睡魔に打ち勝ち体力も減らない方法ないかな
あー、必死。ホント。
そして、だんだんと求めるレベルのもんになってきた。
役者さんの応え方には頭が下がる。
お蔭様でいいもんになりそうな気配がプンプンするぜ。
そして、とうとう25歳になっちまった。
一番イヤなのはU24のチケットで公演が見れなくなることだな。
ホント死活問題。
学生でもU24でもなくなったのに収入全然かわんねー。
マジ焦るぜ。
しかも俺の誕生日かつ母の日ってときに3年に一度くらいの大喧嘩しちまった。
感情的になりながらも
冷静な俺がこのまま喧嘩しとけ、作品に良い影響与えるかもしれないと
怒りをひっこめなかった自分が少し怖い。
もう俺、最悪だな。
どんなことしてでもいい作品にしてやる。
俺は本気だ。
そして、だんだんと求めるレベルのもんになってきた。
役者さんの応え方には頭が下がる。
お蔭様でいいもんになりそうな気配がプンプンするぜ。
そして、とうとう25歳になっちまった。
一番イヤなのはU24のチケットで公演が見れなくなることだな。
ホント死活問題。
学生でもU24でもなくなったのに収入全然かわんねー。
マジ焦るぜ。
しかも俺の誕生日かつ母の日ってときに3年に一度くらいの大喧嘩しちまった。
感情的になりながらも
冷静な俺がこのまま喧嘩しとけ、作品に良い影響与えるかもしれないと
怒りをひっこめなかった自分が少し怖い。
もう俺、最悪だな。
どんなことしてでもいい作品にしてやる。
俺は本気だ。
9日間でできること
演劇の現場にいると稽古場受けという稽古場だから笑えるものが出てくる。
今回は脚本も何もなく稽古場から生まれた面白いものをそのまま舞台で持っていこうという趣旨でやってたりする。
この笑い、そのまま舞台に持ってけねぇかなぁと言うのが最初の出発点だが、なかなか面白いもんになってきた。
稽古場にいる人間は試行錯誤の過程を一緒に体験しているが故に例えば「あいつここを演出家に指摘されてたけどどうするかな」って視点で見る。
それが稽古場全員の期待の目線に変わった時に大爆笑になったりする。
演劇だからできる笑いってものをずっと追求していて、それがなかなかカタチになってきた気はする。
単発のギャグじゃなくて演劇だと「うん」といううなずきだけで笑えるチカラを持っていて
それは観客と舞台の間にイメージが共有されたときに起こるものであって
なにもない空間にその空間以外のイメージが発生したときに演劇になる。
パントマイムやっているとつくづく思うけど、
言葉を使わなくてもイメージが共有した時になんの音声もない空間から笑いは発生したりする。
まぁ、音に3年ほどこだわって生きてきたから音を使わないわけではないけど。
というか「観客が演劇を完成させる」って言われている本当の意味がわかってしまったために実験心から観客の反応によってアタリハズレが激しい構成にしたんだけど、
サラリーマンネオ、ピーピングライフ、吹越満、山本光洋、が~まるちょば、イッセー尾形、バスターキートン、チャップリンに笑ったことのある人は楽しめると思うぜ。
あ、はじめに言っておくけど内容とか伝えたいテーマとかは全くない。
物語でしか作品を楽しめない人には?がいっぱいでなんなのかわからないかもしれない。
演劇が発生する瞬間にこだわった作品にしたから。
3分~10分くらいの作品を10本ほどやるのだけど、
いきなりクライマックスからはじまる作品もあれば、
コメディストアというよりピーピングライフ寄りのアドリブ作品もある
コレナンダパンダは正直万人向けに作っていたけど
今回は路線を変えた。
全体で1時間くらい。
しかも、お客さん次第で役者の演技が変わってめちゃめちゃおもしろくなる可能性もあればめちゃめちゃつまらなくなる可能性もある。
だから今回はチケット料金をあとで回収する。
つまらなかったらチケット料金はいただかない。
時間は返せないけどチケット料金はカンパ制。
『コレナンダパンダ改め「やってやるぜ!!」』
是非見に来てくださいm(_ _)m
つまらなければお金は入りませんので。
今回は脚本も何もなく稽古場から生まれた面白いものをそのまま舞台で持っていこうという趣旨でやってたりする。
この笑い、そのまま舞台に持ってけねぇかなぁと言うのが最初の出発点だが、なかなか面白いもんになってきた。
