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2008-08-06 11:39:51

ためいき

テーマ:すべりまくる話

昨日はJPと遊んだ。遊んだつーても、私たちは酒を飲まないので
ブラブラ買い物して、話すだけなんだけど。
私たちの会話は、昔からちょっと変な進み方をする。
私がAについて話している最中、何かのキーワードがJPにBを想起させAの途中で、JPがBについて話し出す。
それを聞いていて、私がCを思いついてCについて話す。
その中で今度はAに戻ってAの話をしながら、Bも混ぜたりする。
全然違う内容の話をいくつか並行に進めていくことが多い。

こう書くと、なんでそんなわかりづらい会話なんだと思うんだけど、特別接点のない話でも
実際は全然苦痛でもなんでもなく、普通に進むんだよね。不思議。
これが他の人と出来るかというと、出来ないんだよね。
でも妹とは出来る。ということはJPを家族的に捉えているのか。
いや、多分それはそうなんだけど、生まれた家の人と違って、現家族である夫とは出来ないし
父とも出来ない。想像だけど、母とも出来なかったと思う。

別に結論のない話をしているわけでもなく、なんらかのレスポンスもあるし、結論めいたところもある。
話のこしが折れるわけでもなく、言いたいことが端折られるわけでもない。
不思議なもんだなと思う。
特別、会話にルールがあるわけでもなく、なんだかいつのまにかそうなっている。
私のPCのこちら側の人生で血縁以外で、深く繋がっていたい人は夫とJPともう1人の友達だけなんだけど
そのうちのJP以外は、そういう会話の仕方はしない。意識してそうしているわけではないけれど。

前も書いたけど、JPと私は今出会ったら本当に気が合わず、むしろお互いムカつくと感じるような相性だと思う。
けど、なんだかしち面倒くさい最初の相互性を育てるための諸々を意識する間もなくやって
相互性の種を撒くことに成功し、発芽したものを枯れさせることなく、今日まで続いている。
今は、これから先、JPがちょっと理解出来ないことをしでかしたとしても、それがひどく難解で
結局のところ理解出来ないようなものを持っていたとしても、その相互性が枯れることはないと思う。

もう1人の友達が同じような相互性の生育過程かというと、全然違う。彼女とは立ち位置が近い。
もともとかなり共感も持てたし、多分いつどこで会っても私たちはお互いに好意を持って
今のような関係性を育めたと思う。不思議なものだと思う。
初めから、種があるところを知っていて、二人で育てる約束をしたわけではないけれど
何故か二人で育てているような感じ。

PCのこちら側の私の周りには彼女を除いて、私と近いつくりをしていると感じる人はいない。
夫もJPも、それ以外の友達もどちらかというと全然違う種類の生き物みたいだ。
感覚、直感、本能、そういうもので出来ているみたいに見える。
悪く聞こえるかもしれないが、いい意味で自分勝手な人たちだ。
その代表は夫なんだけど、特に反社会的なわけでもなく、わがままでもないし、
私と比べて、協調性もあるし、社交的ですらある。だけど自己中心的だ。
ただ、驚くほど正直だ。
「個」と「個」の対人において、無神経なほど正直であることが私の求めるものなのかもしれない。

人はウォールポケットのように、きちんと分類できる、見えるものだけで出来ているわけではない。
ブラックボックスもあれば、パンドラの箱もあり、井戸もあるし、宝箱や、金庫も持っている。
そして大抵はそのどれを持っているかなど知らないままだ。
ふと気付き、不穏なものを感じ、さらに奥の暗闇にしまいこむこともある。
知らないまま、そのパンドラの箱が開いていて、開いていることにすら気付かない。
頭にめがねを乗せて「めがね、めがね」とあたふたするような生き物だ。

端から見たら、「めがね頭に乗っとるやんけ」ということを他人に言われるのは辛いものだ。
パーソナルスペースにはいくつかゲートがあって、そのすべてがオープンになっているタイプもいれば、
形態が違う、複雑なところ、見つけにくいところのゲートしか開けないタイプもいれば、
自分の認識で選択したゲートしか開けないタイプもいる。

相互性の種は、そこを見つけられるかで撒けるか撒けないかが決まる。
なーんにも考えず、あるがままで、自然とそこが見える相手と出会える確率は低い。
本当に素のままで、そんな曲芸が出来るのは一生に一人いるかいないかだ。
だからこそ人はセルフ・プロデュースするし、悩む。
パーソナリティは1つしか持っていないわけではない。
いくつもの複雑なパーソナリティがあり、その中で最も自己認識の高い、統括的パーソナリティが
他人には、その人として認識される部分なだけだ。

相互性は、そういった複雑なパーソナリティの柔軟なチェンジグに対応出来て初めて育つ。
誰とでも育てられるわけではないのは、そういう理由だ。
柔軟性や、まったく見たことないパーソナリティを持つ人に対応できるパーソナリティがなければ
相互性はそこでストップする。
かと言って、それが相互性の枯れる理由ではない。
パーソナリティは環境やそれまでの相互性で比較的よく中心が入れ替わるものでもある。

そのとき中心にあるパーソナリティがまったく理解不能でも、距離をとり
相互性と離れたところで、勝手に生きていれば、またわかりやすいパーソナリティが現れることもある。
それは、だから嫌なことに目をつぶれという意味ではない。
距離を保つことは必要不可欠なときがあるという意味だ。
だいたい、パーソナリティの相互性うんぬんの前に好悪がある。

好きでもないものを、好きになるなんていうのは土台無理な話で
自分の労力(いわゆる努力や手間)と、自分の求めるものを秤にかけて、
どちらがより強いかで頑張る力加減は決まってしまう。
労力を惜しんで求めるもの得られることは、とても少ない。
求めて、得られるほとんどは労力を惜しまなかったときだ。
それは苦労しろ、努力しろということではない。自分にとってどちらが重いかは自分にしかわからない。
そういうことだ。それをせずにいることで、求めるものが手に入らないと嘆き苦しむのは辛いことだ。

労力を使っても無駄に終わることの方が多いだろうと思う。
相手が割く労力が、目に見えて大きさが違うこともある。
私は、そういうときどこまで自分が労力を使えるか、試すようなところがある。
試して試して、その中で育つ相互性があると知っているし、自分の好意が大きいことを知っているから。
けれど、そのバランスが長い間著しく偏っているときは、やはり疲れる。
寂しくもあるし、とても残念だ。そしてそれでも労力を割くこともある。

当たり前だけれど相互性の育たない好意はいつか枯渇する。
どれくらいかはわからないけれど、相手が私の持っているゲートを見ようともせず
自分のやり方で、私を否定することもある。それは仕方がない。それがその人のあり方だから。
それをまざまざと見せ付けられたそのとき初めて、私は私の求める気持ちにけりをつける。
好意が枯渇する瞬間なのだと思う。
責めることはしないし、非難もしないけれど、静かに黙って私は作業着を脱いで
手元を照らすライトを片付け、今までのことを書きとめたノートを捨てる。
そこが終点だ。





2008年8月2日(土)PM:2:36に上げた記事です。

パーソナリティとミューチャリティについて、軽く触れてしまい、今後例のあれを書こうと思ったら
苦労するんじゃないかと、たった今気付いてちょっぴり(´.ω.)ショボン。
人はどうしようもなく、社会に属することを求める生き物である。
かといって、それに飲み込まれるだけでも生きていけない。
「私」というアイデンティティは何から出来るのか、相対的なものでしかないのか。
相対的な面は持つべきだし、なくすことは出来ない。
出来ないけれど必ずしも知識と自分を照らし合わせる必要はない。
それが何故出来るのかと言えば、ここのところ自分の中で話題の中心「甘え」である。
「甘え」が満たされることによって、人は相互性を育て、自尊感情を育てるのだ。
しかし、その「甘え」は誰にでも満たしてもらえるわけではない。
満たしてくれる誰かを見つけるのは自分でしかない。
相互性の中で最も難関なのは、この「甘え」を見極めることだ。
どこまでそれを出して良いか、そして自分はどこまで受容出来るか。
出すのも受容するのも、支えは好意であることは間違いない。

