冷静になりたい
わりと親しい人に「最近のブログ、感情的だよね」と言われてちょっと冷静になろうと思ったけど、やっぱなれねー
以下の記事読んで憤り勃発。
アニメ番組を流すのは不適切」などの抗議がテレビ東京に殺到、いち早く通常番組を放送したことを受けて
3月11日に東日本大震災が発生したことを受けて、テレビ局各社が通常番組の放送を取りやめ、連日にわたって特別報道番組を放送し続けていましたが、いち早く通常番組を放送したテレビ東京 に対して「アニメ番組を流すのは不適切」などの抗議が殺到したことが明らかになりました。
テレビ東京は3月12日23時55分からレギュラーのアニメ番組「テガミバチ」を放送しましたが、寄せられた意見のうちおよそ600件は「アニメ番組を流すのは不適切」などの抗議で、肯定的な意見は90件ほどであるとされています。
はっきし言ってよけーなお世話だ。
600件のうち、東北の人は何人いるのだろうか。普段から子どもたちと接する人間は何人いるのだろうか。
昔っから思ってたんだけどクレーム言うほど行動力ある人ってどんな人なんだ?
この抗議は完全に子どもたちと縁のないやろーだ。そしてぜってークレームを言う自分に酔ってる!気がする。
だいたい各局地震情報しか流してない中、子どもたちは何みればいいのか考えたことあんのか。
そういう批判するやつは必ず安全な場所から匿名で相手を攻撃する。
別にそのものが必要ないやつにとっちゃ批判なんていくらでもできんだ。
自分にとって必要ないものを批判していいなら
俺だって「こんな時にパチンコなんて」とか「こんな時にジャニーズなんて」とか「こんな時にミニ四駆なんて」とかいくらだって言えるさ。
けどもちろん言わない。俺にとっちゃ必要ねーけど、それがあるから生きていける人だって必ずいるから。
そして、そうやって世界は成り立ってる。
演劇もその中のひとつだ。公演をやる人がいれば同時にそれを楽しみにしてる人も絶対にいるわけで。空腹みたしたり、寒い身体温めたりすんのは演劇にはできねーけど、求めている人に芝居を提供できんのは演劇だけだ。
もーなんなんだろうね。この雰囲気。
俺、喪中になったことないんだけど、喪中になった人に間違って年賀状送っても「不謹慎だからやめてくれ」って人一人もいないぞ。もちろん、思ってたとしても言わないだろうけど。
大人の世界じゃタブーなのかな。それともただ単純にそういう文化なのか。
つっても関心なくなりつつあるのもそれはそれで嫌だけど、同時に普通の生活送れないギスギスした今の環境も嫌で、
だったら俺はどういう態度で生きればいいんだ。なーんてハムレットばりに悩んでいるんだが。
悲しむときは悲しんで。元気になりたいときは一緒に元気になって、笑いたいときは思いっきり笑える。
そんな環境がなんて幸せだったんだろう。今はもう日本中が悲しむ期間は終わったと思うのだけど、やっぱ一年は沈むのが喪中文化なのだろうか。生き残った人はどう明日を生きるか。が今、大事なんじゃないか。
このまま不謹慎だ。とかそういうクレームが続くならホントなんもできねーよ。マジで日本沈むぞ。
確かに祝う気分ではないけども卒業式とか入学式なんかはやるべきだったんでねーのかい?省エネする方法はいくらでもあるだろう。
これから元気になって必死に歯食いしばって生きのびようとしているのに「アニメは不適切」はねーだろ。マジ。
じゃぁ一体何が適切なんだよ。世界を一色に染めるな。いろんなもんがあって多様な楽しみ方がいっぱいあるから生きてる人だって絶対いるんだ。
日本の紅葉は薄くて繊細だからひとつの木にも紅い葉やオレンジの葉、緑の葉とかいっぱいある。どれも色彩が豊かでひとつとして同じ色の葉っぱがない。だから日本の紅葉は美しいんだ。
俺はぜってー花見してやるさ。今年だって桜見るの楽しみにしてたんだ。不謹慎って言うなら言えばいーさ。
わいわい騒ぐことだけが桜の楽しみ方じゃねーし。散っていく桜に俺は毎年心奪われてきたからね。
