八百長と群集心理
そうです。亀田戦話です。初めに言っておきたいのですが、私はボクシングは全然詳しくありません。そして特別好きではなく、さほど興味はありません。ただ、亀田家に関してはある意味興味があります。それは泉ピン子をいっそ清々しいと思う気持ちと似ています。ムカつく変なおばさんだけど、陰湿に隠しているものを優しく暖か気な嘘でコーティングすることが上手い人よりはまし、という甚だ僭越で不遜な感想ですが。
で、亀田戦ですが見ていません。最後に亀田親子が涙ながらに抱き合うシーン以外はワイドショーなんかでチラ見しただけです。もともと亀田選手を強いとか上手いとか思ったことはなく、歳相応で経験相応+天賦の気質とまあまあ秀でた身体能力がある、という風に感じていました。それが正しいかどうかはわかりませんが、そのように見えるということです。で、ですね私が何故今日このことを書きたいかというと、勝ち負けはどうなのかということではなく、亀田選手が強いのかということでもなく、黒い幕のことでもありません。それは一般層の方々が感じた個人的判定の部分です。
ボクシングと総合は全然違う性質も持っていますが、どちらも格闘技です。格闘技に微妙な判定をジャッジ出来る層がそんなにいるとは思えないわけです。以前少し触れたことのあるプロレス3階層のマーク層がほとんどだと思うわけです。マーク層の判定する個人判定がそれほど重要だとは思えない。大体、そういうマーク層の判定はネットやその他の媒体で識者、もしくは業界で発言力を持つ人の判定から生まれることが多いように思うのです。ま、見た感じ「ちょwww待てwwwwwwww」と思うことはありますけど。
この注目された試合における最終的世間判定は大多数が釣られ心理でもあるなぁと感じたわけです。特にその胡散臭さをプロレスに例えてる人の言う「勝ち負け」は非常に微妙だなと思うわけです。それはただの見た目判断+個人的に人間性が嫌いなだけである可能性がとっても高いんじゃね?という感想。全然格闘技知らないんじゃねーの。という感じで。プロレスはショー。ボクシングはガチ競技(黒い幕部分は別として)マーク層じゃなければこの違いは知っているはず。勝ち負けにだけ関していえばそんなマーク層にまで「ちょwww待てwwwwwww」と思わせる試合をしただけでも屈辱的だとは思いますけど。そんなことを思ったので記念に書いてみただけです。
亀田選手的な人格のセルフプロデュースはどちらかと言えば人間的な好悪では嫌いな部類ですけど、あの「父ちゃん大好き感」はとても羨ましい。おい、父ちゃん、そんなに好かれていいなぁ。羨ましいよ。そういう点では横峰親子と亀田親子似てますよね。良いか悪いかは知りませんけど。親子間におけるあの強烈なまでの繋がり感は、幼い頃から親の人生を押しつけられる的部分があることを否めないスポーツエリート界、もしくはスポーツ英才教育には欠かせない本当に大事なファクトだと思う。それがないと親子間は長いスパンで見ても、成長的崩壊ではなく決定的崩壊の可能性が非常に高いと思うのです。人の希望を我が希望として生きるには大きなリスクがある。
それを考えたり躊躇したりしない、親子ってのはそういうもんだ!という思い込みと強い欲求。それが親子二人三脚で成功したとされる親子の共通点かと。それが世間的に良いか悪いかではなく、それで良いのだという自己肯定感を持った親子というのはびっくりするほどの相手に対する強い強い信頼感をもたらしているように思えて、とても羨ましいです。自分たちが幸せだと思えるなら、それは素晴らしく、良いことです。
ところでこれほど八百長疑惑が濃厚的空気が蔓延してしまい、しかもそれが本当にそうだったことが決定されたかのような亀田選手の今後を差し出がましくも考えてみました。
買収されていた人を更なる買収であやまらせる。
身内のスケープゴートによりわかりやすく悪者を立てる。
お父さんあたり。
それを知って怒りと悲しみにくれて絶縁宣言。
アンド同情感獲得。
わかりやすい誰かに師事する。
防衛線する。
負ける。
謙虚な発言する。
結構いい子じゃん感獲得。
ベビーでもいける。
応援盛り上がる。
黒幕もウマー。
どっかで世界を獲る。
父ちゃんが実は親離れさせなければならなかった、
とか同情される暴露本出版。
結婚する。
父ちゃんを呼んで和解。
良かったネ☆
