Prins Eugens Waldemarsudde でスウェーデン絵画の一端に接したのち、
またトラム7番でもってDjurgården島を抜けたところで、今度はバスに乗り換えです。


海外の旅に出ると、公共交通機関の中でもバスは使い勝手が悪いとはよく聞く話でありますね。
ともするとアナウンスもなくどこを走っているか、どこで降りたらいいのかがバスは判然としない、
一方で地下鉄やトラムなら基本的には地図上に路線がはっきりしていて、駅では停まってくれると。


でもですね、ストックホルムのバスは使い勝手のかなりいい方だと思われます。
トラム同様前方に電光掲示で次のバス停が表示されるというのは、かなり強い味方ですよね。
聞き取れるかどうかはともかく、アナウンスもあったと思いますし。


ということで、Djurgården島を抜けたDjurgårdsbronのバス停から69番のバスに乗り、
右手にはこれが海の一部だろうかというDjurgården島を隔てる細い水路を見ながら、
市街地からさらに東へ離れて行きます。


やがてまた島に入り込んでしばし行くと、あたりの様子は先ほどのWaldemarsuddeはまだ郊外で
こっちこそ田舎だと思われる辺りにやってくるわけですが、そんなふうになると下車ポイント。
Thielska Gallerietのバス停に到着なのですね。


Thielska Galleriet


案内板に従って坂道を上って行けば、瀟洒な白い建物が右手に見えてきます。
入り口の看板はあるものの、特段他に案内があるわけでなく扉が閉ざされていますので、
ほんとに入っていいの?と思われる雰囲気。


Thielska Galleriet入り口前の像


目の前にしゃがみ込むおじさんが悩ましげな風情を醸すのもまた心配を煽るわけです。
が、何の心配には及ばず、重い扉を開けてみればよかっただけのことでありました。


ところで「Thielska Galleriet」とは英語で言えば「Thiel's Gallery」(これは想像がつきやすい)で
銀行家エルンスト・ティール(1859-1947)のプライベート・コレクションを公開しているところでして、
何でもこのティールさんはムンク が肖像画を描いているそうですから、大立者だったのでありましょう。


さて展示の方はと言いますと、やはり目玉はティール氏とも関わりのあったムンク作品、
「The Munch Room」なる一室があるのですね。

Thielska Galleriet The Munch Room


壁のあっちもこっちもムンクです。
ちょっとクローズアップしてみますですね。


ムンク 肖像画


Munch「Despair」


Munch「The sick child」


真ん中の作品は背景からしてどうしても「叫び」を予感させるものがありますけれど、
こちらの寂寞とした背景と顔を背けた…というよりそもそも顔がないんじゃないかと思わせる
男性の姿からは英語で「Despair」、絶望というタイトルがいかにもに思われます。


下は有名な「The sick child」のドローイング。
油彩よりも翳りが少なく、題材に似合わぬ筆運びのように感じたのですね。
ところで、ムンクはこれだけでなくて階上にもう一部屋、版画が集めてあります。


Thielska Galleriet もうひとつのムンクの部屋


もともと暗めの室内に外から陽光が差し込んで、

とても携帯のカメラでは対応できませんでしたので
雰囲気だけ見ていただければというところですけれど、辛うじてクローズアップできた一枚を。


ムンク 版画


これまた有名な「マドンナ」を思わせる容貌の女性が水の中に横たわっているかのよう。
ミレイオフィーリア を思い出させるところですけれど、僅かに笑みを浮かべた口元が
怖がりには十分刺激的な効果を与えておりますですよ。

