永井愛『シングルマザーズ』観劇
二兎社『シングルマザーズ』を見た。
ものすごいよかった。
感想がかけない
すごい何かを感じてるのにこの感情をどう言葉で表現していいのかわからない。どう表現しようとしても言葉にした瞬間に陳腐になってしまう気がしてうまく書けない。
個人的な話になるが僕は今年で親父いない歴23年目に突入しようとしている。
ずっと母親と二人暮らしだった自分にとってシングルマザーの話を扱ったこの作品を劇場で観られたことがホント幸せに思う。前回の『かたりの椅子』もおもしろかったけど今回はあまりに、自分の育った環境にヒットした。
見終わったあと完全に震えていた。
なんでこんなに震えているのか自分でもわからないけど、いろいろ重なった結果、なんでこんなに涙がでてくるのか全くわかってない自分がいた。
昨日見た野田Map『南へ』は作家目線でうぉーすげーってなったけど、二兎社は観客として俺の感情をめちゃくちゃにしちまった。
もちろん、すごい個人的な経験が重なってこうなったのだからすべて の人が俺みたいになるわけじゃない。
けどたくさんの人にこの作品を観てもらいたい。
普通に観ておもしろいと思う。
観に行ってよかった。
もうこの感情になにかを上書きしたくないからなんもする気になれねー
ものすごいよかった。
感想がかけない
すごい何かを感じてるのにこの感情をどう言葉で表現していいのかわからない。どう表現しようとしても言葉にした瞬間に陳腐になってしまう気がしてうまく書けない。
個人的な話になるが僕は今年で親父いない歴23年目に突入しようとしている。
ずっと母親と二人暮らしだった自分にとってシングルマザーの話を扱ったこの作品を劇場で観られたことがホント幸せに思う。前回の『かたりの椅子』もおもしろかったけど今回はあまりに、自分の育った環境にヒットした。
見終わったあと完全に震えていた。
なんでこんなに震えているのか自分でもわからないけど、いろいろ重なった結果、なんでこんなに涙がでてくるのか全くわかってない自分がいた。
昨日見た野田Map『南へ』は作家目線でうぉーすげーってなったけど、二兎社は観客として俺の感情をめちゃくちゃにしちまった。
もちろん、すごい個人的な経験が重なってこうなったのだからすべて の人が俺みたいになるわけじゃない。
けどたくさんの人にこの作品を観てもらいたい。
普通に観ておもしろいと思う。
観に行ってよかった。
もうこの感情になにかを上書きしたくないからなんもする気になれねー
つまんねー芝居みちゃったな。
つまらん芝居を見た。
本気で書こう。ここで発散することしかできない。
――――――――――――――――――――
思えば立地から不安な予感はしてたのだ。
観劇歴5年の俺が聞いたことのない場所、
駅に着いて探しまわること5分。
迷う。
人通りは少なく、車の往来もない。
こんなところに劇場なんかあるのか。
あった。
普通にマンションだし
それも地下。たぶんスタッフらしき人が俺に気づいて慌ててタバコを消して誘導される。
絶対に嫌な予感
どんどん不安になってくる
劇場内は白いシートで覆われた真っ白な空間。
入って一番奥に客席。18畳くらいの空間の角にある簡易的な客席。
別にそれくらいはよくある。まぁよしとしよう。
観客数、ざっと15人。
少ない。不安しか感じない。
その瞬間「ああダメかも」と思いながらメガネをかける
演劇をマジで見るときはいつもメガネで見る。
戦闘体制。
椅子にあったパンフの束ではじめてこの芝居のチラシを見る。
「あ、間違いない」
ハズレの臭いがプンプンした。
だいたいチラシに対してどれほど情熱的かで観る気になるかならないか大きく変わる。
タイトル文字、やる気ない。この芝居がおもしろいわけがない。これでおもしろいなら字体の選択絶対間違えてる。
表紙。意気込みが感じられない。チラシは作品の顔だぞ
裏。配色が全くダメ。可読性と可視性を全く考えてない。
まぁ、いい。チラシなんて芝居の中のほんの一部でしかない。
当日パンフの下には用語解説がある。
いや、別に用語解説自体が悪いんじゃない。だが尋常じゃない量と辞書をそのまんま載せたような解説。
ポリス 都市
とか載ってる。
まぁギリシャ悲劇なんだから仕方がない。
それにしてもこれはお粗末すぎるぞ。もっとわかりやすい書き方あっただろ。
愛がないんだ。愛が。
開幕。
おばさんがでてくる。
遠目にも化粧が胡散臭い。
