葬儀一切、滞りなく終了いたしました。

弊店はほどなくまた営業を再開し、皆様とお会いできるものと考えております。


取り急ぎ現況報告まで。   店主

身内に不幸がありましたため、臨時休業いたします。


店主謹白

先日FM放送 で、ボッケリーニの作曲した「マドリードの夜の帰営ラッパ」という曲を

ルチアーノ・ベリオが編曲したものを聴いたのですね。



ベリオと言えば(聴いたこともないのに何ですが)

こてこての現代作曲家なのかなと思うところですけれど、
これがまあずいぶんと楽しげな曲でありまして、

そうしたメロディは本来的にボッケリーニによるもやもと思うものの、
思いも寄らず素直っぽい編曲なのではないかと。


それで思い出したのが、

シェーンベルクがヨハン・シュトラウス の作品を室内楽用に編曲したものなのですが、
シェーンベルクのイメージとヨハン・シュトラウスのイメージとはそうそうあっさりとは重なってこない。


この室内楽編曲版は、

かつてFMでロッケンハウス・フェスティヴァルのライヴが放送された際のエアチェック録音を
いまだに持っておりまして、改めてこれを聴く限りではこれまた奇を衒ったふうもない印象。


いささか驚くくらいに穏やかというと語弊があるやもですけれど、
むしろ驚くのは編曲しようとした動機の方でありますね。

つまりは、シェーンベルクがやろうとしていた音楽では収入にならず、
人気のシュトラウスを編曲して日銭を稼ごうとしたらしいとは…。


ここでさらに思い出すのは、アメリカの作曲家チャールズ・アイヴス(1874-1954)でありましょうか。
Wikipediaの記載によれば、こんなことを言ったとか。

不協和音のために飢えるのはまっぴらご免だ!

イェール大学で音楽を学んだものの、こうした発言に繋がる思いから(?)実業界に入り、
作曲は続けていても長らく日曜作曲家扱いで

曲の初演などもずいぶん後々のことであったというアイヴス。


やっぱり、前衛では「食えない」のであったことでしょう。

そのアイヴスの交響曲を初めて聴いたのは、かれこれ30年以上も前のことになろうかと思いますが、
かなりぶったまげた記憶があるのですね、「これ、騒音でないの?」と。


というところであれから30年以上の年月が経って、
受け付けられる音楽の幅もずいぶんと広がったやに思ってはいるものの、
果たして今ならアイヴスをどんなふうに聴くだろうか…とこわごわ聴いてみたのでありますよ。


曲はかつてぶったまげたものと思しき第4番を含む交響曲の4曲。
演奏はマイケル・ティルソン・トーマス指揮によるシカゴ響(1番、4番)と

コンセルトヘボウ管(2番、3番)であります。


Symphonies 1 & 4/Ives Symphonies 2 & 3/Ives

まずは素直に交響曲第1番(1898年にイェールの卒業研究であったとか)を聴いてみますと、
CDの解説に「その数年前に作曲されたチャイコフスキー の『悲愴 』や

ドヴォルザーク の『新世界 』を手本に書かれた後期ロマン主義の交響曲」とあるとおり、

思いの外聴きやすい音楽ではありませんか。


第1楽章の主題などちとくせがあるもののついつい鼻歌になって出そうな感じですし、
第2楽章の牧歌風もまた良しで、「新世界より」を手本にと言われるのもむべなるかなでありますね。


そして第2番では最初から「これ、1番と同じでないの」てなふうに始まりますが、
いささかてだれた感がありながら、やはり聴きやすい。
アイヴスのお決まりとされる賛美歌や民謡からの引用も諧謔味が感じられて楽しいものだなと。
こうした傾向は「キャンプ・ミーティング」とも題される第3番でも同様に思えます。


と言う具合にいささか油断をしつつ、最後に第4番を聴くわけですね。
すると、非常に緊迫感のある響きで始まる第1楽章はまだしも、
第2楽章ともなりますと、ついに「来たぁ!!」というのが本音でしょうか。


この楽章は「コメディ」とタイトルがつくわりには

始まりから深刻さが漂って「20世紀音楽 」然としてまして、時折冷や冷やとさせられるわけです。

なぜって、近所から苦情がくるのではないかと。
第4楽章もまたしかりです。


さほど大きな音では聴いてませんけれど、

音楽として耳を傾けるかどうかは心構えにもかかっているような気がするのですよ。

仮に音楽がおしなべて耳に心地良い響きのするものとしたならば、

どうも違う次元ということにもなりそうです。


音楽を形式として理解するとか、構造物として捉えるとか、
少なくとも音が発生する元であったり、意図といったものに想像が追いついていないと

雑音、騒音になってしまうような。


こたびは、敢えて(?)アイヴスに挑戦しているものですから、
何度も繰り返し聴いているうちに個人的には妙味を感じなくもないというところまでは来ましたけれど、
一般的にはかなり厳しいのではなかろうかと。