と、こう言う風に人は利益を追求し、同時にその業界の発展を目指してはいるけれど業界を愛しているわけではないマーク層の黒い幕に勝手にいろいろ背景を作られて見事なまでにカラーを打ち消されて選手生命をろうそくの火が力尽きるようにじわじわと消されていくのですね。よくありますね。こういうこと。あんなにヤバいオーラをまとっていた山本KID選手もほんのり薄靄みたいになっちゃって。最近、KIDの試合つまんね。とかマーク層にまで言われちゃう。ていうか空気のうねりを作り出すのはマーク層だし。
野球のように上手く底上げしないと、またはじわじわと本当に愛されないとマーク層の取り込みは上手くいかないような気もします。テレビやマスコミ、プロデュースの力だけで祭り上げても一瞬の炎である可能性は世界のどんな山よりも高い。そんなもんだ。
2006年8月4日(金)PM:0:59に上げた記事です。
あーねー、なんていうか、てんてんてんです。この亀田戦だけちょこっと見ただけで「ボクシングは格闘技ではない」とか言う人いますね。徳山戦見なよ、ってかんじ。氷山の一角だけを見て「○○は○○だ」とか言っちゃう人嫌い。
フェニックス
まだ写し作業の途中ではありますが、嬉しかったのでご報告を兼ねて新記事更新です。
おたふく疑惑のあった娘ですが、なんとおたふくではありませんでした。高熱でふらふらしているのに、PCをいたずらしようとよってきて横に置いてあったアイスコーヒーをばしゃぁ~っとかけてくれまして…。そのままPCくんは息が絶えてしまいました。
そこで新しい子(PC)を求め、やってきたのであれこれとちょっちぷんの好みを教えているときふと、もう1度通電してみようと思い立ち、繋げてみるとあら不思議。フェニックスのように蘇ったのでした。エンジニアの義弟が以前「電化製品て水がかかってもそのまま電源切って水が完全に乾くまで通電しなければ大抵は蘇るんだよ」と言っていたのを思い出したのはその後のことでしたが。
コーヒーがかかった後、そのまま勝手に電源が切れてしまい、あれだけ派手に水分がかかったんだからもう絶対だめだろうと思い込みすべての線をはずして、放置していたのが良かったのか。でも、はずして持ち上げたら横からコーヒーがぼたぼた~っと出てきたほどだったのでいくらなんでもこれはもう死んでしまっただろうと思ったのです。
娘は高熱だし、孫くんは身体中発疹が出てるし、しばらくネットライフは無理だなと思っていましたが、あにはからんや、結構短い期間のさよならでした。ヤフーもアメブロも携帯から投稿できるのですが、携帯で見ることはないだろうと手続きをしていなかったので、何も出来ずちょっと後悔しました。でも復帰してからも手続きはしていませんが。懲りないな、私も。
以前、お気に入りはウェブ上にもキープしておくといいですよねとか言っておきながら、最近きちんと更新していなかったので、アイタタターでしたが奇跡的に復活してくれたのでそちらはすぐに更新しました。古いPCで容量は極貧だし、見てくれも無骨ですが頑張り屋なこのPCくんを大事にしよう。ちょち子の手が届くところに水物を置いておいてはいかん。気をつけようっと。
2006年7月30日(日)PM:1:20に上げた記事です。
1ヶ月更新しないで放置して、この記事で更新とは。
フェニックスは今も元気です。
フェニックスより私が元気ないです。
でもこの間また娘にいたずらされて
フェニックスの音引きのキーが
毟り取られてなくなってしまいました。
どうやって使えばいいのか…。
とりあえず今は消しゴムをカッターで切って
はめ込んでいます(笑)カッコワルッ!
300の残り 3/3
節目としても、一休みとしても、バックアップとしてもと思い、
他社ブログへ記事をコピーしています。
コピー作業が終わるまで、一応更新はお休みしようと思っています。
写すのに、毎日ここは開くけれど、
分散させたくないので、こちらは一応お休み仕様にしました。
いや、短いかな。どうかな。
すごいスピードで写していたのは、
今後書きたいこと、として記事中に書いたものを
更新再開時に書きたいので、
それを全部、この記事にコピーしておきたかったのですが
バカだねー、それじゃ全部写してからじゃないとダメじゃん!
て、結構すすんでから気付きました。もっかい言うけどバカだねー(笑)
きー!悪かったね!
ここに修正で書き足すことにしま~っす。
そんな「☆空飛ぶ もとちくれった 出張所☆」 もどうぞよろしく!
