ちょいと、戯れ言横丁・テーマトーク館 -13ページ目

ちょいと、戯れ言横丁・テーマトーク館

春原圭による、よろず文章読み物ブログです。読んでくれた皆様との忌憚ない意見交換を重視したいと考えておりますのでよろしく。









 西野カナが活動休止したのって、まだ今年早々のことなんだよな。で、結婚したことが発表されたのはその数ヵ月後のことだから、今からわずか半年ちょっと前の話だ──なのに、もう随分と前のことのように感じられて、先日ラジオで久しぶりに彼女の『GO FOR IT!!』が流れてきて思わず「懐かしい!」なんて思ってしまった。この2月までは音楽活動をしてた人なのに…。
 西野カナは現在、あくまでも“活動休止”中ではあるが“無期限”とも表明しており、復帰の時期はもちろんその有無自体も現時点では未定であるが…、復帰したとして以前のような人気を保てるかはかなり疑問である。まず結婚してミセスとなったことでガーリッシュ路線には無理が生じるだろうし、等身大の歌詞世界で受けてる彼女の路線とも合わないだろうから楽曲路線も年代相応に変化せねばならないが、間に休止期間を挟んだことによってその前後の路線の境がくっきり分断されてしまい、昔からのファンには違和感となるだろう──まあ新しいファンはそれなりにできるかも知れないけど。
 女性アーティストの場合、結婚休止前後の作品世界のギャップがどうしてもネックになってしまう。大塚愛にせよ倖田來未にせよ、それなりの人気を保った状態での結婚、産休を経て活動を再開し、現在もコンスタントにライヴやCDリリースをしているが、一般的には話題になってる様子はなく完全に過去の人状態。全盛期を知ってるだけに何とも…、な感じがぬぐえない。まあそれでも地道に続けていけば安室奈美恵のようにコギャル路線を脱却して本物の歌姫として自らの世界観を極めることも可能ではあるが。
 そこへいくと椎名林檎なんかは楽曲世界もかつての“新宿系”のテイストを損なわないまま自然に大人になってるようだが、しかし結婚、出産のブランク直後にはやはりちょっと楽曲的に迷走してる様子は感じられた。やはり彼女は芯が一本通ってるからか変わらぬ世界観を確立できてるが、そんなふうに自分を維持するのは並大抵の努力では難しいのだろう、というのが、これまで多くのアーティストの結婚前後の音楽世界を見てきて感じるところである。
 で、先日五輪アスリートと結婚したmiwaだが…、ドラマ主題歌にもなった新曲『リブート』はこれまでの彼女の明るく可愛らしいイメージから一転してハードなナンバーで、ここんとこ鳴かず飛ばず気味だった彼女のまさに“リブート”と言える曲だが、制作時には既に結婚が決まってたであろうことや、歌詞内容にも近年同様に低調だった新郎へのモチベーション喚起と思える箇所もあったりして、夫婦そろって“リブート”の決意の曲とも思えるのだが…、現在妊娠中で年明け出産予定のmiwaは当然産休を余儀なくされるわけで、長期間のブランクは否めない。結婚後も活動継続の意向の彼女が復帰後にまた見事に“リブート”できるかどうかは…、何とも言えない──せめて旦那さんはアスリートとしてしっかり“リブート”してね。

 









 夏の全国高校野球大会では、エリアの広い北海道は『北北海道』と『南北海道』にエリアを分け、北海道からは毎年2校が出場しているが、寒さと雪に閉ざされて練習がままならないゆえ、たいていは2校ともに初戦で敗退している。で、初戦の組み合わせ抽選はもちろん別々に引くのだが、何故か校の試合の順番が連続してしまうことがしばしばある。で、同じ日に2校とも敗れてしまい、北海道の“夏”は一度に終わってしまう──以前から書いてるようにこの『いつ街』カテゴリ記事での都道府県順は近年の夏の甲子園での敗退順である。決勝戦まで進み最初の年の都道府県が一巡する年の大会で2巡目の順番を決め、それがまた決勝戦まで到達したらその年の大会が3巡目、という感じで現在は4巡目の初戦が進んでいるところ。一昨年、2017年の大会の敗退順である…。
 で、前回の3巡目、2010年の大会では北海道が南北連続して敗退したため記事も札幌音威子府と北海道が続いてしまった。そして今回は北北海道敗退後、南北海道との間に徳島があったのだが、訪問回数の少ない徳島県内の下車駅のデータはすでに打ち止め、なので前回の富良野に続いて今回もまた北海道を取り上げることになってしまった──今回取り上げるのは北広島駅。広島からの入植者が多いことから街の名にも“広島”を残すこの街。この年の甲子園で広島県が準優勝してるのとのギャップが何とも…。
 北広島市は市制が敷かれる20数年前までは札幌郡広島町だったが、郡名からもわかるように札幌市に隣接しており、ベッドタウンとして人口が急増して市へ移行。駅の方は広島町時代の開業当初から北広島を名乗っており、新市名が駅名に追いついたカタチである。もちろん北広島駅は北広島市の代表駅。北海道とはいえ進行ベッドタウン駅なら、それなりの賑わい期待できるかな…?