それでもこの楽章を除けば、初めて聴いたときの印象が極めて鮮烈なように記憶しているのは
いったいどうしたことだろうと思ったりもしないではないですが。


指揮者マイケル・ティルソン・トーマスは言います。

私はさいしょのうちはその不協和音のはげしい後期の作品にアイヴスにひかれたのだった。
その音楽に浸透しているロマンティックな精神を充分に理解するまでには、かなりの時間がかかった。

プロの指揮者でさえ理解するにはかなりの時間がかかったようですけれど、
(もっともその理解のレヴェルは一般人とは異なるにしても、ですが)
まあ個人的には30年ほどの時間を置いてみたら、いくらかとっつけるようになったということでありましょうか。


とまれそうした音楽でありますから、作曲はされても初演されるまで何十年か掛かっているものばかり。
もし職業作曲家となっていたならば、確かにそれでは「食えない」状況であったことでしょう。
ものごとを至って冷静に見ていたとは言えるでしょうか。

やっぱりビジネスマンに向いていたかも…。

このところミステリを読もうと思いながら、

その実、手にしているのはコメディ だったり、少年少女向け であったり。


それも悪くはないのですけれど、ここはひとつ本格的な何かと思いを定めて手に取ったのが
D.M.ディヴァイン作「悪魔はすぐそこに」でありました。


悪魔はすぐそこに (創元推理文庫)/D.M. ディヴァイン


至って怖いものが苦手なたちではありますけれど、

タイトルから類推するようなオカルティックなホラーではなく、
処女作をかの!
アガサ・クリスティ が賞賛したということでありまして、
いやでも高まる期待というわけでして。


それに本格ミステリというと、イメージの問題ではありますが、
いささか古式蒼然とした古びた雰囲気が似合うように思えるところもあり、
本書は2007年に邦訳紹介されたものながら、イギリスでの出版は1966年。
そして「古い」という印象ともまた結びつく(?)、大学が舞台となっているというのですね。


ところで、本格ミステリの王道はやはりフーダニットではないかと。
そして必ずといっていいほど「意外な犯人」が最後の最後で浮かび上がる。


ですが、この「意外な犯人」というのに特別なことに考えてしまうところですけれど、
読んでいて「こいつ怪しいなぁ」というのが「やっぱり犯人でした」では詰まりませんから、
どうしたって「意外な犯人」ありきで組み立てられ、いかにそれを気取られないかが
作者の苦労するところでありましょう。(いわずもがなですね…)


その気取られなさを担保するのがトリックでありまして、
この犯罪は誰にでもできたはずなのに全員にアリバイがあるとなればアリバイ崩しが焦点となり、
この犯罪は全員にチャンスありだけれど誰にも出入りできないとなれば密室トリックが焦点となり、
てな具合でありますね。


こうしたミステリもそれはそれで面白いものではありますが、
やはり小説ですから叙述で勝負するものがあったりするわけです。
ひとつの典型かなと思われるのはクリスティの「アクロイド殺し」とか、
乾くるみさんの「
イニシエーション・ラブ 」なんかは最たるものでありましょう。


起こったことがその通りに書かれているようでありながら、
実はそこらじゅう落とし穴だらけというもの。


本書の解説で「ミスディレクション小説」と言っているミステリ作家の法月綸太郎さんは
こんなふうに言ってます。

この小説のいちばん手ごわいところは、再読しないと本当の凄みがわからないことでしょう。
最終章で動機と犯行の要点が語られますが、それはあくまで探偵側の目から見た絵解きにすぎません。本当の意味で、犯人の行動と心理のあやを追体験するために、ぜひ最初から本書を再読することをお勧めします。本の印象がガラリと変わって、ひょっとしたら初読時より面白いかもしれません。

読後感としては、この解説に尽きるかもしれません(ちと褒めすぎかとも思いますが)。
個性的な大学の教職員がぞろぞろ出てきて、あっちもこっちも胡散臭い中で
確かに意外な犯人が用意されてはいるものの、そのことの意外性よりも
ミスディレクションの小説なんだというのは予備知識としてあった方が楽しめたのかもしれませんね。


