若者の車離れとはいうけれど、それでもまだまだ主要道路の朝夕の渋滞は日常茶飯事である。数珠つなぎになってる車はノロノロ運転でなかなか進まない。やっと進んだと思ったらすぐ停まっての繰り返し。発進すぐ停止ばかりで運転してる方もいい加減ダレてくる。そんな何回目かの前の車の発進に続いてこちらも発進。直後に前の車が停止したが、ボーっとしてたこちらはそれに気づくのが遅れてブレーキが間に合わず、ガシャン! はい、よくある追突事故のパターンである。自分の車のフロント部分が前の車の後ろに衝突…。そんな追突事故を起こすことを俗に言い表すのが表題の言葉『オカマを掘る』である 『オカマ』というのは元々は肛門を指す言葉らしいが、一般的にはもっぱら女装男性や心が女性な男性を含む一部の同性愛男性のことを指す名称として用いられる。いずれにせよ蔑称であり、あまりいい意味で用いられる言葉ではない。その"女性的男性"の(本来の語義だと)"肛門"を"掘る"("何で"かは言わずもがな。"ナニで"だ)様子に形状が似ているということでそういう俗語になったのだろう。上述の通り蔑称であり、LGBTが市民権を得つつある現在はもとより、今ほどLGBT差別を許さない風潮ではなかった昔であってもあまり大っぴらに使うのは憚られそうな下品な言い回しである── にもかかわらず、この言葉は同時から現在に至ってもごく普通に用いられてる気がする。僕が物流畑で運転の現場業務への従事が長くて事故に接したりその解決処理を行う頻度が一般よりも高いことを割り引いても、追突という意味で「オカマを掘る」という言い方してる人はかなり多い気がする。中には女性もいるぞ──敢えて露骨にストレートな言い方しちゃうと、これ「アナルセックスしちゃった」と言ってるようなものなのだが、平気なの? と、本来的には昔から下品で憚られる言い回しだったのだが、セクシャルマイノリティを差別することに厳しい風潮が定着してきつつある現代的には、そういう方々への侮蔑語を含むこの言葉は、ますます言うのが憚られるを通り越して人権問題にさえなりかねない言い回しだと思うのだが、そういう一般的世間的語義とは切り離されちゃってるのだろうか…、まあ僕も普通に仕事の場面での事故処理とかで「オカマ掘られた」とか言う時にそれを連想してることなどはほとんどないし文脈や会話の流れからもそれを指してないことは明白だろうし── しかし"差別許さん"系の正義さんの多くは文脈無視で単語だけに噛みついて攻撃してくるから、こういう言葉も今後は無暗に使えなくなってしまって、いずれは廃れていくのだろうか…。それがいいことなのか悪いことなのか、当のLGBT当事者の方にとってはどうなのだろうか…? ま、ドライバーさんたちが安全運転に細心の注意を払ってくれて、追突事故なんてものが起きなくなれば、そんな俗語を用いる場面もなくなるわけなんだけどね。 |
年末恒例のNHK紅白歌合戦の今年の出場歌手が先月発表された。これまで幾度となくこの『Jダベ』カテゴリ記事で「J-POPって紅白に必要?」とか「J-POP系を数合わせローテーションしてない?」とか、あまり肯定的でないニュアンスで取り上げつつも「全世代家族そろって楽しむいい機会なんだからそれをもっと活用しようよ」などという提言などもしてきたのだが…、今年の出場メンバーはどうだろうか──? 米津玄師の名前がないのは昨年も特別出演的な感じだったからまあわからなくはない。Foolinが出てるとこ見ると、歌われるのが確定的な『パプリカ』のとこでのサプライズ出演(米津本人もこの曲セルフカバーしてるから)の可能性もチラッと感じたりするし。あいみょんが出ないのは正直意外。本人の人気も楽曲売上も昨年を上回ってるはずなのだが…。あと実現しなかったけど一部で朝ドラ『なつぞら』の主題歌を歌ってたスピッツの初出場が予想されてたのはかなり意外。かつてNHKからの出演オファーを「興味ないから」と断ったと聞いた記憶があったので。