このバランスが合わない人と、相互性を育てるのは至難の技だ。
せめて片方が「バランスが悪い」と気付いていれば、気付いた方の好意がそれを支える。
私の言う「好意」は「人が好意でやってあげたのに」の好意でなく単純に「好きだ」という気持ちのこと。
人好きな私でも、個人として人を愛することはとても少ない。
だから、あまりにも交流の形や好意の現れが、労力を必要とする形な場合
「なんでおれがこんなに労力つかわなきゃいけねーんだ」と思うのである。
よく言う、好きな人なら許せるってのは、このあたりでしょう。好きだと、そういうこと思わないもん。
人は怠け者だからね。
私は社会不適豪奢←この豪奢なら社会不適でもいい
もとい、社会不適合者として、毎日ごろごろして、好きな人とだけ話して、好きなことだけしたいので
つくづくそう思う。


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2008-08-06 11:31:36

おばちゃん頭ひよこ色やで

テーマ:毎日のこと

別バージョンにラベンダー色もあり(どうでもいい情報)。そして無駄に長い話です。

近所に、アノヒト、なんて言う名前だったかな…。みつまジャパン?だったかな。
そのみつまジャパンと大山のぶよを足して割ったようなおばちゃんがいる。
ものすっごい色白で、さらにもっと真っ白にお化粧していて
青みがかったピンク、前にジュリアナお立ち台の人が塗っていたような色の口紅を塗っている。
で…髪はひよこ色。

多分、真っ白な髪を染めているんだと思うけど、すごいきれいなひよこ色。
すごーく小さくて、すごーく細くて、すごーく高い澄んだ声。
知り合いではない。
ただ、いつも自転車に乗りながら、ものすごい勢いでしゃべっているので聞いただけ。
内容は、悪口雑言。

河内のおっさん(河内のおっさん、ごめんなさい)かって言うくらいガラ悪い。
常に巻き舌。
気になって気になって、後つけようかと思うほど(つけないけど)。
しかも相当不穏当。
天皇陛下についてと元総理の小泉さんについてが最も多い。(よく会うのだ)
天皇陛下は天ちゃんと呼ばれている。この世のありとあらゆる悪は「天ちゃん」のせいらしい。
小泉さんは、何故か「純ちゃん」純ちゃんだけど、爆弾でボーン!らしい。(これまずいかな)

一体全体、何がおばちゃんを怒りに掻き立てるのか。
スーパーで行き会い、ぶつかっちゃったことがあるんだけど、その時は
私が「あ、ごめんなさい!」と言ったら「あら、いいのよー(にこ)」みたいな感じで
見た目はぶっ飛んでるけど、特に変わってるとも思わなかった。
帰りに同じ道を自転車で走っていて、びっくらこいた。

すげえおばさん。でもなんか嫌いじゃない。ちょっと怖いけど。

違うおばちゃん(たち)の話。
向かいにドラッグストアのあるスーパーに家族で買い物へと行ったとき
スーパーでの買い物を済ませて、買ったものを自転車のカゴに載せ娘と夫を待たせてドラッグストアへ。
私は一人、娘と夫は二人乗り。両方のカゴに荷物は入ってる。
2台の自転車は意図はないけど、少し離れたところに停めた。
たった2品必要なものがあるだけだったけれど、そのときはたまたまレジが詰まってた。
支払いに並んでいると外からガッシャーーーーン!!と聞こえた。
それから5分ほどして、会計を済ませ外に出てみると…。

夫と謎のオバサン(推定年齢60歳オーバー)がにらみ合ってる。
夫が怒るのは娘に関することくらいなので、オバサンが娘に何かしたのかと慌てて近づくと
オバサンが私に向かって突然

「で、いくら?卵いくらなの!?」

は?と思いながら208円ですけど。と言ったら
「んま、高いわね…ブツブツ。あら細かいのないわ。今くずしてくるから」と向かいのスーパーにすたすた。
なんなんだ、あれは。と夫に言うと、夫は口を尖らせて
「あのオバサン、ちょっちぷんの自転車倒して卵割ったんだよ」と言う。

まあカゴに割れ物を入れて置いていくのは、こっちも悪いんだし、よかったのにと言うと
温厚な夫が「それはダメ!弁償してもらう!」と憤慨している。
話を聞いてみると、離れたところはガラ空きなのに、ほんの少ししか空いていない
私の自転車の隣に入れたかったらしく、少しずらすとかもせずに、
無理やり突っ込んでケツ圧(古いなぁ)でドミノ倒ししたらしい。

それを見て夫が、ちょっと!そんなとこに停められるわけないじゃないですか!
と言うと「あらそう、やあねえ」とドミノ倒された自転車を直しもせずに立ち去ろうとしたので
「その手前の、うちの自転車なんだけど卵入ってるんですよね」
と言ったら大きなため息をついて嫌そうにうちの自転車だけ起こして「で、いくら?」と言ったらしい。

このあたりからムっとしてきた夫は「さあ、かみさんが買ったんでかみさんに聞かないとわかんない」と
ぶっきらぼうに答えるとオバサンは「困るわ~急いでるのよね、ちょっと聞いてきてよ、早く!」とか言い出した。
怒った夫は「勝手に無理やり自転車停めて、倒して、人のもの壊しといて何なの」と
言ったら、オバサンは急にそっぽを向いて「早くこないかしら、やあねえ」と攻撃をやめたそうな。
結局その後スーパーでお金をくずしてきたオバサンに210円をもらって私達は家へ帰った。

しばらくぷりぷりしていた夫だったが、寝る前にはとっくに忘れて楽しく走りに行った。
しかし、ちょっちぷん一家の受難は終わっていなかった。
ある日夫は練習に行った。
夫の行くジムは訳あって、付近の一定の部分を立ち入り禁止にするため(敷地内です)
コーンを棒でつないだものを張り巡らすらしい。

そこは鬼門の駐輪場付近だった。夫は、練習中もちょこちょこチェックしていたらしい。
すると一人のオバサン(推定年齢60オーバー)が自転車でやってきて
キョロキョロした後、そのコーンをずるずると移動させた。
そしてそこに自転車を停めて、そそくさと行こうとするので
夫は「すいません、それは動かさないでください」
と声を掛けたらば、ギョっとしてオバサンは声の方を向いた。

「あらそう、やあねえ」と自転車に乗ってオバサンはそのまま行こうとしたので
「ちゃんと直して行ってください」と言ったら
「最近の若い人は…ナンジャラモンジャラ…」とふじこりながらぷりぷりしていたそうだ。
夫はとっても理不尽なオバサン第2号にムっとしながら練習を続けたらしい。

受難は更に続く。
夫と私がまっすぐに走る道の方が優先の十字路で、オバサン(推定年齢60オーバー)が立ち止まって
横を行く車を先に行かせようとしている。
車の方はあきらかに「そっちが優先なんだけど…」というように止まって戸惑っている。
夫はその脇をすーっと通り抜けていった。

私がその後ろをついて行こうとするとオバサンが何か言っている。
娘が靴でも落としたかと減速すると…。

「ちょっと何なの!?こっちが止まってるんだから止まりなさいよ!非常識なんだから!!」

ええ~…。何その言われよう…。「車は止まってしまっているし、こっちが優先の道路なんですよ」
と言ったらオバサンは不服そうに、ぷりぷりと、ナンジャラモンジャラ言っていた。
確かにね、止まってるオバサンを尻目に夫がすっと行ったとき、待ってりゃいいのに…と私も思った。
どっちが優先とかじゃなく譲ってる人がいて、自分もさほど急いでるわけじゃないし。
でも車は「止まっちゃったし、先行ってくれ!」って合図までしてたんだもん。

そういうときって無駄に譲り合うじゃないですか。
そういうのが長引くの嫌いなんだよね。
どうぞ、って言ったら、いいえどうぞ、って言われた。
そしたら、ではすみません、ありがとうでいいでしょって思うの。

何度も何度もいいえどうぞ、いいえどうぞ、ってするの嫌い。
待てばよかったのにって思ったのは、そういうことする人って大抵
それを無にされると憤慨するから。
「せっかくやってあげたのに」「思いやってあげたのに」
自発的に、人に何かを施すとか思いやるってのは、本来自分のためでしかないのに
それを「自分を犠牲にするアテクシ素晴らしい」って位置付けだから無碍にされると怒り出す。

生ゴミが最高の素晴らしいもの、「バカ」は最大級の誉め言葉の文化の宇宙人が来て
生ゴミ渡しながらバカって言ったら「はぁ?」って思うじゃない。
これは私の星の思いやりです、受け取らないとは何事だ!
宇宙戦争だ!ってなったらビックリするじゃないか。

なのに、そのオバサンはまるでそれが当たり前で、それに従わないバカな若い親に教育的指導!!
みたいに善に従わないことをののしる。
そういうことされると、まあどっちでもいいけど、な優先道路云々と言いたくなる。

長くなったけど、まだ受難は続く。
自分の家のエリア内に布団を干すときのこと。
私は布団を干すのが大好きで、湿度が高すぎず、あまり曇っていなければ布団を干す。
干して、そのまま出掛けてしまうこともしばしばある。
一応、出掛ける前にリアルタイムの天気予報はチェックするけど、危ないときもある。

けどさ、それうちの布団だぜ?
濡れようが、使えなくなろうが、近所迷惑ではないでしょう。
でも、隣のおばちゃんは「ホラまた布団干しっぱなし!!雨くるよ!(大抵来ない)」
「早くしまって!近所迷惑だから、ちゃんとしないと!」っていつも言うんですよ。
なんでなんだ。2回目だけど、それうちの布団だぜ?