 札幌から乗った列車が途中で分岐して千歳線に入って数駅、降り立った北広島駅は橋上駅で、改札を抜けて駅舎を出ると──そこはドーム型の屋根に覆われた、線路をまたぐ自由通路だった。『エルフィンパーク』と名付けられた歩行者自転車専用道路だそうだが、市民センターや福祉ショップなども併設された市民の交流広場空間として活用されている──そんな“市民の広場”がドーム屋根の通路内にまとまって駅入口と一体化してるという、駅の形態としてはかなり異質といえよう。
 その自由通路を出て“屋外”に出てみると、そこはよくあるベッドタウンの郊外駅らしく飲食店の入居した商業ビルやマンションと一体化したスーパー、地元銀行の支店などの光景が広がっているが、ドーム屋根の通路に覆われた駅舎が外からは見えないがいささか異様なのと、道路が交通量に比して広くて建物の密度が低く、背後に野原らしい風景が覗き見えるところがいかにも北海道的な気がする…。駅前としては典型的なような典型的ではないような、ちょっと変わった感じである──広島出身の僕的にはどこかに広島らしい匂いがないかな? なんて思って探してみたけど、それはさすがに感じなかった。
 この時の下車は帰京のために千歳空港に向かう途中のこと。札幌市街地と千歳空港の中間地点あたりにある北広島市は交通的には非常に便利な場所と思われて、例えば観光シーズンで札幌や千歳の宿が満杯の時のためにこのあたりにホテルでもあれば重宝するかな? なんてふと思ったのだが…、でもシーズンオフが厳しいかw やはり辺縁地域といえども札幌を離れてしまうと北海道内の各都市は財政維持が難しいんだな。北広島駅の市民広場との一体化構造も、そんな中で何とか市の魅力を引き出す独自性を模索しようとする試行錯誤の表れなのかも知れない。
 









 上京した大学1年の夏休み前のある日、田舎の広島の友人仲間のリーダー役だった男から、グループ仲間での夏休みの集まり計画予定表なるものが手紙で届いた。海水浴だとかキャンプだとかの遊び計画に混じって別のメンバーの実家をみんなで訪ねる企画が書かれていたのだが、その企画の文面が「それぞれ大学に入学してさまざまな思いなどあろうかと思いますが、彼のお父様がそのようなあれこれも含めて説教をしてくださるそうです…」というものだった。
 そのメンバーというのは仲間の中でも曲がったことが嫌いで時に厳しい人物で、自身京都に進学して新たな気持ちで真面目に勉学に励んでいた彼には、広島で進学した他メンバーの様子がのほほんと遊び呆けてるように映ったらしく、その嘆きを彼から聞かされた父親が「情けないのう…、よし、連れてこい。わしが説教したる!」と言ったことから持ち上がった企画だったそうだが、彼から「親父が説教してやると言うとった」と訊かされたリーダーの男はその時「わじそういうの好きなんじゃ~」と嬉しそうに言ったという──
 『説教』という単語を辞書で引いてみるとふたつの意味が載っている。ひとつは「 宗教の教義・教典を、信者などに、口頭で説き明かすこと。また、その話」で、もうひとつは「教え導くために言い聞かせること。また、堅苦しい教訓をいうこと」である。リーダー役の彼は理系でありながら漢文大好きで仏教や論語を始め、宗教の古典にも興味の幅を広げていた人物であるから『説教』という言葉を前者の意味で捉えたのだろう。よもや後者の意味だとは思わなかったのではなかろうか…。
