昔からある諺である。意味は「全く根拠がなければ噂は立たない。噂が立つからには何か根拠があるはず」ということである。これ自体は決して間違ってはいない。実際に煙が立っている以上、その煙の出所に何らかの火元があるに決まっている。当然の話である。そして、噂が立つにも何かそんな噂が立つような原因があるはずなのも、これも間違いない──なので、噂を立てられた側がどんなにそれを否定しても、また実際その噂の根拠が不明な状態であっても、この『火のない所に煙は立たず』という諺を盾に噂を信じて噂の当事者を色眼鏡で見てくる人はたくさんいるし、それを払拭することもとっても困難である。実際に煙を立ててる火元が何かはわからなくてもどこかに間違いなく存在してるのは確かなのだから、噂と言うのは立てられ損である。 しかし、噂を元に当事者を責めてる人たちがその煙の“火元”を確認しようとしてる例はあまり聞かない。「何か根拠があるはず」のその根拠が何かが決定的に重要なはずなのに、そこを問題にする人があまりいないのは、大いに問題だと思うのだが…。 実際に火元を確認してみると、実はこんなことやこんなことだったなんて例は、別に僕が特別なわけではなく大抵の人には多かれ少なかれあることだろう。僕的には「ふざけんなよ、ったく」ではあるが、でもそこに火元が存在してるのは確かなわけで、その結果として煙が立ってるわけである。たとえ火元が普通にキッチンのグリルで立ち上ってる煙が焼き魚のものであってもそれを「焦げ臭い、何か燃やしてるだろう!」と感じたり、アロマテラピーでお香を焚いて立ちのぼる香りを「異臭がする」と感じたりする人がいて、その人の叫び声が元で近所の人たちが集まってきて騒げば、それで立派なボヤ騒動成立。こんな「アホな」なことであっても、状況によっては騒ぎを鎮静化させるのが非常に困難になったりするわけだ。 もちろん、最初に騒ぎたてる人にもそれに乗っかって騒ぎに加わる人にも、上述のような類の“火元”のひとつやふたつは存在するわけで、そこから煙が立ってしまって自身が変な噂の渦中に立たされてしまう危険性は大いに認識しなければならない。そう考えれば、いたずらに他所様の煙を必要もないのに誇大に騒ぎ立てるのは、同様の事態が自身に跳ね返ってきたときのことを考えればやめとこう、ってなりそうなものだが、何でみんな煙を見て喜んで騒ぎたがるのだろうか…? その煙が自分の家でも普通に立つようなものか異常な不審火なのか突き止めもせずに一緒くたにして「火のない所に煙は立たず」で囃したてるのは、ある意味放火と同レベルの犯罪的悪趣味なのではなかろうか? そんな、悪趣味な方々へ、山口県周南市出身の保見なんとかさんの有名なこの言葉を謹んでお送りいたします──「つけ火して 煙喜ぶ 田舎者」 |
朝ドラ『あまちゃん』が空前の大ヒットドラマになったのはもう6年前。この番組でブレイクした俳優が能年玲奈(現・のん)、橋本愛、有村架純、松岡茉優、福士蒼汰等何人もいるのはもちろんだが、ヒロインがアイドルグループの一員としても活躍する物語であるこのドラマからは、劇中歌から天野春子『潮騒のメモリー』とアメ横女学園『暦の上ではディセンバー』というアイドルソングの2大ヒット曲も生まれている。他にもヒロインの母親も夢破れた元アイドル志望という設定で、若き日のエピソードのストーリーの中で昭和末期のアイドルソングも何曲かクローズアップされ、同世代である僕的には涙が出るほど懐かしかったし、その元アイドル志望の母が親の立場でアイドルの娘を厳しくも優しく見守る場面も多く見られて、その心情もこちらにも書いた現在僕自身がアイドルの子たちを見る時の気持ちとかなり通じるものがあり、この『あまちゃん』はいろんな意味で僕的にどストライクなドラマだった── で、その後現在にいたる状況がどうかというと──主演ののんは御存知の通り事務所トラブルで開店休業状態が続き、母親の元アイドル志望役で役名の天野春子クレジットで上述曲をヒットさせた小泉今日子も不倫騒動で表舞台から姿を消して数年になる。