水蜜桃と毒林檎 -43ページ目

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献花式が終わったその日から、苦しい闘いが始まった。

学校には行った。でも、不意におかしくなりそうになる。漢文の授業で古代中国の戦を扱っていた時に、戦いで人々が命を落としたり自害する様子を先生が説明し始めた。命、人が亡くなる…そういう事に過敏になっていたため、急に恐ろしくなり、叫び声をあげたくなった。怖い、怖い、そんな話やめてくれ。人が亡くなる様をそんなに淡々と話さないでーー。

あれ以来、「死」という字が怖い。死ぬという言葉も嫌。←今その文字を書いたのは本当に12年ぶり。この先も使わない。また、hideという名前に故を付けたり、亡くなったという言葉をくっつけて使うのも絶対に嫌。口にするのが怖いから、意図的に12年避けて来た。前の記事で書いたのが、最初で最後。


献花式で現実を悟ってからは虚無感でいっぱいだった。何をしても心の穴が埋まらない。この先をどう生きたらいいのかわからない。過去に帰って止める術は無いのか。何万人が祈れば奇跡は起きるんじゃないのか。それかいっそ迎えに来て欲しい、と明かりの無い部屋で天井に向かって手を伸ばしたりした。

真っ暗な部屋でピンクスパイダーを繰り返し聴いた。カッコ良かった。未来への未知なる可能性を感じる曲だった。だから悔しくて、聴いては泣いた。

放送が始まったばかりだったオールナイトニッポンR。hideちゃんは自分がDJで大丈夫なのか?みたいな事を仕切に言っていた。放送事故が起きるかも、とか言っていた気がする。そして番組の最後に「次回の放送はあるんだか無いんだかわかりませんが」と冗談を言っていて、聴いてる時に笑った。
その後マスコミはその部分を「死を予感させる発言」と何回も取り上げていた。ピンクスパイダーの歌詞も、絶望を歌っているとか何とか。

違うよ。違う。

最初は自殺(あぁ、嫌な響き)と言われたが、後々それは事故と訂正された。肩凝りの緩和策を泥酔によりしくじってしまった事故だ、と。

あたしはそれを聞いて納得し、落ち着いた。状況が容易に想像出来た。

なぜなら、自分もその治療を受けていたから。ヘビーな肩凝り持ちで時々医者に通っており、「けん引」といって、上から吊した木綿の布にアゴを乗せて力を抜くという方法で治療を何回も受けていた。深酒の後に自己流でやろうとしたら、的確な判断が出来ずに事故が起きてしまってもおかしくない。実際hideちゃんは酷い肩凝りだったようだし(その直前に収録したテレビ番組中も肩揉んでるし、雑誌でも語ってた)あたしは妙に納得してしまった。

真相はわからない。違う理由で、事故では無いのかもしれない。でもあたしは事故と確信しているし、もしこれを読んで新しい見方だと思って下さる方がいたら嬉しい。

あんなにこれからを楽しみにしていたhideちゃんだったんだから。KIYOSHIくんも言ってたけど、世をはかなんで逝ってしまったなんてとても思えないんだよ。

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献花台まであと数歩。その時、人混みの中を何処からかノートがまわって来た。hideちゃんへのメッセージを書くノートだった。書く事を許された時間は数十秒。慌てて、「ありがとう ずっと大好き」とだけ書いた。殴り書きに近かったかもしれない。陳腐かつ浅いメッセージだと後で思ったけど、不意に来られたからアタマが回らなかった。

ついに順番が来た。

今でもおぼえている。献花台に辿り着き、山のように詰まれた花を目の前にした瞬間、…あたしの中ではHIDE YOUR FACEの1曲目に入っているSEが鳴り響いた。無音から始まり、微かな音が鳴り始め、急加速でボリュームがMAXへと上がっていく。そして曲がスタートする。

