自分ひとりであったら「おそらく行くことはなかろうなぁ」という芝居を見てきたですね。


主演は十朱幸代さんでありまして会場が三越劇場なのですから、
おそらくは弊店店主の人となりをご想像いただくどなたにとっても「違うよねぇ~」と
思われるところなのではないかと。
ま、両親と連れ立っての親孝行というところでありまして…。


とはいえ、出向いてみれば「やっぱり何か違う…」という空気が漂っているような。
かつて、やはり親孝行の一環で明治座の五木ひろし公演に同行した際にも感じたものに近く、
それにさらに三越色 ?が付いたといいましょうか。
(なんのことやら、かもですが…)


しかしまあ、こういうのを「お」芝居と言うんだな!ということを知るのも社会勉強みたいなものですね。
タイトルが「姑は推理作家」というもので、いささかの謎解きを含んだミステリー・コメディ。


喜劇「姑は推理作家」@三越劇場


ではありますが、例えばクリスティ の推理劇を見るような緊張感はまるでなく、

ゆるぅい雰囲気の中で寄席の色物的な客弄りを交え、ファミリー・ドラマ的な健全さでもって
(公序良俗に反しないラインにしっかり収めてあります)大団円?を迎えるという。


こういっては身も蓋もありませんけれど、

「8時だよ!全員集合」のコントなんかを思い浮かべてしまったり。


とはいえ、決して「つまらん!」とは言えないでして、
それぞれに達者な役者さんなのでありましょう、頑張っておられましたよ。


取り分け矢崎滋さんが登場すると、

どこまでが台本にあって、どこまでがアドリブだか分からないくらい自由な

台詞回しがお見事でありますね。


十朱さんは、昔TVドラマで見たとおりのごにょごにょ感が懐かしくもあり、
また舞台にはあんまり向かんのではなかろうかなぁと。


とまれ、女優さんは大変ですね、若く見せるというのか、若作りするというか…
たぶん劇中では四十代後半の役どころでしょうから。

興味本位で後から検索してみると、どうやら68歳におなりだというのに。


ああ、そうそう、この手のお芝居は、主役が登場しただけで拍手するんですねえ。
勉強になりました。


ここのところ「仁-JIN-」「のだめ」 といった
ほんのいくつかの作品を除いて民放ドラマをほとんど見ていなかっただけに、
なんだかひっさしぶりに民放のお茶の間ドラマを見てしまった気になったものでありますよ。

映画版「のだめカンタービレ」パリ にたどりついた峰くん一行が
のだめを引きずり回しつつも出かける先はといえば、エッフェル塔だったり凱旋門だったり、
ともかく高くて見晴らしのいい場所でありましたね。


旅行者心理として?来てみた町を一望したくなるものなんでありましょうか。
シドニーでもって、そうした旅行者心理を満たす最適の場所、それはやはりシドニータワーでないかと。
ですから、普通は?もっともっと早い段階で訪れて然るべきところであるやもしれませぬ。
何しろいろんなところから見えるわけでして。


例えば、ハーバー・ブリッジ から振り返ると…


ハーバー・ブリッジから見るシドニータワー


ダーリング・ハーバー からもこんなふうに…


ダーリング・ハーバーから見るシドニータワー


そして足元から見上げるとこんな具合になるのでして…


シドニータワーを見上げてみれば


展望台のある場所は地上250mだそうでありますよ。

去年マカオタワー に登ったときには、床の一部がガラス張りになっていて、
その上に乗るには「プチ高所恐怖症気味」の性分が災いして二の足を踏むという事態に陥りましたが、
ここではとにかく展望を楽しむということで問題なしでありました。


が、マカオタワーのようにバンジージャンプはできないものの、
展望台の外を歩き回るというスカイウォークなるアトラクションが行われておりまして、
それを想像するだけで「むむむ、ちとやばい…」というふうにはなりますが。


