ブログネタ:この場を借りて、「ざんげ」したいことは?
参加中どう見ても困っている様子でありました。
他に頼るべきも相談できる人もいない。
ブログネタ:この場を借りて、「ざんげ」したいことは?
参加中想像の域を出ないことではありますけれど、
どうも髪の毛に対するこだわりというのが日本人は強いような。
育毛、増毛に類するTV-CMの多さは、日本ならではなんじゃなかろうかと思ったりするのですね。
とまあ、藪から棒の話でありますけれど、決して決して!我が身のことではないのでして、
NHK-TVの「タイムスクープハンター」でちょんまげの髪結いの話を見ていて
そんなふうに思ったわけなのですよ。
この番組、先週の烽火番の話
で来週はもう見ずともいいかなと思いつつも、
結局また見てしまった気恥ずかしさ(?)から一日遅れで書き始めた次第。
ま、どなたも突っ込まないとは思いますが…。
とまれ、江戸時代の髪結いの話ですけれど、
髷を結うというのはなかなかに熟練した作業であるのみならず、
どれだけ顧客の要望に応えるかという点では思いっきりサービス業だなと。
番組の中での顧客というのが、すっかり髪が薄くなってしまい、
というより有態に言えばちょんまげを結えるほどの髪がなくなってしまった武士なのですね。
ちょんまげというのは、成人男子においてはでしょうけれど、
月代といって頭頂部をすっかり剃ってしまって、そこにちょこなんとまげが乗ってるふうですので、
髪がなくなるったって、すっかり剃って禿げにしてしまってるじゃん!みたいにも思うわけですが、
相撲取りの人たちを見ても分かるように(彼らに月代はありませんけれど)
髪の多い少ないで見事に髷の立派さに差が出ますよね。
で、顧客の武士が髪結いに要望するのは、
本人自前の髪の毛が寂しくなっているにも関わらず、立派な髷に見せろ!ということ。
今なら単純に恥ずかしいから…てなことになるのでしょうけれど、当時としては、
髪が少ない→髷が結えない→すっかり老いた→隠居して家督を譲る
ということになったのだそうで。
実際、髷を結えなくなり将軍に謁するに忍びないことを理由に隠居を申し出た
武士の書状まで残っておるそうな。
こうした背景から、番組の中の武士はなんとか面目の保てる髷を髪結いに要望して、
結局はカツラに行き着くわけですが、かように髪の毛は大事なものであったというわけです。
となると、武士のあれこれがその他の身分にも波及することがままあったとすれば、
髪の毛大事の考え方は、国中で意識されるところがあったやもと思ったりするのでして、
この辺りのことが、日本人の髪の毛へのこだわり、
ひいては育毛、増毛のTV-CMへと連綿と引き継がれるという…。
最後のところは想像というか、妄想というかでありますが、
武士の命は刀とかいわれますけれど、太平の世において武士の命は髪の毛というくらい
愛しきものであったのかもしれませんです。
往年の大指揮者が君臨した時代には、
事務局がかような発言をするなど考えられることすら無かったのではなかろうか…。
と、そんなふうに思われるタイトルの本を手にとってみたのですね。
題して「マエストロ、それはムリですよ…」。
先日の「商店街おこし
」ならぬ「オーケストラおこし」を取材した本でして、
指揮者・飯森範親さんと山形交響楽団が取り組んだ悪戦苦闘(というと大袈裟ですが)の物語であります。
山形出身の音楽家が郷里の人たちのためにとオーケストラを組織したのが、
山形交響楽団=山響の始まりだそうですけれど、なんでも日本一小さなプロ・オケなんだとか。
何しろ県庁所在地とはいえ山形市の人口は25万人ほどとと東京の目黒区くらいであって、
それが顧客規模ということになると、楽団経営の観点からは大層厳しいそうな。
東京なんぞにいますと、かつての駅前大学ではありませんけれど、
県庁所在地クラスの都市であればどこにもプロのオーケストラのひとつくらいはあるのかな
と思ってしまうところですが、実際にはそうでもないのですよね。
ちなみに日本オーケストラ連盟の正会員団体を見ると、東京、大阪以外では
札幌、仙台、高崎、横浜、名古屋、金沢、京都、神戸、広島、福岡、そして山形だけで、
準会員でも(正会員の都市とのダブりを除くと)静岡や千葉ということに。
ということを改めて知った上ですと、
いわゆる二管編成のコンパクトなオケであっても維持するには大変なのだろうと思ったりするわけです。