日向坂46の出場は、賛否は分かれるだろうが僕的には予想通り。Official髭男dismも順当だろう。できれば髭男爵と共演して一緒に「ルネッサ~ンス!」をやってほしいところだがw ──そんな中、楽曲の売上的には順当なのかもしれないが、正直「彼らも出るの?」と意外に感じたのがKing Gnu。ドラマ主題歌に使われた『白日』を聴いて「ああ、これか」って思う人は多いかもだけど、歌ってる彼らのことを知ってる人はどれくらいいるだろう? てかそもそもKing Gnuって何て読むかわかる? 昨年出場のSuchmosの時も思ったけど、アーティストスタイル的には紅白を観る層が好んで聴くタイプのカラーからはズレてる気がするし、また彼ら的にも紅白みたいなノリの番組でヒット曲1曲だけ演奏するってのは本意なのだろうか? などと思ったりもしてしまう。彼らの場合、楽曲的にはよ~く聴けばそれらの層の多くの人たちの嗜好にフィットする部分も少なからずあり、その意味では上述「世代交流の機会の活用」には恰好と言えるのだが、保守的な先入観でハナから遮断する傾向が強いのもそれらの層の人たちだから── そんなわけで、上述の通り世代交流のいいチャンスの可能性を秘めながらも、肝心のスタッフ側にそれを上手く活用した演出が望めず、結果的には「ああ、やっぱり数合わせだったんだな」な印象で終わってしまうんだろうな…、的な懸念を否めない。こんな感じで今年の新顔アーティストも来年は見られなくなって、入れ替わりに、例えばUNIZON SQUARE GARDENかMrs.GREEN APPLEかMAN WITH A MISSIONか、そのあたりがぽつんとローテーションで埋め込まれたりとかしてるのだろうか? ──と、悲観的なこと書き並べながらも、本音はまだ紅白に対して上述のような淡い期待を抱いてるのも事実なんですけど、ね…。 |
先日も別の記事で書いたが、元タレントの田代まさしがまた覚醒剤取締法違反の現行犯で逮捕された。今回で5回目であるが、今回このニュースに対する声は、今までのような断罪や非難、侮蔑や揶揄ではなく、薬物依存の怖さやそれを克服することの難しさなどの現実に向き合う意見や、刑罰の有効性を問う意見まで聞こえてくる状況である。 今回、こういう論調が世論の優勢を占めているのは、田代まさしが実刑による服役を経て更生施設に職員として入り、近年自らの体験を踏まえて積極的な講演活動などを通して薬物根絶の啓蒙に力を入れてる様子が伝えられており、その彼が…、というインパクトが大きいゆえであろう。薬物中毒についてはそう単純に良い悪いのジャッジで片付けられるものではない。一度でも身体が味を覚えてしまうと、もう我慢できなくなってしまい、本人の意志だけではどうにもならなくなってしまう怖さが薬物にはあるのだ。更生施設で、本人が克服のために大変な苦労をし、施設職員もその手助けに尽くしても、完全に克服するのはこうも難しいことを、今回彼自身が身をもって示したわけだ。ある意味『究極の啓蒙』だろう。 そちらの記事でも書いたが、薬物使用は単純に犯罪ととらえて刑事罰を科すのではなく、監獄ではなく専門の治療施設に強制収容して長期的、ことによると終身的に監視し続けなけれる、という方式に切り替えた方がいいのではなかろうか。アルコール依存症と同じで、きっかけは本人の意志の弱さだったとしても進行してしまえばこれはもはや病気それも不治の病であるから、病気とうまく付き合っていくしかないのである。となればそれを治療できるのは、医療機関であろう──決して犯罪者を甘やかせと言ってるのではない。むしろその逆である。実刑でも2、3年程度の刑務所よりもヘタすると一生入りっぱなしのこちらの方が本人にとってはよっぽど厳しいはずだから。 しかし、アルコール依存症だけでなく、本人には落ち度のない精神病や法定伝染病などでも患者は隔離されて監視されて刑務所以上の不自由を強いられてるではないか。薬物中毒も同じである。