稽古場にいる人間は試行錯誤の過程を一緒に体験しているが故に例えば「あいつここを演出家に指摘されてたけどどうするかな」って視点で見る。
それが稽古場全員の期待の目線に変わった時に大爆笑になったりする。
演劇だからできる笑いってものをずっと追求していて、それがなかなかカタチになってきた気はする。
単発のギャグじゃなくて演劇だと「うん」といううなずきだけで笑えるチカラを持っていて
それは観客と舞台の間にイメージが共有されたときに起こるものであって
なにもない空間にその空間以外のイメージが発生したときに演劇になる。
パントマイムやっているとつくづく思うけど、
言葉を使わなくてもイメージが共有した時になんの音声もない空間から笑いは発生したりする。
まぁ、音に3年ほどこだわって生きてきたから音を使わないわけではないけど。
というか「観客が演劇を完成させる」って言われている本当の意味がわかってしまったために実験心から観客の反応によってアタリハズレが激しい構成にしたんだけど、
サラリーマンネオ、ピーピングライフ、吹越満、山本光洋、が~まるちょば、イッセー尾形、バスターキートン、チャップリンに笑ったことのある人は楽しめると思うぜ。
あ、はじめに言っておくけど内容とか伝えたいテーマとかは全くない。
物語でしか作品を楽しめない人には?がいっぱいでなんなのかわからないかもしれない。
演劇が発生する瞬間にこだわった作品にしたから。
3分~10分くらいの作品を10本ほどやるのだけど、
いきなりクライマックスからはじまる作品もあれば、
コメディストアというよりピーピングライフ寄りのアドリブ作品もある
コレナンダパンダは正直万人向けに作っていたけど
今回は路線を変えた。
全体で1時間くらい。
しかも、お客さん次第で役者の演技が変わってめちゃめちゃおもしろくなる可能性もあればめちゃめちゃつまらなくなる可能性もある。
だから今回はチケット料金をあとで回収する。
つまらなかったらチケット料金はいただかない。
時間は返せないけどチケット料金はカンパ制。
『コレナンダパンダ改め「やってやるぜ!!」』
是非見に来てくださいm(_ _)m
つまらなければお金は入りませんので。
最後の悪あがき
せっかく全員役者が揃って、しかもめちゃくちゃ理想な役者がそろったから
絶対にいいもんできるって確信だけした矢先に
役者がひとり降りた。
それに対して言い訳する気も弁解する気もない。
そして、『コレナンダパンダ』は封印することにした。
やっぱりあいつ抜きでこの作品やることはしたくないって気持ちに嘘はない。
ただ、最後までやってみないとわからないじゃないかって気持ちだけはずっとあった。
自分が間違ってると思うこともたくさんあったし、
正直3月の段階でやめておけばよかったと思ったのも何度もあった。
ただ、5月にできねーなら俺はもうコレナンダパンダできないだろうなっていう正直な気持ちが強かったし、一年前からいろんな準備してやりきるにやりきれない状況に「俺もう限界だな」って思ってたし。
そして、期間の短さゆえにいろいろやろうとしていたことも満足にできなかったのも本当のところ。
ただ、日々思うことはすげーあったし、相当いろんなことを勉強させてもらった。学生んときじゃ見えなかったいろんなことも見えるし、役者しかやってなかったらこのままなんにもなれずに終わってたなって思う。
そして、ここで言わせてもらうのも卑怯なことだけど、俺は覚悟がたりなかったとか言われるのが一番許せない。
昨日までの俺として接するなよ。ホント。毎日着実に考えてることも変わってるし
その時その時で一番最善だと思う行動とってるんだ。
なんか、「舞台はこうあるべき」とか「主催ってこうするべき」っていう型にはまった自分の世界を押し付けられるのが一番腹がたつ。
そりゃ間違ったこともするし、間違ってることは素直に反省するけど、
今回のことは誰が悪いとかじゃなくて前例がない状況が起きて、それでもみんなが必死に最善尽くしてきたんだ。
「今までと違うから」とか「そんなんじゃ無理だ」って簡単に言うなよな。
そういう批判する奴はたいてい相手の立場理解する気ないから結局何も変わらないんだよ。