買い占めに関しても今さらだが、おいおいと思った。思ったけどどこかで「どうせ一過性のもんだから大丈夫だろ」なんて流通に対する根拠のない信頼があったからうかうかしていたが、実際品物がなくなったら真っ先に死ぬんだろーな、俺。
つーか買い占めする人だって他人への悪影響よりまず自分が第一っていうのは確かに心が貧しいのかもしんねーけど、言い方変えれば生きのびようとする意志は俺なんかより全然あるわけで。
間違いなく実際地震あったら俺は死ぬタイプでそういう人が生き延びるんだろーな。
生きることは大事だけど生き残ることに執着するとココロがなくなるのかもなぁ
お金は大事だけどお金に執着し始めると大事なもんが見えなくなるもんなー。
仕事が手段じゃなく目的になっちゃうと家族っていう大切なもん失っちまうしな。
執着を捨てることも大事だな 。
大切なこと、忘れないためにココロを磨くんだ。
そのために文化や芸術があるんだ。
人間の姿を客観的に見るから演劇は必要なんだ。
結局なにが言いたいんだ、俺。
話題コロコロ変わって感情的になってるのは間違いねーな。
どうすりゃ冷静さ取り戻せるんだ。誰か教えてけろ。
以下の記事読んで憤り勃発。
アニメ番組を流すのは不適切」などの抗議がテレビ東京に殺到、いち早く通常番組を放送したことを受けて
3月11日に東日本大震災が発生したことを受けて、テレビ局各社が通常番組の放送を取りやめ、連日にわたって特別報道番組を放送し続けていましたが、いち早く通常番組を放送したテレビ東京 に対して「アニメ番組を流すのは不適切」などの抗議が殺到したことが明らかになりました。
テレビ東京は3月12日23時55分からレギュラーのアニメ番組「テガミバチ」を放送しましたが、寄せられた意見のうちおよそ600件は「アニメ番組を流すのは不適切」などの抗議で、肯定的な意見は90件ほどであるとされています。
はっきし言ってよけーなお世話だ。
600件のうち、東北の人は何人いるのだろうか。普段から子どもたちと接する人間は何人いるのだろうか。
昔っから思ってたんだけどクレーム言うほど行動力ある人ってどんな人なんだ?
この抗議は完全に子どもたちと縁のないやろーだ。そしてぜってークレームを言う自分に酔ってる!気がする。
だいたい各局地震情報しか流してない中、子どもたちは何みればいいのか考えたことあんのか。
そういう批判するやつは必ず安全な場所から匿名で相手を攻撃する。
別にそのものが必要ないやつにとっちゃ批判なんていくらでもできんだ。
自分にとって必要ないものを批判していいなら
俺だって「こんな時にパチンコなんて」とか「こんな時にジャニーズなんて」とか「こんな時にミニ四駆なんて」とかいくらだって言えるさ。
けどもちろん言わない。俺にとっちゃ必要ねーけど、それがあるから生きていける人だって必ずいるから。
そして、そうやって世界は成り立ってる。
演劇もその中のひとつだ。公演をやる人がいれば同時にそれを楽しみにしてる人も絶対にいるわけで。空腹みたしたり、寒い身体温めたりすんのは演劇にはできねーけど、求めている人に芝居を提供できんのは演劇だけだ。
もーなんなんだろうね。この雰囲気。
俺、喪中になったことないんだけど、喪中になった人に間違って年賀状送っても「不謹慎だからやめてくれ」って人一人もいないぞ。もちろん、思ってたとしても言わないだろうけど。
大人の世界じゃタブーなのかな。それともただ単純にそういう文化なのか。
つっても関心なくなりつつあるのもそれはそれで嫌だけど、同時に普通の生活送れないギスギスした今の環境も嫌で、
だったら俺はどういう態度で生きればいいんだ。なーんてハムレットばりに悩んでいるんだが。
悲しむときは悲しんで。元気になりたいときは一緒に元気になって、笑いたいときは思いっきり笑える。
そんな環境がなんて幸せだったんだろう。今はもう日本中が悲しむ期間は終わったと思うのだけど、やっぱ一年は沈むのが喪中文化なのだろうか。生き残った人はどう明日を生きるか。が今、大事なんじゃないか。
このまま不謹慎だ。とかそういうクレームが続くならホントなんもできねーよ。マジで日本沈むぞ。