上述、アメ横女学園の“影武者”として実際に歌唱をしていたベイビーレイズも、一瞬名が知れてブレイクのきっかけをつかんだかに見えたが後が続かず、ユニット名をベイビーレイズJAPANに変えたりじながら地道に頑張ってはいたものの、結局解散してしまった──ぶっちゃけ、上述の2曲、どんな歌だったか覚えてないなんて人もいたりするんじゃない? ──劇中のアメ横女学園及びその中の地方出身者を集めたGMT6などは、言うまでもなくAKBグループをモチーフにしてるわけだが、人気メンバーが次々卒業して後がなかなか続いてないのはこちらも同様で『恋するフォーチュンクッキー』の様々なバージョンのPVが作られた6年前のこの当時の勢いには現状はるかに及ばない状況に、今年初めのNGTの一連の件が追い打ちをかけてしまい、最近は公式ライバルである乃木坂46のみならず欅坂46にも追い抜かれてる状態で、下降線をたどる一方である。 こうしてみると、あの朝ドラのヒットは、さながら“あまちゃんバブル”とでも言える現象だったんだな。そして崩壊後の惨状までもがバブルそのもの。ドラマ内で描かれたアイドル内の栄枯盛衰を、ドラマ外でも見せつけてくれるとは──脚本のクドカンさんパねえっす…、ってその宮藤官九郎さん自身、現在手がける大河ドラマ『いだてん』が絶不評というダメ押しまでついてるというw そういえば前回の記事で取り上げたあの人(前回同様敢えて個人名は出しませんw)も、GMTメンバー行きつけの寿司屋の大将役で出てましたっけ…。 |
先々月くらいから世間を騒がせている、一連の“闇営業”問題にニュースを追っている過程で、僕もこれを知ってびっくりしたのだが──吉本興業のお笑い芸人たちって、吉本とは正式な雇用関係にはないらしい。それどころか契約に当たって書面すら交わしてないらしい。言ってみれば芸人たちはいずれも“個人事業主”であり、吉本からの業務を請け負うという立場なのだそうである──もう15年以上も前に書いたこちらの記事にある軽貨物ドライバーと同じである。当時の記事では「委託請負を開始するに当たり契約書は当然会社と交わしてて締め日と支払日、支払い方法は絶対明記されてるはず」と書いた。しかし吉本と芸人の間にはそれすらもないという。これでは所属してると言えるかどうかも疑問である── 先の記事の軽貨物ドライバーは、あくまで軽貨物運送業者からの業務委託であって、それさえ完璧にこなしていれば、余暇で会社とは別に自ら取ってきた仕事をしても別に咎められないし、また咎める筋合いも会社にはない。もしもそれを契約で謳うのであれば、生活できるだけの収入を保証する責任が生じてしまう。それをせずに専属を強要しては、おそらく法にも反するはずだがそれ以上に人倫に反するだろう。まして契約の書面すら交わしておらず、またギャラが数百円なんて事例が実在するのであればなおのことである。会社から出されるギャラで生活できず、食うために他所で仕事することを咎める資格など法的にも倫理的にもないし、実際所属芸人の飲食店やカラオケ店でのバイトにも事務所は何も言ってる様子はない──芸人が自力で取ってきた仕事で自身の芸を披露して収入を得ることを、しかも食うためにそうせざるを得ない状況に追い込んでる側が咎めるとは一体どういうことか? 個人事業主である芸人にとっては、その営業は闇でも何でもない、単なる営業でありそれ以上でも以下でもない。 ──となると問題は、その“闇”営業先が詐欺集団であり、彼らが被害者から騙し取った金からギャラを受け取ったこと、という一点になるのだろうか…。被害者がいることを考えれば、個々の芸人たちは責任は感じて反省すべきだろうし、社会的には咎められるべきかも知れない。