もし法律を破ったことによる懲罰感情で彼らを断罪したいのならなおのこと、刑務所よりも厳しい、しかし更生にはより効果的な罰を与えたらどうだろうか──結構暴論かも知れないけど、これ半分はマジでそう思ってます。 しかし、違法な薬物でなくても、クスリって結構習慣性の強いものが多いね。精力剤やビタミン剤とかだけでなく、毎年花粉症の季節のたびに僕が常用する点鼻薬なんかもなかなかやめられない。これも長期連用するとクセになってかえって害になるのだが、そうわかってても詰まった鼻が意志を超えて求めてきてしまうから。この程度のクスリでも断つのは結構辛いんだから、覚醒剤を断つのは並大抵ではないのは間違いない。これはやはり官憲よりも医療の出る幕であろう。 |
その昔“大垣夜行”なる各駅停車の列車が深夜の東海道本線を走っていた。東京駅を23時過ぎに発車して翌朝7時頃に終点大垣に到着する夜行鈍行列車である。鈍行とはいっても真夜中を走る小田原~浜松間は快速運転だが、現在それを引く継いだカタチの“ムーンライトながら”が快速列車で車両もグレードアップして停車駅も大幅に減少、さらに臨時運行で全車指定席という、何ともはや…、な形態なのに比べれば、鉄道旅の醍醐味は大いにあった列車と言えよう。 …といいつつ、実は僕はこの“大垣夜行”にはついに一度も乗らずじまいで終わったのである。『いつ街』ひとり旅フリークとしては意外に感じられるかもしれないが…、僕の場合車窓からの風景を通しで眺めながら楽しむというスタイルなので、外がずーっと漆黒の闇の中で景色が見れない、かつ夜通し起きてられない夜行鈍行は僕にとって旅の選択肢の外だったので。もちろん現在の“ムーンライトながら”はなおのこと乗りたい気をそそられないわけで…。 しかし、かつて“大垣夜行”を愛用した乗り鉄の皆さんのうち、終点の大垣が目的地だった人って、果たしてどれくらいいただろうか? 手前の名古屋で降りて腹ごしらえしたりひとっ風呂浴びたりする人や、そこから先に乗り換えて京都方面へ行く人はいても、大垣駅の改札を抜けて大垣市内を観光する、という人の話を聞いたことは、僕は一度もない──そんな僕は“大垣夜行”を利用したことはないけど、大垣行き下り普通列車を利用したことなら何回もある。下り列車のほとんどが大垣止まりであり、その先米原までの本数が極端に減るため、各駅停車で移動しようと思うとどうしても一旦大垣で降りて、なおかつ長い待ち時間を過ごさなければならなくなってしまう。それならば改札の外に出て駅前散策しようか…、てな感じに僕がなるのは、まあ必然といえば必然でしょう。はい、迷わず改札を抜けましたよ。 大垣駅の駅舎はよくあるショッピングビルと一体化しており、広いロータリーとバスターミナルが目の前に広がっているのは、多くの地方都市の代表駅と同様であるが、上述の通り下り方面が極端に便が悪いことを考えると、岐阜市、名古屋市方面への通勤客だけでこの規模を保ってるということだろうか。あとは美濃赤坂支線か、乗り入れてる樽見鉄道と養老鉄道の沿線の人にとってはここがターミナル駅だから、その人たちの拠点といったところか──この時は確か帰省の途中の寄り道で時間もあまり取れなかったからあまり駅周辺を離れてないので、大垣市内にどのくらい商業施設があるのかはよく見ずじまいだったのだが…。 短い散策の中では、駅からすぐ近くにある大垣城を見に行ったのだが…、天守閣と思しき建物が異様に小さくて驚いてしまった。中にも入ったが、単なる物置蔵程度の間口しかなかったのだ。あとで調べてみたが、あれが天守に間違いないようだ。何だか拍子抜けしたのを覚えている。ともあれ、あっという間に見れてしまい、僕はすぐに駅に戻ったのだった── 駅前から大垣城までの狭いエリアの散策のみではあったが、まあ近隣はともかく遠征して観光に来る街ではないな、という印象であった。鉄チャンはともかく、そうでない人にとっての大垣市の全国的認知度は決して高くはないんだろうな…。そうこうするうちに下り電車の時間になった。1本乗り過ごしてしまうとその後が大変である。僕はそそくさと乗り込んで米原方面へと向かったのだった──乗った列車は垂井と新垂井('86年廃止)のどっち経由だったっけかな? どちらの駅にも記憶があるのだが、この時通過したのがどちらだったのかは全く覚えていない。 |