よくみれば、見に来てる人たちがぼんやり写り込んでいるのもまた怖いというか…。


とまあ、ひとしきりムンクづいてきますと場所が北欧なだけに、
こりゃあやっぱりオスロにも行かねばなぁ…と思ったりしてしまうという。


さりながら、ここはノルウェーにあらずスウェーデンですから、
スウェーデン絵画の方に目を向けることにするわけです。


Gustav Fjaestad


Eugène Jansson「Nocture」


上の作品はGustav Fjaestadという作家のものですが、
雪景色を描いて、絵具のひび割れ具合が雪原に存在感を出して味のある一枚になっています。


下の方はほんのちょっと前にPrins Eugens Waldemarsuddeでも見た

Eugène Janssonの「Nocture」という作品。


ウジェーヌ・ヤンソン、いいですね。北欧の夜の雰囲気たっぷりですよね。

と、スウェーデン絵画を少々持ち上げたところで、このギャラリーで見られるおまけの一点。

ロートレック によるバレエのワンシーン、絶対にドガ を意識してますですねえ。


ロートレック バレエ・シーン


こんな具合にあれもこれも見られて、
わざわざ郊外まで足を伸ばした甲斐があったというThielska Gallerietなのでありますよ。


Thielska Gallerietの一室

たまたま渋谷 に出かける折があり、スペイン坂を下ろうとしておりますと
反対に上って来た二人の若い女性が交わす言葉が耳に入ったのですね。


「新宿って分からないよねぇ」
「そうそう」


こちらからすれば、
裏道にいきなり細かい商店が並ぶスペイン坂なんつうところが出現する渋谷の方が
「よほどわからんなぁ」と思うわけですけれど、それぞれに通い慣れているだけなのか、
世代間ギャップというやつなのか…。


てなことを考えつつ下りきって(周囲の店々におよそ興味をそそられることがないのでして)
左へ折れると西武百貨店 渋谷店のA館・B館の間に出るのですね。


かつて西武・東急戦争とか堤・五島戦争とか言われたことがありましたが、
東急の牙城である渋谷に西武が殴りこみをかけた象徴のようなところではあります。


器は大きいながら、より若者指向のPARCOあたりの賑わいに比べると、
この西武渋谷店の落ち着きよう…有態に言うと静かな様子は
Bunkamuraに隣接する東急百貨店本店とはどうも力の入り方が違うような…。


東急側が相変わらずの勢いで東口の再開発(ヒカリエだかなんだかヘンな名前のビルでしたか)を
していたりするのを思うにつけ、西武に昔日の俤は薄れつつあるなと思ったりするわけです。


そんな西武百貨店渋谷店の脇を通り過ぎようとして、
一枚のポスターに目がとまりました。
「ロバート・メイプルソープ flowers 写真展」、A館7階特設会場。


ロバート・メイプルソープ flowers 写真展@西武渋谷店A館7階特設会場


ちょうど外歩きの暑さに参りかけたところでしたので、
冷房のご馳走に預かるついでに覗いてみるかと思ったのでありますよ。
ということで、渋谷の話ではなくして、メイプルソープ写真展のお話。


ロバート・メイプルソープという写真家を知っていたわけではないのですけれど、
フライヤーにあしらわれた写真の被写体がカラー・リリーだと知れば、
思い出すのはジョージア・オキーフ でありまして、
先月ヘルシンキの美術館でオキーフ展を見たところでもあってものですから、
何も冷房のためだけでなく、足を向けたわけです。
(ちなみに、ヘルシンキで見たオキーフ展のことは後々のバルト海紀行に登場予定です)


さて、本題のメイプルソープ写真展。
タイトルの中に「flowers」とありますように、花をクローズアップした作品の数々。
モノクロ画像であることも相俟って、非常に静謐な世界が展開しておりました。


単に冷房のせいとばかりもいえない、冷えた空気が漂っていたといいしょうか。
その場にあわせて冷房を強めにしていたのかもですけれど。


いずれにしても、地べたの渋谷では多くの人が行き交って騒がしく、
残暑の太陽が容赦なく照り付けているという外の様子とは隔絶した別世界と感じたものです。


ひとわたり見て廻っていて、ふと思ったところは
本来的に花を愛でるときには「美しいかどうか」というものさしを当てるような気がします。
もちろん香りを楽しむということもないではありませんが。


とまれ、花の美しさを感じるときには色彩は切っても切り離せないものではないかと。
それを敢えてモロクロで捕らえるというのは、どうしたってそうする意図があるはずですね。


よく写真の(写真家の?)力を評して、
白黒の画面から色彩が見て取れるかのように言われることがありますが、
ある意味これは見る側の視点であって、例えばメイプルソープが
「どうだい?白黒の中にカラフルさが見える写真だろう」てなことを考えて
撮っていたとは思われないわけです。


しばらく前のアンフォルメル展 で黒一色で描かれた作品に直面しましたけれど、
パッと見、これが絵画なのか?と思わせるところにも画家の意図は働いていたはずで、
それにも通ずる(といってしまっていいかは判然としませんが)何らかの意図があったと思うのですね。


