役者・パフォーマーぎつをのブログ -15ページ目

安定したら普通になってしまうから

こなすと腐る

ホントに演技って生もんだよなぁ

昨日よかったもんを追う時点で、それは記憶の演技なわけでセリフを追ったら身体の躍動がなくなってくる。

影響され方がまるっきり変わってしまって

演技が普通になってきてしまって
よかったときの状態も
全くウケなかった時の演技がどんな瞬間だったのか全てわかるから
こういう演技じゃないから長いなぁって思ってしまうのになぁって見ながらなにもできないのが悔しい。


作品ごとに求められる演技が違うし

どういう風にすればおもしろかったのか
口でいくら伝えても身体が理解してくれるまで伝えきれないところに未熟さを感じる。


まぁ、台本なんてあってないようなものだからから
ストーリー的な面白さは全くない。

ちゃんと考えられた脚本があればそれをふくらますことはできるけど
今回は内容が全くねーし脚本のおもしろさというよりは
役者のギリギリな演技というか生の身体だけが肝だから
難しいなぁって思うけどすげーお客さんの反応がダイレクトにわかるからありがたい。

構成もいろいろ勉強になる。
ここでコケると次の作品全くダメになるとか。
いろんなことがわかる。

ちなみに俺の好きなもののひとつにPeeping Lifeってのがあるんだけど





みたいな作品を脚本化してただ繰り返すとこうなる。






ね。ぜんぜんおもしろくないでしょ?



ちなみに俺の好みはこんな感じ





んで、こんな感じの作品とかいろいろです。
最初、こういう感じの作品を目指して設定だけ与えてあとはアドリブなんだけど
これがコケるとその後全体に影響する。

本当にきてくれるお客さんに感謝の気持ちでいっぱいになる。


ホントありがたい限りや♪

演劇廉価版

正直に言おう。
15時の回は大失敗だった。

そして、あることを変えた。

19時の回はものすごい大ウケだった。


ホントに観客が演劇を完成するなって実感する。
つーか本当の意味がわかってきた。

しかも劇場で投げ銭制を体験できたからいろんな発見があって超楽しい♪

回によって集まる額が全然違うのもスゲー勉強になる。

やっぱりやりとおしてよかった♪

今年になってずっと思ってることなんだけど、
演劇って廉価版がないよなーって思っていて

1.文学って文字が読めれば鑑賞できるわけで、

単行本の廉価版が文庫化だったりする。

個人的には持ち運びやすいし軽いから文庫の方が好きだし。

それに名作と呼ばれるものでも図書館で借りられる。

鴎外や漱石なんて普通にある。

まぁ、明治の文豪はカーニングやトラッキング、禁固処理までこだわってたらしいけど。

確か、たしかこれ谷崎 潤一郎から聞いた話なんだけど
文章の中で漢字の配置まで気を使ってたらしいよ。彼。

あ、教科書で読んだとかは鑑賞したうちにはいらないからね。


2.映画は映像と音があれば鑑賞できるわけで、

さらに映画の廉価版はDVDなわけで。

TSUTAYAとかでレンタルできれば限りなく安い値段で映画鑑賞ができる。

ちなみに地上波などのTV放映はもはや映画鑑賞の域ではないとは思っていて。


3.音楽は耳が聴こえれば鑑賞できるわけで、

でも、本当にイイものはコンサートなどの生演奏だったりするけど

それの廉価版がCDなわけで。

これまたTSUTAYAとかでレンタルが可能だよね。

でもさ、でもさ。

演劇って適当な廉価版がないわけよ。

映像にした時点でそこには誰かの編集という目線が生まれるし、

映像に写らないものが演劇のおもしろさだったりするわけで。

じゃぁ、どうにかできないかなーってずっと思ってたけど、

ちょっとひとつの答えが見つかった。


だって劇場でしかできない演劇の表現を見つけたし
これは演劇にしかできないってはっきり思うし、
完全後払いの投げ銭制度だからホントに敷居は低いわけだし、
なおかつ演劇の武器を思いっきりつかった。

あと2日。マジたのしー

予約なんていらねーからこれたらきちゃいなよー!

5月14日(土)
15:00~
19:00~

5月15日(日)
15:00~

チケット料金、終演後投げ銭制

劇場 中野スタジオあくとれ(中野駅より徒歩6、7分)

スタジオあくとれまでの道順のページ
http://studioactre.sunnyday.jp/actremap.html
携帯などのディスプレイサイズに合わせた地図はこれ
http://studioactre.sunnyday.jp/actremobile.html

謙虚さとわがままの中間

今作ってる作品の中のひとつに『あの男ならできるかもしれない』というものがあるのだけど、
これは役者の演技が見ている人の想像力を呼び起こした時に笑いが生まれるという作品だ。

つまり、役者の演技が観客の想像力を刺激したときにはじめて笑いが起こる構造になっている。
これ難しいのが、ちょっとでも役者が演技欲を見せた瞬間に全く笑えなくなる作品なんだ。
この作品のとある発話が少しでも想像できたときにおもしろくなる。
まぁ、文章じゃ説明できね。

とりあえず今は
「自分が面白いと思うこと」かつ
「他人が面白いと思うこと」を対立させないための作業がすげー大変。

ただ、「お客様は神様だ」というへりくだった態度と
「作り手はやりたいことをやるんだ」の傲慢さの中間に
観客の想像力があって
その想像力が劇場空間を満たした時に演劇が生まれると思うのね。

まぁ想像するための仕掛けはいくつも用意したのであとは本番にならねーとわかんね。


この記事 の楽しみ代という概念や宮崎駿、浦沢直樹の言葉
Appleの
イノベーションとは
「今にない、新しいものを作ること」ではなく、
「未来にある普通のものを作ること」である。
ってとこらへんにはかなり影響受けた。

とりあえず過去の自分がみたかったものにはなってきた気はする。



あとはどれだけの対価を感じてもらうかがかなり大きな賭けだな。

まぁ実際に劇場にきてもらうしか説明できない作品ばかりにした。