絶対に渋谷とかで「アンケートお願いします」とか言ってくる厚かましいタイプの人だ。
ハイヒールの音が気になる。
「本日はありがとうございます」
よくある挨拶だがその一言で失敗を確信した
そして当然のごとくギリシャの歴史を説明するおばさん。
完全においてけぼり。説明が何もこっちに入ってこない。
まるで校長先生の話のようなしゃべりだ。
受け手の存在を無視した演説は重罪だと思う。
そして、もし本当に歴史的な知識がこの先必要ならもうちょっと方法あるだろう。
演劇なんだから。
「はい、それでは劇がはじまります。」
あ、無理なやつだ。
劇という語彙を使う時点で退屈を強いられること間違いない
というか劇という語彙に失礼だ。謝れ。
おばさん、ギリシャの地図が貼ってあるボードをしまい、あろうことか俺のすぐそばに座る。
距離にして1m。どうやらプロジェクター(映像)を使うらしい。
映像。よくある前衛的なタイプ
苦手なんだこういうの。
劇がはじまる。
役者、自分の胸に役名の書いてあるプラカードをぶら下げてある。
サイテー。そうでもしないと成立しないのかこの芝居は。
まぁわかりやすいからいいや。確かにカタカナの名は覚えずらい
前提がマイナスから始まってるから役者の演技も腐って見える。
演技のために演技してる役者。基本的に厚かましい。こんなに近いのにそんな音量必要か。
どうせならつかこうへいばりにやってくれ。中途半端だ
途中、いきなりプロジェクターのところに座っていたおばさんが劇に参加する。
お前はひっこんでろと心の中で何度も繰り返す。
足音がヒールだから余計うるさい。というか足音を気にしない、音に鈍感な人間に俳優は向いてない。
役名のプラカードと当日パンフを見る。この人がやっぱり演出らしい。
つまらん
ああ、つまらない
これがこの芝居の全感想だ
退屈という魔王がこの空間を支配し劇場を暗黒の世界につなぎとめている
途中、コンロの火を使う。この炎が退屈で満たされたこの空間を燃やしてしまえばいいのに。とあらぬ妄想をしてしまう
話が全然入ってこないのであら探しをはじめる。
美術
最低。手抜きもいいとこ
空間の使い方が汚すぎる。こだわりを感じられない。
何もない空間ならもっと考慮の余地あるだろう。
いや、演技だけで見せる芝居なんだ
一生懸命前向きに考える
だがすぐにその気持ちを1m横でプロジェクターをいじってる魔女の存在感が萎えさせてしまう
まわりの観客を見渡す
彼らはこの芝居のつまらなさにまだ気づいてない
俺の感性がおかしいのか。
まぁ最初は退屈なのはしょうがない。。
30分経過。。
全くおもしろくなる兆しを見せない。
もうやだ
なんか世の中の何もかもが嫌になってきた
ただ怒りは不思議になかった
激しい嵐のような後悔が理性を抑え込んでいる
この感情を絵画に昇華できたらピカソの泣く女になるかもしれない
せめて寝よう
それも芝居のひとつの見方じゃないか
・・・ダメだ眠れない
こういうときに限って前の日に8時間くらい寝たからか全然眠くならない。
役者との近さも睡魔を妨げる。まぁ、この距離で眠られたらイヤだよね。
山道の長い長い木の階段を、機械のように頂上を見ず、足元だけみて
一歩一歩何も考えないで登るようにひたすら見続ける
別にこれが学生演出だったら全然いい。
あ、俺だったらここをこうなおすなという無数の演出ワークシートというか、算数ドリルのようになるからまだそっちのがマシである。
ここの演出は新宿であやしい勧誘をしてきそうな胡散臭いおばさんである。
なにがつまらなくてどう演出すればおもしろくなるのか自分の考えを全く持っていない。
もっと言ってしまえばなんで演劇という表現形態を選んだのか全く理解できない。
ミュージシャンはこの音が出したい、表現したいという欲求があるから自分がかっこいいと思う音を表現するために音楽を選んだのであり、
作家はこういう世界を文章で表現したい、という思いがあるから文学を選んだのであり
ダンサーはこの動きを魅せたいっていう欲求とかこの動きがキレイだっていう価値観があるから身体表現を選んだ。
演劇を選んでる以上、そこには表現欲求があるはずなのにそれが全くない。
これが学生だったら表現欲求はないかもしれない。そもそも自分の意図したものは伝わらないという経験をしないと表現欲求は湧いて来ない。
でも、この芝居の演出はおばさんだ。その年で演劇を選ぶからには何か理由があるんだろ??