確かに祝う気分ではないけども卒業式とか入学式なんかはやるべきだったんでねーのかい?省エネする方法はいくらでもあるだろう。
これから元気になって必死に歯食いしばって生きのびようとしているのに「アニメは不適切」はねーだろ。マジ。
じゃぁ一体何が適切なんだよ。世界を一色に染めるな。いろんなもんがあって多様な楽しみ方がいっぱいあるから生きてる人だって絶対いるんだ。
日本の紅葉は薄くて繊細だからひとつの木にも紅い葉やオレンジの葉、緑の葉とかいっぱいある。どれも色彩が豊かでひとつとして同じ色の葉っぱがない。だから日本の紅葉は美しいんだ。
俺はぜってー花見してやるさ。今年だって桜見るの楽しみにしてたんだ。不謹慎って言うなら言えばいーさ。
わいわい騒ぐことだけが桜の楽しみ方じゃねーし。散っていく桜に俺は毎年心奪われてきたからね。
買い占めに関しても今さらだが、おいおいと思った。思ったけどどこかで「どうせ一過性のもんだから大丈夫だろ」なんて流通に対する根拠のない信頼があったからうかうかしていたが、実際品物がなくなったら真っ先に死ぬんだろーな、俺。
つーか買い占めする人だって他人への悪影響よりまず自分が第一っていうのは確かに心が貧しいのかもしんねーけど、言い方変えれば生きのびようとする意志は俺なんかより全然あるわけで。
間違いなく実際地震あったら俺は死ぬタイプでそういう人が生き延びるんだろーな。
生きることは大事だけど生き残ることに執着するとココロがなくなるのかもなぁ
お金は大事だけどお金に執着し始めると大事なもんが見えなくなるもんなー。
仕事が手段じゃなく目的になっちゃうと家族っていう大切なもん失っちまうしな。
執着を捨てることも大事だな 。
大切なこと、忘れないためにココロを磨くんだ。
そのために文化や芸術があるんだ。
人間の姿を客観的に見るから演劇は必要なんだ。
結局なにが言いたいんだ、俺。
話題コロコロ変わって感情的になってるのは間違いねーな。
どうすりゃ冷静さ取り戻せるんだ。誰か教えてけろ。
≪重要≫旗揚げ公演に関して
旗揚げ公演延期のお知らせ
正直、今演劇をやることの後ろめたさはもちろんあります。
今だから「こそ」っていう強い今性というか意思は実はあんまありません。
ただ、演劇業界が軒並み公演中止を決める中、普段の平和な時にしか演劇を楽しめないという風潮には抗いたい。
「こんな時期だからこそ演劇を!」と「演劇なんてこんな時期に不謹慎だ。」ってのは同時に成立します。
僕は公演を中止にした方が楽だと思ってます。
なんかまわりを見ていると「このタイミングで公演したら不謹慎って言われるんじゃね?」って周囲の反応を気にして中止にする公演が横行しているように思えてならない。それって「自粛する」っていうより「萎縮している」わけで。被災地のことじゃなくて、自分たちのことを考えているだけな気がしてしまう・・・。
だから「公演を中止にした方が無難じゃないか」っていうささやきに負けたくないんです
そして公演をすることで復興への力になれる方法を探して行きたい。それはきっと微力なことだけど、演劇と社会とのつながりを前向きに考えていきたいなーって思ってます。
っていうのが演劇unit Ⅱ→Ⅴの代表としての考え。
んで、直接被災しなかった日本人として
もう報道が減って被災地のことが忘れかけられている気がするのだけど
そしてそれは普段の生活という点で悪いことでは全然ないのだけど
今でもなお東北地方では現在進行形で大変な状況が続いている。
いつか東北に全く関心がなくなってしまう日がくるのが怖い。
自衛隊の人や発電所の技術者の人たちなんかはものすごい危険と背中合わせで原発と向かい合い、状況が悪化しないよう命がけで作業してくれてる。
1000ミリシーベルトってのはホントにやばい状況だ。
現地の自治体職員だって多くは自分だって被災者なのに
それぞれの持ち場を乱さずちゃんと頑張ってる。
西日本もどんどん支援の仕方を提供してる。
日本中が頑張って復興しようとしてるのに
俺は公演中止にすることで逃げようとしてないか
そう思ったらもっとできること、やることがあるだろうって思ってきて