それら反社相手に得た報酬を申告して納税してる様子もなさそうだから、それも含めて刑法的にアウトな部分に関しては償わせる必要もあるかも知れない──しかしそれを咎めたり処罰したりするのは吉本興業ではない。吉本興業は食い詰めた彼らを“闇”営業に追い込んだ側である。どのツラ下げて謹慎処分なんて下してるのよ。 芸人たちにコンプライアンスを何度か説いてきた云々にしても、上述の契約関係を考えれば吉本がそこまでする筋合いはなく芸人の責任で考えさせればいい。そもそもちゃんとした契約関係で管理されてれば闇であろうとなかろうと芸人が自力で営業する必要もないし、その過程でその種の組織と関わりを持つハメにも陥らないわけだから。芸人の待遇を改善することは、結局は吉本興業にとってもプラスになることだと思うぞ──今の形態を変えるつもりはない」と吉本の会長さんは、この期に及んでも豪語してたのだが…。 ──しかし、当事者の大物芸人2人の事務所を通さない記者会見と、それを受けての社長の会見でさらに風向きが大きく変わってしまったようで、吉本興業側への風当たりが一段と強まってしまったようだが…、所属芸人たちが会社側への反発を隠さなくなってきてるのもさることながら、社長と会長がそれぞれ表明した見解も食い違ってしまってるわけで、上層部のツートップの意見が食い違ってしまったことになる。そんな現状で社長の言う“芸人ファースト”とやらは可能なのだろうか? 社の統一方針としてもそうであるが、何より所属芸人たちがついてくるだろうか? とにかく状況が二転三転するので、このニュース、最新情報に追いつくのが大変である── |
トランプ大統領の来日、国技館での大相撲観戦で場所前から話題が沸騰した夏場所、白鵬が初日から休場を決め、新大関の貴景勝もまさかのケガで途中休場、他の横綱大関もパッとしない状況の中で、場所を制したのは何と平幕の朝乃山であった──入門時からかなり期待されていた力士だし、実際三段目付け出しデビュー以後の出世も順調でとんとん拍子に幕内まで上がったものの、入幕後はもうひとつパッとせず、平幕を上下する場所が続いており、夏場所も前頭8枚目で上位との対戦もないまま勝ち星を重ねた末の優勝であった。それが影響したのかどうか、新三役も十分望める状況であったがそちらは竜電にさらわれ、名古屋場所は前頭筆頭止まりである。まあ、今回は残念だったけど彼ならばこれから先いくらでも新三役のチャンスはある…、いや、もっと上のさらに上を目指して欲しい力士ではあるのだが。 ──で、千秋楽が終わり、表彰式である。この場所に限り設けられたアメリカ大統領杯を、トランプ大統領自ら土俵に上がり、朝乃山に渡したのだった…。思いがけない初優勝で、もちろん初めての表彰式というだけでも、彼の力士経験を考えればかなり緊張するであろうに、その表彰式が世界的、歴史的な出来事になるわけだ。晴れがましいという気持ちよりはプレッシャーの方が強かったのではなかろうか。見た限りでは何とか無難に乗り切ったようではあるが…。 問題は、名古屋場所以降である。夏場所の優勝がまぐれの幸運だったのか真の実力だったのかの試金石が名古屋場所であった。夏場所とは違って前頭筆頭の名古屋場所は最初からガンガン上位力士と対戦するし、白鵬も休場明けで復帰する状況。もちろん連続優勝だなんてわけにはいかないし、春場所までの伸び悩み状態から考えてもそんなに急激な変化は期待しない方がよい。僕の当初の予想としてもあまりパッとはしないだろうな、というのが正直なところであった──名古屋場所に関して言えば、僕の予想通りになったわけだが…。 もちろん、だからと言って夏場所の優勝がまぐれだなどと言うつもりは全くない。もともとの素質と夏場所の地位からすればそのくらい勝ってもいい力士ではあるし、星の巡り合わせで優勝になったってことだろう──しかし相撲をよく知らない外野の野次馬ファンからは「やっぱまぐれだよなぁ」みたいな声が聞かれることはあるだろうな…。