ひよこ色の髪のおばちゃん以外の全員が、ちょっちぷん(達)が悪いと言う。
そんなにおれが悪いのか。ららばいららばいおやすみよー。
おばちゃんてなんであんなに自分を疑わないんだろう。
ひよこ色の髪のおばちゃんは、ぶっ飛んでるし、ちょっと危なっかしいけど
そういうことに興味がないようだ。

どっちかにしかなれないなら、ひよこ色の髪のおばちゃんだなと思ったちょっちぷんであった。
究極の選択か。





2008年8月1日(金)PM:11:26に上げた記事です。

おばちゃん嫌い。代表は細木○子だな。男だと武田○矢。
なんなのあのメンタリティは。
そういう発達の過程しかなかった環境には同情するし、そのメカニズムも理解できる。
理解出来るけど、嫌いなものは嫌い。
出来るだけ離れて生きていきたい。

が。

ものすごいたくさんいるので、結構近くに潜んでいて、虫並にコケさせられる。
くわばらくわばら。

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2008-08-06 11:21:58

せみ

テーマ:

今年も近くの公園からセミの鳴き声(じゃないんだよね)が聞こえてきた。
1日1日数が増えて、段々洗濯物を干したり取り込んだりするのが怖くなってきた。
干すときは近くにとまっていることがあるし、取り込むときなんて洗濯物にくっついてたりするし。
何が嫌いって、虫くらい嫌いなものはない私には、恐怖の季節だ。

夏が終わりに近づくと、セミは最後の力を振り絞ってセミ爆弾と化す。
道に腹を出して死んだと見せかけて、近くを通った途端ヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂッ!!とかいっちゃって
くるくるくるくる、ネズミ花火みたいに、あちこちに転がって私を死ぬほど驚かす。
それで何回コケたことか。

それでも秋には、道に転がっているセミは完全に死んでいる。
何年もの間、暗い地中ですごして、地上ではほんの1週間程度しか生きられない。
それを人間の時間に換算すると、364日地中で1日だけ地上で生きられるという感じらしい。
そのたった1日の間に、鳴いて鳴いて鳴き叫んで、相性のいいパートナーを見つけて、
交尾して、卵を産んで、道に転がるんだな。

とかなんとか、そんな話を友達としていたら、友達は「セミって哀れだよね」と言った。
その言葉を聞いて、似たようなことを言った人に
「セミは可哀相でも哀れでもなんでもない、ただ生まれて、ただ生きて、ただ死ぬだけだよ」
と言った人のことを思い出した。

擬人化して、動物に身勝手な感情移入する私は、そのことを思うたびにそれを思い出す。
私は虫が嫌いだから、セミを可哀相だと思ったことはない。
可哀相とかなんとか思う前に恐怖が先に立ってしまい、それどころじゃない。
だけど、哺乳類にはかなりの確率で感情移入する。

サバンナで足の悪いライオンの子どもが、親や兄弟のなす群れから置いて行かれたときや
障害のある猿の母親が、たくさんの猿がいる場所では絶対に自分の子どもに近づかないのは
障害のある親がいると子どもが群れの中でいじめられたり、群れから追い出されるからだと知ったときや
その群れから離れて、子と2匹きりの場では抱きしめて離さないと知ったときは
頭が痛くなるくらい泣いた。
次の日思い出して、さらに泣いた。顔は赤ん坊少女タマミのようだった。

だけど、そういう自分にちょっと疑問を感じてもいる。
豚肉も牛肉も鶏肉も羊肉も、ワニ肉もカンガルーの肉も食べる。
だけど、もしその肉を自分で育てて、自分で処理して食べなければいけなかったら
私は出来ないだろうと思う。
生まれたての子豚を世話して、その豚が懐いてしまったりしたら、さばくことは出来ないと思う。

そういう自分を嫌だと思う私もいる。
もし、娘が飢えて、それしか食べさせることが出来なかったら、するだろうか。
私は娘が本当にいとしい。とても大切だ。
たとえ、日常の中で自分の予定と違うことを娘がして、うんざりしても
わけのわからないことで一日中泣き喚かれて、イライラしても
自分を犠牲にするのは最小限にすると決めていても
やっぱり娘のことは可愛い。

動物を擬人化して、泣いているくせに、肉を食う。
パックになって、その原型を思い起こさずに済む、血も見えず、鼓動も感じることのない肉を食う。
そんな生物としては最下層ランクの私に
「絶滅すればいいのに」なんて思われる虫こそ気の毒だな。



2008年7月31日(木)PM:9:05に上げた記事です。

虫嫌いと擬人化について。擬人化する自分のことは割と関心のあるテーマ。
豚をしめてお肉にする仕事をしていた家に生まれた子に荒井くん(仮名)が投げた
「動物殺し一家」という言葉が常に中心。
野良猫をいじめていた荒井くんに「やめなよ、可哀相だよ」と言ったその子は
その時どんな顔をしていたか、どんな反応をしたのか、全然覚えていない。
私は東京生まれの東京育ちで、お肉というのはきれいに処理されたものでしかなかった。
荒井くんたちが住んでいたのは、東京ではない。
周りにそういう関係のおうちはたくさんあった。
私は肉を食べて生きていることと動物を愛する気持ちを、きちんと自分の言葉で語れるか。

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2008-08-06 11:12:25

無我の境地には至らない(やっぱり)

テーマ:身体

キツい運動をすることで、余計な思考を一掃する。
余計ってことはないんだけど、一旦インプットを止められて
めちゃくちゃになったものを、ためつすがめつするのも止められて何も考えないようになる。
身体的に極限付近まで行くことで余計なものを削ぎ落としていくような感じ。

瞑想に似ているのかな。座禅を組むのに似ているのかな。内観の一種なのか。
いや、逆に考えて、精神的なものでないと考えてみると
鈍いせいか、全身を激しく意識することが普段出来ないのかも。
他のスポーツではそこまで行ったことないんだな、不思議なことに。

スカッシュも、バスケも、総合格闘技も、一部が常に冷静に思考してる。
単に運動量の差ではなくて、単純運動だからなのかな。
チームプレイだったり、コンタクトスポーツじゃないもので運動量が多いとなると
あんまり数ないのかも。

レスリングはどうなんだろう。あれはコンタクトスポーツだから違うか。
レスリングってすべてのスポーツの中で最も運動量多いんじゃないかな。
試合だけ見るとそう見えないかもしれないけど、練習見る限りでは
あんなに馬鹿みたいに運動してる人たち見たことない。

今回男子レスリングの五輪代表は縁のある世代が中心で、代表ではないけど
五輪は確実とされていた子と、まさに代表争いした子のことはよく知っている。
かたや、体型にも環境にも経験にも恵まれた可愛い男の子だった(今はすっかり青年になった)
かたや、無骨で高校でしか通用しないんじゃないか、行く行くは潰れるんじゃないかと言われてた。

高校レスリングって本当にキツいなと見てるだけでも思う。
成長期真っ只中の男の子たちが試合のために1週間とか2週間で15kg減量なんてザラだし
朝から晩まで、本当に死ぬほど基礎連、体力維持を含め練習してる。
しかもテクニカルなものでなくタックル中心の、体力を死ぬほど使うスタイルが多い。

早い子は3歳くらいからレスリングだけして過ごして、過酷な時代を経る。
才能(身体能力含む)があって、恵まれた環境で、楽しそうにも見えたりしても
すべてを使い尽くしてしまう子もいる。
そこから逃れることだけしか考えられなくなるほど何故だか追い詰められて
小さいころから培ってきた才能も環境も未来も捨てたいと願う。
追い詰めているのは誰でもないのに、追い詰められる。純然たる事実。

そこにオリンピックが見えて、磐石の態勢が整っていて、バックアップも完璧でも
心が、心だけが追いつかなくなる。
そして、それをとうとう捨ててしまう。
もったいないな、と瞬間思う。あと少しだけ頑張れば、それからは…。
それからは?楽になる?楽しくなる?