電力が不足し暗くなりかけている世の中に元気という名の灯りを灯したい
そんな思いで公演を行う気持ちになりました。
3月に公演を行わないことを何人にもお知らせした。
そしたら
『楽しみにしてたの残念』
『影ながら応援してます。』
『よりよい状態で旗揚げ公演ができるようこと祈っています。』
と応援してくれる声、多数。
純粋にそういう反応があったことが嬉しい。
ホントにありがとうございます。
もちろん世間的には反論異論もあるだろうけど、
僕は何かを批判する側ではなく
批評される側でありたい。
まぁ批判とか含め「これ以上、地震なんかに負けてられっか!」って気持ちがでかい。
ただ、延期したことの影響としてキャストが4名出演不可能となりました。
(今後さらに増える可能性もあります。)
正直超痛手です。みんなすげー惜しい人材だった。
だけど負けません。
4月11日~17日のいずれか2日間でワークショップやろうと思ってます。
日付決まったらまたお知らせいたします。
延期日程は5月13日~15日。
つまりキャストが決定してから1ヶ月ないという超強行スケジュール。
震災に負けない人、求めてます。切実に。
正直、今演劇をやることの後ろめたさはもちろんあります。
今だから「こそ」っていう強い今性というか意思は実はあんまありません。
ただ、演劇業界が軒並み公演中止を決める中、普段の平和な時にしか演劇を楽しめないという風潮には抗いたい。
「こんな時期だからこそ演劇を!」と「演劇なんてこんな時期に不謹慎だ。」ってのは同時に成立します。
僕は公演を中止にした方が楽だと思ってます。
なんかまわりを見ていると「このタイミングで公演したら不謹慎って言われるんじゃね?」って周囲の反応を気にして中止にする公演が横行しているように思えてならない。それって「自粛する」っていうより「萎縮している」わけで。被災地のことじゃなくて、自分たちのことを考えているだけな気がしてしまう・・・。
だから「公演を中止にした方が無難じゃないか」っていうささやきに負けたくないんです
そして公演をすることで復興への力になれる方法を探して行きたい。それはきっと微力なことだけど、演劇と社会とのつながりを前向きに考えていきたいなーって思ってます。
っていうのが演劇unit Ⅱ→Ⅴの代表としての考え。
んで、直接被災しなかった日本人として
もう報道が減って被災地のことが忘れかけられている気がするのだけど
そしてそれは普段の生活という点で悪いことでは全然ないのだけど
今でもなお東北地方では現在進行形で大変な状況が続いている。
いつか東北に全く関心がなくなってしまう日がくるのが怖い。
自衛隊の人や発電所の技術者の人たちなんかはものすごい危険と背中合わせで原発と向かい合い、状況が悪化しないよう命がけで作業してくれてる。
1000ミリシーベルトってのはホントにやばい状況だ。
現地の自治体職員だって多くは自分だって被災者なのに
それぞれの持ち場を乱さずちゃんと頑張ってる。
西日本もどんどん支援の仕方を提供してる。
日本中が頑張って復興しようとしてるのに
俺は公演中止にすることで逃げようとしてないか
そう思ったらもっとできること、やることがあるだろうって思ってきて
電力が不足し暗くなりかけている世の中に元気という名の灯りを灯したい
そんな思いで公演を行う気持ちになりました。
3月に公演を行わないことを何人にもお知らせした。
そしたら
『楽しみにしてたの残念』
『影ながら応援してます。』
『よりよい状態で旗揚げ公演ができるようこと祈っています。』
と応援してくれる声、多数。
純粋にそういう反応があったことが嬉しい。
ホントにありがとうございます。
もちろん世間的には反論異論もあるだろうけど、
僕は何かを批判する側ではなく
批評される側でありたい。
まぁ批判とか含め「これ以上、地震なんかに負けてられっか!」って気持ちがでかい。
ただ、延期したことの影響としてキャストが4名出演不可能となりました。
(今後さらに増える可能性もあります。)
正直超痛手です。みんなすげー惜しい人材だった。