それは若手の平幕優勝力士にありがちなことではあるが、なにしろトランプさんのおかげで、その声が海外からも聞かれるかも、と思うとプレッシャーも誰もが感じるであろうそれとはひと回りもふた回りも違うのでは?などとも思えてきたりする。 夏場所のトランプさんの国技館観戦の是非についてはあまりここでは突っ込まないけど、貴賓席ではなくマス席を占有したことといい、その割には感染したのは上位の数番だけだったことといい、表彰式で土俵に上がるためにスロープ設置したりしたことと言い、何かと賛否両論を呼ぶところが多かっただけに、よくも悪くも印象を強く残した千秋楽であったのは間違いなく、幸運な初優勝と同時に、相撲史上初めて(ことによると最初で最後、相撲史上唯一になる?)アメリカ大統領から優勝杯を受け取った男になってしまったわけだから、その後の成績とそれに伴う番付地位も、それに付随して後々語り継がれることは間違いない。朝乃山よ、このとてつもないプレッシャーに、どうやって打ち勝つ? ──と、まだ名古屋場所1場所の経過を見ただけなので、これで幸運か実力かを判定することはもちろんできない。結論を出すのは早計なのはもちろんわかってて、来場所以降を長い目で見ることにしたいと思ってはいるが…、彼に立ちはだかるトランプさんからの賜杯授与の体験は、果たして彼にとってどちらに転ぶだろうか。 |
昨年フジの月9枠で放送された『コンフィデンスマンJP』の主題歌『ノーダウト』でメジャーデビューした男性4人組のピアノPOPバンド。詐欺師を主人公にしたこの月9ドラマは視聴率は決していいとは言えなかったが、この主題歌は結構有線やラジオで耳にすることが多く、ドラマを全く観てなかった僕もこの曲のメロディは自然と耳に残り、結構気になる曲だなとは思っていた──で、それを演奏してる彼らのユニットの名前を知って、僕は思いっきりぶっ飛んでしまった…。 Official髭男dism、だと? それって何ていうルネッサ~ンス(ワイングラスをカチ~ン!)? しかも愛称がヒゲダン? それって何ていうカトちゃんケンちゃん? 「髭の似合う歳になっても誰もがワクワクするような音楽をこのメンバーでずっと続けて行きたい」という想いを込めてつけられたバンド名なのだそうだが、結成された2012年頃だと、ヒゲダンスはともかく髭男爵はまだ世間から決して忘れ去られてはいなかった頃だし。メンバーの年代からいって髭男爵のブレイクの頃を知らないなんてこともないはずだぞ。誰も何も言わなかったのか? もちろん音楽的にはそのいずれとも全く関連ないし、上述の通りリズミカルでちょっとクセになりそうなメロディで僕的にはいい感じだと思ったのだが、それだけにこのユニット名はミスリードを誘っちゃいそうだな、などとも思ったわけである── ──で、案の定一時的にヘビロテでかかってた『ノーダウト』を耳にすることもなくなり、次の曲もなかなか出て来ないまま年が明けたくらいに、忘れられるのも時間の問題かな、なんて思った僕は髭男爵のブレイクその後から現在にかけての現状にかこつけて「何で今頃になって取り上げるって? 髭男…、で察してよww」的なオチでシメる記事を思いつきながら「まだUPするのは早いな、もうちょい待って来年あたりかな?」なんて感じでネタをあたためてたのだった。 ところが1年余りを経てようやく出てきた2ndシングル『Pretender』がここにきて大ヒットしているではないか! 同じ『コンフィデンスマンJP』の映画版の主題歌なのだが、今度の曲は前作とは違ってスローテンポだが力強さのあるラブソングで、サビの高音が心地よく、こちらもかなりクセになるメロディである。多分これで彼らはしばらく定着するのではなかろうか。今月末に出る3rdシングル『宿命』(今回はかなりリリース間隔が短いな)は今年の『熱闘甲子園』のテーマソングに使われるそうだし── そんなわけで、そこそこ知られる存在になったOfficial髭男dism、楽曲水準もなかなか高いことはわかったが…、このヒゲダンことOfficial髭男dismの名前で彼らや楽曲よりも先にヒゲダンスや髭男爵を思い出してしまう状況は、そう簡単には変わりそうにない──今回のヒットを機にテレビとかメディアにも積極的に出て自分たちを浸透させていってください…。 |