ところで、眺めの方はといいますと…

シドニータワーから東側の遠望


これは東側を遠望したところですけれど、

シドニー湾がいかに複雑な入り江になってるかが分かります。

ちょっとくらいフェリーに乗ったのでは、外海は全く見えないんですが、

これなら遠くに外洋の水平線がなんとか見えるのですね(って、写真では小さくて分からないですが…)。


シドニータワーから西側の遠望


今度は西側。

ブルー・マウンテンズ に続く道であります。

が、これもよく分からないですよね…。

ですので、近場を見下ろしてみましょう。


シドニータワーから下界を見下ろせば


2本の尖塔を持つ聖メアリー大聖堂 と、

その左側にポツンとある3階建のハイドパーク・バラックス が見てとれます。

ちょっとした東武ワールドスクエア気分ですね。


ということで、まず最初に高いところで市内を一望というのもありとは思うものの、

見下ろして「あれが○○だね」と分かった方が楽しいのではなかろうかと思うところでもありました。


最後に、別の夜ですが通りがかりに撮ったシドニータワーの夜景をご覧いただいて、

シドニー屈指の観光スポットに敬意を表するといたしましょう。

シドニータワーの夜景


あ、そうだ! これも聞きかじりの話ですが…

ご覧のようにシドニータワーはWestfieldというデパートのビルの上に立っておりますけれど、

地震の少ないオーストラリアにありながらシドニータワーは震度6に耐える設計になっておるとか。

さりながら、ふと気付いた人が「でも、シドニータワーの下のビルは平気なの?」と聞けば、

ビルの方では「シドニーで地震なんかほとんどないんだから、震度3に耐えるくらいになってます」と。


今ではビルも耐震強化したらしいですが、笑うに笑えない…。

あんまり屈指の観光スポットに対する敬意にはなりませんでしたねえ…。

シドニーまで来て諸般の事情により(?)かのオペラハウス でオペラを見ること叶わぬとなれば、
せめてそれ以外のエンタメでも何かひとつくらい…

英語圏だし、ミュージカルのひとつやふたつはやってるだろう!
そう思ってホテルのPC閲覧コーナーで検索してみたわけです。


当然オーストラリア随一の都会ですから劇場の数には事欠かずではありますけれど、
どうもニューヨークのブロードウェイやロンドンのウエストエンドのように

劇場が軒を連ねているようなところは無いようで、
あちらこちらにポツポツと点在しているといったふうということが分かりました。


その内の3つの劇場でミュージカルをやっていることが判明。
「ジャージー・ボーイズ」「ヘアスプレー」「メリー・ポピンズ」の中から同行者とも相談の上、
「それでは『ヘアスプレー』を見に行くことといたします!」と決定したのでありました。


もちろん英語の台詞で「なぁんの問題もないもんねぇ」という者はおらない中では、
映画で見ているから予めストーリーを知っているというのが大きなポイントとなったようです。
(そこで、「ジャージー・ボーイズ」は失格になりました)
まあ、個人的には映画を見る前にニューヨークで予備知識のない状態で見ても、
十二分に楽しめましたから、この決定には何の心配もなかったのですが。


ただ、「メリー・ポピンズ」も何度となし映画では見ているものの、
映画での特撮のあたりをどんなふうに舞台で見せてくれるのかがとっても気になったところなんですが、
Ticketmasterで残席照会すると、「ヘアスプレー」よりこちらの方が売れ筋らしく完売だったりしたので、
その点でも「ヘアスプレー」に決まり!ということですね。


ヘアスプレー [DVD]/ジョン・トラヴォルタ,ミシェル・ファイファー,ニッキー・ブロンスキー


ということで「ヘアスプレー」を見に行こうということは決まりましたけれど、
ニューヨークの「tkts」やロンドンはレスター・スクエア近辺にあるようなチケット・エージェント

ないんだろうか?と思ったわけです。


そこで、ちょっと素人を装って(って、何の玄人でもありませんが)、
DFSの中にあった日本人向けツアーデスクで

「これこれこういうチケットを扱う店はありませんか」と聞いてみたのですよ。

ニューヨークの「tkts」のような…と例を挙げれば、旅行関係の人ならピンとくるに違いないと…。


ところが、ちいいともピンと来てもらえませんでした。
まったくもって「眉間に皺」状態で、「劇場でお買いになる…とか…」てな感じ。
「どうやら無さそうですね」と素直に引き下がった次第でありました。


先に見たTicketmasterで残席(いいところは埋まってるにしても)はまずまず。
どうもてもたちどころに無くなってしまうとは思われないので、いささかの余裕をもって劇場に行き、
Box officeで直接買うことにしたわけです。


さて、リリック・シアターなるこの劇場はといえば、

ダーリング・ハーバーのピアモント・ブリッジを渡って、海事博物館のところで右に折れて

しばらく進むと見えてくるスターシティという複合施設の中にある…
と、ガイドブックにはカジノや劇場、ショッピング・センターを備えた

「一大コンプレックス」とまで書かれているのに、辺りには工事中の柵が巡らされていて

「なんだぁ…」の印象。

劇場は確かに開いていて観客もぞろぞろやってくる気配なので、安心しましてけれど。


リリック・シアター@シドニー


とまあ、前置きが相変わらず長いですが、このミュージカルは楽しいですよね。
そう前に見たときにも思ったのですけれど、思い切り映像を多用したこの演出、
ニューヨークで見たときと全く印象が異なっているのですけれど、いつの間にか新プロになったんですかね。
まさか、シドニーのオリジナルとは思えない(あっても不思議はないですが…)。