だけど負けません。
4月11日~17日のいずれか2日間でワークショップやろうと思ってます。
日付決まったらまたお知らせいたします。
延期日程は5月13日~15日。
つまりキャストが決定してから1ヶ月ないという超強行スケジュール。
震災に負けない人、求めてます。切実に。
原子力発電反対ムードにちょっと待った。
前前前回の日記で萎縮して書かなかったけど
もうむちゃくちゃ原発について書きたくなったから書く。
脱原発デモ銀座で開催、1,300人が参加
明らかに原子力発電所撤廃に向かって世界が動いているけど、今この瞬間でも東京で生活できてるのは原子力発電所があるからってことをみんな忘れてねーか。
だから「貧しくなっても~」とか「江戸時代の生活に戻ってもいい」っていう考えだけには全く同意できねー。自分の消費生活が何によって支えられているのか深く考えたことあんのか
医療や救助の点でも電力があったからこそ救えた生命だってあるわけだし、原子力発電が火力発電よりもなぜクリーンなエネルギーって呼ばれるのか反対している人は本当にわかってるんだろうか。
流されやすい世論に自分なりの考えなしにまわりが流されそうなのが嫌でイヤでしょうがない。
原子力が危ないから原発を止めろってのは単純すぎる思考なんだよ。マジで。
今回一番直撃をうけたのは、
福島第1原発じゃなくて、福島よりはるかに震源地に近かった女川原発だったんだ。
それなのに福島が暴走し始めた途端に
「だから原発は危なかったんだ。ほら今すぐすべての原子力発電所を止めろ。」
っていう思考になんのだけは納得いかねぇ。
別に原子力発電を推進したいわけじゃねーけど、
福島より震源地に近い女川が事故にならなかったことについてはみんなどう思ってんだ。
なんで女川が事故にならなかったのかはこっちを参照してもらうとして
今回の問題の本質は原子力の存在が是か非かじゃなくて
電力会社と政府が「リスクはゼロだ」と言い張ってきたこと、
事後が起きてからの対応が後手後手になったことに問題があると俺は思う。
そして、彼らにも悪意があるわけではなく、未曾有の事故に対応しきれてないだけだ。
原発で人が死ぬリスクはゼロじゃないさ。でも死ぬ可能性のあるものを禁止するべきなら自動車やタバコとかだって禁止しろって話じゃんか。警察署の前のボードみれば毎日誰かが交通事故でなくなってんだ。それが公にならないのは交通事故で人が死ぬことはありふれた1コマだからだ。
何度も言うけど原発を推進したいわけじゃ全然ない。1000ミリシーベルトが検出された福島はすげーあぶねー。福島のこと考えたら原子力発電所なんて元々生まれなかったらよかったのにとも思う。
ただ、世論に流されて思考のない反対数が増えていくのを黙ってみちゃいられねーだけだ。
原発に賛成とか
原発に反対とか
そういう簡単な問題じゃねーんだよ。
どうも反対意見聞いてると、原発問題の複雑さに対する認識が欠けているような気がしてならない。
原子力発電は安全だから推進せよってのも
原子力発電は危険だから廃止せよってのも間違ってる
原子力発電は危険だからその危険性に対処しつつ付き合い方を考えていくのが正しいあり方なんじゃないか。
そして、じゃぁこれからのエネルギー源をどうしていくかってことまで考えた上で、『今』原子力とどう付き合っていいくよ?ってのが大事。
忘れちゃいけないのが原子力発電所を廃炉にしても原発問題は解決しないってこと。
今すぐ止まったって放射能の危険が回避されるわけじゃない。
不安になるのは知らないからだ。よく調べもせず、イメージだけで漠然と怖がるのはやめよう。「原発暴走するの怖いから反対!!」じゃなく正しい知識と問題意識を持とうぜ。 どこからどこまでは技術的に解決できていて、何が本当の問題なのか、 また石油資源はいつまでもつのか、そうしたことを一人一人が認識していくことがきっと問題解決への第一歩なんだと思う。
とりあえず言えるのは俺たち試されてるみてーだってことだな。
この記事は良い記事。
さぁ、反対意見なんでもこいやーー!!