昨年6月下旬に追突もらい事故に遭った話を前回記事に書いた。信号待ちからの発進際に後続車にぶつけられたもののほとんど徐行だったため衝突の度合いは至って軽微で、警察の現場検証でも物損扱いで処理されたのだが、一応追突被害であるから、念のために病院を受診したことも前回書いた通りである。後ろからぶつけられれば背中に衝撃はあるし、反動で首が急激に後ろに反りかえればムチウチ症になる可能性があるのだが、それらは往々にして後日になって症状が現れることがあるので。事故の時点では全く自覚症状はなかったわけだが、決して安心できないのは確かだったから── 自宅近くの病院に行ったのは翌日の朝イチのこと。交通事故での受診の場合はまず診察代の支払方法が通常と違う。通常は自動車保険を使用することになるので保険会社や保険証番号を伝えることになるのだが、まず預り金として受診時に5000~10000円を納めて、相手保険会社からの入金があり次第返金される仕組みだ。なんか面倒臭い。自覚症状がない状態だからいいけど、どこかが痛んでる状況でそれをやらされてたら辛かっただろうな…。 受診前に記入する問診票には症状を記入する欄もあるわけだが、一夜明けて翌日になっても自覚症状は何もなく、問診表にもその通り書いて提出した。で、いよいよ診察であるが──診察と言っても状況を口頭で確認されるだけで、レントゲンを撮られるわけでもなければ首や背中を触診されるわけでもない。まあ実際どこも痛くないわけだからその必要もおそらくなかろうが──しかし、受診目的は単に状況確認ではなく万一後日症状が出た際にもめないために保険会社向けに提出する診断書を用意するためである。しかし、この時に医師にも言われたのだが、何も症状無しでは診断書が作れないらしい。なので形式的に「背部打撲につき1週間程度の経過観察を要する」旨の診断書を作成していただいた。 病院でやってもらったのはそれだけ。いただいた診断書は一応提出はしたが、症状はその後何ら出ることもなく、賠償に関してその診断書が効力を発揮する場面もなく終わったのだった──病院に事前に渡してあった預り金の5000円は受診から1ヶ月後に自ら病院に取りに行き無事戻ってきたが…、しかし実際にかかった金額が5000円を超えてたのは間違いなかろう。診断書ってのはそれ書いてもらうだけで何千円もするのだ。結果的には無症状のままで病院行く必要自体そもそもあったの? って感じの受診だったのに、こんなにも高くつくものなのである。こっちは被害者だから結局腹は痛まないけど、もし加害者としてこれを払う側の立場だったらぼったくられた気になっちゃうかもな──そうならないように、自分が加害者にならないように気をつけなければと、気を引き締めさせられた次第である。 |
| もう1年以上前のことなんだけど──昨年6月下旬ころ、夕方のラッシュアワーにさしかかった国道で自ら運転する車で信号待ちをしていた。自分の乗る車は停止線から数えて5、6代目くらいだったろうか。で、僕の後ろにもさらに何台か並んでいる状態だった。信号はほどなく青になったが、そういう道路状況なのですぐには発信できない。まず先頭車が発進した後2台目が発進してその後3台目、という具合に順次発進していき、青になってからおよそ10秒ちょっと。ようやく自分の番になっていざ発進。1速ギヤの半クラッチでほんの1mほど前進したところで、後ろからガツン! という衝撃が。