フライヤー裏面には、こんな記載があります。

単に咲き誇る花のプライムタイムを写し取るのではなく、写真家ロバート・メイプルソープは、花が朽ちていくプロセスの中で輝く、命のクライマックスやマッス(塊)を「完全なる瞬間」として切り撮っています。

なるほど「弔いの花たち」と言われると、

そりゃあカラーよりもモノクロが合う雰囲気ともいえるものの、
「花の命は短くて…」が主眼であるとすれば、

花がしおれて行く姿は色を失っていく過程でもありますので、
よほどカラーであった方が鮮烈な印象につながりそうな気もします。


そこで、花を撮って花を見てもらおうという意図ではないのではないかと思い至ったわけです。
考えてみれば、被写体は花がメインではありながらも、時には鉢など付属物の配置や背景とも併せて
ひとつの世界をそこに現していて、なぜこの配置なのか、なぜこの背景なのか、
なぜこうした光の当て方なのか、影の作り方なのか…全てに作者の意図が働いているはずですよね。

静物画 と同じように。


とまあ、そこまではたどり着いたものの、どうもその先にまでは考えがたどり着かない。
いささかのもどかしさを感じつつ会場を後にし、渋谷という下界の雑踏に呑み込まれてみると
メイプルソープの意図は、単に、極めて単純に静謐さ、会場に入って一番最初に感じたとおりに
静けさ、静かさを感じてもらおうとしていただけなのかも知れんなぁと思ったりしたのでありました。

外出ついでにまもなく会期終了となる「モジもじ文字」展を
吉祥寺美術館で見てきたのですね。


「モジもじ文字」展@吉祥寺美術館


「文字による文字の愉しみ」と謳われた展示は、3人のクリエイターによる

それぞれ個性的に文字を表現媒体とする様子が窺えるものでありました。


上のフライヤーにある「モジもじ文字」という表記のうち「モジ」に当たる部分。
これは、グラフィックデザイナーの平野甲賀さんによる特殊フォントでありまして、
ご自身が手掛けた本の装丁などを中心に

(中には頼まれてないのに本人が勝手に装丁を想定したものもあり)
99点の展示が「描き文字99」と題して並べられていたのですね。


ざざざぁっと見たところ、読んだ覚えのある本はほとんどないながら、
作者名や本のタイトルを見る限りで想像すれば、確かにイメージと合いそうな…と思えるものが。


取り分け外国の翻訳書に合うような気がしましたけれど、
フォントの自在さが生み出す印象なのかも知れません。
例えば、こんな装丁をご覧になると読んでみようかと食指を動かしてしまうかもですねえ。

(最後の「終着駅 トルストイの死の謎 」は読みましたけれど、面白かったですよ)


エドナ・ウェブスターへの贈り物 故郷に残されていた未発表作品/リチャード ブローティガン 出会い/ミラン クンデラ 終着駅 トルストイの死の謎/ジェイ パリーニ


次の「もじ」にあたる部分。
今度は見るからに和モノっぽい世界を思われることでしょう。


字游工房という書体デザイン会社の方々が携わっておられる
「嵯峨本フォントプロジェクト」に関するなのですね。


「日本近世初期に出版された古活字本」である嵯峨本に使われた活字を
デジタルフォントで再生するという取り組みだそうで、
一文字一文字崩されて曲線の塊のようになっているものの文字起こしはさぞ大変でしょう。


それに輪を掛けて、「連綿かな」と言われる「2~4文字が繋がった文字」の再現は
なかなかにファジーな世界なような気がして、デジタルでの再生というのがあまりピンとこない。


されど、伊勢物語の古活字本の一部を再現した展示を見るにつけ、
こんなことできちゃうんだぁねぇ…と思うところでありますよ。

(参考までに「字游工房」のHPはこちら 。いろんなフォントが見られます)


さて最後になりますが、「文字」の部分。
これは見た目にもずいぶんと異形な漢字ですけれど、
やはりグラフィックデザイナーの大原大次郎さんの制作によるものです。


いろいろと変わった制作過程を経て作品が生み出されるようですが、
先の「文字」は「文字採集」と言われる「既存の風景から文字を取り出し記述する」方法から
作り出されたものと思われます。