人は生きるためだけには生きられない。
その、最後の1口が、たった1口が入らないときがある。
最後の1口を食べたら死んでしまうんじゃないかと、苦しすぎると感じることはある。
最後の1口を食べたからといって、どんな素敵なものが手に入るんだろう。
心が不満足なのに。

日々のうちに、流れるように流されていくなかで
それでも、そこの近くにいる自分をどこか軽蔑しながら、それでも近くにある「他」を望む。
戦いはこれから始まる。
彼の執着は、これから強まるだろうか。
楽しさを、望む気持ちを、湧き上がる衝動を彼は持っているだろうか。

私は、なんで走るのかな?
ランスは幸福だろうか。
わからないけれど、ランスの生き方はまぶしくて、そしてとても怖い。
私は、そういうものを1つも持てはしなかった。
でも、走る。

走ることは、楽しくはない。
だけど、それは私にえもいわれぬ高揚と達成感と充足感と快感をすべてくれる。
人生において数少ない行為だ。
走って無我の境地に至れるとは思えない。
無我の境地、という状態になる、そしてその状態をある種の目標とする
それは私が考えていて、体験して、実感するという、1人では到達しえないところでのみ生まれる。
たった一人、野生のパンダのように生きることは出来ないのだ。

私の前世はパンダだったんじゃないかと時々思う。パンダ可愛いよねえ。何の話だ。
もう多分続かない。





2008年7月30日(水)PM:0:30に上げた記事です。

パンダが好きです。猫も大好きなんだけど。ってそういう話ではない。
表現への執念というか執着というか、そういうものが強烈な人を目の当たりにすると圧倒される。
特にランスと山野井さんね。

私はやっぱりそういうものを持てなかったので、憧れる反面、怖いとも思う。
そういうものは絶対的な孤独と抱き合わせだから。
走ることと泳ぐことは、非常に個人的に出来る部分が多くて、私には向いている。
時々そうやってすべてを「考えない」時間を持つのは良いことだと感じる。
ただ、あまりにも真っ白になりすぎると何かにぶつかるね。物理的に。
方向感覚や危機回避能力が冴えてればいいけど。
水泳でもコースロープや壁に激突すると痛いし、人に当たったら怒られるからね~。

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2008-08-06 11:04:10

無我の境地に至る道(かもしれない)

テーマ:身体

毎日あまりにも暑いので、娘と2人でプール三昧してたんだけど…
なんか…うそみたいだけど…どうやら日光湿疹とやらが出たらしい。
このおれが!?という気持ちでいっぱい。
今日は、夫もいたので3人でプールへ。
娘を夫にまかせて、やおら大人用プールへ急ぐちょっちぷん。

そう、最後に思い切り泳いで何年経ったか。
ちょっちぷんは今でもちゃんと泳げるのだろうか。
インターバルなしでプールで1kmは楽勝だったはず。
せめて200mくらいは泳げるだろうと踏んで、鼻息荒く泳ぎに向かった。
出だしは好調、それなりに滑り出して25mでドルフィンターン!
…おかしい、もう息が切れてきた。

息継ぎが増えて、伸びが悪くなってきた。
ちょっと平泳ぎなんかもしてみよう。
平が一番得意だったんだもーん。
バタフライも背泳ぎも出来ました、出来ました。
今日はやらないけど。
息を整えつつ50m。

またしてもターン。
うっ!背筋が…!
つ、つりそう…!
ぐわあああああ!
と75m。

死んだね。

75m!?ありえなくね?なにそれ!(ちょっちぷんコーチの資格持ってたんです)
ちょっと待てよ、最後に思い切り泳いだのは23歳…。
今ちょっちぷんは…。
…!!
か れ こ れ 10 年 以 上 ま と も に 泳 い で な い !
そうか…、10年きちんと泳がないとこんなに泳げないんだ…。

そりゃそうだ…。
今すぐフル走ろうったってそうは行かないのと同じだよね。
あの頃若くて、元気いっぱいで、体力もいっぱいあって、それでも1年は準備したもんな。
今だったら何年準備すればいいんだろう。
いや、でも遅くてもいいし、出られて怪我しないで、保てばいいんだ。
1年あればなんとかなる。

…72歳でアイアンマンとか、超寝言!!
今のアンタにはトライアスロンすら無理ですから!きーっ!
見た目がどんなに衰えても、ちょっとは哀しいけどいい。
身体が衰えることに比べたら、私にとってはたいしたことじゃない。
…なーんて書くと、どんだけ体育会系なんだよっ!て感じですが
私にとってはキツい運動って、思考活動のツールなのです。

続く(かもしれない)





2008年7月29日(火)PM:10:37に上げた記事。

前日から、何かに取り付かれて毎日記事を上げたけど、1週間ほどで飽きた。
性格的にそういう書き方するとすぐ嫌になるタイプなんだな。
じゃあやるなよって。

さて、衝撃のほとんど泳げてない事実に愕然としたわたくしですが。
競泳用プールでなければ、たゆたっていれば良いため全然不便ではありません。
シャチだとか、浮き輪だとか、ボートだとかにつかまってふわふわしてれば無問題。
しかし娘が今年は非常にアクティブで、無謀なことをしでかすので手に何か持つわけにもいかず。
仕方なく娘について歩くか、娘を背中かおなかに乗せてたゆたう、
自分が浮き輪かなんかになったみたいなわたくしでございました。
おかげで肩の皮がとうとう剥けたつーの。この歳になっていいのか、これで。

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2008-08-06 10:58:32

たんじょうび

テーマ:

死んだ人の誕生日をいつまでもいつまでも祝い続けるのってどうなんだろう。
今日は死んだ母の誕生日だ。
母が死んでもう何年になるかな。かれこれ20年くらいになるかな。
生きていたら、どんなおばあちゃんになっていたろう。
今日で母は60代の半ばになってる。

母は、ちびの私よりちっちゃくて、目が大きくてキラキラした元気な人だった。
怒ると怖かったなあ。背の高い父と並ぶとまるでチッチとサリーみたいだなんて言われてた。
なんでか知らないけど、命日よりも誕生日の方が母を思い出す。
まだ高校生だった私は、一度しか母の誕生日に自分で稼いだお金でプレゼントをあげられなかった。
高校生がバイトして稼いだって、生活費丸抱えしてもらってるから厳密には一度もないんだけど。

死んでしまっているから美化して、理想を描いて、あれもしてあげたかっただの
ああもしてあげたかっただの、言える。
きっと生きていたら、生活やら、人との距離の取り方やら、育児やら衝突したろうなと思う。
嫌なことを細かく思い出してみるんだけど、もうそれが嫌なこととしてはよみがえらない。
今はそれすらが懐かしくて、哀しくて、たまらない。

きっと、夫と結婚したことと娘のことだけは心から喜んでもらえただろうと思う。
夫のことはきっと好きになったと思う。
娘のことは、可愛がってくれたと思う。
でも甥っ子の方が可愛かったろうな、とも思う。
父が、あの父が甥っ子に「じいちゃん」とにっこり笑って呼ばれ、なんだか恥ずかしそうに
照れくさそうにして、自ら手を取ってともに歩こうとする。

そのことを哀しいと思ったことはない。
むしろ、父がそんな風に子どもを見ているのを見られて良かったと心底思う。
娘は、人との関わりが通常とは違っているから、わかりにくいし相互性を育てるのは親でも難しい。
けど、娘のことも可愛いと思ってくれてると感じるし、それは本当に気にならない。
きっと母だったら、無邪気に「もうちょっとおばあちゃんのこと好きになってよー」と言うだろう。

不思議なもので、自分が「子」でしかなかったときは
妹の方が可愛いと言われたら、とっても傷ついたと思うし、やきもちもやいたと思う。
だけど、親にもなった今はそれがなくなった。
ところが、娘が生まれたときは私から取り上げそうな勢いだった義父が
義妹に子どもが生まれた途端、あからさまに手の平を返したときは死ぬほどムカついた。