不条理でもなんでもなくただつまらない芝居。
しかもこのおばさん、ときどき全く理解できないところで
クスクス笑う。
え?今のおもしろいか?と慌てて周りを見渡しても
真剣そうに見てる人とつまらなそうに見てる人がいるだけで
全然反応してない。
そうだよね♪そうだよね!!と思いながら芝居を見続けるとまたクスクス笑いだす演出。
もはや自慰行為を超えたマスターベーション。
完膚なきまでに客観的視点がない。
自業自得だった
軽率だった
迂闊だった
浮わついてた
バカだった
出会うべくしてこの芝居にでくわしてしまった
演劇界のためにという言い方を演劇が怒ってるような気がする
不本意という三文字が前頭葉の辺りでチカチカと点滅している
敗北という二文字が俺の背中にベッタリと張り付いている
何度、途中で退出しようと思ったかわからない。
今まで一度だけ、あまりにつまらなかったから本番中に退席したことはあったが、
今回は知り合いが出ている上に、
客席から退出するには舞台上のアクティングエリアを横切らなければならなかったために
閉幕まで全力で耐えるしかなかった。
15対1で九回表もう完全に負けの決まった試合。
つーか、完全にこのおばさんは原発を超えた悪だった。
そして耐え忍ぶこと数時間(のように感じた)
閉幕
役者が並んで一礼する。頭を下げるその行為が「こんな芝居見せつけてすいません」の詫びにしか見えない
久しぶりに退屈すぎる芝居だった。
おばさん「なおこの後いろいろお話する機会を持とうと思ってビール用意しました。」
魔女、というより悪魔、と思った
やめてくれ。マジで。完全に参加を強制してた。
「みんなでワイワイ話すことも芝居のひとつよ」という顔をしてた。確かにそうだがあんたに言われるとハラワタが煮えくり返る。
自由参加ではなく強制参加っぽかったがあまりに耐えられなかったから
知り合いに「帰っていい?」と聞いて出口に向かった。
無実の罪で捕まってようやく疑いが晴れて手錠を外されるように劇場から解放された
生きていくのが虚しい帰り道
3000円だった
だから観劇人口が減るんだよ。
停電の中、微かに光るネオンが悲しみの灯火で俺を照らしてるように見える
帰りの山手線はひどく空いていた。
本気で書こう。ここで発散することしかできない。
――――――――――――――――――――
思えば立地から不安な予感はしてたのだ。
観劇歴5年の俺が聞いたことのない場所、
駅に着いて探しまわること5分。
迷う。
人通りは少なく、車の往来もない。
こんなところに劇場なんかあるのか。
あった。
普通にマンションだし
それも地下。たぶんスタッフらしき人が俺に気づいて慌ててタバコを消して誘導される。
絶対に嫌な予感
どんどん不安になってくる
劇場内は白いシートで覆われた真っ白な空間。
入って一番奥に客席。18畳くらいの空間の角にある簡易的な客席。
別にそれくらいはよくある。まぁよしとしよう。
観客数、ざっと15人。
少ない。不安しか感じない。
その瞬間「ああダメかも」と思いながらメガネをかける
演劇をマジで見るときはいつもメガネで見る。
戦闘体制。
椅子にあったパンフの束ではじめてこの芝居のチラシを見る。
「あ、間違いない」
ハズレの臭いがプンプンした。
だいたいチラシに対してどれほど情熱的かで観る気になるかならないか大きく変わる。
タイトル文字、やる気ない。この芝居がおもしろいわけがない。これでおもしろいなら字体の選択絶対間違えてる。
表紙。意気込みが感じられない。チラシは作品の顔だぞ
裏。配色が全くダメ。可読性と可視性を全く考えてない。
まぁ、いい。チラシなんて芝居の中のほんの一部でしかない。
当日パンフの下には用語解説がある。
いや、別に用語解説自体が悪いんじゃない。だが尋常じゃない量と辞書をそのまんま載せたような解説。
ポリス 都市
とか載ってる。
まぁギリシャ悲劇なんだから仕方がない。