みなさん、ヤフー以外でも仲良くしてください。
よろしくお願いしまーす。それでは。
2006年6月20日(火)PM:1:00に上げた記事です。
とても強引に300記事にしちゃってて笑えます。
これくらいの長さなら3カラムでもまあ読めるかな。
しかし改行がヘタなのと長文があいまって
他の記事は最悪ですね。
でもモンチッチ記事を載せるまでは意地で頑張ります。
300の残り 2/3
えーと、えーと。ここには何か楽しいことを書きたいのでおもしろいバトンを見つけるとか何か爆笑したこととか、楽しいことをみつけたらひっそり書換えます(笑)何もなかったら、「消えたちょっちぷん 神秘の水中基地」シリーズにします。タイトルはタイトル屋さんが考えるから、シリーズにはならないと思うけど。はっはっは。
えー現在6月24日土曜です。
特におもしろいことはありませぬ。先週、懐かしい漫画、伯爵令嬢、砂の城などを借りてしまい、真剣に読破してしまいました。ブログにアクセスしなかったのは、超真剣に漫画を読んでいたからです。あーおもしろかった。昔の漫画は漫画らしくて良いです。伯爵令嬢はすごく不自然で、不自然だからこそおもしろいです。
はい、25日日曜です。
今日も特にありませぬ。明日の写す予定の記事の最後は、何故&何なのか知らないけど「氷川きよし」タグってのをつけられているのです。しかも氷川きよしの検索結果にも並べられています。何故だ!
今日は28日水曜です。
昨日、今日と昼間ずっとバイク(レース用自転車です)で走りまくっていたら腕が焼けてしまいますた…orz。久しぶりに、ママチャリでなくレース用自転車で走ると気持ちよかです。キャンディキャンディから火がついて、最近、自分が子供のころ持っていたものが片っ端から欲しい、ちょっちぷんです。古道具屋さんめぐりのためにレース用自転車に乗ってるんじゃないよ!本当だよ!
30日金曜です。
今日はとある「協会」のクリニックに行ってきました。かなーり疲れました…。娘は、毎日大体6時から7時に起きて(4時台、5時台もあるけど…)12時30分ころから3時くらいまで昼寝します。夜は9時就寝。なので、昼寝の時間にかかるおでかけは結構調整が難しく、失敗すると娘の機嫌が最高潮に悪くなってしまい、大変なのです。今日はまんまと作戦が裏目に出て、娘を心地よくお昼寝させてあげられませんでした。しょぼん。私も朝5時30分にたたき起こされたのと、ぐずる娘をなだめるのとでくたくたです。11kgをかかえて歩くのはかなーり辛かった~!早く寝よう。眠くてたまりません。22:15
いつの間にか7月に!今日は5日水曜です。
りんごお風呂セットが欲しくてたまりません。あ~、どこかに売ってないかなぁ~。…て書いたら何を書こうとしていたか忘れました(笑)バカだよ。あ、そうだ。写した分を再度検証して、○○書こう、と記したものやコメント欄で触れた書きたいことをメモに残す作業をしています。もしヤフーで再開するとしたら、それらを一気に放出したいと思っています。一気に20記事とか。ぷぷ。ばかみたいで素敵。このちょこっと書き、いつまで書けるかな。←5000文字までだよ
9日日曜です。来週は梅雨明けのような天気とか。待ち遠しいです。早く走りたい!知り合いがパーソナルトレーナーをしているので、最初だけ加圧トレーニングも考えているのですが、うーん…。いまひとつ…。なんか可愛いトレーニングウェアが欲しいです。一つバトン的なものを見つけたので、ここに加筆しようかどうしようか。いや、ここは密かに日記的に限界まで。うん。
2006年6月20日(火)PM:0:18に上げた記事です。
はいはい、また中途半端にやめちゃってます。7月の前半かよっ!丸2ヶ月放置してたのか。まあ良いでしょう。こんなのどうだって。と若干投げやりに。はー、なんだよなんだよまた急に湿度高くなりやがって。イライラ。湿度が高いと俄然不機嫌なちょっちぷん。そして娘も機嫌が悪いよう。怒ってないで、ぜん様と遊ぼうよ。
300の残り 1/3
揃う、ということに美と執着を見出す私は、13日でちょうど1年だし、その日までに残りの3つを書こうと思っていたのでした。ここ数ヶ月、書きたいなと思っていたことがあったので、それをテーマに決めたけれど色々考えると、今まで以上に、思考自体がかなり途中だなぁと思うのです。今までも、そのほとんどが途中の一経過でしかないんだけど、経過とはいえ一つの決着というか、踊り場にたどり着いていたものとは違って、階段の途中というか。
ブログを書くこと。なんで書いているのかな、と何度か思って、いくつか答えを出した。それはさらに進化しています。私は自分の自尊感情を育てたいのです。ブログについて書かれた文章を私が好かないのは、そのせいかもしれないなと思いました。「集」に興味がないのは、そのせいかもしれないなと思いました。人が人と争うのが嫌なのは、そのせいかもしれないなと思いました。それらは「客観性」という名の、他者の評価だから。
他者について思い考えて、それを考察する、その根本は何だろう。個への理解と、集への平均的な最大公約数的な理解は別のものだと思っている。最大公約数的理解もしたいけれど、それはもっと後でいい。利己的な本能の時期を経て、青年期から壮年期初期に利己的な自己愛から利己的な他者への愛を持ち、老年期に利他的な生殖性を持つ。自己探求から自己対決、自己反省、を経て利他的な成熟を遂げる。
漠然とそんな風に思ってきて、それに添った「思いやり」の定義を育てていたけれど自己犠牲なくして成熟はありえないのかな?