展示では、山登り・沢登りに使う稜線や沢筋に滝の記号が加わった、
極めて単純化されたルート図から取り出した素材で作り出した「稜線」という漢字などがありました。


他にも文字の断片とも言えないような部分部分がばらばらに吊り下げられて
モビールのようにくるくる回転しているのですけれど、

ばらばらだと思った部分部分がある一瞬には見た目に
意味のとれる言葉のように見える「もじゅうりょく」という作品もあり、
いやあ自由な発想は面白いものを見せてくれるのだぁねと思ったことでありますよ。

(ちなみに大原大次郎さんのHPはこちら です。なかなかゆるい感じです)

ということでトラム乗り場に向かいます。


Moderna Museet のあるシェップスホルメン島から橋を渡り返して、
National Museumのある岬(?)を回り込んで裏手の入江に出ますと、
そこは観光船などがたくさん発着する賑やかなエリアになっていて、
トラム7番の電停もこの一角にあるのですね。


ストックホルムカード を手に入れたものですから、
今度は公共交通機関の機動力を活かして少々郊外に向かおうというわけです。


このトラム7番で東へ向かいますとほどなくして、
Djurgården(ユールゴーデンとかユールゴールデンという発音らしい)という島に入りますが、
ここは数々の博物館やら遊園地、はたまた森林欲にうってつけの散歩道と
「レジャー系は全てお任せ!」みたいな場所…ではありますけれど、賑賑しい一角をやり過ごして
トラムの終点まで乗っていくのですね。


ストックホルムのトラム


なんだか郊外というより田舎っぽさが漂う電停から右手の歩道に渡り、
そのまま進行方向へ少し進むと木々の茂った静かな公園の入口になりまして、
ここがWaldemarsuddeというところ。


Waldemarsudde入り口


ドイツ語で森のことを「Wald」と言いますから、
そうした類推をしたくなる場所でありますね。


waldemarsuddeの白鳥


途中の案内板も見つつ、入江に戯れる白鳥や鴨を見ながら奥へと入り込んでいきますと
やがて現れるのがPrins Eugens Waldemarsudde。


Prins Eugens Waldemarsudde


英語で言うと、Prince Eugens Art Museumとなるようですから、
さっきの森の類推はどうしたの?となりますけれど。


建物は二つの部分に分かれておりまして、
入り口から右手に連絡通路を通っていった先にある邸宅部分がひとつ。


こちらでは企画展的にキルト関係の展示がなされていて、
見事に女性しか見ている人たちはいませんでしたですねえ。


個人的にもお目当ては入り口から向かって左手のギャラリーの方。
大きな箱の美術館とは違った落ち着きの中でじっくり絵を眺められる空間でありましたよ。


ここまで来ておいて何ですが、
スウェーデン絵画のこともその描き手のこともおよそ知らずにいましたけれど、
思いの他素敵な絵があるではないか!という印象なのですね。


例えばAugust Strindberg(ストリンドベリとかストリンドベルイとか読むのでしょう)の
「Blizzard」(1892年)は嵐の海を描いてもはや抽象寸前。
のっけから目を引く一枚の登場でありました。


August Strindberg「Blizzard」


そしてEugène Jannsonの「Gryning över Riddarfjärden」にはこれまたくくっと来て、
穏やかなゴッホ 、健全な(?)ムンク を思わせるなぁと思ったり。
ちなみにEugene Jannsonの絵はこの後もあちらこちらで印象的な作品と出合うことになります。


Eugène Jannson「Gryning över Riddarfjärden」



ムンクと言えば、死を想起させるという点でやはりムンクを思いださせつつも、
ノルウェーよりもスウェーデンの方がまだ明るいということか…てなことを思う一枚。


Richard Bergh「The Girl and Death」


Richard Bergh作「The Girl and Death」(順序が逆ですが「死と乙女」ですかね)ですが、
うす明るい色彩が題材とミスマッチな気がするものの、
むしろそれに騙されるのは死が迫ってきているのに気付かないのと同じだよと言われているような気が。


とまあ北欧だけにムンクを思い出しておりますと、あるんですね、ムンクが。
リトグラフでしたけれど「バンパイア」なども含めて展示されてましたです。


ところで、このコレクションの持ち主であったPrins Eugen(1865-1947)は

ご自身も絵を描かれたようです。


Prins Eugen 作品



ついつい金持ちの道楽、素人の余技と思ってしまうところですけれど、これがどうしてどうして。
展示された何点かを見る限り、なんつうことのない風景を描いていながら
その素朴さに個性ありでおまけで飾っているわけではないのだなと思ったものでありますよ。