それにしてもこれはお粗末すぎるぞ。もっとわかりやすい書き方あっただろ。
愛がないんだ。愛が。
開幕。
おばさんがでてくる。
遠目にも化粧が胡散臭い。
絶対に渋谷とかで「アンケートお願いします」とか言ってくる厚かましいタイプの人だ。
ハイヒールの音が気になる。
「本日はありがとうございます」
よくある挨拶だがその一言で失敗を確信した
そして当然のごとくギリシャの歴史を説明するおばさん。
完全においてけぼり。説明が何もこっちに入ってこない。
まるで校長先生の話のようなしゃべりだ。
受け手の存在を無視した演説は重罪だと思う。
そして、もし本当に歴史的な知識がこの先必要ならもうちょっと方法あるだろう。
演劇なんだから。
「はい、それでは劇がはじまります。」
あ、無理なやつだ。
劇という語彙を使う時点で退屈を強いられること間違いない
というか劇という語彙に失礼だ。謝れ。
おばさん、ギリシャの地図が貼ってあるボードをしまい、あろうことか俺のすぐそばに座る。
距離にして1m。どうやらプロジェクター(映像)を使うらしい。
映像。よくある前衛的なタイプ
苦手なんだこういうの。
劇がはじまる。
役者、自分の胸に役名の書いてあるプラカードをぶら下げてある。
サイテー。そうでもしないと成立しないのかこの芝居は。
まぁわかりやすいからいいや。確かにカタカナの名は覚えずらい
前提がマイナスから始まってるから役者の演技も腐って見える。
演技のために演技してる役者。基本的に厚かましい。こんなに近いのにそんな音量必要か。
どうせならつかこうへいばりにやってくれ。中途半端だ
途中、いきなりプロジェクターのところに座っていたおばさんが劇に参加する。
お前はひっこんでろと心の中で何度も繰り返す。
足音がヒールだから余計うるさい。というか足音を気にしない、音に鈍感な人間に俳優は向いてない。
役名のプラカードと当日パンフを見る。この人がやっぱり演出らしい。
つまらん
ああ、つまらない
これがこの芝居の全感想だ
退屈という魔王がこの空間を支配し劇場を暗黒の世界につなぎとめている
途中、コンロの火を使う。この炎が退屈で満たされたこの空間を燃やしてしまえばいいのに。とあらぬ妄想をしてしまう
話が全然入ってこないのであら探しをはじめる。
美術
最低。手抜きもいいとこ
空間の使い方が汚すぎる。こだわりを感じられない。
何もない空間ならもっと考慮の余地あるだろう。
いや、演技だけで見せる芝居なんだ
一生懸命前向きに考える
だがすぐにその気持ちを1m横でプロジェクターをいじってる魔女の存在感が萎えさせてしまう
まわりの観客を見渡す
彼らはこの芝居のつまらなさにまだ気づいてない
俺の感性がおかしいのか。
まぁ最初は退屈なのはしょうがない。。
30分経過。。
全くおもしろくなる兆しを見せない。
もうやだ
なんか世の中の何もかもが嫌になってきた
ただ怒りは不思議になかった
激しい嵐のような後悔が理性を抑え込んでいる
この感情を絵画に昇華できたらピカソの泣く女になるかもしれない
せめて寝よう
それも芝居のひとつの見方じゃないか
・・・ダメだ眠れない
こういうときに限って前の日に8時間くらい寝たからか全然眠くならない。
役者との近さも睡魔を妨げる。まぁ、この距離で眠られたらイヤだよね。
山道の長い長い木の階段を、機械のように頂上を見ず、足元だけみて
一歩一歩何も考えないで登るようにひたすら見続ける
別にこれが学生演出だったら全然いい。
あ、俺だったらここをこうなおすなという無数の演出ワークシートというか、算数ドリルのようになるからまだそっちのがマシである。
ここの演出は新宿であやしい勧誘をしてきそうな胡散臭いおばさんである。
なにがつまらなくてどう演出すればおもしろくなるのか自分の考えを全く持っていない。
もっと言ってしまえばなんで演劇という表現形態を選んだのか全く理解できない。