利他的でなければ成熟できず、成熟できなければ尊重できない?そんなことないと思う。とどのつまり成熟が何故必要なのかと言えば、自己の心の平和のためじゃないの?利他的であることが成熟で、それを目標とすれば、どこかで欺瞞や迎合、大義名分が生まれる。それが生まれたとき、そばにいる人は運が悪かったと言うのだろうか。
そんなことはないはず。きっと、そうではない尊重の仕方が、関係性がある。私は関係性に希薄なタイプではないからこそ、それを知りたい。自らのうちにある苦しみを、他者が存在することや他者とのかかわりの中で消化したくない。
最近、とても好きなブログが他社にいくつかあって、そのうちのひとつで親子の愛情について書いていました。とても共感できて、胸が痛くなりました。そこでは虐待や、ネグレクトといった部分にも触れてありました。私は娘をぶったり、蹴ったりしないで済んでいるし、無関心にもならないでいます。それでも、そこへ一足飛びに行ってしまう哀しさは、とてもよくわかるのです。とてもとてもよくわかるのです。それは弱さや甘えじゃない、と知っているのです。努力が及ばないことはあるかもしれない。
だけど、万能の万全の努力なんて世の中にはない。世の中には、自分が知っている形以外の愛の形がある。私は、私の知っている常識の中であぐらをかいて、それだけがまるで「普通」と思っていた。「普通」って何だろうね、と言いながら。自分が感じたことのない、愛の形を目前にしたとき、私は私を恥じました。なんて傲慢だったのだろう。すっと受け入れることも出来ないくせに。願う形が、知っている形が何ひとつ手に治まらなくても、愛を注げる人がいるのか。たまたま合致した愛の形を成したことが、努力だけの賜物なのか。
別にそんなこと知らなくても生きていける。
私は私、社会なんて知らない。大人って何。
どうして私が我慢しなきゃならないの。
人間はきっと、それが自分の人生に必要になるまでそんな風に思うのかもしれない。実感したのは、私の人生にはそれが必要になったからかもしれない。同一性の問題じゃなく、昨日と今日と明日の私が、今の私ではないと知らずにはいられない。連綿と続く愛情などない。全く還ってこない愛を注ぎつづけることなど出来ない。自分の心がないがしろにしたものにはないがしろにされても仕方ない。ないがしろにしておらず、不思議と愛を感じるものにすら注ぎ続けることが難しいのに。
夫と娘、生まれた家の人間、友達。みんなそう。いつか私の愛情はとぎれてしまうんだろうか。私は、幼き日に受けた愛の形しか受け入れられないのだろうか。それが一般的であるとか、みなが認める形であるとかに重きをおいてはいないのに。知っているものしか受け取れないのか。そんなはずない。それでも期待してしまう。それでも哀しいと感じてしまう。それでも欲しいと願ってしまう。そんな自分が悲しくてたまらないのです。
生殖性や相互性は「知っている」ものだけとしか成り立たないのか。己の評価を己のみでもてないのだろうか。そんなのは美しくない。そんなのは望まない。なのに欲しいと乞い願う、自分が悲しく、不甲斐ない。知ったつもりで生きていたくない。悲しくてたまらない自分が、またさらに悲しいのです。
2006年6月20日(火)PM:0:04に上げた記事です。
この記事とは全然関係ないのですが、ちょっと掃除するのにPCの配線を全て取り外したら娘にひとつ隠されてしまいネットできませんでした。しかもアメブロ、ここ数日午前中は調子が悪くてちゃんと記事を上げることが出来なくてムカーッ!!あとちょっとなのに!ってなってました。昨日の夜隠されたものを見つけ、今日はなんとかアメブロも通常通りみたいで一安心です。
個人的に考えるトレーニングあれこれ
またしてもトラックバックでお送りいたします。久しぶりの筋肉記事です。
先に相談内容と、私の持っているタニさん身体情報をまとめてみます。
全身のバルクアップ
ジャンプ力、アタック力のアップ
筋肉がつきづらい
食事(カロリー)がとりにくい
睡眠がとりにくい
ランダムなトレーニングしかできない
現在の自分の筋力に則した計画がない
等身大の持っている筋力への知識不足
ライフスタイル
基礎トレーニングとバレーのトレーニングの分けかたが曖昧
2006年6月3日(土)PM:4:39に上げた記事です。
私は健全な身体には健全な魂が宿るとは全く思いません。
特に学校というところで行われる体育の授業には疑問を感じます。
なぜならば身体を動かすことが健全な魂を育てるのではなく