はい、そぐ後ろにいた車に追突して来られました。いわゆる“オカマを掘られた”というやつです── 上述の通りの渋滞信号待ちからの発進際だったので、相手方もほとんど徐行に近い速度だったので衝突の衝撃も車両の損傷もわずかだったし、相手の運転手さんもまともな中年紳士で、状況を理解して自身の100%過失をきちんと認めてくれたので、警察の実況見分も弁済手続き(100:0の完全なもらい事故なので賠償はすべて向こう持ち)も問題なくスムーズに遂行できました。まあ、事故としては実に軽微で特に厄介なこともなかったわけです──事故経験は僕自身も過去に何度かあるし、配送デポの管理者として従業員の事故処理に立ち会ったこともあるけど、それらと比べても手続きは楽でした。 しかしながら、警察では物損として処理されたけど追突されたということで、一応病院で形式的な診断はしてもらった。自覚症状は首にも頭にも、事故直後から診察時にも特になかったが、ムチウチ症などが数日後に現れる場合も多々あるので、あくまで念のためである。結局最終的に症状は全く現れることはなかったので、先方の弁済完了を持って完全にこの件は終了である。 この時は僕は完全なもらい事故だったわけなのだが、当時の道路状況を考えると、夕方で軽く渋滞してる状況だったし、相手方の車は一般会社の営業車だった(運転手さんは営業課長さんだった)ので、事務所に戻ってたまった事務処理を片付けたりなどの仕事が残ってて急いでたのだろう。当の僕も得意先への納品に向かって急いでるところだったし、幹線国道だからそういう車が何台もいたことは間違いない。信号が青になってやっと発進できる、となればつい急ぐあまりアクセルを踏み込んでしまう可能性がないとは言えない。同様のシチュエーションで僕が加害者になってしまう可能性は大いにあるケースである、人のふり見て我がふり直せではないけれど、被害者だから関係ないやではなく、自分がそうならないように気を引き締めねばならないと感じた次第であります── ちなみに、おかげさまでその後加害被害いずれの事故ももなくここまできてます。 |
川崎市の名門小学校の生徒がスクールバス乗り場で次々と刃物で襲われて小6女子と父兄の2人が死亡、自身もその場で自刃を遂げた犯人は51歳だが、中学卒業後の何十年もの間、近所の人たちもその姿を見たことがないほどの長期引きこもりで、報道に使われた顔写真も10代の頃のものであった。同居するのは実の父母ではなく叔父叔母であり、家庭内でも会話は無い状態だったという──その数日後に、元農水省事務次官によって殺害された実の長男も長期の引きこもりで家庭内暴力などもあり、川崎市のこのニュースを観て「いつか息子が同じようなことを」との危機感から犯行に及んだのだという──その20日後くらいに大阪の吹田市で警官を刺して拳銃を奪った犯人も、在阪テレビ局の役員の息子で、父の縁故で同系列の岩手のテレビ局関連の制作会社に入ったこともあったが長続きせず、こちらは引きこもりではなく一応フリーターながら定職にはついていたようだが、精神的にはかなり不安定だったようで、父親の告発が逮捕の決め手になったことからも、彼のことは親も持て余した状態だった節がある── 先々月から先月にかけて、立て続けに起こった凶悪な事件たち。いずれも家庭環境や生育環境に何らかの問題があって、引きこもりや家庭内暴力など通常の社会生活を送れていない状況にある息子がからんでいる…。そしてそれぞれの犯罪の質はいずれも近隣社会を大きな不安に陥れる性質のものであった──こういう事件が立て続けに起きれば当然のように、近所にいい年齢で仕事もせず引きこもり状態にある息子のいる家などがあれば、周辺の住民は不安になるし、ヒソヒソと噂話などをしたりもする。