 『説教』の本来は「宗教的な講話」という前者の意味が元々で、後者はそこから転じたものであるが、現状日常会話で『説教』と言った場合、ほぼ間違いなく後者の意味である。それでも後者の意味を額面通りに読む限りではまだありがたみはあるように思えるのだが、実のところその『説教』を垂れる側の方では「教え導くため」だと思ってるのかも知れないが言ってる内容はそんな高尚なものではなくもっと低俗な、後者の値打ちさえ感じられない場合が少なくない。なので現実には『説教』がありがたい場面というのはほとんどなくなってしまった。そりゃそうだろう。本来は、宗教の伝道師が最初から聞く気構えを持つ熱心な信者に対して行うものなのに、そうでない者をつかまえて手前勝手に浅いこと言われたって響くわけがないのだ──でも『説教』と呼ばれるものの大半がその種のものとなってしまってるのが現状。『説教』の価値も随分と地に落ちたものである…。
 上述の彼の実家訪問は、当日仕事が入って不在になったお父様の代わりに教師であるお母様の教育論を交えたお話を聞き、本来の(それも限りなく前者に近い)後者の意味の『説教』となり、僕を含めてその多くが教員志望であったメンバーにとっては有意義な時間であった──気がする。『説教』と呼ぶからには聞いた後にそれくらい有意義な印象を残すものでなくちゃ、ね…。
 









 常日頃車を運転してる人ならば、道路上で後ろからクラクションを鳴らされたりパッシングされたりなんてことは一度や二度くらいは経験あるだろう。制限速度や安全確認にを忠実な人であればあるほど。実際、時間に追われて急いでる時などに前の車がノロノロ走ってたり信号が青に変わったのに気づかず停まったままだったりすると「何やってんだよ」って感じでイライラしてしまうのは、これはまあ人情である。とはいえこちらだってうっかり青信号や矢印信号に気づかないことや歩行者が横断歩道を渡るのかどうかわかりかねて不必要な徐行をしてしまって、後続車には申し訳なかったなんて場面はあるし、そこはお互い様である。なのでクラクションやパッシングをすることはあっても、普通のドライバーの場合はあくまで気づかせてあげる程度の意味であるから、ほんの軽く程度で決して執拗に繰り返したりはしない──
 そんな、基本的には単なる合図であるクラクションやパッシングがあまりに執拗だったりそもそも不必要な場面でやられたりすると、それは『あおり運転』を疑われかねないだろう。さらに後ろから車間を詰めて追いかけたり横から幅寄せなどをしてくればもう完全に意図的な『あおり運転』である。突然割り込みかけたり急停止して追突を誘発でもしてくればより悪質性を問われても仕方がない。たとえ結果として事故に至らなくても『あおり運転』認定に事故の有無は問われない。それ自体が十分悪質な行為である──
 その『あおり運転』に関してより厳罰化の方向で検討されているという。言うまでもなくきっかけは茨城の常磐道での暴行事件である。後続の車両にかなり執拗に進路妨害をしたあげく停止させて、相手のドライバーを5発殴打してケガを負わせたその犯人は、他にも何件も同様のあおり運転を常習的に引き起こしてることもわかっている。おおよそハンドル握って公道を走行する資格は到底ないように思えるが、彼の逮捕容疑は暴行傷害であって『あおり運転』ではない。現状『あおり運転罪』なる法律が存在しないからだ。なので『あおり運転』でも逮捕立件できるような法整備を…、ということなのはわかるのだが──