「やりたいと望む形で取り入れる身体運動」がより健全な魂を育てると考えているからです。
スポーツは向き不向き、好悪とタイミングがものすごく重要です。
やりたいときにやるのが最も伸びるし、最も楽しめます。
だからトレーニングもいやいややっても対して身にはつかないと考えています。
好きなスポーツをしていると自然に身体に何が必要なのかは
もう本当に自然に理解できます。
まずは好きなスポーツを楽しんですることが1番かな、と思っています。
アンカーちょっちぷん
かなり久しぶりです。あと5つのノルマを自ら勝手に課したので、嬉しいです(笑)
おねいちゃんのバトン記事はこちら~☆
いつもはアメリカで可愛い双子ちゃんのカッコイイ母ちゃんなおねいちゃんですが
この記事を読むと、妻でも母でもなく、一人の女性としての輝きを感じます。
恋愛しているときのおねいちゃんはさぞかしキラキラと楽しそうであろうなぁと思いました。
私は恋愛至上主義でもないし、どちらかというと懐疑主義というか
男の人はあまり好きではないというか…てんてんてん。
なので、多分全然おもしろくないと思いますが(笑)
最大公約数みたいな方程式は敷かなくても大丈夫な気がするな。
自分が好きになる男性には必ず好かれる自信はあります。
ところがこれが女性だとダメなときもある。
私はその女性の生きる姿勢というか、もって生まれた性質的な部分がとても好きで、仲良くしたいと思って、
男性にするのと同じように率直に、ストレートに、相手がどうあれ
素直に自分の心に従って接するけれど、それが苦手だなぁという女性もいるわけで…。
心も体も、全身でする恋愛よりも心でしか接することの出来ない関係は、本当に難しいなぁと思う。
【Q2】愛する人と愛される人、恋の勝者はどっち?
これはあれかな?片思いの人のことなのかな。
それとも伝わらない愛とか、受け入れられない愛とか??
勝ち負けの価値観で判断するならば、愛されてる人が勝者じゃないのかなー?
充実して楽しめるのは愛する方だと思うし、色々な面から考えれば負けるが勝ちかもしれないし。
普通にお付き合いするというか恋人とか夫婦ならそれこそ勝った負けた言ってんじゃねえ!てかんじ。
まあ、乱暴。
【Q3】落としにかかられていると分かっていても猛アタックを受けるのは悪くない
わかるほどの猛アタックするなら、言葉で伝えることも出来るでしょ。
なんていうか行動や何かで「わかってもらう」系好きじゃない。とても不快です。
はっきり言ってドン引きです。
遊び相手とか、肉体関係のみの関係とかを求めてるなら良い戦略かもしれないけど
うまくゴマかして、うまく立ち回ってやろうとして相手を傷つけるような行動だったら
逆手にとって傷つけてやる、と燃えるかもしれません。
そいつはただの嘘つきだ。
好きならお世辞言わなくても、普通に褒めるところの一つくらいあるでしょ。
ギクッとはするかもしれないな。この人、駅前とかで「手相の勉強しているんですけどぉ…」
とかやってるんじゃないだろうな。とか(笑)
別にドキッとはしないと思う。いまいち意図がわからないなー。
頼んだときに一発でとってくれるのはポイント高い。
でも私、自分がこれ得意なのよね。一緒にゲーセン行くってのは、そもそもポイントが低い。
というかポイントを増減したい間柄じゃない可能性が非常に高いです。
人をいじることでしか笑いとれないのも嫌だし、それで気を引けると思ってるとしたら
それだけでその人を好きになることはない。
表面的には目くじら立ててそれを主張することはないけど、そういう人には出来る限り近寄らないようにする。
どうしても時間を共有しないといけないときは、お愛想しない。
【Q9】気があるのが見え見えでも、全然アリだ
最もダメなタイプ。気持ち悪く感じちゃうんだよね。怖気が来る。
ところが、不思議なことに同じことを女の子がしているのを見ると可愛らしく見えるのです。
なんでだろ。ちっちゃい女の子が楽しそうに遊んでいるグループに入りたくて
もじもじしているのをみたりすると、いじらしくて可愛いです。
もしかしてレズビアンなのかしら、と思ったこともあるけれど、女性を恋愛対象としたことはないので
多分違うと思われます。これも性差別か?うーむ。
「女の子が喜びそうなもの」を選ぶんじゃなくて「私が喜ぶもの」を想像してくれたなら、
ドストライクじゃなくても、時を経て愛着を持つ。
わからないし、リサーチも面倒っていうことならなるべくお中元ちっくなものが嬉しいです。
洗剤とか、無地の厚手のタオルとか、海苔とか。味海苔はポイント高いです(笑)明太子とか!