家中、義妹子の写真だらけになって
前に飾っていた娘の写真が、その辺から埃まみれで出てきたときは泣いた。
なんで実の親に対しては、そういう気持ちがなくなったのに、義理の親にそうなのか。
まあ、それはどうでもいい。

母がどんなおばあちゃんで、どんなことを言って、娘や甥っ子とどんな風に手をつなぐのか。
想像しようと思うのだけど、うまく出来ない。
母は、いつも髪も真っ黒で、元気で、全然おばあちゃんじゃないままだ。
いつか、友達がパソコン上で母の老けていく様子をCGみたいので作ってくれたことがあるけど
それは全然知らない人みたいで、なんだかむしょうに泣けたのを思い出す。

20年も経っているのに、今も時々泣けて泣けて仕方なくなる時がある。
20年も経ったからなのかもしれない。
もう声も思い出せないんだけれど、時々、本当に一瞬だけ私を呼ぶ声がよみがえる。
それは必ず春先の昼過ぎか、秋口の夕暮れなんだけど、なんでなんだろう。
特別、その頃にこれといったエピソードがあるわけじゃないのに。
その季節は、私がとても好きな季節の好きな時間帯で、好きな理由に何かあるのかもしれない。

母は夏が好きだったような気もするけど、もう母のことで確かに覚えてることはあまりない。
母は夢にも出てきてはくれないし、お盆には会いに来ると世間で言われるけど
一度も会いに来てくれたこともなければ、墓参りに出向いても知らん顔だ。

冷たいなあ。
ああ、でも、会いたいなあ。
お誕生日おめでとう。





2008年7月28日(月)PM:11:42に上げた記事。

母の誕生日でした。
母のことを語り合える人がいないのが寂しいです。
妹とは話せるけれど、中学生になったばかりで幼かったため
あまりたくさんのことを知らないのです。
父は…あまり話してはくれません。
おーい、ママ、私がそっちへ行ったらたくさん話そうねー。
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2008-08-05 11:49:04

あいうえお

テーマ:暗闇の思考袋

あ   「アイデンティティ」
い   「依存」

え   「エンパシー&シンパシー」

か   「カウンセリング」
き   「共同体感覚」
く   「群集心理」
け   「言語」
こ   「コンクリフト」

し   「集団規範」
す   「スティグマ」
せ   「成熟」
そ   「ソリューション・フォーカスド・アプローチ」
た   「多重人格」
ち   「超自我」

て   「敵意帰属バイアス」
と   「都市化」
な   「ナイスガイシンドローム」



の   「ノーマライゼーション」
は   「パーソナリティ」
ひ   「批判」
ふ   「ブーメラン効果」
へ   「ペルソナ」
ほ   「防衛機制」
ま   「マインド・コントロール」
み   「ミューチャリティ」
む   「矛盾」
め   「メンタル・モデル」



よ   「抑圧」

り   「リスキー・シフト」

れ   「レディネス」







2008年7月27日(日)PM:0:23に上げた記事。

記事じゃなくて、メモとして非公開でおいといたもの。
chargeupさんのまねっこして、あいうえおシリーズを私がやるとしたら
テーマを絞って、得意分野でやろう。最初から全部テーマを決めてしまおうとか画策してみた。
心理系でなくて、格闘技系でやろうと思ったんだけど、50個も書いたら誰もいなくなっちゃうかもと思ってやめた。
でも心理系は今はちょっとお休み。
辞典であれこれ選んだんだけど、埋まってないところにいいのがないんだよなー。
ま、書かない可能性も高いから記念として残す。

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2008-08-05 11:45:35

一言ふふん

テーマ:今日書いた
この間のはすっかりゲスブになってしまったので、タイトルを変更してゲスブにした。
一言ふふんはやり直し。
それもこれも、なんでもかんでもしまっちゃうちょっちぷんがいけないんすけどな。