 しかし『あおり運転』認定が多分にやられた側の被害感に依るものであり、上述、状況を踏まえての単なる合図レベルを「あおられた!」と感じる人も少なからずいるし、中には道路の凹凸による車のバウンドで一瞬ライトの角度が変わったのをパッシングと勘違いされてトラブルになる例もある。そういうことを考え合わせれば、パッシング即アウトとかではなくここまではOKでここからダメというガイドラインを設けるなどして犯罪認定の適用にはよほど慎重にならなければ、痴漢事件やパワハラと同じで絶対『あおり冤罪』が続出しそうな気がする。なので『あおり運転』への厳しい対処それ自体には大いに賛成な僕ではあるが、常磐道の件とか愛知の東名のエアガンの件みたいに『あおり運転罪』がなくても他の件で十分逮捕要件を満たして実際逮捕に至ってる件をきっかけに…、というのが少々フクザツなのである。
 









 この記事がUPされる9月22日は大相撲秋場所の千秋楽当日である。実はこの記事そのものを書いてるのはまだ序盤戦あたりなので、優勝の行方も貴景勝の大関復帰の有無もその他有望力士の動向もまだ全くわからない状況であるが、日本国籍取得後初めての場所を迎えた白鵬が初日敗れた後早々と2日目から休場してしまい、その意味では場所前の大きな期待が削がれてしまった感は否めない。大関以上では高安も初日から休場してるしカド番の栃ノ心も序盤から連敗スタートだし、盛り上がりという点ではイマイチでは? と推測してるのだが、果たして──?
 十両でも嘉風が全休で幕下陥落は確実であり、引退が取り沙汰されているが…、今回の記事の本題はもうひとりの全休力士──貴ノ富士である。
 御存知の通り場所前に部屋の序二段力士に暴力をふるって脱走させてしまったことが発覚し、この秋場所を自主休場してるわけだが、発覚直後から場所中にかけても本人はじめ関係者の事情聴取が協会のコンプライアンス委員会によって行われており、場所後早々の理事会にて貴ノ富士への正式な処分が決まるとのことだが…、彼の暴力事件は今回が2度目であり、相当厳しい処分は免れまい──
 前回の暴力が1年半前、新十両の場所であり、今回も返り十両2場所目と、付け人を持った途端に、のタイミングである。関取の身分になって自分がとてつもなく偉くなったとでも勘違いしたのだろうか。部屋には他にも関取が何人もおり、うちひとりは実の双子の弟である貴源治である。彼らを見てて関取のあるべき姿とか学んでないのだろうか…。明日以降の協会の裁定を見ないと何とも言えないが、上述の通り、協会が暴力問題にナーバスに目を光らせてる中での2度目であるから、最早それを学び直すチャンスが与えられるかどうかは…、である。まだ22歳と若く、素質的にも将来が有望なだけに非常に残念ではあるのだが──
 ただ…、今回の件で暴力に至った経緯というのが、ここまでの報道の中では全く出て来ないのがいささか引っかかるところではある──なんて書くと「どんな理由があろうと暴力は絶対ダメ!」と問答無用な声が返ってきそうだが…、こちらの記事でも書いたが、暴力をふるうのがダメなのは当然であるが、それはそれとして被害者側の原因の有無はどうか、それは本人の言動に起因することなのか、ということは加害者の断罪や処罰とは別個に検証されるべきだと思う。それでもし殴られる側に相応の落ち度があるならそれはそれで正しておかないと、今回の加害者があるいは追放されて部屋を出たとしても新たについた別の関取が粗野な人ならまた暴力をふるわれるし、そうではない人格者の関取なら、そんないい人に余計な教育の手間をかけることになる。付け人の教育も関取の役目とはいえ、それをやるべき機会にやらずに「いい子いい子」しといて後任の関取に教育責任を丸投げ、ってのはちょっと違うのでは?