…何の話だっけ?
【Q11】異性から1対1の食事に誘われたら、気があると思う
そこそこの付き合いしかない人でも、気があるのかは誘いじゃなくても匂いそうだし。
そういうの好きじゃないから見えないことにしているけれど。
一般道路ならむしろ低い。ちなみに夫は運転が上手いけど荒いから減点対象です。
娘が生まれて慎重になったけど、生まれる前に妻が横に乗ってることも自覚して欲しかったです。ふん。
【Q13】なりゆきで付き合うよりも、きちんと告白したい/されたい
なんとなくいつも一緒にいて、時間があれば会いたいし
共にいて楽しくてその人とだけ肉体関係を持って、てかんじ?
なら別に告白するしないにはこだわらないかな。
相手を見て、自分の内なる気持ちがあるならどっちでもいいです。
【Q14】一発芸がある人はポイントが高い
あ、女性限定だけど、視線にドキッとしたことはあります。
どこを見てるっていうのじゃないけど、キッとした、凛とした視線に気付くとドキッとするかもしれない。
何かを決意したような、何かを見据えたようなかんじ。
男性だと不思議と「おなかでもすいてんのかな」と思ってしまう(笑)
なんか自分がちょっとズレた感覚なんだなーと実感。おもしろかった。
そしてまたアンカーです。だってだってだって、私足速いもん!都大会出たことあるもん!
いつもアンカーだったんだもん!
まだ何が何だかよく調べていないので、後々変更箇所もあるかと思いますが、よろしくです。
可愛い綺麗なカラフルなスキンが沢山あるんだけど、長文マンの私にあの形は厳しいっす…。
途中で綺麗さは捨てて見やすさに固執し始めそうな予感がひしひしとしています。
アメブロ版もとちくれったはこちらです 。
是非遊びに来てください。お待ちしとりまっす!
なお、アメブロ版もとちくれった「☆空飛ぶ もとちくれった 出張所☆」は
お気に入りの中の、他社ブログ戦隊にも登録してございます。どうぞよろしく。
2006年5月18日(木)PM:1:09に上げた記事です。
男性には無駄に厳しいちょっちぷんが来ましたよ。
格闘技やってる男性にもわりと男尊女卑的思想の人も多いので
時々むっとするあまり格闘技ではなく言葉の格闘技でKOしてしまいます。
夫の立場も考えなくては、とあとで若干反省したりもしますが
結果的には、ふん、向こうが悪いんじゃい。
と思っていたりもするので始末におえません。
ふう…
すみません、突然失踪してしまって。生きてました。
先週末、またしても娘が高熱を出してしまいました。
成長して色々なことが記憶にストックされるようになってきたのもあって
具合の悪さも実感してしまうようで、かなりご機嫌ナナメでした。
ここ最近、試行錯誤の結果、深夜徘徊がなくなってきていたのに
熱のあるときは、そんな期間がなかったかのごとく、眠れずに泣かれてしまいました。
こういうときは徹底的に娘のライフサイクルに合わせるのが1番と、寝たり起きたり
食べられるものを探したり、好きな絵本を読んであげたり、一緒にビデオを見たりしていました。
危うく私が幼児退行しそうでした。
大分体力がついてきたのもあって、睡眠がしっかりとれてくると
起きている間は、びっくりするほど元気になります。
しかし長続きはしないので、ちょっとしたことで癇癪を炸裂させ、一端キレると大変な騒ぎです。
キレた状態を治められるのは今は私しかいないので、娘の一挙手一投足から目が離せませんでした。
なにしろ、お気に入りのおもちゃを手にして、あちこち歩き回り
何かの隙間に自分で入れて、取れないとキレるので手がつけられません。
まあ、そういうときは取ってあげれば落ち着くのですが、取って上げるとまた入れるわけです。
一体全体何がしたいのか、必死で考えましたがわかりませんでした。
娘よ、わからんちんの母親ですまんのぅ。
やっと昨日あたりから突発性癇癪玉を発射することもなくなり
食事も普通に口にするようになったので、一安心です。
喉が弱いのですな。娘は。すぐ扁桃腺や喉頭炎になってしまいます。
ちょっと具合が悪くなると、まるで私がわざと風邪をひかせているか
どうしたら風邪を引くのかわからない人間のように
「風邪引かせないであげてよ」
とか言われて、ブチ切れ寸前ギグといった感じでございます。ぷんぷん。
誰が好き好んで、こんな苦しい期間作るか!