それが故でありましょうか、楽団経営的には基本的に縮小均衡にならざるをえず、
結果、冒険できず、お客を呼べず、苦しくなって冒険できず、お客を呼べず…
の悪循環になってしまうのは想像できるところでもありましょう。
ただ、それでも「音がきれい」という優れた資質を持つオケであっただけに、
当時若手で勢いがあってという飯森さんに常任指揮者就任を打診に出かけた事務局の方が
おっかなびっくり、断られてもだめで元々と考えていた申し出を、
飯森さんが受けることにつながる大きなアドバンテージだったようですね。
過去に客演して山響の音を知っていた飯森さんは常任就任を受諾するのですが、
「いろいろ注文をつけさせてもらいます、それで良ければ」の条件付き。
その後、事務局としては「マエストロ、それはムリですよ…」と思う注文を幾多もこなしていくのですが、
その中身はここでは触れずにおきましょう。
ただ、飯森さんが出すあれこれの注文というのも、
全てはオケを盛り上げのはもとより、それを通じて顧客に喜んでもらおうという思いからのようで、
なにしろ「音楽家はサービス業」というのが飯森さんのポリシーだというのですから。
そうまで言うなら当然やもですが、
出した注文の達成に関してはオケ任せ、事務局任せにすることなく、
率先してアイディアも出し、観光含めたPRの行動もしという姿が次から次へと紹介されますけれど、
ま、これは(失礼ながら)飯森・山響よいしょ!感が濃厚な分、いささか割り引いて見ることも必要かなと。
ではありますが、あれこれの苦難を乗り越えて存続するだけに留まらず、
歯車が好転し出すと勢いもまたつくようでして、
東京でのコンサートやらモーツァルトの交響曲全曲(!)演奏ツィクルスやら
なかなかに意欲的な企画に取り組んでいるのも事実となれば、
やっぱり聴いてみたくなりますよね、山響。
来月には東京公演「さくらんぼコンサート2011」もありますけれど、
本書の中で触れられた「うまい食べ物、いい温泉」と山形そのもののPRも考え合わせれば、
山形へ乗り込んで行って聴くべし!でありましょうかね。
と思うこと自体、すっかり乗せられる!というわけでして、
なにごとも端から無理といっては始まらないのでしょうなあ。
震災後の影響で(何故だかはっきりした理由が分からずあれこれ噂はありましたけれど)
品薄になっていた煙草もわりと普通に出回るようになってきたようです。
昨年の大幅値上げ以降はカートン買いを常としていたものの、
このところはせいぜい2~3箱しか売ってくれない状況でしたから、
ちまちまと折りに触れて買わざるをえず、これが酷く面倒に思われていたのですね。
でもって、通勤途上に下車駅のKIOSKに立ち寄りましたら、どちらからともなく「あらら!」と。
カートン買いする以前、通勤で乗車する駅のKIOSKを専ら利用して煙草を買っていたときに、
いつのまにやらすっかりお馴染みで黙って立てばいつもの煙草を出してくれる店員さんが、
どうしたことか、下車駅のKIOSKにいるではありませんか。
聞けば「転勤で今日から」という話でありまして、
KIOSKにも転勤があるのか?と思いつつも、ここのKIOSKで買うのはむしろ珍しい方なので、
「偶然だぁね」の思いが強かったのですね。
もっとも、以前買ってた煙草を覚えていてくれたのですが、今では違う銘柄になっているので、
その辺りが月日の経過を感じさせるところではありました。
とまあ、煙草の話をつらつらするのではなくしてですね、
ひょんなところで鉢合わせする!みたいなことってあるなぁと、
またまたあれやこれやを思い出したり。
鉢合わせと言えば、
お互いがお互いを認識した上で「おや、こんなところで」となるのが本当でしょうけれど、
まずはそうでない一方的な遭遇の方から。
卒業旅行で行ったときのヨーロッパでありますが、
フュッセンからたどり着いた夜のニュルンベルク駅で、
街中へ向かうべくコンコースを進んでいるときに「おや?」と。
前方からスーツケースをごろごろさせながら、「おや?」と思っている間に脇をすり抜けていったのが、
大学の同級生でありました。
あっという間に人混みに消えたので、声を掛けたりはできませんでしたけど。
こんなこともあるんだぁ…と思ったのですね。
お次は逆のパターンになりますが、
夏休みの旅行から帰って出勤したときのことでありまして、
取引先の担当者的な女性が「タンジュンアルーのホテルにいたでしょ」とニヤニヤ。