元タレントの田代まさしがまた覚醒剤取締法違反の現行犯で逮捕された。元々の容疑は滞在していた宮城県のホテルで覚醒剤使用器具がみつかったことによる容疑だったのだが、本人の自宅に踏み込んだ際に覚醒剤の現物が見つかったことにより現行犯逮捕となったものである。彼の逮捕は今回で5回目である。実刑による服役を経て更生施設にも職員として入り、薬物の怖さを訴える講演活動なども積極的に行い、薬物廃絶を啓蒙していたはずの彼が、またしてもの再々々々犯である──しかし、今回の逮捕の報道を受けて、これまでのように断罪を前面に出した非難がましい論調や、ネットでよく見られた侮蔑的に揶揄した声はあまり聞かれない。それよりも薬物依存の怖さや、それを克服することの難しさなど、シリアスに問題に向き合う意見や、刑事罰を科すことの有効性にまで言及する意見なども多く聞こえてくる。 今回、世間の論調がこれまでとは全然違っているのは、上述のように彼が自らの体験を踏まえて薬物の根絶を啓蒙する立場で積極的に活動していたことも大きいのだろう。通常の犯罪であれば、そういう立場の人間が自ら根絶を訴えている犯罪に手を染めてしまった(例えば実弟を交通事故で亡くした経験を踏まえて一日警察署長なども務めて交通安全を呼びかけていながら多量の飲酒でひき逃げ事件を起こした元アイドルみたいに)ら、決定的に悪印象になってしまい、一片の擁護の声も聞かれないところであるが、薬物についてはそう単純に断罪して片付けるわけにはいかない。一度身体が味を覚えてしまうと、本人の意志を超えて身体が我慢できなくなってしまうのが薬物中毒の怖さである。だからこそ更生施設などもあり、多くの中毒患者が克服のために自身も大変な苦労をし、また施設職員も懸命にその手助けに身を粉にしているのである。そんな中に自身も身を置き、克服する立場と克服させる立場の両方であった人物をもってしても、完全に更生することはかくのごとく難しいものなのだということを、彼自身に身をもって見せつけられてしまった、そう感じた人が今回多かったということなのだろう。 その意味で、薬物使用を単純に犯罪ととらえて刑事罰だけ科すという現状のシステムも見直した方がいいかも知れない。再犯回数が多い(刑事的には罪が重い)人ほど悪質性が薄い(罪の意識を持っててやめたい気持ちが強い)場合が多く、そんな人を他の犯罪者(中にはヤクの売人や、そのツテの持ち主もいるだろう。彼らにとってこんないいカモはいない)と一定期間強制的に一緒に過ごさせるというのは、薬物使用者にとってはある意味再犯へ追いやってるようなものではなかろうか? 誤解を恐れずに暴論承知で言ってしまうと、薬物に関しては使用する本人に科してる罪は全部提供する側に上乗せしていいんじゃないかとさえ思ってしまう。自己使用に関しては刑事罰の対象からははずしていいのでは、と。もちろん無罪放免で娑婆に出していいということでは全然なく、専門の治療施設に強制収容して長期的に監視or保護観察しなければならない。要は中毒患者の再犯は、他の一般の犯罪とは区別して別枠で考える必要があるのではなかろうか、ということである。 現状でも単純使用より営利目的の罪は重くはある(だから同じ日に大麻所持で逮捕されたプロスノーボーダーの國母和宏も大麻所持は認めてるが営利目的は否認してる。あの押収量の多さではちょっと弁解が苦しいけど)が、それでもまだ足りないだろう、罪に問われる問われないに関わらず中毒に陥った患者の人生は完全に奪われたも同然だから。その分も上乗せして償ってもらうべきであろう──田代まさしに薬物中毒の恐ろしさを見せつけられる分、それにつけこんでくる売人の罪深さをより感じざるを得ない。 |