可愛い子供に云々は私にもあります。ありますけどね、風邪って完全に防げるものなんですかね。
外出られねーよ。
…はっ、すみません。ちょっと毒づいてしまいました。
そんなこんなで、金曜か土曜にアメブロの方に取り掛かろうとの目論見は
私のアイデンティティのように脆くも崩れ去ってしまいました。
今日、ベースだけ作ってみました。
遅れましたが明日から少しずつ取り掛かるつもりでいます。娘が具合悪くならなければ。
そして、この記事以外にあと5つこちらで記事を書いて更新は一応のお休みにすることにしました。
なんで5つかといえば、今記事数が294なので、これで295。
あと5つで300になるからキリがいいかな、と思って(笑)
2006年5月17日(水)PM:9:57に上げた記事です。
相変わらず、体調は崩しやすいです。
体温が高めなのもあり、夏は体調も精神的にもイマイチな娘です。
湿度が高いと顕著です。イライラするんだなぁ。
「不快」という看板を持って歩いているかのごとくの日々でした。
夏が終わって本当に良かった。
涼しくなった途端、体調も気持ちも絶好調に安定しました。
ほっ。
最近やっと遅まきながら娘にも「ごっこ遊び」が出てきました。
クマちゃんを持って、あーでもないこーでもないやっています。
じゃ、ママお買い物に行くね、ばいばい、と言うと
クマの手を振って「ばいばい」…かわいいけど、アータがばいばいしてよ(笑)
でもいいや。可愛いし、意味もわかるし。うん。
成長したね。ありがとう、毎日いろんなことを知ってくれて。
帰ってきた都道府県の謎(別にどこにも行ってないけど)
いや~、寝すぎました。
GW、ほとんど寝て過ごしました!ビバ、睡眠!
はっきり言って頭が割れそうに痛くなるほど寝まくりました。
おとといの晩は一睡も出来ないほど。
そのおかげで昨日一日死にかけましたが。
朝まで全然眠くないのに、何故か夫と娘が起きてきた途端眠くなるのは何故なのか知りたいものです。
しかも眠気を自覚した途端、頭痛までするし。はぁ。
しっかり寝たおかげで風邪の残りも一掃できて、やっと元気に過ごせるわぁ、と思ったのも束の間
30過ぎて完徹は身に堪えました。何年ぶりかな、完徹なんてしたの。
ありあまる元気に、夜中に筋トレしてしまいました。ほんとバカ。
でもそんな自分が大好き。
で、都道府県の謎、GWも寝ながら(?)考えて、いろいろ調べてみました。
1都1道2府43県は固定の数なのかと思いましたが、どうもそうではないようです。
たまたまそうなっただけで、変ることも充分考えられるようです。
かなり定義自体も曖昧で、明治にあった廃藩置県により、今の形になったようですが
将来的には1道8州にするという構想があるようです。
東京は以前は東京府だったのに、都、と改められたのは、地方自治の特別区(23区)が置かれた
特別な地方のためだそうです。ふーん。
そして北海道が何故北海と呼ばれないのか、ですが北海道は
北海県のような意味ではなく、東海道とか南海道などと同じ位置付けだそうで
更に蝦夷の音読みであるカイ、更に更に北にある、ということから北海道と呼ばれているそうです。
元は蝦夷が島と呼ばれていたんだって。東京都にあたる形は北海道庁だったらしいけれど。
以前は北海道には3つの県があったりして、それもあって北海道はそのまま略されることがないようです。
東海道も略さないもんな。うん。
都道府県は呼称の違いのみで、同等のものであり、
単に現行法の制定当時に存在した沿革上の名称をそのまま踏襲したまでのことらしいです。
地方自治法や都道府県条例では、市となるための要件や町となるための要件などは規定されていても、
「府となるための要件」や「都となるための要件」は存在しない、ということだそうで。
法理論上は、現在の府県や北海道が「都」となっても良いらしいです。
そして、府も県となんら変りはなく、以前は11府あったりもしたそうです。
現在の2府以外は1年足らずで廃止されて県になったようですが、地方自治法の機能上の違いはあれど