マレーシアのコタ・キナバルにあるリゾートなんですが、
こっちは家族旅行でニヤニヤされる覚えはないのでして、
なんで声を掛けてくれんかなと思いましたねえ、そのときは。
そうそう、いちばん鉢合わせらしき鉢合わせといえば、こんなんでしょうか。
出張で行ったバンコクのシーロム通りを歩いているときでありました。
前方からやってくる女性に「おや?」と思ったものの「まさかね」と進んでいくと、
やってくる女性の方が「あぁぁぁあ!」と。
「何やってんの、こんなとこで!」「いや、そっちこそ!」
そっちこそとは言ったものの相手はタイの人でありますから、
相手の発言の方がよほど当を得た疑問だったわけですが。
取引先であった日本の企業に研修生のような形でやって来て、
こちらとの窓口的な役割をしてくれてたのが、
やがてタイへ帰ったことを聞いていたのでした。
それでも、いくら相手はタイ人とはいえバンコクの街中でいきなり鉢合わせしようとは思ってもみない。
その後留学したイギリスから一度手紙をもらっただけですが、
何だかまたどっかで会えるような気もしないではない…。
とまああれこれ思い出してくると、
ヨーロッパひと回りの途中で一日だけ一緒にボンの町歩きをしたA君はどうしとるかなと。
そのとき、ベートーヴェン像をバックに撮ってもらった写真はまだ持っとりますよ。
また、サンフランシスコのユースホステルにあぶれた者どおしで宿探しをしたB君、
そしてB君ともども一緒にしこたま飲み興じたCさん、どうしとるかなぁと。
思い出したが吉日?でもないでしょうけれど、
もしかしたら不意にどこかで鉢合わせするやもしれませんねえ。
どうも「小説」なるものに対する敷居を高く見ているせいか、
昨今ありがちな面白いお話に徹した作品を「ううむ、良く出来た話だが…」なんつうふうに捉えて
「お話として面白いけれど、これを小説と言いますかぁ?」みたいに思ったりすることがあるわけです。
考えてみれば、ずいぶん高飛車なもの言いではありますけれど。
でもって、こたび手にした一冊に関しても「いわゆる娯楽作だよね、きっと」と思っていたのですね。
何しろタイトルからして「ミステリー通り商店街」ですのでね。
町おこしというか、寂れかけた商店街おこしで「ミステリー商店街」の看板を掲げた小さな町の商店街。
あれこれの出来ごとを「事件」に見立てたりしているうちに?事あるごとに集まる商店主たちは、
何事につけそれぞれがそれぞれの推理を展開するようになっているのですね。
町内でご老人がひとり亡くなったと知れば、「すわ!殺人事件か?!」と集まってきては、
「第一発見者が怪しい」とばかりに何はともあれ「痴情のもつれ」を原因とする輩がいるかと思えば、
西村京太郎作品を読破して「時刻表トリック」と言えばこの人と一目置かれる豆腐屋がいたりする。
そんなところへ失踪した作家の僅かな足跡を追って元担当編集者がこの町にたどり着いたとなれば、
商店街の探偵諸氏一同、これを捨て置くはずもなく…。
てな具合に、至って軽ぅくゆるぅく進行する物語には、
例によって読み終わりもしないうちから、「ま、楽しいお話だけれどね…」と、
「けど」付きの思いを抱いたりしていたわけです。
作者の室積光さんは役者からスタートして、脚本に転じたという背景からして、
登場する人物たちのキャラ立ちはなかなかだぁねぇなどとも思いつつ、
読み進めていたのですね。
でもですね、ま、たまたま波長が合ったともいえるかもですけれど、
「これはこれで…だなぁ」と思えてしまったという。
冒頭に触れたような常日頃の口ぶりとの打って変わりぶりに、我ながら戸惑うというか。
ただでさえ遅読のたちでありながら、それでかなりささっと読めてしまった一冊。
それだけでも「お手軽さ」にひと言くらい言ってしまうのが常ながら、
率直に、極めて率直に読後感を言うならば「面白いじゃん」と。
面白さの一因が、主人公たる元編集者の「独白」というかつぶやきにあって、
それはそれでやっぱり芝居的であって、芝居向きと思ったりするところですけれど、
一方で本であることを考えても「面白けりゃそれでいいか」という稀に見る思い。
個人的には極めて珍しい(?)感想ながら、
「こういうのがあっても、いいんだなぁ」と、また高飛車な印象を抱きつつ、
本作に登場して事件に大きな関わりを持つ素人批評家を思い浮かべては、
その素人批評家に対する辛辣な編集者の言葉もまた思い出して、
苦笑したりもするところでありました。