一言ふふん:ズドラーストヴィチェ!
一言ふふん:あーかい ゆうひの まーちからまちへー さあさあ集まれみなーさーん 陽気に歌いましょー
一言ふふん:What you see is what you are.
一言ふふん:ポールのミラクル大作戦、風船少女テンプルちゃん、ドロロンえんまくん、みつばちハッチ
一言ふふん:「富士に、一度も登らないバカと二度登るバカ」っていうのを見て思い出した。「馬鹿の大足マヌケの小足、中途半端のろくでなし」ってやつ。何にしてもだめじゃん!ていう。
一言ふふん:暑気あたりした。少し夏眠しよう。
一言ふふん:しっかり寝る。しっかり食べる。しっかり走る…は暑いから泳ぐ。泳げ!ちょっちぷん!
一言ふふん:ベッキーは可愛いなぁ。娘にしたい子ナンバー1だな。
一言ふふん:良い書店発見!
一言ふふん:では、おやすみなさい。
一言ふふん:困ったなぁ…。どうしようかな。うーん…。
一言ふふん:もし息子がいて、お嫁さんになってくれたら嬉しいのはスザンヌ
一言ふふん:イタリアとかあっちの方の気候なら35度くらいでも結構平気なんだけどなぁ…暑い…
一言ふふん:甥っ子の発達が教科書を見ているようで楽しい^^
一言ふふん:うちの「おやすみの曲」はパッヘルベルのカノンなんだけど、これを聞く度、いつもいつも毎日毎日「死ぬときはこれを聞きながら死にたい」と思う。好きな曲を聞かれても出てこないこともあるのに。てかこれ一言じゃなくね?ちなみに幼稚園のときお弁当の時間は「ジンギスカン」がかかってましてな…。嫌じゃね?
一言ふふん:今週はいろいろあって、お休みを取っていて、せっかくなので娘を毎日プールに連れて行ってるのだ。ここまで必死こいて日焼け防止してたのに、まさに水の泡。焼けて体が痛いっす。ひい。
一言ふふん:恐ろしいほどバッドタイミングなので、ここ1つ消した
一言ふふん:は~…。三國連太郎ってなんであんなカッコイイの?(2回目)素敵すぎ。パパンも勝てない。パパンは夫でなく父です。言わずもがなだけどっ。
一言ふふん:ライフセーバー並に焼けそうな予感…。時代を逆行。
一言ふふん:私も72歳でアイアンマンに出られるくらいでいたい。
一言ふふん:スキャニング機能高いなぁ
一言ふふん:ねえ、バビロンて誰だっけ?←超難易度高い質問。もちろん人名が答えです。
一言ふふん:今日、雪だるましてきた。やっぱりマスクメロンが好きー!
一言ふふん:う、お、さ、つ、に、ぬ、ね、も、や、ゆ、ら、る、ろ、わ、を、ん
一言ふふん:先週はずっとアクティブに遊びすぎて疲れた。今日はのんびり過ごした。
一言ふふん:幸せでむかつくから言い負かしたいそうだ。まいったね。
一言ふふん:びばれーしょんてなんだ?
一言ふふん:あーもうめんどくせー!疲れた。もうやーめた。
一言ふふん:今日はミックスフルーツ
一言ふふん:まったくもって何年待たせていることやら。と言いつつ次の芋堀遠足を密かに企んでるのだ。
一言ふふん:「今日親戚のお葬式だから遊べないんだ」「えー!そうなんだ!お葬式って…あれでしょ?フェスティバルじゃん!」…違うと思うよ!
一言ふふん:今日は涼しいなあ
一言ふふん:飛ーべー 飛べ 飛べ飛べー ちょーっちぷんー 空飛べー 飛べー飛べ空飛べー どこまでもー
一言ふふん:昨日JPの夢見た。JPが買った服が気に入らなかった模様。JPに「あんたよっぽどこの服嫌いなんだね」と言われていた。白いカプリパンツみたいだったけど、何故だ!?JPママもいた。舞台はJPが高校生のころ住んでた前の家みたいだった。
一言ふふん:今日(7月31日)も涼しくて素敵ー!
一言ふふん:今日はJPと後で出掛ける。雨に脅されて延びに延びて3度目の正直。
一言ふふん:同級生に「ほら、アタシギャルだから」って言われた。
一言ふふん:JPとはしょっちゅう会っている。会う度、楽しかったー!と思っている。
一言ふふん:昨日JPと別れて、自転車かっ飛ばしてたらデコにカツーーーン!石投げられた!と思ったら…。かなぶんだった…。石の方が良かった…。デコ痛い…。タオルで赤くなるほど拭いた。なんか今年、かなぶん良くみかけるなあ。
一言ふふん:…あーつーいー!なんでこんなに暑いんだ~…。いや、訂正。なんでこんなに多湿なんだ~…
一言ふふん:今日はお祭。でも本来の意味合いを持つ「祭」は別に、お祭におけるメンタリティ嫌い。
一言ふふん:猫がいるところは涼しいと言われるので、ぷんさんが寝ているところに行ったら嫌な顔された!
一言ふふん:ショック…。信じられない…。好きな気持ちが潰える気がする。
一言ふふん:やなやつぅ~。
一言ふふん:イタリアでも行くか!いや、待てよドイツも捨てがたいし、スイスもまた行きたい。南仏もいいなー。南米もこれまた。いやいやいや、ベトナムもいいし、スペイン…、いやトルコ…。うーむ…長崎もいいね~。ちょ、それを言うなら鳥取だって負けてませんぜ。待て待て待て!金沢を忘れちゃいかんでしょう。なんでもいいけど、とりあえずインドは行かない。来年は娘と夫を置いて、JPと二人でどっか旅行すんの。ね。一度くらい一緒に行きたいね。
一言ふふん:るーるる るるるるーるる るーるーるーるーるー  「る」ってなんかパンみたい
一言ふふん:あー…なんなんだ…この天気は…。鬱陶しいことこの上ない。
一言ふふん:雷落ちたら怖いからもう電源切って本でも読もう。
一言ふふん:はーい。(呼びかけていたので返事してみた)
一言ふふん:そうだ、旅をしなければ。旅に出よう。
一言ふふん:今日は1人でプール行ってくる。屋内は焼けないからいーね。今日は何m泳げるか。
一言ふふん:早く秋来ないかなー。…ところでこれあとどれくらい書けるかな。
一言ふふん:いえー!Feel it!…じゃ、いってきます(笑)
一言ふふん:これはアレだ(どれだ)基礎体力からやんないと。身体もだけど、心も。
一言ふふん:この夏ドロボーが!…いいね~(笑)このフレーズ気に入った。頼むから盗んでくれ。
一言ふふん:どうでもいいけど、なんで「ふふん」にしたんだっけ。
一言ふふん:…あんた、もしかして私のお兄ちゃんなんじゃないの!?
一言ふふん:ちょっと!夏ドロボーが来ないんだけど!早く持ってけドロボー!
一言ふふん:夏ドロボーまだかなあ…
一言ふふん:さっそく蝉爆弾、家の前で発見!怖い!と思ったら隣の犬が散歩に出て来ていきなり食べちゃったよ!…やっぱりなんかちょっと可哀相と思った。最後の最後に満腹の飼い犬に食われるなんて。
一言ふふん:は~っ…。なんか気がのらねー。夏バテしてるのかにゃー。にゃーっ!
一言ふふん:なんか寝ても寝ても眠い。脳は寝たがっているみたいだけど、身体はもう無理みたい。
一言ふふん:今日(8月9日)はちょっと風があって、涼しい。ちょっとだけだけど。
一言ふふん:同級生に「…ごめん、おれ本当はギャルじゃないんだ…」て言われた。ったりめーだ!
一言ふふん:これは…夏ドロボー来たんじゃないの?もしかしてもしかすると。
一言ふふん:あなーのあいたーくつしたをーすてたらもったいないんですーまるめてボールであそぼうよー
一言ふふん:…あー涼しい。夏ドロボーさん、ありがとう。今日(8月18日)これから30度になるってホント?
一言ふふん:飽きた飽きたと言いながら、しつこく書きつづける。
一言ふふん:楽しい夏休みだったなあ。そして小学生のころのような夏休みだった。素敵素敵。
一言ふふん:いやいやいや!フロデノのラストスパートは凄かった!凄いな!男子のオリンピッククラスのタイムはやっぱりすんげえ!しかしなんだ、アジア人はアタックにパワーがないのかな。なんで上位に食い込めないんだろ。バイクは弱いとしてもランは強いしなあ。トランジットか。男子は何でも壁厚いなあ。次は松永と湯元。頑張れ!メダルなんてどーでもいーから、超いいカンジに気持ちよくやっちまえ!
一言ふふん:今日ね、ウシマロ食べたの。でね、当然ながら牛男さんを思い出したのす。だからなんだってこともないんだけど。牛男さんだけに、ウシマロが似合うなと。だけど2000円は高いな。高いけど牧場も大変だからね。すごーく美味しいし。
一言ふふん:…あー涼しい。(2回目、8月21日)夏も終わりだな~。日中ひなたは暑いけど、朝晩は大分涼しくなった。夜の気温がぐっと下がっただけでも随分楽だー。昔の真夏ってこんな感じじゃなかったっけ?最近のスコールみたいな雨の降り方はいいんだけど、事故とか怖い。
一言ふふん:ほんと、全然一言じゃない。
一言ふふん:昨日はJPじゃない「もう1人」と会った。お互いに独身時代に知り合って、お互いに結婚して、もう10年か~、早いなあ。初めて会ったとき、彼女はイギリスから帰ったばっかりで大学生だった。懐かしい。
一言ふふん:自分のことは棚に上げる、つまりスプリッティングして自らの負に目をつぶり、他のそれへ説教めいた善を盾に切りかかる。
一言ふふん:残暑は厳しく暖かい秋に、だって。まじで?一時的な夏ドロボーなのか。そうか。まあ、息つけたから充分。
一言ふふん:お金なんていらない 楽しめない ただハイ目指せベイビー心はずめ UP UP UP 高く 軽く 明るく いつもいつもH,HeyHey aiaiai 誰がなんたって飛んでけパーティトレイン
一言ふふん:いいね、いいねー。そういうのだーいすき。
一言ふふん:あー、あと約1週間かー。
一言ふふん:ぽにょだ!あれ、カタカナだっけ。ポニョ。うん、カタカナだ。
一言ふふん:自然てすごいよなあ。昨日まであんなに涼しかった(というより寒かった)のに雨が止んで、ほんの少し日がさしただけでこんなに夏っぽくなるなんて。なんて言ったけど、やっぱり涼しいよね。
一言ふふん:ださいといわれるおとがすき
一言ふふん:雨すごいなあ(8月28日)
一言ふふん:暑いのもやだけど、湿度が高いのはもっともっとやだ。なんでだろう、なんでこんなに乾いていることが好きなんだろう。前世はサボテンかサソリかなんかなのかしら。でも泳ぐのも好きだしなあ。あ、砂漠にいる水浴びも好きなネズミか。冬虫夏草だったりして(笑)
一言ふふん:まじで!?超衝撃…!!
一言ふふん:これほんとにどこまでかけるんだろうむいみにひらがなられつするとすごくみづらいよね
一言ふふん:あ、次はもうないです。
一言ふふん:ゴムマリのような胸を両腕を組んで少し隠してハーレーもしくは馬に、ちょっと妙なくらい背をそらしてまたがる。身に付けるものはタンガ一丁。プレイメイトの基本です。
一言ふふん:さっき出掛けたとき、エントランスの並びに小さな庭が付いたタイプの部屋があるマンションの前を通った。その時ちょうど雷が鳴り始めたので、ゲリラ雷雨だ!と思って雨宿りにエントランスに入ったら、隣から「どっせーーーーーーい!!」と聞こえたので覗き込んだら、庭でオバチャンが室伏がハンマーを投げ終えた後みたいなポーズで固まってた。さっきまで大量に洗濯物をかけていた物干しが消えていた。わかるよオバチャン。雨すごいもんね。
一言ふふん:↑を打ってたら窓の外から「ザァーーーー」と聞こえて、またゲリラか?と外を見たら、500mくらい向こうから、ものすごい雨がどんどん近づいてくるのが見えた。目の前は降っていないのに、ほんの少し先は水しぶきが霧に見えるほどの雨。すげえ。海外では見たことあるけど。
一言ふふん:Some people can sing,others can't.

The end.