それ以外の違いはないとのことでした。
地方自治法が定められたときに、その機能の違いのため府、とされたり、東京府(23区)と
東京市の合併で特別な地方自治が必要だったため、都、とされたりしただけらしいです。
色々調べると、知らないことばかりで、しかも制定当時はいい加減な部分もあったりして
とってもおもしろかったです。
私の悪いところは、こうして調べて、しかも面白いと思ったのにも関わらずすぐ忘れるところです。
悪いのは頭かもしれませんが。
日常で使用頻度の少ない情報ってすぐ忘れちゃうんだよなー。
でもどうでもいいことはしっかり覚えてたりして。
写し作業、今週中に始めたいと思っています。
アメブロに決定しました。と言ってもまだ何もしてないけど。
さーて、可愛いスキンあるかなー♪
写すときめたけど、まだ過去の記事読み返してないんだよなー。
いいや、写すときに読み返して一人でくすくすしよう。そうしよう、そうしよう。
2006年5月9日(火)PM:1:52に上げた記事です。
そんなこんなで始めたアメブロへの写しもそろそろ終わりを迎えます。
今日いくつか写したらあと残り一日で全ての記事を写し終わります。
この間も書いたけど、写し終わったら今度はこつこつコメントを写す予定です。
その間はどうしようか、更新しようかしないで写しているときと同じようにしようか。
悩むところです。全部写したらやふーは閉鎖しようと今のところは考えているのですが。
まあヤフーにあろうがアメブロにあろうが変わりはないとは思うのですが。
全く同じものが二つあってもしょうがないしな。
まあぼちぼち考えることにします。
都道府県の謎…は最初だけだけどね
お久しぶり…の気がしないのですが、バタバタしてて全然ネットも出来ませんでした。ネットが出来ないって表現、なんかヘン?ま、いいや。
ところで、都道府県で、例えば青森県とか沖縄県とか鹿児島県とか大阪府とかって、青森とか沖縄とか鹿児島とか大阪って呼ばれるけど、北海道は北海とは言わないですよね。いつか人口が大幅に変ったりして、北海道が北海都とかになったらやっぱり北海都って呼ばれるのかな?
バタバタしている間、ちょこちょこ考えていたのですが、ブログはやっぱり写す作業をします。同時進行は難しいかもしれないので、一応写し作業をメインにしてヤフーの更新は、どれくらい出来るかわかりませんが、ぼちぼちしていくことにしました。まだどこのブログにするか決めていないのですが、一応アメブロから調べてみようと思います。というのも、やたら長文な私は以前作った悪の巣窟で、何度も一つの記事をいくつかに分けねばならず、それが嫌で途中で放置してしまっているのです。全部写し終わったら、悪の巣窟は削除しよう。
なので、今回は途中で放置せぬように、ちゃんと検討して、更に追記していくつもりであります。更新は今まで以上に減りますが、というか多分ほぼお休み状態になりますが、ブログは特別お休みするつもりはありませんので、まだまだよろしくお願いいたしまーす。
2006年5月1日(火)PM:5:51に上げた記事です。
しかし本当にどうでもいいことを書いていますね。いやー、今日は湿度が低くて、空が高くてすっかり秋もようです。とても気持ちがいいです。
ぎらりと暑い夏でも湿度が高くなければそれほど嫌いじゃないような気もしますが、日本の夏は本当に湿度が高くてしんどいです。
秋が忍び脚でそろりそろりと近づいてきました。ぱっと振り返ったりしてはなりません。気付かないフリをして、好きにさせてあげましょう。そうして秋がゆったりと自分の居場所を見つけて、自分を安心させることが出来たら、そうっと夏の残りを渡しましょう。その時、じっと秋を見たりしてはなりません。すうっと前から近づいて、そうっとそうっと秋の近くに置けばよいのです。秋はきっと、私たちが少し離れると、それをそうっと取り上げて、にっこり笑って宝物をしまっておく袋に入れるでしょう。秋と私と夏の残りが、静かに静かに共にあります。