アニメと実写を融合したディズニー 作品ようなもの(それこそ「メリー・ポピンズ」のような)は

映画でこそできるものと思ってましたが、(もちろん全く同じではないにしても、大袈裟にいえば)

「舞台でもできるんだぁ」と思わせてしまう映像との融合をベースにしたこの演出。
とにもかくにも、天晴れ!でありました。


終わったとたんに「ああ、もう一回見たいな」と思わせる魅力(魔力?)を

持ってることは間違いなと思うところです。


そしてまたダンスの切れがいいですなぁ。
主演の、実にたっぷり感のある女の子も含めて。


いやはや、苦労した甲斐あって(というほどでもないか)
いろんな意味でお腹いっぱいになる公演を堪能でき、何より何より。

ブルー・マウンテンズ から戻ったシドニー市内では、

ロックス やサーキュラー・キー辺りのお次に観光客・地元民で賑わう

ダーリング・ハーバーにご案内いたそうかと。


東京で言えばお台場のような感じで、

ショッピングやダイニングのお店ばかりかアトラクション施設にも事欠かない場所…

と思ったら、どうやらお台場がここを真似したという話があるようで。


シティと言われる街中からは西へ歩いてほんの少々。
入り江を跨ぐピアモント・ブリッジという歩行者専用橋にたどりついたら、
そこがダーリング・ハーバーということになります。


ダーリング・ハーバーChain reaction of curiosity


橋を渡らずに埠頭に下りると、すぐそこにはシドニー水族館があるのですね。
何でも世界で有数大きさを持つ水槽だかがあるとかいう話を聞いて、
「ほ~!んじゃ、覗いてみますか」と思ったわけです。


ところが…
実はそれ以上に大きな水槽が沖縄の美ら海水族館にも、大阪の海遊館にも、

東京の葛西臨海水族園にもあるとかいうことを聞いてしまいますと、
なんだかありがたみも失せようというものではありませんか。


ただ、独特の生物体系を持っているオーストラリアでありますから、
珍しいものが見られるかなと思ったりもしたのですね。
そしてジュゴンの排便シーンという、見事なレアものに出くわしてしまいました…。

(ゾウのは何度かありますが…)


もっとも、せわしなく泳ぎ回る姿に何やら苦笑を禁じ得ないカモノハシや

オーストラリアならではの実に小粒のペンギン(ペンギンの種類の中でいちばん小さいとか)、

フェアリー・ペンギンなどを眺めやるときにはなんだか妙に癒されるような気がするものでありますねえ。


さて、ピアモント・ブリッジを渡って向こう側では国立海事博物館が迎えてくれるのですね。
どうしても海との関わりを抜きには話にならないオーストラリアでありますから、
あるのもは当然ですかね。


オーストラリア国立海事博物館


もちろん大きな大陸ですので、内陸にもいろんなものがあったり当然住んでいる人もいるものの、
面積は日本の20倍以上あるのに人口は2200万人を超えるくらいで、
多くは沿岸部に住んでいるのではないかという点からしても、やっぱり海!でありましょう。