2008年7月17日(木)AM:0:06に上げた記事です。

記事とも言えない。これをわざわざ移す意味があるのか。
今までも、くだらない、どうでもいい、わけのわからんものをぜーんぶ移したから、とりあえず移す。
そしてこれはまだ続いている。写し忘れなきゃいいけど。

2008年8月30日(土)に後半部分追記しました。
本家では、文字制限ぎりぎりだったので2行ほど削って終了にしたけれど
↑の追記も含めてアップできない!と思いつつ一応アップしたら大丈夫だった。
アメブロの方が文字量多いんだね。毎日あとどれくらい追記できるのかなーと思いつつ今日終了。
もうやらないつもり。飽きたし、めんどくさくなった。とか言ってやるかもしれないけど。
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2008-08-05 11:38:02

テラ・インコグニタに出会う ~シリーズ3~

テーマ:すべりまくる話
テラ・インコグニタシリーズの第3弾です。
今回も状況などの細部は書きません。

始めてこのシリーズ を書くきっかけとなった第1弾から現在も定期的に継続しています。
書けないことも多いので、こうして記事にしたのはあれから始めてです。
さて、今回はキーワードは五感です。そのうちの2つのエピソードです。


事前に簡単な説明を受けたのは、以前と変わりませんが、回を重ね、私もいくらか知識が増え
基本的なタブーとされること、配慮が必要なことは、ある程度体験できているので省略。
まずは「嗅ぐ」の体験をこちらは語り形式で伺いました。

彼は、知的な遅れのない広汎性発達障害の男性です。
幼いころから母親は難しい子だと感じていたそうで、厳しくしつけたとのこと。
厳しさが、どういったものか、それが良いか悪いかということは一切関係しません。
ただ、彼が後に経験する「匂い」というものとの再会の話です。

昔から「匂い」にはとても敏感で、良し悪しの基準も、匂う度合も人とは違っていると感じていたそうです。
五感の中で最も優先されていたのが嗅覚だったようです。
何でも見るからに、くんくんしているとわかるほどの嗅ぎ方をしていたそうです。
それが傍目にどういう風に見えるのかといった認識は、幼さもあり当時の彼には当然ありませんでした。
が、母親にはあり、考えあぐねた末それを制止し、してはいけないと認識させるため、ありとあらゆる手段を投じ
彼は「嗅ぐ」ことをシャットアウトする術を身につけて行きます。

それ以来、匂いをなくしたように感じながら彼は知識のみで匂いを判断してきたそうです。
誰かの発する「くさい」「いい匂い」「かぐわしい」「鼻につく」など匂いに関する言葉自体を覚え
その定義を調べ、言語として匂いを習得してきたそうです。
ある日、彼はある形で「匂い」と再会します。
そういったセラピー的要素を持つ場を得、時を経て彼が持っていた
「嗅ぐ」ことへの興味と、彼の持って生まれた「嗅ぐ」ことにひどく秀でた特性に再会しました。

世の中がすべて「匂い」で出来ているのを僕は思い出しました。
生ゴミの匂いにすら、感動しました。
「くさい!」僕は僕の知っている言葉の「くさい」と違う、「くさい」という実感を持ちました。
僕の使う綿の毛布は、とてもいい匂いで、朝起きると同時にその匂いを意識して幸福になります。
ふと気付くと、朝食の匂いがしていて、洗面する人の石鹸の匂いがして、日向のほこりの匂いがして、たばこの匂いがして、僕はあらゆる「匂い」の中で心から幸せだと思います。

思い出したのは、長い間重ねた「場」で、やっと再会へのヒントや赦しを得たからかもしれないと言っていました。
あるとき、その「場」からの帰り道、彼はデパ地下に寄りました。
さほど広すぎない、その地下食料品売り場には、魚、肉、野菜、酒類、甘味、飲料がワンフロアにあり
様々な「飲食物」の匂いに溢れていました。
彼はそこで「匂い」に再会します。

「思い切り深呼吸したんです。何十年ぶりかに。」

まだ「匂い」とともに過ごしていた幼いころ、食料品売り場で受けた母親からの激しい叱責と
その際に持った恐怖感を違う形に変えたいと願いつづけていたそうです。
その決意や「場」の効果が手伝い、彼は本当に久しぶりに「匂い」を感じることに成功します。
その「匂い」は彼を圧倒し、彼は気絶しそうなほどの高揚感を受けたそうです。
彼は、その瞬間に、ずっと持っていた「喪失感」と「厭世観」「虚無感」を捨てられたと感じたそうです。
それから時がいくらか過ぎ、彼は新たな「厭世観」を持つに至るのですが
以前と違って彼は「匂い」の中で持った「厭世観」すら何やら「大切」な気がすると言って笑いました。


次は「聞く、聴く」です。
彼女はまだ未就学で、言葉を持っていません。自閉の度合は重く、知的な障害も重いそうです。
始めてセラピー的要素を持つ場に来ました。
やわらかく、音を抑えてピアノを弾きながら、彼女が不随意に出す「声」を拾い、歌に代える人と
彼女の様子をつぶさに観察し、彼女がいる場所を探す人。使用するものはすべて楽器です。
中心を占める楽器は「ピアノ」「ボンゴ」「ツリーチャイム」です。
その他にも本当にたくさんの楽器がちりばめられ、置かれ、静かに明るく閉ざされた部屋でそれは始まりました。

余談ですが、この「ツリーチャイム」を適したときに鳴らすのですが、一番初めに鳴らしたとき
何故か私は涙が出てしまい、恥ずかしいやら、わけわからんやらで、一瞬パニックめいた感覚になりました。
琴線に触れるというのは、まさにこのことだな、と後で理屈を思いついたのですが
音というのは、本当に直接芯に触れるものだと実感しました。
先に書いた男性も、この何十倍もの「触れる」体験を、あの日の地下食料品売り場でしたのでしょう。

わけのわからない不快なこの世で彼女は、様々なものに触れ、その苦しみの面や辛さばかりを受け取らされているように見える、と親御さんが言っていました。
そして私はそれを知っていながら、渡していると。
彼女と暮らす毎日は、戦場で、毎瞬間瞬間が互いの負けであり、屈服であり、強制だと感じているそうです。
なのにどちらも絶対に降伏しない。それは本当に辛いです、と目を真っ赤にして言っていました。

生まれてから今までに一度たりとも「通じた」と実感したことはなく、半ばあきらめ
半ば意固地になって効きもしないやり方でやってきたそうです。
彼女は今回この「場」で微細ではありますが、初めての大きな「出会い」を持ちます。
出会ったものは「ミューチャリティ」です。
不随意に出ている「声」を拾い、歌に代える。
彼女の小さな情動と、認識外にあった動きや音に合わせ
時に激しく、時に物悲しく、時に喜びに溢れ、時に弾むように、ピアノが弾かれ続けます。

その「場」に置かれて約3時間。
彼女は不随意でしかなかった声を、随意に使いました。
拾われた声を歌に代え、示し、消し、注意をひく、繰り返し繰り返し
彼女のいる場所へ行くために、何度も何度も歌とメロディが流れます。
高低、強弱、様々なものを組み合わせ、ぴたりと添う場所と形を模索して。

あるメロディが彼女のいる場所を探し当てて、彼女は歌に出会いました。彼女に語るものに。
「あー」「あー」「あー」「ああー」
彼女が出す声と、伴奏者の歌う声が交互に聞こえ、いつまでも続きます。
音でしかなかった声が、不随意でしかなかった声が、徐々に本当にゆっくりと
何度も何度も繰り返されるうちに、それが歌に変わる瞬間を迎えました。

「彼女、音楽に出会ったね」

雑多な音でしかなかった世界に音楽が生まれたのだそうです。彼女の居場所を探しあてた人が言いました。
彼女はそこで、何かと交わすことに出会ったのです。




どんな「出会い」で、どれほどの感動なのか、どんなことが起きたのか
その理屈は知識として持っていても、細部はおろか、アウトラインさえ、よくわかりません。
地下食料品売り場の匂いとツリーチャイムと声は、私の心の中心に触れたと感じた。ただそれだけです。

二人の親御さんが
「どうして私は親だというのに、これを与えることが出来ないのでしょう」と
同じことを言っていたことが忘れられません。
そこには理屈もメカニズムも、社会的理由も理解したうえでの哀しみが見えたように感じたのです。
それらを、消化し知識として持つこと、それを実行することは決定的な救いにはなりません。
ただ、小さな「出会い」の実体験で得る実感が人を支えるのだろうと思います。
中心に触れるような、その焼け付く感覚だけがその力を持っているのだろうと思った、夏の午後でした。