と言いつつ、本書にしても「アクロイド殺し」や「イニシエーション・ラブ」にしても
この記事をお読みになられた方に予断を与えてしまった点は申し訳ない限りですが…。


ところで、古びた雰囲気が似合うとは言いましたけれど、
本書が1966年作であること念頭に置いておかないと、「え?!」というがありますね。

ま、古い小説を読むときはみな同じかもですが、例えばこんなところ。

たったひとり連絡がつかなった職員が、エセル・ケラウェイだ。この二日間、ゲートロウに住む友人を訪問しており、そこには電話がないのだという。

電話がない!二日間、友人宅にいて連絡がとれない!
絶対とは言い切れないものの、今のご時勢からみれば「あらら」かもですが、
そうだよな、電話がない家ってたくさんあったよな、呼び出ししてもらったり…

と懐かしがる人も一方でいたりするのでありますよ。

先々週くらい週だったでしょうか、
新幹線の開発物語をTV朝日「奇跡の地球物語」でやってましたですね。


それを見て「そういえば!」と思ったのが、

新幹線開発に携わった鉄道総合研究所は自宅から自転車圏内でもって、
その研究所のそばに確か資料館があったっけなということ。
近くであるのに一度も行ったことがないものですから、

折りを見て行ってみるかと思っていたわけです。


場所は東京・国分寺(といっても最寄駅は国立駅ですが)、

市の施設「ひかりプラザ」の外に昔懐かしい「東海道新幹線」が鎮座して、
その車両内部と施設の片隅が資料館となっておりました。


951形試験車両


もしかすると「おお、そんなものが?!」と食指をそそられた方がおいでかもしれませんので、
真っ先に言ってしまいますけれど、「これだけ?」という内容です。
自転車でふらりと寄ったから「そうかぁ…」で終わりですけれど、

わざわざ交通費をかけて来られる方にしたら…。


もっとも「これだけ?」と思える内容が、鉄道に関心のおありの方には

目も輝かさんばかりの情報だったりするのかどうかまでは分かりませんけれど。


ともあれ、この屋外展示の951形試験車両。

素人目には「O系と何が違うの?」となってしまいますけれど、

説明書きの一部を書きとめておくとしましょう。

この新幹線・951形の車両は、昭和44年試験車両として2両(2両で1ユニット)制作され、250km/h運転走行の技術開発車両です。昭和47年2月24日、山陽新幹線(姫路~西明石間)で、当時の電車による世界最高記録286km/hを達成。

東海道新幹線の開業が昭和39年(1964年)ですから、

開業後もこうした試験車両を使っての研究が進められていたのですねえ。


そして、先日の番組でもやってましたけれど、

新幹線は常に速さと同時に静かさを求めて日夜改良が加えられているのだとそうで。
その一端を窺い知れるのが、試験車両内に展示された風洞実験用の模型でしょうか。


風洞実験用模型


他にもいくつかの形がありましたので、あれこれ風の流れを実験したのでしょう。

しかし、「0系」はまるまっちくって何となくかわいらしいというか、

愛嬌のあるというような顔つき(?)をしておりまして、
その後のタイプに比べて「流線型」であるとは思わぬところですけれど、
新幹線以前のでこっぱちみたいな特急(黒澤映画の「天国と地獄」出てくるような)と並べてみると、
明らかに流線型、見事に丸くしたもんだ!と思うわけですね。


ところで速さと同時に静かさの点ですが、高速走行でトンネルを抜ける際の

衝撃波(怪獣ラドンを思い出します)を減じる工夫が車体の形状に現れるという。

最近ではカモノハシ的形状(個人的にはびみょ~に思えます)になってきてますけれど、
これも騒音を減少させるためのものなのだそうです。
てっきり、速く走るための工夫かと思ってました…。


一方で市の施設側には「リニア・モーターカー」に関する(わずかな)展示がありましたけれど、

つい先日にはリニア中央新幹線とやらの東京側始発駅が品川になるとか報道されてましたですね。

もうずいぶんと長いこと、実験しているような気がしますが、なんでも2027年の開業を目指してるとか。


もう十数年すると、速さも静かさも格上らしいリニア新線にとって代わられるとして、

さてまたこちらにも、ひらがな三文字、四文字くらいの名前がつくんでしょうかね。

よもや「ひかり」の名がそちらに移行することはないでしょうねえ。

今でさえ「のぞみ」の後塵を拝してますし。


ちなみに今回訪れた「ひかりプラザ」なる施設。

アドレスとしては東京都国分寺市光町なのですね。

昭和41年に、当時は国分寺市平兵衛新田と呼ばれた地域を

新幹線「ひかり」にあやかって光町と名付けたのだとか。


だんだんと「ひかり」の威光は薄れつつあるやもしれませぬが、

果たして光町とともに歴史に名を残すでありましょうか…。