 そういう「殴られたやつは絶対善」が常態化すると、これまでの痴漢冤罪とかと同様の構図で、将来付け人の側で謀略で被害をでっち上げて気に食わない関取を追放に追い込む、なんて事例が絶対出てくるぞ。あるいはもうすでに出てる? 過去、八百長問題でも野球賭博問題でも作戦参謀として仕切っていた中に幕下以下の力士は何人もいたわけだし、フンドシ担ぎがみな純朴で善良だなんて幻想は改めた方がいいよ。
 ──今回の件での協会の事情聴取でどのような事情が判明するのか、あるいはしてるのかわからないけれど、貴ノ富士を処分して終わりにしないで、協会さんには被害者側に対する処遇も含めて総合的な始末をつけてもらいたいものです。部屋任せにしないで。
 








 この記事の日付である今日9月17日は、目黒の5歳女児虐待死事件で保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の判決公判の日である。この記事がUPされる時刻には、おそらく判決はすでに出ていることだろうが、もちろんこれを書いてる現時点で僕はどのような判決になってるのかは全く知らない──
 虐待の主犯は彼女の夫(女児の実父ではない)の方なのは明らかであり、なおかつこの母親は夫から執拗なDVを受けていた節があり、洗脳状態だったのではないかと指摘する声もあり、実際弁護側もこれを主張している。そして公判の様子を伝える報道を見る限り、我が娘を死に至らしめたことをかなり後悔しており、その念に苛まれて情緒不安定な様子も窺える──そんな情状はあるものの、やはり夫の虐待を放置したり、彼女自身も娘に必要な食事を与えずに衰弱(女児の直接の死因は衰弱死)させた点を重視した検察側の求刑は懲役11年、上述の情状を主張する弁護側も5年が相当としている。おそらく判決はその中間くらいになるのだろうが、実際に起きてしまった結果と彼女の置かれた情状を合わせ鑑みると、感情論はともかく法的にはその判決が重いのか軽いのかは正直悩ましいところである。判決を受けた検察側が、弁護側がどのようなリアクション(控訴するのか受け容れるのか)をするのかも──
 ──彼女の容疑はあくまで『保護責任者遺棄致死罪』であって『殺人罪』でもなければ『傷害致死罪』でもない。上述の通り直接の死因は衰弱死であり、起訴内容は衰弱を知りながら放置したという点についてであるから、量刑的には死刑はもちろん無期懲役とかにもできないだろう。検察の求刑もあれが精一杯であり、汲むべき情状も少なくない点を考えると、まあ多くの人にとって、感情的に「そんなもん!?」な決着になるのは致し方ないと思われる。
 しかし、この母親の判決に「軽すぎる」なんて怒ってたら、その後に開かれる予定の父親の公判及びその後の判決の報道に耐えられなくなってしまうぞ。女児の虐待の主犯であり、母親をDVで支配して言うことを聞かせて虐待の共犯にムリヤリ縛り付けたこの男だが、女児の死因が衰弱死である以上、彼に問えるのも『保護責任者遺棄致死罪』までであろうから、当然この父親にもそれなりの、感情的には「え? こんなもんなの!?」な程度の判決しか出せないだろう。母親のような汲むべき情状がなく悪質度がより高い分、母親よりも思い量刑にはなるだろうけど、それでも罪状に対しての量刑の上限というものがある(だからこそ母親の量刑を余り高くすると、悪質度が段違いに高い父親との量刑のバランスが取れなくなってしまう)から──日本が法治国家である以上、法の番人たる裁判官はあくまでも現行法で規定された範囲内での判断しかできないし、それを超えることは断じて許されないのだから。
──それでも、女児の身体に無数についた暴行とおぼしき傷痕とか、女児の書き残したノートの文面とか、いくつもの状況証拠から暴行罪や傷害罪を併せて立件できないものかな? なんてシロウト的には思ってしまうんだけどね。でも死亡との因果関係が問えなければ、それらの累犯でも量刑が大きく変わることはないか…。何か非常にもどかしい。悪質度では目黒のこの事件をはるかに上回る野田の小4女児の事件のあの父親にも不当に低い量刑しか科せないんだろうな…。