2008年7月15日(火)PM:10:52に上げた記事です。

この間また出会ってきた。今年の8月は出会いの場が一番多い。
スケジュールではあと4回ほど。
それを書くかどうかは、ちょっとわからないけれど、楽しみにしている。
ああ、準備しなきゃ…。今あんまり調子が良くないから準備したくない…。
「あら、そういう時こそ切り替え訓練のチャンスじゃないかしら」とエンジェルが言うんだけど
イーヴルは「寝てた方がいいって、調子の悪いときは何やったって上手く行かないわよ、ふん」と言っている。

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2008-08-05 11:26:19

昔あったはなし

テーマ:

前に会社にいたときのことなんだけど。
私を含めてわりと気の合うグループみたいなのがあって、一緒にランチしたり
招待のプレセールに行ったり、まあ時には仕事の後で食事に行ったりしてたのね。
まあ一般的にいう、大人の付き合いという感じなのかな。
私とJPみたいな友達じゃないけど、気の合う職場の仲間みたいな。

その中で交流が深まって、JPみたいな存在になるかもしれないし、それは時間の中でどう転がるかみたいな。
ある時、同じ部署に新しい子が来て、ピントはズレてるけど、まあ人懐っこい子で
私ともう1人は特別苦手だとかは思わなかった。
思わなかったけど、特別気が合うわけでもなかったんだけど。
私たちはわりとにぎやかに和気藹々としていたから、その子も話しやすかったのか
なにくれとなく話かけてきたし、お昼いっしょにいいですか、みたいな感じだったんだよね。

最初のうち「いいよ、いいよー」って感じだったんだけど
もともと気の合うグループの1人が徹底的に気が合わない、って気付いた。
私たちは付き合いもわりと濃かったから、ほんの少しでピンときたわけ。
だから、なるべくそのグループで動くときは、断ったり、知らせないようにしたのよ。
ところが、なかなか天然さんらしく、気付く様子がなくてね。
うーん、となったのさね。

その気が合わないって思った子は、そういうのが長く続くとすごく心労を受ける子だったから心配だったし。
ちょっとそれが続いたとき、その合わないなと思った子が心底疲れちゃったんだよね。
でもさ、なかなか「あんた苦手なの」って言えないじゃないっすか。
いろんな経験して大人になって、世の中って難しいって知ってるし。
それを言うには自分も相手も傷つくことを知ってるし。
それなりに時間を積んだもともとのグループの私たちは、そういうの割とすぐ理解しちゃう。

でもその子は理解出来なかったんだよね、多分。
すごい積極的に頑張っちゃったんですよ。
その時、私は思ったね。
人には相性とか色々なんかあるけど、一番はタイミングと時間だなって。
リサーチにリサーチをして、さらに相手のことも知るために、長いスパンで、具体的には1年とか2年くらい?
かけて、そこからやっと始まるんだなぁって。
その1年とか2年の間って、ほんとに手探りで慎重にしないと
こじれたときに全部だめになることってすごく多い、

だってね、私と最も仲良しのJPですよ。私は今、やつのためならメロスしますよ。
命がけっていうのと違うんだけど、出来うる限りの最大の力を振るうって思うかけがえのない人。
そんなJPだけど、今、もし今出会ったら非常に相性悪いです。
向こうもだけど、私も合った瞬間に「うわ、気にくわねえ」って思うはずなんすよ。
もともと、あんまり合うタイプじゃないから。
けどさ、そんな私たちでも10歳で出会って、かれこれ25年、四半世紀の時間をかけたら
メロスですよ。

いや、必ずしもメロスになれるとは言えないけどね。
四半世紀の間には超過酷な時期が、それこそ恐ろしいほどあったからね。
殴り合い寸前のケンカしたりね。火のついたボールを思い切り投げつけられるような毎日。(言い過ぎ)
でも、まあ時間をかけたり、知りたいと思う気持ちが双方にあれば、そうなることもある。
だからね、人間って引くときは引くのが肝心だと思ったってわけ。
ダメなタイミングは何してもダメで、それどころかその溝が徹底されちゃうんだよね。
離婚とかもそういう感じなんだと思う。

いろんな理由はあるだろうけど、ほんと、ちょっと強烈に「この人だめ!」って思っちゃうと
人間て簡単に修正効かないもんなんだよね。
あんまり強く出来てないんだろうね。
そういうときに、あんまり修正しようとか頑張っちゃうとほんとに嫌がらせみたいに感じちゃうことある。

特に難しいのはさ、グループ単位で考えちゃうことがあるとき。
私や、他の子は、その子のこと別に嫌いでも何でもなかったの。
だから普通に会話したり、時には仕事帰りに一緒に本屋に寄ったり、駅まで一緒したりしてたし。
そういうの小学生じゃないから、仲良しの子がその子を嫌いだってことで嫌ったりは当然しないわけ。
でもさ、いくら仲良くても当たり前に、それぞれ別人でさ、他の人が嫌ってないからって
みんなもそうとは限らないでしょ。

で、さらにグループ的に動くことも多いから、なんとなく馴染んだ風に感じちゃうけど
その中に徹底的に苦手、って人がいたら、それなりに歴史を積んだ分
そっちを優先させるんだよね。私たちも。
それはもう仕方ないよね。だって全員別人格なんだし。
グループはグループとして、その子はその子として付き合っていくってのが自然だと思うんすよ。
私たちも入社して「今日から仲良くなりましょー!」「はーい」ってわけじゃないからねえ。
それぞれがバラバラにそれぞれと親しくしていた結果、なんとなくそういう形になったってだけ。

それも小学生の班決めじゃないから、入れる入れないとかって問題でもなく。
それぞれがそれぞれとJPと最初のころしたような紆余曲折の中で少しずつ形成されるんだよね、多分。
いつの間にか、そういう風に形に組み込まれたりするもんなんだと思う。
人と人って難しいけど、その過程が辛いけど、それが醍醐味なんだろうなって思うのであった。

私が「その子」だったときもあるの。
会社で、ではないけど。そしてその時は難しいことに相手が言ってくれない人だった。
そういうことに比較的敏感というか、自意識過剰というかな私はすぐそれに気付いた。
ところが、さらに複雑なことに、その時は周りが誰も気付いてなかったんだよね。
その言わない子以外は「ウエルカムだよ!」みたいな。
いやー、考えたね。私も。
私は誰のことも特別な思いで見てなかったけど、普通に付き合いたかった。

だけどさ、やっぱりそんな時でも時期とリサーチが必要で、その上私自身が本当にそこで
コミュニティに組み込まれたいのか、どれくらい強烈なのか、そしてそれはどれくらいの間
持ちつづけられるのか、自分で知らないと、どっかで誰か傷つくよね。
まあ、もともと私という人間は「個」と「個」の付き合いに重きを置くタイプなんだけど
だからこそ、居心地の良いグループ的性質のものは大事にしてる。

こういう状況って、この話の中の、どの立場でもそれなりに辛いし、悩むよね。
私も会社の時は、しんどかった。
グループの子のことは好きだったから、悩んでる姿を見るのがしんどかった。
その子の、なんというか求める姿を見るのも投影してしんどかった。
かと言って、私に出来ることはほとんどなかったから。
人は本当にそれぞれ違うから、少し間をあける、の「少し」すらどれくらいなのかわからない。
2、3日なのかもしれないし、1ヶ月かもしれないし10年かもしれないから。
そういう見極めは難しいけど、それが後にものすごいものに化けることがあるから
自分の求めるものを知り、それに対してどこまで情熱を持ちつづけられるかって大事だなー
と、自戒を込めて思うわけですよ。
傷つきたくもないし、傷つけずにもいたいけど、それは本当に難しいっすなぁ。

うーん。今日も絶好調で長いっ。
…すいません、くだらない話で(笑)
JPんちに、今日もまた行ったら、ちょっと思い出したんで書いてみた。




2008年7月12日(土)PM:11:30に上げた記事です。

これについては、ものすごく色々思うところがあるんだけど、またそのうちここに追記する。

一つだけ忘れないうちに書いておこう。
何らかの予期しない負を呼ぶ事が起きたとき、その軌道を修正していくことの出来る人間でありたい。
感情や相互性を含めて。人をそうしたいのでなく、個として。

しかし、これを読んで、これに対してどう思ったのかをコメント(情報共有)していたら

負は育ちきらなかったんじゃないかと思う。もったいない、と思ったんだけど、追々の方がいいのかな。
でも基本ミューチャリティがない場合の追々は破滅を招くと思う。
オープンな場の情報共有は大事な基本だ。

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