を脱したのである。

なるほど、なるほど。

27日間の促成栽培!とはドストエフスキーに失礼かもですが、

同時期に書かれた「罪と罰」とは重厚さの点で段違い平行棒…とは、口が滑った(口述筆記でないですが)、

格段の違いだなぁとは思うところでありますよ。


ところが、その分非常に読みやすいものになってはいます。

いわゆるドストエフスキーらしい他の作品を、とてもすらすらと読み進められはしないものですから。


小説の舞台は、ドイツのとあるカジノのある町ですけれど、

これに「ルーレテンブルク」(要するにルーレットの町」ですな、モデルはヴィスバーデンらしい)と

命名するあたり、全体の基調を冒頭から決定づけていると申しましょうか。


この町を主な舞台に、主人公アレクセイ・イワーノヴィチによる一人称の手記の形で話は進行しますが、

これをドストエフスキーが「わたしは…、わたし…は」と言いながら、口述筆記させたのでしょう。

主人公はまさに作者の分身と言ってもよさそうです。


そして、お金大好き、ちゃらちゃらしてる大好き、

でも美貌にはひと方ならぬ自信ありというマドモワゼル・ブランシュと、

アレクセイが家庭教師を務める将軍家の義理の娘ポリーナ・アレクサンドロヴナの間で、

アレクセイがうろちょろさせられてしまうあたりは、かなりご本人の来歴に近しいのだそうな。


小説の中では、シンプルな三角関係的なものではなくて、

マドモワゼル・ブランシュにアレクセイの雇い主である将軍がぞっこん惚れ込んでしまっており、

ポリーナは将軍に融資しているフランス人のデ・グリューにも想いを寄せてるふう。


また、イギリス人のミスター・アストリーはアレクセイとともに、

「ポリーナの思いはあなたにある、いやいやあなたの方に、いえぇ、あなたの方こそ…」てなことをやっていて、

さしずめ「恋愛狂想曲」でも言ったらよろしかと。


そんな状況で、皆がそれぞれに何らかの形で金銭的に困った問題を抱えているものですから、

目の前にあるカジノの、とりわけルーレットが大きな効果をもたらすわけです。


博打というのは、どうしてこう人の弱いところにつけこめるようになっているのか、

最初から負け続けの人は、負け。

始めに何度か勝つとついつい引き際を見出せなくなって、やがては負けに転じてやっぱり負け。

冷静さを保つのが難しいものなのでしょうね。


小説は「賭博者」というタイトルですから、本来この辺りを掘り下げるのも筋かとは思いますが、

卑近な感情移入から言えば、ポリーナをめぐるアレクセイの右往左往には

話の筋がはっきりと「恋愛狂想曲」だと思いつく以前から「恋しちゃってるねえ、あんた!」と気付くところです。


どうやら自分に目が向いているようだと思ってみたり、

いやいミスター・アストリーとは親密なようだしとも思えてき、

「まさか?!デ・グリュー?」と思ったり…、健気というか、憐れというか…。

そんなところへ、ポリーナからこんなセリフを聴かされてご覧なさいな。

それじゃ、あなた自身は、あたしがあなたを棄ててあのイギリス人のところへ行ってしまえばいいと思っているの?

「え?やっぱ、おれ?」てなもんで、

「わたしはさながら稲妻に打たれたかのような思いだった」となってしまいまさぁねぇえ。


それで俄然はりきったアレクセイはカジノで大博打を展開し、

ポリーナの金銭的困窮を埋めるだけの勝ちを納めるも、やはりポリーナの真意を量りかね、

大金によってきたマドモアゼル・ブランシュとパリへ旅立ってしまう…。


こんなふうな書き方をしてるといかにも27日間の小説と言わんばかりで作者には申し訳ないものの、

ともかく集中的に一編の物語を編み出した点では

「それでもやっぱりドストエフスキーはドストエフスキー」と言ってよろしいのでありましょうね。


ちなみに、口述筆記を通じて出会ったのが二度目の妻アンナ・グリゴーリエヴナだったのだとか。

もしアンナとの出会いが先にあったなら、

この「賭博者」の結末は違うものになっていたのではと思うのですが、いかがでしょうかねえ。