アーネスト・ヘミングウェイ
の短編小説、それに想を得たアメリカ映画、
どちらも「キリマンジャロの雪」というタイトルの作品ですけれど、
そこはそれ、ロスト・ジェネレーションの時代背景でありますから、
かつてのお祭り騒ぎ、今は自暴自棄みたいな雰囲気でもあろうかと。
ところが、ここに新しく登場したフランス映画の「キリマンジャロの雪」。
タイトルは同じながら全くの別物なのでありますよ。
長年連れ添った夫婦がとある事態に陥ったときに、
対処としてお互いに考えたところはおんなじだったというお話。
ともすると、一見「こういう夫婦は理想」みたいに見えなくもないですし、
そういう方がおられたとして反対意見を述べるつもりもありませんけれど、
お話全体が「理想」であって、主人公夫婦のありようもまたその一環として見たらよいのでしょう。
フランスの港町にある工場では
景気の低迷から従業員を20名解雇することで労使合意ができた模様。
使用者側の勝手にはさせまいとの判断からか、
組合委員長のミシェル(ジャン=ピエール・ダルッサン )はくじ引きによって解雇者を決めていきます。
そして自分自身もまた解雇の当たりくじを引いてしまうことになってしまうのですね。
先行き不透明ながら子供たちはすでに成人しており、
介護のパートをしている奥さんのマリ=クレール(アリアンヌ・アスカリッド)もさほど慌てるふうはない。
職探しをしながら孫の面倒を見たりして過ごしていくわけです。
そこには「今まで頑張ってきたんだから」という労いの気持ちのあるのでしょう、
親類縁者から集めたお金でキリマンジャロへの旅行がミシェル夫妻に贈られるという。
ところが、彼らの元に突如として銃を持った強盗が押し入り、
有り金全部にクレジット・カード、それに旅行の航空券まで出せと。
犯人は旅行のことを知っていた…。
ひょんなことから犯人が捕まってみれば、
かつての職場で解雇の対象になった若者だったのですね。
勤務期間が短くさほど懇意な仲ではないにせよ、同僚からのこうした仕打ちに愕然とするミシェル。
されど裁判にかけられ、刑に服するのが当然とミシェルも家族も誰もがそう思っていたわけです。
ところが、犯人には幼い弟が二人いて、もとより両親は全く子供たちを顧みず、
なんとか犯人である兄が一家を支えていた。
これを知ったミシェルとマリ=クレールそれぞれの行動は…?
細かく書くとお話も全部になってしまいますから簡単に言うと、
盗人(本人に対してではないですが)に追い銭といったふう。
家族や友人、周囲から見てみれば
「いろいろ事情はあるにしても、襲った犯人の家族に?」の思いはぬぐえない。
これがごくごく普通の反応かと思いますし、現実的にはミシェルらのような、
よかれと思った行動には大きなしっぺ返しを食らわされてしまうことが
ままありがちがご時勢であることをついつい想像してしまうわけです。
ですから、彼らの行動、姿はやはり理想なんだろうと思いますですね。
そうはしたいのはやまやまながら、今の世の中、
誰もが同じことをするとは思いにくいしできにくいという点において。
キリマンジャロの雪は遠目で見れば純白のようでとてもきれいですけれど、
その場に行けばとてもまっ白い雪原とは言い難い土砂混じりの残雪ですね。
先日上高地から見た穂高連峰の雪渓
とおんなじでしょう。
遠目で分からないものが近寄ってみればよく分かる。
でも、遠くのものに近寄っていく以前に、自分の足元をよくみれば、
「白いね」と思っていたものが実はそうでなかったものがあると気付いてしまった。
これをほっといて遠くに行く前に何とかしなくてはと思う。
こうした「理想」的なことを説教臭さ皆無で教えてくれるのですね。
一足飛びに彼らに倣った行動がとれるとは思いませんし、
そうすることが短慮であったと振り返ることにもなりかねない世の中ですけれど、
その状態であることが良いとはやっぱり思えない…ということに改めて気付かされるのでありました。