こうしてスウェーデン絵画との出会いを果たして、
さらにこれと親密になるべくまたトラムとバスを乗り継いで

さらに市街から遠ざかるのでありました。

ということで、Moderna Museet Stockholm を堪能したわけでありますけれど、

ここに入場するにあたっての一幕にちと戻ることをご容赦くださりませ。


ストックホルムの街を歩き出す に当たって、

これからどれほど見て廻るかと考えたときに、あれこれ美術館も見に行くことだし、

ストックホルムカードを手に入れておいた方が便利だろうなとは思っていながら、

前日のうちに入手するのをうっかり失念していたという。


これはご存知の方も多いと思いますが、市内の公共交通機関がほぼ無料で利用でき、
市内近辺の美術館・博物館、遊園地、動物園などなどの施設、

およそ150箇所が入場無料(一部割引)になるというカード。


24時間、48時間、72時間という有効期間の三種から選ぶことになりますが、
どう考えても全部を廻って使い倒すことは不可能ながら、

バスやトラムに乗るときに見せるだけというのが何よりでありますね。

(交通機関に乗るだけなら別途のカードもありますが)


でもって、この便利カードを持たぬままに
Moderna Museetにやってきてしまったわけですが、
東京にある「ぐるっとパス」みたいに美術館の窓口でも買えるのかなと思っていたこともあり、

窓口で聞いてみましたらそうは問屋が卸してくれない…

が、近くで売ってるところを教えてくれました。


Moderna Museetのあるシェップスホルメン島(小さい島です)の西側にChapmanという
船をそのまま使ったカフェがあって、その目の前のユースホステルで売っているというのですね。


Cafe Chapman


そうそう、泊まっているホテルでは出がけに買えるかどうかを聞きましたら、
扱ってないと言われたですが、駅前ビジネスホテルよりはユースホステルの方が

観光向けには充実してるということでしょうかね…。


とまれ、なんとか無事にストックホルムカードを入手して、

Moderna Museetへと引き返したのでありましたよ。


館内見て回りは先に書いたとおりですけれど、

さあて次の移動はトラムに乗ってと早速にカードを有効活用しようと思った矢先、

「う!カード使用開始の日時が記されてない!」

ということに気がついたわけです。


有効期間が日単位でなくって時間単位ですから

(そのくせ、買うときには何日有効のカードかと聞かれますが)

使用開始の日時のかっきり24時間後、48時間後が期限になるというわけで、

開始時にはその日時を記してもらわんと後で見とがめられたときに不正使用を疑われかねないという。


幸いにしていまだModerna Museetの入り口を出た脇で一服しておった時に気がつきましたので、

取るものも取りあえず窓口へと引き返し、日時の記入をお願いしたわけですね。


まあこの際ですから、自分で書いてしまっても…とは思ったんですが、

欧米人の数字の書き方は、日本人から見たら独特ですもねえ。

(アラビア数字の使用という点では欧米人の先輩で、日本人の数字が変なのかも…)


とまれ、窓口に取って返して面倒ながらまた順番待ちをすると、
ちょうどカードがユースホステルで買えることを教えてくれた人に呼ばれたのですね。
「ハロー・アゲイン!」と。


その担当者はてっきりカードを買って戻ってきたものと思ったのか、
こちらの言うことには余り耳も貸さずに訳知り顔にカードを受け取り、
カードリーダーに通して入場処理をしようとするわけです。


ところが、先ほど別の係(この人が使用開始日時を書いてくれたら良かったんですが)に
入場処理してひとわたり館内を見てしまった後ですから、機械が通すはずもない。

今度は担当者が胡散臭げな顔になって「ほんとに初めて使うカードなのか?」てなことを。


「だからぁ、教えてもらって買ったのを使って、見終わったあとなのですよ」と。

ようやくにして共通理解に達して使用開始日時を書いてもらいましたが、
まさにその時の時間を書いてくれたものですから、48時間カードの期限が
およそ1時間半分伸びるということに。


Stockholmskortet

翌々日にウプサラに行ってしまったので結果的には関係なくなってしまったものの、
この時はちいとばかり得した気分になったものでありましたよ。


さあてようやっと、トラムでGO!の準備完了であります。