このままじゃお客さんを呼べる良い公演にできないために中止しますっていう方が聞こえがいいし、どれだけ簡単なことか。
あー!ちきしょう。主催としてしか話できなかったのが今でも悔しい。
結局主催のマスクつけたまんまで下鳥遊として腹わって対等に話せなかったのがホント悔やまれる。
ただ、そのことに気づかせてくれたのにはすげー感謝してるけど。
もっといいたいこといえばよかった。主催に徹してきすぎて本当の俺を捨ててた。
そして、俺かわいそうだったな。
でも、失うもん失ったら全部吹っ切れた。
もう次回や未来のことは考えずに、今どうしようかなって考えた。
昨日、残った役者と飲んでて「そういえば、劇場のキャンセル料ってどうなるんですか?」って聞かれて「あー、キャンセルしても26万円支払いますね」って話したら
そのまま劇場使っても使わなくても変わらないならなんかやりましょうって話になった。
確かにスケジュール空いてる役者がいて劇場使っても使わなくても変わらないならなんかしたい。
そしていくつかやりたい草案はあるんだ。
残り2週間で。
最後の最後に思いっきり失敗してやる。
完全に24歳の若さだからできることをね。また決まったらここに書きます。
絶対にいいもんできるって確信だけした矢先に
役者がひとり降りた。
それに対して言い訳する気も弁解する気もない。
そして、『コレナンダパンダ』は封印することにした。
やっぱりあいつ抜きでこの作品やることはしたくないって気持ちに嘘はない。
ただ、最後までやってみないとわからないじゃないかって気持ちだけはずっとあった。
自分が間違ってると思うこともたくさんあったし、
正直3月の段階でやめておけばよかったと思ったのも何度もあった。
ただ、5月にできねーなら俺はもうコレナンダパンダできないだろうなっていう正直な気持ちが強かったし、一年前からいろんな準備してやりきるにやりきれない状況に「俺もう限界だな」って思ってたし。
そして、期間の短さゆえにいろいろやろうとしていたことも満足にできなかったのも本当のところ。
ただ、日々思うことはすげーあったし、相当いろんなことを勉強させてもらった。学生んときじゃ見えなかったいろんなことも見えるし、役者しかやってなかったらこのままなんにもなれずに終わってたなって思う。
そして、ここで言わせてもらうのも卑怯なことだけど、俺は覚悟がたりなかったとか言われるのが一番許せない。
昨日までの俺として接するなよ。ホント。毎日着実に考えてることも変わってるし
その時その時で一番最善だと思う行動とってるんだ。
なんか、「舞台はこうあるべき」とか「主催ってこうするべき」っていう型にはまった自分の世界を押し付けられるのが一番腹がたつ。
そりゃ間違ったこともするし、間違ってることは素直に反省するけど、
今回のことは誰が悪いとかじゃなくて前例がない状況が起きて、それでもみんなが必死に最善尽くしてきたんだ。
「今までと違うから」とか「そんなんじゃ無理だ」って簡単に言うなよな。
そういう批判する奴はたいてい相手の立場理解する気ないから結局何も変わらないんだよ。
このままじゃお客さんを呼べる良い公演にできないために中止しますっていう方が聞こえがいいし、どれだけ簡単なことか。
あー!ちきしょう。主催としてしか話できなかったのが今でも悔しい。
結局主催のマスクつけたまんまで下鳥遊として腹わって対等に話せなかったのがホント悔やまれる。
ただ、そのことに気づかせてくれたのにはすげー感謝してるけど。
もっといいたいこといえばよかった。主催に徹してきすぎて本当の俺を捨ててた。
そして、俺かわいそうだったな。
でも、失うもん失ったら全部吹っ切れた。
もう次回や未来のことは考えずに、今どうしようかなって考えた。
昨日、残った役者と飲んでて「そういえば、劇場のキャンセル料ってどうなるんですか?」って聞かれて「あー、キャンセルしても26万円支払いますね」って話したら
そのまま劇場使っても使わなくても変わらないならなんかやりましょうって話になった。
確かにスケジュール空いてる役者がいて劇場使っても使わなくても変わらないならなんかしたい。
そしていくつかやりたい草案はあるんだ。
残り2週間で。
最後の最後に思いっきり失敗してやる。
完全に24歳の若さだからできることをね。また決まったらここに書きます。