で、引きこもり本人がたまに近所のコンビニとかに行く途中で道の端あたりにそういう場面を見たりして、ますます外へ出づらくなるとともに、近所の人たち(行動範囲がその中だけであるがゆえに、イコールそれが社会)への怨念をつのらせていき、それが限界に達したり、あるきっかけでタガがはずれたりしたら──という近所の人の不安は、まあ人情かも知れない。単に気持ち悪いだけの話ではない、自分たちの身体や財産の危険も想定されるわけだから。特に小さい子供の親であれば、その不安はなおさらであろう。 ──で、こういう風潮に対して「引きこもりの人がみなそうではない、偏見の目で見ないで!」という声が上がり、実際に不安の中で暮らしてる人たちを差別者呼ばわりで非難する空気になるのもまた常であり、そういう意見も確かに真実ではあるし、そこにいたった個別の事情を無視して一概に引きこもりを危険視して差別などしてはならない…。それではますます引きこもりの人は引きこもったままでしかいられなくなってしまう──双方とも真実であるがゆえにこういう事件が起きるたびに、引きこもりVS偏見差別主義者の対立図式に終始してしまう状況が見られてしまうのだが…、いつまでもその範囲内の見識に“引きこもって”ていいの? ──報道とかを見てると、それら犯人の家庭環境や心のケアとかについての意見はよく聞かれる(正直ツッコミが甘い気はするが)のだけど、現実に近所に住んでて身の危険を感じる近隣住民の不安を払拭という立場からの意見と言うのがほとんど聞かれない気がするのである。それら住民の不安や危機感に偏見要素が入ってるのは否めないし、引きこもりへの偏見に基づいた声を擁護はなかなかしづらいだろうけど、それを上手く取り除いて不安を解消する手段というのはないものだろうか? それが除かれなければ引きこもりはいつまでも引きこもらざるを得ないし、それをこじらせて上述の立て続けの凶行に結びついてるのだとしたら、近隣住民へのアプローチはかなり重要度が高いと思うのだが。報道においてそれをやらずにおくのも、ある意味凶行を助長してるのと同じことなのでは? |
はい、皆さんよく御存知、チコちゃんの決めゼリフですね。NHKで放送されている人気バラエティ番組『チコちゃんに叱られる』で、気ぐるみ姿のチコちゃんは設定上5歳の女の子なんだけど、それにしては好奇心旺盛なのはいいとしてあまりにも何でも知ってるという不思議なキャラ。そのチコちゃんが大人の解答者に、当たり前過ぎるくらい当たり前に受け容れてるいろんな事柄に素朴な疑問を投げかけ、答えに詰まったり間違えたりした大人に対して、顔を突然真っ赤に巨大化させて「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と罵倒、その後、専門家の解説を交えたVTRで正解を発表、というのが基本パターンである。 まあ、普段何も考えずに当たり前として受け容れてきてる事柄について、改めて「なぜ?」って問われてみると理由を知らなかったなんてことはたくさんあるし、それを改めて知って「へぇ」なんて思うことも多く、勉強になるうんぬん抜きにして普通に面白い。僕的には結構好きな番組である──あくまで雑学娯楽番組として。 番組で紹介された正解を新たに知って確かに「知識が増えてひとつ得した」なんて気にはなるけど、ぶっちゃけそれを知らないままだとしても、そのほとんどは日常生活でも仕事でも別に困ることはないわけで、この番組で紹介される内容よりももっと重要な案件を普段の日常の中でいくつも抱えており、これまで培ってきた必要なノウハウを用いてそれらをコツコツ片付けてきてるのである。僕たち大人はみな。 