ちょうど1ヶ月ほど前、台風19号が関東を直撃し、あちこちの河川が氾濫して大洪水が起きた翌日、僕は仕事で埼玉県の入間川、越辺川、都幾川の流れるエリアを車で移動していた。すでに台風は過ぎ去っており風も止んで晴れ間も出ている天候だったが、川はまだ濁流で増水している状態。橋が変形していたり地盤がえぐれたり陥没してたりしてる箇所があったりして、橋が通行止めだったり要所要所で迂回を余儀なくされたり、その道中も道は乾いていても土で覆われた道路は一面茶色だったり、沿道の民家では畳が干されていたり家具が屋外に出されたりしてて、被災の状況が生々しいのを目の当たりにしながらの道中であった──目的地へは通常の倍の時間と倍のキロ数をかけて、やっとの思いで到着。 「よりによってそんな時に車で?」なんて思うかもだけど、電車も途中で冠水箇所があって、そのお客さんとこは運転見合わせ区間を過ぎた先なので、電車で行くという選択肢はなかったのだ──着いた場所にあるお客さんとこの事務所は川から離れており、そこでは何事もなかったように普通に営業してて、まるで異空間に出たようだった。無事ひと仕事終えたはいいが、高速も通行禁止区間に引っかかってしまうその行程で、帰りにもまた同様の苦労を余儀なくされたことは言うまでもない。でもその日もまだ洪水警報が解除されてなかったことを考えると、無事にちゃんと帰れたことをラッキーと思うべきなのであろう。 普段、首都圏を中心に外回り仕事をしており、電車も車も頻繁に使ってるが、移動範囲にはここ1ヶ月で何度も大雨に見舞われた千葉県ももちろん含まれており、もちろんそちら方面でも災害の後の一端を垣間見る機会はあった。通常の僕の移動範囲内は道路も線路もほぼ復旧してるが、現在も不通の区間はあり、訪問頻度こそ少ないがその不通区間の先にも訪問履歴のある客さんは複数いて、土砂災害や氾濫箇所がその通り道だったりするので、一連の水害は決して他人事ではないし、ヴィジターの立場ではあっても自分の身を守る意識で移動しなければならないのは間違いない── とはいえ、現地の被災者が復旧活動の中で大変な思いをしている中で、僕は単に他所者として被害のごく一部を垣間見てるだけにすぎないことは否めず、被災者の心中をお察しすると同時に、何もできない自分がもどかしくもある。ただ言えることは、今回がそのエリアだったということで、自分の住むエリアもいつそのようなことになってもおかしくない(実際上述の埼玉県のエリアは自宅からも近場だし)ということを、今自分がどの地方に住んでいようと「明日は我が身」ときちんと認識して、今回の水害を契機に自分の身の回りの防災について今一度じっくり考え直すべきである、と…、こんな言い方も被災当事者から見ればお気楽な他人事に聞こえてしまうのかもしれないけど── |
平成初期の、今から4半世紀以上前になろうか。ナタデココなるものがデザートとして大ブームになったことがある。モノ自体はそれよりも20年くらい前から日本にもあったことはあったのだが、特に話題になることもなく、1992年にデニーズがメニューに加えたのをきっかけに翌年以降マスコミで大きく取り上げられて大流行したのだった。それ単独でも売られていたが、他のいろんな食品や飲み物と組み合わせてデザートや菓子としての食べ方が一般的である。 ナタデココの原料はココナツの汁で、それをゲル状に発酵させて作ったものであるが、グミのようなガムのような、何だか噛み切れそうで噛み切れなさそうなあの独特の歯ざわりが僕的には多少違和感をおぼえたが、クセになる人にはクセになるものだったようだ──しかし、そのブームは一時的なものであり、数年後にはその名前を耳にすることもなくなった。とはいえ日本からなくなったわけでは決してなく、現在でも買い求めることは可能である。四半世紀を過ぎたことだし、1周回って新しくなってブーム再燃…、なんてことになる可能性はゼロではないだろう…。 