もうむちゃくちゃ原発について書きたくなったから書く。
脱原発デモ銀座で開催、1,300人が参加
明らかに原子力発電所撤廃に向かって世界が動いているけど、今この瞬間でも東京で生活できてるのは原子力発電所があるからってことをみんな忘れてねーか。
だから「貧しくなっても~」とか「江戸時代の生活に戻ってもいい」っていう考えだけには全く同意できねー。自分の消費生活が何によって支えられているのか深く考えたことあんのか
医療や救助の点でも電力があったからこそ救えた生命だってあるわけだし、原子力発電が火力発電よりもなぜクリーンなエネルギーって呼ばれるのか反対している人は本当にわかってるんだろうか。
流されやすい世論に自分なりの考えなしにまわりが流されそうなのが嫌でイヤでしょうがない。
原子力が危ないから原発を止めろってのは単純すぎる思考なんだよ。マジで。
今回一番直撃をうけたのは、
福島第1原発じゃなくて、福島よりはるかに震源地に近かった女川原発だったんだ。
それなのに福島が暴走し始めた途端に
「だから原発は危なかったんだ。ほら今すぐすべての原子力発電所を止めろ。」
っていう思考になんのだけは納得いかねぇ。
別に原子力発電を推進したいわけじゃねーけど、
福島より震源地に近い女川が事故にならなかったことについてはみんなどう思ってんだ。
なんで女川が事故にならなかったのかはこっちを参照してもらうとして
今回の問題の本質は原子力の存在が是か非かじゃなくて
電力会社と政府が「リスクはゼロだ」と言い張ってきたこと、
事後が起きてからの対応が後手後手になったことに問題があると俺は思う。
そして、彼らにも悪意があるわけではなく、未曾有の事故に対応しきれてないだけだ。
原発で人が死ぬリスクはゼロじゃないさ。でも死ぬ可能性のあるものを禁止するべきなら自動車やタバコとかだって禁止しろって話じゃんか。警察署の前のボードみれば毎日誰かが交通事故でなくなってんだ。それが公にならないのは交通事故で人が死ぬことはありふれた1コマだからだ。
何度も言うけど原発を推進したいわけじゃ全然ない。1000ミリシーベルトが検出された福島はすげーあぶねー。福島のこと考えたら原子力発電所なんて元々生まれなかったらよかったのにとも思う。
ただ、世論に流されて思考のない反対数が増えていくのを黙ってみちゃいられねーだけだ。
原発に賛成とか
原発に反対とか
そういう簡単な問題じゃねーんだよ。
どうも反対意見聞いてると、原発問題の複雑さに対する認識が欠けているような気がしてならない。
原子力発電は安全だから推進せよってのも
原子力発電は危険だから廃止せよってのも間違ってる
原子力発電は危険だからその危険性に対処しつつ付き合い方を考えていくのが正しいあり方なんじゃないか。
そして、じゃぁこれからのエネルギー源をどうしていくかってことまで考えた上で、『今』原子力とどう付き合っていいくよ?ってのが大事。
忘れちゃいけないのが原子力発電所を廃炉にしても原発問題は解決しないってこと。
今すぐ止まったって放射能の危険が回避されるわけじゃない。
不安になるのは知らないからだ。よく調べもせず、イメージだけで漠然と怖がるのはやめよう。「原発暴走するの怖いから反対!!」じゃなく正しい知識と問題意識を持とうぜ。 どこからどこまでは技術的に解決できていて、何が本当の問題なのか、 また石油資源はいつまでもつのか、そうしたことを一人一人が認識していくことがきっと問題解決への第一歩なんだと思う。
とりあえず言えるのは俺たち試されてるみてーだってことだな。
この記事は良い記事。
さぁ、反対意見なんでもこいやーー!!