そんな大人たちの苦労など何も知らない5歳の幼児に、例えば「靴の中に小石がはいってしまうのはなぜか」とか「プリンが3個売りなのはなぜか」みたいなレベルのことを知らないという一点をもってボーっと生きてる呼ばわりされたりなんかしたら、大人としてはどう思う? …まあ、まだ5歳の子供だし、自分が5歳くらいの頃だってそうだったように、大人がどれだけ日々の生活が大変かなんてことはわかりっこないわけで、その点ではいくら賢いとはいってもチコちゃんも所詮は子供だよなぁ…、なんて笑って大らかに許せるだろうか? むろん、テレビのバラエティ番組の設定だから作り手も演じ手も、大人は誰もボーっと生きてないことくらいわかった上でそういう設定として楽しんでるわけだが──時間帯的に小さな子供も観る時間であることを考えると、どうしてもそれを疑問もなく受け入れて子供があちこちでマネしてしまうことを懸念してしまうのである。世間の大人たちがみな寛容なわけでは決してないし「ナマイキ言ってんじゃねーよ!」なんてブチ切れて子供に手を上げてしまう大人は必ずいるだろうから、子供を被害者とする事件が多発してしまわないか、と…。 などと、ほとんど杞憂とも思えるようなこんなことまで懸念しながら、子供の健全で安全な成長に、自身の日常の合間を縫って思いを巡らせてしまうこんな僕も「おじいちゃんの眉毛が長い理由」を知らないからなんて理由で、5歳の子からボーっと生きてる呼ばわりされちゃうのかな? |
以前の記事に、昔務めてた会社に社会人アメフトチームがあって同僚にも選手が何人かいた話を書いた。彼らは大学時代からアメフト部員であったわけだが、大抵の大学では体育系の部活があり、アメフトだけでなく野球に陸上、バスケ等さまざまな運動部があり、その中には日本を代表する名選手もたくさんいる。もちろん僕の大学時代にも同じ選考クラスに運動部員は何人かいたし、授業の教室では普通にクラスメイトとして接してきた。部活が学生生活のメインである彼らだから一緒に遊びに行ったり飲みに行ったりみたいな付き合いはほとんどなかったが、教室でいろんな雑談も莫迦話もしてきた──そんな風にいろんなところでいろんなスポーツマンと接してきて感じてること──「スポーツ選手って理系っぽい人が多いな」 いや、実際にそれらスポーツマンと話をしてて、なんとなく理数系方面の人と話してるように錯覚してしまうことがよくある。一般的に揶揄される“体育会系”のイメージとは裏腹に彼らの話す内容はしばしば理詰めで分析的だし語り口調も筋道が組立ってるように感じられることが多い。いい意味でも悪い意味でもくだけたところが少ないのである。なので一面で「固いなぁ」と感じて気後れしてしまうこともあるのだが、業務で真面目に打ち合わせたい時とかには助かる面もある──なわけで、話してみれば決してクソ真面目な堅物ではないのに、なんか対峙するとつい畏まってしまうのであるが…。 しかし、考えてみれば野球やバスケットなどのチームプレイにせよ陸上や水泳などの個人競技にせよ、競技中のとっさの判断で状況に応じた最適解を、情緒的でなく的確に見つけ出してそれを実行することが求められるわけで、それらを正しく導き出すためには場当たりでは当然ダメであって、普段から緻密な研究や試行により集められたケーススタディのデータベースを脳内にストックしてなければならず、そこで求められる能力は、やはり理系のセンスなのであろう。一般に思われてる“体育会系”イメージでとらえられるような人種には、スポーツ選手は務まらない。それほどスポーツ競技というのはシステマティックであり合理的なものなのだ。彼らが理系気質になるのは大いに頷けると思いません? よく考えたら“体育会系”イメージで前面に押し出されてる体力にしたって、それを鍛えて強くするのも生物学や物理学の範疇だし、体内の電解質の影響まで考慮すれば化学の知識も必要だろう。闇雲に運動したって筋力も持久力も鍛えられはしない。競技だけでなくトレーニングの場面でもやはり理系の考え方が必要とされるのである。やはりスポーツは理系、スポーツマンも理系人なのだよ、うん。 しかし、そう言い切ってしまうと僕を含めた文系人間はますます肩身が狭くなってしまいそうなので、正直痛し痒しなんですけどねw |