その当時のナタデココとほとんど同じようなノリで現在空前のブームとなっているのが、タピオカである。正確にはタピオカミルクティであり、飲んで味を楽しむというよりはインスタ映えを楽しむ目的で人気を呼んでる感じがあるが…、こちらも味的には甘くて美味しいとも言えるし食感が微妙とも言えるし、本来なら決して万人ウケするものではないように思えるし、実際飛びついてるのは若い世代で、彼らが飽きてしまえば流行の寿命は決して長くはないことだろう──とはいえ、タピオカだって去年今年に日本に上陸したわけではなくずいぶん前からあったものだし、ブームが去ったからといって日本から消えてしまうこともないだろうから、また四半世紀後あたりに1周回って新しくなる可能性も大いに考えられる。 ──もちろん、ナタデココやタピオカの1周回って再ブームまでの間に、第3、第4の南方系デザートやスイーツが日本で大ブームを巻き起こす可能性も高いわけで、それらも一度消えた後に1周回る可能性もあるだろう。まあ、いずれの場合であっても、大手コンビニやチェーンファミレスが火付け役となって、だが──まあ、結局はブームに踊らされてるにすぎないのかもしれないけれど、でもそうした変遷のはざまでリアルタイムにそれらを体感してそれぞれの世代の象徴を自身の中に刻むということも、社会生活の上では必要かもしれないな、なんて思いながら、その時々のそれぞれのブームを見守り続けている僕なのである…。 もしかしたら10年後くらいに『かつてタピオカミルクティが流行ったことがあった』なんてタイトルで記事を書いてここにUPしてるかも知れないなw |
さる秋場所中、鶴竜の師匠である井筒親方(元関脇逆鉾)の訃報が伝えられた。井筒部屋には師匠以外に部屋付きの親方はおらず、関取も横綱鶴竜のみ。ピークは過ぎて下降線とはいえまだまだ優勝できるだけの力がある鶴竜にはもちろん即引退して部屋を継ぐという選択肢はない。てかそもそもモンゴル人の鶴竜には年寄名跡を襲名する資格がない。他の部屋からも後継者は見つからず、必然的に鶴竜他所属力士は一門の他の部屋へ移籍となり、井筒部屋は消滅ということになった── で、表題に「また」と書いたのは、実は井筒部屋は一度消滅したのを先代師匠が再興して現在に至っているのだ──昭和47年に死去した当時の井筒親方の遺言により部屋を継いだのは、誰もが予想してた君ヶ濱親方(元関脇鶴ヶ嶺)ではなく陸奥親方(元幕内星甲)だった。君ヶ濱親方は、これも遺言により分家独立して君ヶ濱部屋を興したのだった。しかし、その後程なく未亡人とモメたか何かで新師匠は井筒の名跡を返上して陸奥に戻り、部屋も陸奥部屋となり、井筒部屋の名前は消えた。その後井筒の名跡は横綱北の富士が取得し、引退後独立して井筒部屋を興すが、もちろんこの部屋は系統も一門も全く違っており“井筒部屋再興”とは呼べない。好角家的には違和感のある状態が数年続いたわけだが、九重親方(元横綱千代の山)の死去にともない井筒親方が九重を継承して自分の部屋を合併したことにより、再び空いた井筒の名跡を君ヶ濱親方が自身の名跡と交換することで再び井筒を襲名し、同時に君ヶ濱部屋も井筒部屋となって、これで実質的な“井筒部屋再興”となったわけだ。その後の井筒部屋が親方の二男の逆鉾や三男の寺尾など、人気も実力もある力士が幕内上位を賑わしたのはご存知の通りである。 そんな井筒部屋だが、先代師匠の定年後に逆鉾が継承して以降は、横綱になった鶴竜の他に関取は出ず、下の方にも有望な力士も、てかそれ以前に所属力士自体が鶴竜含めて3名という状況で、実弟の寺尾が独立して興した錣山部屋に力士数でも将来性でも大きく水を開けられている状況であり、実のところ以前から「このままでは消滅は時間の問題」と僕は思っていたのだが、親方の死去によりその日が早まったカタチである── その井筒部屋の力士の移籍先は陸奥部屋になった。師匠の元大関霧島は井筒部屋出身であるから順当と言えば順当なのだが…、本当ならば最も順当な移籍先は錣山部屋ではないかと多くの人は思うだろう。