内容は実に豊富です。
海との関わりさえあれば何でも展示しちゃおうということか、昔々の歴史にまつわるもの、

例えば沈没船から引き揚げたものや大航海時代の資料などがあるかと思えば、

海軍のヘリコプターが天井から吊り下がり、ウォーター・スポーツのコーナーでヨットは分かるものの、

水泳にまつわるものまで展示されてます。


さすがに水泳は「海とは違うんでないの?」と思いましたが、

そこはそれ、水泳大国オーストラリアですから、じゃらじゃらの金メダルを飾ったり…

したいんでしょうねえ。


屋外展示には(何しろ目の前が港ですから)、3種類の船が係留してあって中を見て歩けました。

一つ目はオランダの帆船Duyfken号ですけれど、残念ながらレプリカ。


オランダ帆船Duyfken号


まあそれもそのはず、本物は17世紀初頭の船なのですから残ってなかろうなぁと。

ただ、記録に残る限りで一番初めに(今の)オーストラリアに初めて到達した船なのだそうですよ。

それが1606年と言いますから、キャプテン・クック の来航から160年余りも前ということに。


オランダ東インド会社から派遣されて航海していたDuyfken号は、

1606年にオーストラリア大陸の北のはずれの方に到着したらしいのですが、

どうも植民に適さず物資もないと、その土地から去ってしまったのだとか。

後でオランダも、さぞ悔しがったのではないですかねえ。


あとの二つの船は、オーストラリア海軍の駆逐艦ヴァンパイアと同じく海軍潜水艦オンスロウ。

駆逐艦が珍しくないとは言いませんが、実戦配備されていた潜水艦の中に入れるとは思いもよらず。


しっかし、潜水艦の中というのは狭いですねえ。

飛行機もあらゆるものをコンパクトにする努力には余念のないところでしょうけれど、

潜水艦の方は見てくれを気にせず実用本位で、

空いてるスペースは何にでも使うという姿勢が徹底しているなあと。

「こんな所にも、寝台?!」と思ってしまいました。


ひとえにこれを積むスペースが大きくとられることにもよるのでしょう。

魚雷ですね。ま、これがなかったら戦闘用潜水艦にはなりませんものね。

発射口のひとつに「入ってる!」のが妙に刺激的といいますか…。


潜水艦オンスロウの魚雷発射口


おっと、船の話が長くなってしまいました。

食事とショッピングの話も…と、そちらはおざなりにしか対応しておりませんでした。

忘れないように書いとかなくちゃと思いましたのは、名和晃平さんというアーティスト。

いつもながら一般的にはよぉく知られた方なのかも、もしかして…と思いますけれど、

個人的にはフレデリック・バック展 を見に行った東京都現代美術館で初めてその作品を目にしたのですね。


フレデリック・バック展と同時にもうひとつの企画展として開催されていたのが、

「名和晃平-シンセシス-」という展覧会でありました。


名和晃平-シンセシス-@東京都現代美術館


現代アート もタイミングをつかまえて見てみると、

やおらぐぐおおっと刺激が伝わってくるものがある一方、

「これはあんまり深く考えても仕方がないから、さらっと流させていただこう」というものがありますね。


おかげさまで素人の有り難いことには、後者の作品をむりむり言葉で表現せねばならん役割は

負ってませんから、気楽なものです。

逆にこの気楽さがなければ、見に行けないのではないかとも思いますが…。


というところで本展でありますけれど、

上で分けた二つのカテゴリー双方の印象を持つ作品群が展示されておりました。

「分かる」か「分からない」かで分けたとすれば、間違いなく「分からない」。

そもそも、タイトルの「シンセシス」って何だぁね?というくらいですし。


そこで会場で配布された作品配置のフロア図を取り出してみますと、

「シンセシス」の意味は「合成」「総合」を意味すると書いてありますが、

なまじとり出したものを読んでみようとすると、こんな記述に行きあたるという。

本展は、感性と物質を繋ぐインターフェイスである「表皮」を通して対象をリアルにとらえ、領域をさらに広げる彼(作者のことですね)の卓越した表現力の源とは何か、そして次世代の創作のあり方について考える貴重な機会となるでしょう。

本展をご覧になる皆さんは普通に?作者の表現力の源やら

次世代の創作のあり方を考えてしまうのでしょうか。

いやはや難しいものです。


とまた、こういうモノ言いをしますと、「んじゃ、つまんなかったのかいね」と思われるやもですが、

先に書いたように、一部の作品との間ではビビビと感覚がシンクロする気がしたという(気がする…)。


どんなところがといっても、

もしご興味が湧いた方は名和さんのサイト をご覧になっていただければ、

そこで見られる作品の一部からご想像いただけるでありましょうか、

例えば「GLUE」というカテゴリーの中にある「Air Cell」というもの。


アクリルかなんかの板ですかね、

その上にグルーガンで糊のような点々(素材は不明ですが)が均等な間隔で置かれています。

同じように点々を置いた板を何枚も重ねてある…だけの作品なわけですよ。


ただ、これが面白い!

作るときには点々を同じ間隔で置いて行き、それを重ねただけですけれど、

計量的には同じ間隔であることは間違いないながら、人間の眼にはそうは見えない。

遠近法のように遠くの収束点に向かって、点々は斜めの線を描いて見えるわけですね。


しかも、見る側が視点や視座を変えれば、作品のみてくれはその度ごとに変化するという。

こんなに至ってシンプルなのに、「面白いこと、考えるよなぁ…」と思うわけです。


もうひとつは、「LIQUID」というカテゴリーにある「PixCell_Saturation」という作品。

床面に設えた水槽状のスペースに、これまた前後左右均等な間隔で、しかも時間も一定の間隔で、

シリコンオイルなるものがぶくりぶくりと泡を作っては消えていく…これの繰り返し。


鍋でお湯が沸かすと、沸騰したときにぶくぶく泡がでますよね、

あれのスローモーション版みたいな感じです。

が!これもまた面白いんですなぁ!


次々現れる泡は、空間的にも時間的にも等間隔で出現しますけれど、

ひとつとして同じものはないわけです。

膨らみ方の違いもあれば、泡の表面に移った光の具合の違いもある。

とりわけ光の具合の違いは、泡がプリズムの役割で見せる表面の色合いに大きな違いを作りますし。


こうした面白がり方というのは、おそらく作者自身も、本展主催者にしても、

到底意図したことではなかろうと思いますけれど、こうした「勝手に面白がる」ことができる点で、

現代アートも折りに触れてと思うわけですね。