 現行法で科せる罰に限界があるなら、法律を早く改正して新たな罪名とより思い刑罰を規定しなければ、ここまで児童虐待死事件が頻発してる状況の中、マジでとどまるところを知らない、どうしようもない事態になってしまうぞ。てか既になってるぞ。
 









 「都はるみと岡千秋の曲」というボケは要りません。あっちは『浪速恋しぐれ』。♪芸のためなら女房も泣かす~、ではありません。『大阪恋時雨』は天童よしみの新曲。歌手デビュー47年、シングル通算80曲目にして、ラブソングは自身初だという──え? 『Jダベ』では演歌も取り上げるのかって? いや、実はこの曲はもともと演歌ではないですから。
 もともとは別のシンガーが歌っていたこの曲を昨年12月に聴いて「この曲はぜひ天童に歌って欲しい」とすぐ電話し、その電話を受けた天童も曲を一聴して涙を流して感動、歌うことを即決したという。その、天童よしみにこの曲を紹介したのが何と笑福亭鶴瓶師匠なのだそう。ふたりの感動ポイントが、♪あんたがそばにおるだけでなんで泣けるんやろう~の部分の歌詞で一致したことで「この曲を歌うことは歌手冥利に尽きます」と言うほどの惚れ込みようだという──といういい話なのだが…、このエピソードの中に、元々原曲を歌っていたシンガーの名前があまり登場してこないのがいささかフクザツである…。
 原曲のシンガーは半崎美子。『ショッピングモールの歌姫』の異名を持つシンガーソングライターで、彼女の曲は、下積みの17年間全国のショッピングモールを回り歌い続け、それを通じて出会った人々の人生に触れながら、それらを背景の中で生まれてきたものだという。僕はメジャーデビューシングルである『 サクラ~卒業できなかった君へ~』をFMラジオで聴いて彼女を知ったのだが、心にスーッと入ってきて静かにジワっとくる曲調と歌詞世界がすごく印象的で、地味かもしれないけどぜひもっと多くの人に知られて欲しいシンガーだな、と思ったものだ──それだけに『大阪恋時雨』の上述のエピソードが語られる際に半崎美子の名前をもっと出してくれよ、なんてつい思ってしまうのだが…。
 でも、鶴瓶師匠はふたりの共通の知人だそうだし、半崎美子自身、曲を作った直後から、天童よしみに歌って欲しいと願っていたそうで「自身の夢と同時に、天童さんの大ファンである母の夢もかないました」とコメントし、さらに「この曲はいつか天童さんに巡り合うために生まれてきたと思う」とまで言い切ったとのことだし、おそらく今年の年末に天童よしみは確実に24回目の出場となるであろう紅白歌合戦を彼女との共演で狙っているそうだから、半崎美子の名前はもちろん楽曲世界が広い世代に知られるようになるのは時間の問題だろうとも思うし、僕も是非そうなってほしいと願っている。
 半崎美子バージョンの『大阪恋時雨』はソウルバラード風の天童バージョンとは違い、しっとりした感じであるから、それぞれの味を堪能して、ひとつの歌詞世界でもいろんな表現の広がりがあるところなんかも味わう人がもっと増えてくれればな、と期待してます──
 









 つい最近中途採用で入社してきた、僕の数歳上の新人社員を2日ばかり同行研修で外勤業務の行程を共にしたのだが…、その彼はかなりの肥満体な上に、歩くのが異様に遅く、さらにすぐに息切れしてゼイゼイ言ってるありさま。本人が言うには「就活中の1ヶ月くらいは入れるとこに入ろうみたいな感じであまり動かず食っちゃ寝食っちゃ寝してた」ので身体がなまってるせいだというのだが…、あの息切れ具合はただの運動不足ではなくかなり病的だと素人目にも感じたので、彼をさらに追及してみると「糖尿を持ってる」という──業務の覚えはまあまあよかったので遠からずひとり立ちで戦力になりだろう、身体の方は徒歩行程多めの外勤業務が運動療法代わりになれば…、みたいな感じで当初は希望的に見てた僕なのだが──
 結論を言うとその彼は1週間で退職となった。上司と慎重に話し合った末にそういう結論に至ったようである──かれの糖尿の状態は、インスリン注射を毎日打つレベルであることがわかった上に入社前の「食っちゃ寝食っちゃ寝」に加えて毎晩酒を飲んでるという、糖尿持ちとは到底思えない日常生活に「業務中に発作でも起こしたら…」という危惧を会社が抱くのは、kれはもう当然といえよう。上述のように業務覚えはよかったので、研修に携わった僕的にはとっても残念ではあるが、仕方ない。自身の健康管理も業務姿勢のうちであり、それができないということは、この仕事に向かないということである──