あの曲。まさにあの曲の状態だった。

訃報を聞いた2日の夜から自分の中で何かが壊れた。感情を失った。楽しい、悲しい、おなかが空いた、眠たい。そういう感覚が無くなっていた。築地に向かう道中も、参列している間も、ただずっとぼんやりしていた。泣く事もなかった。ただ静かに時が流れていて、見ている景色や目の前の出来事は全て遠い世界のものに感じていた。視界から色が消えていた。

それが、花を手向けた瞬間に、ようやく全てが現実と解った。急に周りがうるさくなり、状況が理解できた。

hideちゃんが、亡くなった。

だから皆が泣いている。

ああ、全部本当だ。


初めて涙が出た。あふれて、あふれて、止まらなかった。

友達に支えられて献花台を離れた。何とか歩いて進み、出口に進んだ。その区域の光景はショッキングだった。

もう涙も出なくなって声も枯れているのに、路上に伏しながら泣き叫び続けている人。パニック状態で暴れるのを救急隊二人掛かりで押さえられ、救急車に押し込まれている人。待機している数台の救急車。そこらじゅうに人が倒れていた。

地獄絵図とはこういうものか、と自分も泣きながら思った。


人混みをぬって歩き、築地本願寺の正面が見える位置まで行った。しばらく無言で眺めた。時間は昼だった。相変わらず大混雑しているし、徹夜の 疲れもあり、あたし達はその場を後にした。ちなみに、本当はその後出棺が待っていたんだけど、知らなかったため帰ってしまった。今でも居合わせたかったと悔やんでいる。

友達とは再会を約束して力無く別れた。一人で新宿に向かい、帰るための特急に乗った。席に座った時から涙が止まらなくなった。窓の外を見てごまかしながら、家まで泣いて帰った。

献花することでようやく事態を理解し、現実を確認した。

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2時間半後、新宿駅に到着。そのまま山手線で確か恵比寿まで行き、そこで地下鉄銀座線に乗り換えた。銀座線を使うのは初めてだった。

築地の駅に着くと、友達二人と無事に合流した。Xのライヴで知り合った 千葉の子達。駅は献花に並ぶファンが続々と到着し、混雑していた。地上に出たら小雨が降っていた。近くのコンビニは品薄状態。傘も無い。とりあえず東京都指定のゴミ袋を買った。雨よけに応用するため。

深夜にもかかわらず、すでに長い長い列が出来ていた。築地本願寺を先頭に、そこから道に沿って列が伸びていた。雨の中を5分ほど歩くとようやく列の最後尾に着いた。隅田川沿いの遊歩道、雨に濡れた道の上にゴミ袋を広げて座った。

ただ朝を待つ。後ろにもどんどん人が並ぶ。夜だけど明るかった。途中でコンビニに行ったのか、深夜のかちどき橋を歩いた記憶がある。

並んでいた周りのファンには愛知から来た集団、九州から一人で来た女の子がいた。愛知からの集団はヤンキーらしく、バイクでSilent Jealousyが弾けるって自慢してた(どういう風にだろう…)あとは自分の族の名前がアダムスファミリーだとかなんとか(※関係者の方、いらっしゃったらすみません…)そんなことをずっと大声で話していて、その一角だけ妙に盛り上がっていた。次第に一人で九州から来た女の子がその人達に気に入られ、あたしの友達二人も会話に加わったりして、何だか合コン状態になった。そんな光景をあたしは静かに眺めていた。喧騒に少しウンザリしつつ。

空が徐々に白くなり、朝がやって来た。雨はいつの間にかあがっていた。あたしはその時髪に少し青を入れていたため、明るくなった時に見たら、雨で青色が流れ落ちていてびっくりした。顔に色が付いてしまっていて、慌てて拭き取った。

並んでから7・8時間経った頃列が動き出した。ノロノロと少しずつ歩いては止まる。その繰り返し。前夜とは打って変わり、照り付ける太陽。徹夜だし、暑いし、ぼんやりした。

大分時間が経った後、ついに本願寺の敷地に入った。花が無い人には白いカーネーションが一本渡されるが、あたしは花束を持参したのでそれを胸に抱えた。満員電車のような混雑の中を前に進んで行く。

いよいよ献花。