錣山親方は井筒親方の実弟かつ先代井筒親方の三男なのだから。だが、錣山部屋は時津風一門を離脱して現在は二所ノ関一門の属している。井筒の名跡や所属横綱が他一門それも離脱した親方の部屋へ流れることを、一門がいい顔をしなかったのであろう──この一門制度の閉鎖体質に風穴を開けようとしていたのが元貴乃花親方であり、錣山親方の一門離脱が貴乃花親方への合流を見越したと思われることなどを考え合わせると、結局改革ならなかった一門制度により、実父を師匠に自らが育った部屋を実兄から継承することが阻まれたというのは、何とも皮肉なものである…。 ちなみに移籍先の陸奥部屋は、上述の一度は井筒を継承しながらすぐに返上したあの陸奥部屋を継承したものである。元々の井筒部屋の直系部屋であり、かつ現師匠も井筒部屋出身であることを考えれば、現在空き名跡となっている井筒を陸奥親方が引き継いで井筒部屋再々興というわけにはいかないのかな? なんて考えたりもするのだが…、でも陸奥親方も定年まで5年を切ってるし、部屋付きで最も老い先長くて後継の可能性が高い浦風親方(元幕内敷島)は旧立田川部屋からの合流組であることを考えると、それも純然たる再興とは言い難いな──鶴竜は引退後はどうするのだろうか…。 |
いささか旧聞ではあるが、昨年ニュースで騒がれた差別入試が行われた医学系の大学、実はこちらの記事で書いた大学病院。僕が近所の皮膚科の先生からの紹介状を携えて皮膚科では日本のトップと言える先生を訪ねて受診したこの病院が、まさにその大学なのでした── この医大では10年以上前から、センター試験のの2次の小論文で、受験者の属性に応じて得点操作をしていたらしい。ニュースが報じられた昨年度の場合、全受験者の小論文の得点を2割減した上で、現役から2浪男子には10点、3浪男子には5点を加点。そして女子受験生は2割減点のみで加点無し。この背景には「女性医師はやがて出産や育児で職場を離れたり勤務時間を減らしたりせざるを得なくなるから」という考えがあったと内部調査で指摘された。そしてこの問題を受けて文科省が全国の医学部を調査したところ、他にも女性や多浪生に不利な入試が行われていたことが疑われる大学が複数あった、とのこと。 上述の記事に書いたあの実習生の女の子、あんな頼りなさそうに見えたけど、こんな差別入試を経て上がってきた優秀な“勝ち組”だったのか…。あの時複数の実習生が室内にいたけど、女子学生も何人かいたぞ、彼女たちもエリート? ちょっと意外な気がしたが、しかし考えてみれば皮膚科トップクラスの先生直々に指導を受けてるんだから、能力はさぞかし高いのであろう──医者の能力は入試の成績だけでは決して測れないし、知識力や技術力だけでなく、自分を頼ってる患者さんの生命を預かる者としての温情や思いやりなども医者の能力のうちだと僕は思うが、いずれにせよそのスタートラインに立てなければ何も始まらないわけで、彼女たちは不利な採点を克服してそこに立ってるわけだから。 しかし、そんな優秀な彼女たちだって上述“出産や育児で職場を離れたり”する日は遅かれ早かれやってくるわけで、それを理由に医師への門を狭めるのはやはり不当だろう…、とは言え勤務医を雇う側がそういう“早々に辞めそうな”医師を敬遠したくなる気持ちは、昨今の医師不足の現状を見れば、多少は解らなくもない。欠員補充も簡単にはいかないことだろうから。となれば大学医学部だって、大病院から敬遠されそうな属性の学生は避けたかろう。結果、あのような差別入試になったわけだ──実のところこうした選別に理解を示してる女医も決して少数ではないらしいのである。 なのでこの問題を単純に反差別的な観点で断罪するだけでは根本的な解決にはならない。慢性的な医師不足を何とかしなければ、こういう問題はまた持ち上がるであろう。自分の身体や生命に関わる病気におののいてる患者さんに、担当の女医さんの出産や育児が優先、なんて気持ちになれというのも酷な話であるから。医師が充足されてて女医さんが安心して自身の出産に専念できる状態を──けど入試で差別せず合格させれば医師も増えて問題もクリアになるのか…。この入試差別問題を、大学側からの医師不足解消へのアプローチに転換できればあるいみ『災い転じて福となる』ではないか? |