 糖尿病と言うものが食事制限や運動制限などの徹底した生活習慣管理を要する病気であることは、患者でなくとも多くの人は常識として知ってることであろう。糖尿病それ自体よりもむしろ血管へのダメージによるさまざまな合併症が恐ろしいことも、かかってしまうと完治はほぼ無理で、直すというよりも病気と付き合って行く状態が一生続くことも。現状糖尿病にかかってなくても、長年のでたらめな生活習慣によってある日突然発症してしまうことも──そう考えれば生活習慣も食習慣も、健康な生活のためには常日頃から気配りが欠かせないわけだ。現状発症の有無に関係なく。まして、インスリン打つほどの重症では…。
 ──などと偉そうに言ってる僕であるが…、いざ僕に糖尿の兆候が表れたとして、悪化させないための徹底した食事制限を強い意志を持って一生続けていける自身があるかと言われると…、である──現状、僕の血糖値は正常値の範囲内に収まっているとはいえ、結構ギリギリの数字であり、いつ何かの拍子に正常値を突破してしまうかは何とも言えない。炭水化物は結構摂ってるし、酒も少量ながらほぼ毎日のように飲んでいる。上述の外勤業務のおかげで運動量的には大丈夫だろうけど、もし内勤に異動でもすればバランスは崩れてしまう。いざ、このままじゃヤバイなってなった段階で、生活改善の意志を貫けるか? 発症してしまって生命に関わる段階になってしまったらどうか? ちゃんと自己管理できるのか、俺?
 いざとなってからやろうとすると苦しいから、そうならないためには現状まだ正常値である今のうちに、無理のない範囲での節制習慣を身につけなければ、なのだが──
 









 富良野と言えば、ラベンダー畑やワイン、チーズなどが有名な観光地であるが、富良野の名を全国的に知らしめたのはやはり『北の国から』であろう。僕にとってもやはり富良野のイメージは『北の国から』であり、富良野と言うところを世間に俗化されてない素朴な街というイメージで捉えていて、そんな話を北海道在住の友人に話して「はぁ?」なんて顔されたりしたものである。その翌年の夏、僕が初めて北海道の土を踏んだ際に旅の行程のひとつに富良野を選んだのは、ある意味自然な成り行きであろう──
 その時は、当時参加していた文芸サークルの北海道在住メンバーが主催する札幌オフ会への参加が目的での北海道入りだったのだが、もちろん札幌だけでトンボ返りするのはもったいないので旭川から稚内まで足を伸ばして現地の知人を訪ねることを思い立ったのだった。で、富良野は旭川からだとちょっとの寄り道程度の比較的近場なので、足を伸ばすには手頃というわけ。その日、早朝に稚内を後にした僕は昼前には旭川に着いたが、平日で仕事のある知人に逢うのは夜の予定なので、そこから富良野線に乗り換えて一路、富良野へ。まあ、4時間くらいは現地を散策できるだろう──
 富良野駅はJR根室本線から分岐するJR富良野線の起点で、富良野市の代表駅。上述『北の国から』のイメージでとらえれば「意外と立派な駅舎の大きな駅」だが、市の代表駅という観点では「駅も駅前風景もちょっとショボイな」となり、北海道有数の観光地の玄関駅としてみると「観光客が少ないじゃん」って思えてしまう。ある意味良くも悪くも、色んな意味で北海道らしい駅である。
 富良野駅のあるあたりは富良野市の中心部らしいが、概して建物は低く、官庁街ともビジネス街とも繁華街ともつかない漠然とした佇まいは、道路が広い割に車通りが少ないこと、建物の向こうの山の形状や空の色合いともども、いかにも北海道である──ワイン工場その他の観光名所は駅からはかなり離れてる(それもあって列車利用の観光客があまりいないのだろう)らしく、駅周辺にはあまり観光地然とした雰囲気はないが、一応観光客向けとおぼしきレンタサイクル店が何軒か見受けられる。せっかくなのでそこで自転車を借りて少し遠出してみることに──