ミュージシャンはこの音が出したい、表現したいという欲求があるから自分がかっこいいと思う音を表現するために音楽を選んだのであり、
作家はこういう世界を文章で表現したい、という思いがあるから文学を選んだのであり
ダンサーはこの動きを魅せたいっていう欲求とかこの動きがキレイだっていう価値観があるから身体表現を選んだ。
演劇を選んでる以上、そこには表現欲求があるはずなのにそれが全くない。
これが学生だったら表現欲求はないかもしれない。そもそも自分の意図したものは伝わらないという経験をしないと表現欲求は湧いて来ない。
でも、この芝居の演出はおばさんだ。その年で演劇を選ぶからには何か理由があるんだろ??
不条理でもなんでもなくただつまらない芝居。
しかもこのおばさん、ときどき全く理解できないところで
クスクス笑う。
え?今のおもしろいか?と慌てて周りを見渡しても
真剣そうに見てる人とつまらなそうに見てる人がいるだけで
全然反応してない。
そうだよね♪そうだよね!!と思いながら芝居を見続けるとまたクスクス笑いだす演出。
もはや自慰行為を超えたマスターベーション。
完膚なきまでに客観的視点がない。
自業自得だった
軽率だった
迂闊だった
浮わついてた
バカだった
出会うべくしてこの芝居にでくわしてしまった
演劇界のためにという言い方を演劇が怒ってるような気がする
不本意という三文字が前頭葉の辺りでチカチカと点滅している
敗北という二文字が俺の背中にベッタリと張り付いている
何度、途中で退出しようと思ったかわからない。
今まで一度だけ、あまりにつまらなかったから本番中に退席したことはあったが、
今回は知り合いが出ている上に、
客席から退出するには舞台上のアクティングエリアを横切らなければならなかったために
閉幕まで全力で耐えるしかなかった。
15対1で九回表もう完全に負けの決まった試合。
つーか、完全にこのおばさんは原発を超えた悪だった。
そして耐え忍ぶこと数時間(のように感じた)
閉幕
役者が並んで一礼する。頭を下げるその行為が「こんな芝居見せつけてすいません」の詫びにしか見えない
久しぶりに退屈すぎる芝居だった。
おばさん「なおこの後いろいろお話する機会を持とうと思ってビール用意しました。」
魔女、というより悪魔、と思った
やめてくれ。マジで。完全に参加を強制してた。
「みんなでワイワイ話すことも芝居のひとつよ」という顔をしてた。確かにそうだがあんたに言われるとハラワタが煮えくり返る。
自由参加ではなく強制参加っぽかったがあまりに耐えられなかったから
知り合いに「帰っていい?」と聞いて出口に向かった。
無実の罪で捕まってようやく疑いが晴れて手錠を外されるように劇場から解放された
生きていくのが虚しい帰り道
3000円だった
だから観劇人口が減るんだよ。
停電の中、微かに光るネオンが悲しみの灯火で俺を照らしてるように見える
帰りの山手線はひどく空いていた。
プラスとマイナス
本当の物事というのはプラスとマイナス2つでセットだと思う。
薬に治療効果があれば、
副作用の可能性もあるように、
投資にリターンがあれば、
リスクもあるように、
インターネットに有益な情報があれば、
有害な情報もあるように…
原子力発電所も火力発電や水力発電よりはるかに優れた点がありながら
事故が起きればものすごい危険なやつになる。そして事故が起きた。
原発のことに関して思うことを書こうと思って関連記事をネットや新聞で30くらい読んだけど、
調べれば調べるほどいろんな考えや想定外があったうえで今回の事故があるから俺とやかく言う事じゃねーな。
参照した記事も全部載せるつもりだったけどホントかどうかわかんねーもんや専門用語ばっかりでわかりずれーの、さらには「これがホントだとしたら他で言われていること全部ちげーじゃん」ってのもあるから下手に載せるのもやめた。