『逃亡犯条例』改正案への反対に端を発する香港での大規模デモと、それを鎮圧しようとする機動隊との応酬が日本を含む世界で報じられて数ヶ月以上が経過しようとしているが、その勢いは増しこそすれ、一向に収まる気配が見られない── 今回の改正案の背景として台湾で起きた殺害事件に関して香港に逃亡してきた犯人の引き渡しが条例の規定によりできなかったことがあげられており、改正の趣旨に関してはあながち政府側に理がないわけではないのだが、そこに中国本土との絡みやら一国二制度のからみやらが入ってきて、市民に対するその辺のちゃんとした説明が不十分であることでいたずらに不安を掻き立ててしまい、ご存知の通りのデモへとつながってるわけなのだが、そこで権力側が穏やかに説明を試みるのではなく武力でねじ伏せようとする(それもかなり過剰防衛的に)ものだから、逆にヒートアップしてエスカレートさせてしまっている…、少なくとも深い事情をよく知らない海外の門外漢的には、あれらの映像だけ見せられれば、そんな風に見えてしまう状況になっている。 実のところ僕は今回の経緯については詳しい知識も情報も持ち合わせてはいないし、政府側と民衆側の双方にそれ相応の理もあれば、同様にそれ相応の誤解もあるのでは、と単純に思っている。もちろんそれで済ませられる問題では決してないのも承知だが、発端はどうあれ、運動家の中でも名前と顔の知れた学生を見せしめに不当逮捕したり、丸腰の学生を至近から拳銃で撃って重傷を負わせたりなどは、権力側の度が明らかに超えているだろう。ここは政府の方が一歩引いてきちんとした説明責任を果たすべきではなかろうかと考えてしまうのだが──しかしこれはあくまでも日本的な感覚であって、一国二制度体制を強いてるとはいえ現在の香港が中華人民共和国に属してることを考えると、背後にあの主席の影がチラついて見えてしまう(実際名指しこそしてないが案に香港のデモ隊のことを指すと思われる“分断勢力”なる者宛に警告めいた声明を出してるし)わけで、チベットなどで起きてるあんなこととかが思い浮かぶのを禁じ得ない── まあ、返還前のイギリス領だった頃ならこんなことは絶対起こらなかったであろう。イギリスの主権が及ぶ土地に中国が干渉してきたらイギリス及び周辺の友好国が黙ってないだろうから。いや、返還後でもイギリス軍の基地が残ってて駐留してたらどうだっただろうか──中国もあからさまな干渉はできなかっただろうというのもそうだが、今回みたいなことが起きるなどとは夢にも思わずに「香港に基地は要らない!}だの「移設反対!」だの叫んでたりしてただろうか? 外から香港の土地の一部を「自分たちの国の領土だ」と言い張って領海侵犯してくる不法国家が出てきてもなお…? 今回の香港の一連の件とは性質も経緯も全然違うけれど、ついつい沖縄の現状と合わせて考えてしまう。香港ほどの激しさには及ばないけど、反対派が基地移設予定地の近辺を占拠している、しかし実のところそれらの多くは沖縄人ではなく本土から来ている者たち(香港で言えば中国本土からデモ隊に参加してる=中国本土の人民が中国政府に逆らってるようなもの)だ。そして警察や政府の彼らへの対応も、香港でのそれに比べれば実に穏やかである──いろんな意味で日本は平和である…。一体こんな国のどこに軍靴の足音が聞こえるというのだろう? だから日本でよかった、なんて言う気はもちろんないし、香港の件もできれば平和裡に解決してほしい。でも、争いを避けたいがための変な妥協もして欲しくない…、そんな複雑な思いを交錯させながら、この騒動の動向を見守っている状況である…。 |