 富良野小学校そばにある“北海道中心標”に立ち寄った後、市街地らしきエリアを離れて国道に出てさらに遠ざかったところにワインハウス、ワイナリーの類が現れ、観光客で賑わっていた。せっかくだから1本買って行きたいところだったがその時点でかなり大荷物を抱えており、キャパオーバーだったので断念…。上述「富良野と言えば…」な『北の国から』の舞台である麓郷地区はそこからさらに10キロ。自転車で往復するには時間と体力が決定的に足りないのでこれも断念──レンタサイクルでプチ遠出のおかげでザ・北海道な大陸的風景をほんのちょっと堪能できた気はするものの、やはりちょっと物足りなさは否めなかった。まあ、駅近辺だけ散策してたのでは到底味わえなかった景色に加えて自転車で北海道の風を切る体感ができたのだから、よしとしなきゃ、である…。
 レンタサイクルを返した後、再び駅に戻る。あらためて駅舎及び駅前風景を見てみると、やはり市の玄関駅のノリが一番強い、ということは上述の通り開け具合が今ひとつ、という印象が先に立ってしまう。ま、富良野市自体の人口規模を考えれば致し方なくはあるし『北の国から』のイメージ的には「ここがあまり開けるのも…」ではあるのだが──その夜、知人に逢うためそこから乗り込んだ富良野線の単行気動車で降り立った旭川の街がとっても都会に見えたことは言うまでもない…。
 









 仕事で日常的に車を転がすようになって久しい。転がしてる車は自社の所有者であることもあるが、お客さんからの預かりものの車を回送することもよくある。そう言う場合だとガソリンがほとんどカラに近い状態で車を渡されることもしばしばだが、目的地でお客さんに返す場合がほとんどだし、その目的地までの距離も平均でせいぜい20~30キロなので、そこまで到達できる最低限のみ給油するので、せいぜい500円分程度。メモリの針の状態で行けちゃいそうだと思ったらそのまま給油しないで行っちゃう、なんてことも──結果、途中でガス欠して停まってしまったことも過去数回程度ある。
 そんな非常事態の時、最寄りのガソリンスタンドまで携行缶持って駆けつけてガソリンを入れた携行缶をまた車のとこまで持ち戻って給油、なんてことになるのだが…、車両が停まってしまうようなガス欠状態であっても、実は燃料タンクの中には気化した状態のガソリンが残ってたりして、燃料タンクを開けるとシューっと吹き出したりする。御存知の通りガソリンは気化したガスが爆発して燃焼するものである。ガスだから、ちょっとした火花でも引火してしまう。なのでセルフスタンドの給油口のそばには必ず静電気除去シートがあって、給油前にそこに触れるように案内される。ちょっとした静電気でも大爆発が起きてしまうから──それを携行缶から路上で静電気除去もなく給油って、ちょっとした大冒険のような気がしてしまう。
 京アニ放火事件の犯人が携行缶持参でガソリンを40リットルも購入していたことが報じられて、販売したスタンド側の危機意識を難じる声も一部から聞かれたのだが…、実はガソリンの携行缶販売って意外と普通に行われてるのである。上述のような非常事態だけでなく、トラクターなどの農機具やビニルハウスの暖房用の発電機の動力のために農家の方が日常的にガソリンを買いに来る。工事現場用の重機などもしかりだ。日常的にそういうことがあれば、携行缶持参のお客さんのガソリン使用目的をいちいち店側で確認したりなんてこともない(実際僕もそんな確認されたことはない)──僕的には件の事件が起きる前からその辺は見直した方がいいのではないかと思ってたのだが。
 上述の通りガソリンは危険物であるし、上述の携行缶販売の際にもセルフ給油は厳禁で、必ず店員さんに入れてもらう。危険物取扱者資格が必要だからなのであろう。だとしたら持ち帰ってセルフ給油するのでは、そこがスタンドか路上か畑かの違いでしかないわけで、無資格者による危険行為であることに違いはない。それを黙認してるというのはいかがなものだろうか──スタンドにそれ用の要員を常駐させていざという時呼び出して出張給油に統一、などの方法を考えないと、第2、第3の京アニ事件が起きてからでは遅いぞ。防災、防犯の両面からも、ちょっと検討してみてはいかがだろうか?