とりあえず福島県がなくなりかけていること、Fukushima 50と呼ばれる人々が命がけで日本の将来を守ったことだけは確かだ。
以下はそんな人間の姿。演劇人らしく、人間の姿を書くのが打倒かもな
福島第1原発の事故で、情報提供の遅れなど東京電力の対応に批判が集まる一方、最悪の事態を避けるため、危険を顧みず作業に当たる同社や協力会社の社員もいる。地方の電力会社に勤務する島根県の男性(59)は、定年を半年後に控えながら、志願して応援のため福島へ向かった。
会社員の娘(27)によると、男性は約40年にわたり原発の運転に従事し、9月に定年退職する予定だった。事故発生を受け、会社が募集した約20人の応援派遣に応じた。
男性は13日、「今の対応で原発の未来が変わる。使命感を持って行きたい」と家族に告げ、志願したことを明かした。話を聞いた娘は、家ではあまり話さず、頼りなく感じることもある父を誇りに思い、涙が出そうになったという。
東京電力側の受け入れ体制が整った15日朝、男性は自宅をたった。特別なことにしたくないと考えた娘は見送りはせず、普段通りに出勤した。「最初は行ってほしくなかったが、もし何かあっても、自分で決めたことなら悔いはないと思った」と話し、無事の帰宅を祈る。
男性の妻(58)は「彼は18歳の時からずっと原発の運転をしてきた。一番安全なものをやっているという自信があったんだと思う」と話す。出発を見送り、「現地の人に安心を与えるために、頑張ってきて」と声を掛けたという。
薬に治療効果があれば、
副作用の可能性もあるように、
投資にリターンがあれば、
リスクもあるように、
インターネットに有益な情報があれば、
有害な情報もあるように…
原子力発電所も火力発電や水力発電よりはるかに優れた点がありながら
事故が起きればものすごい危険なやつになる。そして事故が起きた。
原発のことに関して思うことを書こうと思って関連記事をネットや新聞で30くらい読んだけど、
調べれば調べるほどいろんな考えや想定外があったうえで今回の事故があるから俺とやかく言う事じゃねーな。
参照した記事も全部載せるつもりだったけどホントかどうかわかんねーもんや専門用語ばっかりでわかりずれーの、さらには「これがホントだとしたら他で言われていること全部ちげーじゃん」ってのもあるから下手に載せるのもやめた。
とりあえず福島県がなくなりかけていること、Fukushima 50と呼ばれる人々が命がけで日本の将来を守ったことだけは確かだ。
以下はそんな人間の姿。演劇人らしく、人間の姿を書くのが打倒かもな

福島第1原発の事故で、情報提供の遅れなど東京電力の対応に批判が集まる一方、最悪の事態を避けるため、危険を顧みず作業に当たる同社や協力会社の社員もいる。地方の電力会社に勤務する島根県の男性(59)は、定年を半年後に控えながら、志願して応援のため福島へ向かった。
会社員の娘(27)によると、男性は約40年にわたり原発の運転に従事し、9月に定年退職する予定だった。事故発生を受け、会社が募集した約20人の応援派遣に応じた。
男性は13日、「今の対応で原発の未来が変わる。使命感を持って行きたい」と家族に告げ、志願したことを明かした。話を聞いた娘は、家ではあまり話さず、頼りなく感じることもある父を誇りに思い、涙が出そうになったという。
東京電力側の受け入れ体制が整った15日朝、男性は自宅をたった。特別なことにしたくないと考えた娘は見送りはせず、普段通りに出勤した。「最初は行ってほしくなかったが、もし何かあっても、自分で決めたことなら悔いはないと思った」と話し、無事の帰宅を祈る。
男性の妻(58)は「彼は18歳の時からずっと原発の運転をしてきた。一番安全なものをやっているという自信があったんだと思う」と話す。出発を見送り、「現地の人に安心を与えるために、頑張ってきて」と声を掛けたという。