説教強盗
何かについて、書きたいと思った日から日が経ち、時期を逸すると
改めて迷いと、自信のなさが出てきます。
自信のなさ、というのは私自身の内面的な問題で、時々こういうことは起こります。
何故か突然何もかもが全て意味のないことで、自分がしていることが
人を決定的に傷つけたり、損なうことがあるのでは、と根拠もなく危惧し、ふらふらします。
ただ、私は誰に非難されても私でしかないのだし、その私ときたら
こういう形でしか前には進めないのだから仕方がない、とも思っています。
説教強盗とは、銀座のクラブなどで、お姉さまに説教などをたれてしまうオジサマのことを
言うのだそうですが、最近ブログの世界でも説教強盗の話を耳にします。
ブログの世界ではオジサマと言わず、様々な形の強盗が現われるらしいのですが。
さてさて。強盗さんは一体何が目的なのでしょうか。
初め、私はchargeupさんのブログと出会い、あまりにも共感することが多く
そして一番疑問に思っていたことに繋がることが多かったので
「アスペルガー症候群」という障害について理解したら
何かヒントに繋がるのではないかと思っていました。
しかしあちこち読み進めるうち、他のアスペルガーかもしれない方のコメントなども
読ませていただき、後々それには疑問を抱きました。
他のアスペルガーの方には共感出来ないことも多いのです。
これは衝撃でした。
それじゃ理解したい、と感じたのは「個人」のことだったのだろうか。
これは今まだ答えは出ていません。よくわからないのです。
それとは別として、chargeupさんには好意を持ち、理解もしたいと思いましたが。
前に記事に書いたように、個人への理解(好意)なくして障害のある状態、
もしくは病である状態を理解することは出来ないのだろうか?
大きな疑問です。
私は好き嫌いに左右される人間です。
私は多分ほとんどのことを「好き嫌い」で判断し、それによって様々なことを決めています。
こういう人って嫌われるんですよね。何故か。感情的だし。
その感情的さ加減を人にぶつけたりはしませんが、見ているだけで不愉快な人もいます。
そんな自分に嫌気が差すことも結構あります。
でもこういう風にしか生きられない時期なのだ、と思っています。
いつか、何に対峙しても、怒りや憎しみ、後悔や悲しみ、苦しみや辛さを感じることなく
常に冷静で心安らかな人になれるものかもしれません。
恥ずかしいけれど、私は今実際になれてはいない。
けれど、それは我慢や忍耐の上だけに成り立つものではないと思っている以上
成り立つものを探したい。
どのみち「好き」だの「嫌い」だのという感情は勝手に、私に何の断りもなく生まれます。
それを押さえつけ、抑圧してしまうことが人生修行だと思えません。
そんなことが努力なら、やっぱり私は努力なんか大嫌いです。くそくらえです。下品ですね。
その気持ちは私自身のものでしかないですから、やり方や考えも
私自身にしか有効ではないかもしれませんし、私自身にすら有効かどうかもわかりません。
どんな答えに行き着くのかもわかりません。
そこから何か生まれるかどうかもわかりません。
今のところ頭の悪い私にはそれしか思いつかず、一番合っていると思うからそうするだけです。
どんなに感情的になっても、好き嫌いでしか判断できなくても
誰かを否定したり、何かを決め付けたり、押し付けたりしないで生きることは可能です。
それだけはなんとしてもしたくないのです。
もしやってしまったら、撤回し、謝るまでです。それしか出来ません。
そこは努力します。だってそういう人間になりたくないのですもの。
説教強盗は、否定し、決め付け、押し付けます。
それらを司るものが「芋」です。
芋とは、すなわち、自分の心のうちに棲む鬼だったり悪魔だったりと言われるもの
邪悪性と向き合えないこと。
邪悪性とは、自己の完全像を守るために人を貶めプライドを保つこと。
スケープゴートを日常的にやっているのだと思うのです。
自分の自尊心を守るために、他者を貶め、犠牲にし、我が身を保つ。
なりたい。やりたい。欲しい。そういう気持ちと自分が努力すること。
はかりにかけて、どちらがより強いかを知る。
それだけが私にとっての、向かう先を決める手立てです。
それはそんなにいけないことなのでしょうか?
真理は自分の中にしかない。
そして悪も自分の中にしかない。
どちらにも向き合えばそれでいいじゃないか。
そう思っています。
結局、自分自身の感情を完璧に負担なくコントロールすることなど
私には出来ませんし、それをしようとすれば心を荒ませ、更にそれが成長を止めることへ繋がります。
ならば他の道を探すまでです。
私は私の人生を生きているのですから、内面から出る感謝と内面から出る自己反省をするだけです。
自分以外の世間一般とかいう価値観に振り回されて生きていきたくないのです。
説教強盗にあれやこれや、強盗の保身のための言葉を投げかけられたくはないのです。
そこはハッキリ拒否したい。
自分の弱さは他人を貶めてもレベルアップしませんよ、きっと。
ごく最近、現実世界で、邪悪なものに、生きてきた全てを拒絶され否定されたばかりの私には
形や目線を変えることは今は出来そうにありません。
一つだけ言えるのは、自分以外の誰かを否定も非難もしない。
しているのは自己否定と自己非難、そして私の頭の整理です。
じゃあ記事にするな、と言われればそれまでですが、したいんだもん。
これがきちんと形になれば、また一歩踏み出せる気がします。
読んでくださったかた、ありがとう。
そしてごめんなさい。
ただの私の心の中の叫びだと思ってくだされば幸いです。
わめいて、疲れました。暑い…。コロボックルは知恵熱が出そうです。
今日たった今このブログは王様の耳はロバの耳を叫ぶ穴として機能しています。
2005年8月24日(水)AM:0:51に上げた記事です。
どうでもいいことですが、心書庫のカテゴリが都市伝説です。
改めて自分で見て爆笑。バカだよ。
この時からずっと考えていますが、私が理解したいのは「アスペルガー症候群」ではなく
アスペルガー症候群と診断されたchargeupさん、なのかなと思いました。
つまり個人的なアスペルガー症候群をも包括するchargeupさんという存在が魅力的なのです。
それと後に気付いたのですが、自己否定や自己非難が必要なのではなく
「自己対決」が必要なのですね。「自己対決」なくして成熟はありえない。
そして成熟とは「理性」を育てるものではない。
犯罪者や快楽的な人ではなく、「理性」を育てることがどうしても難しい人もいます。
それでもその人は「人」であり、尊厳を必要としています。
本能が司る感情や感覚は、とても強いものです。そしてそれは非常に大切なものです。人の礎と言える。
それをないがしろにし、きちんと目を向けなければ「平気でうそをつく人たち」まっしぐらです。
さらに、色々と思考するうちセルフ・エスティームという概念に行き当たります。
これに該当する言葉は、日本語にはないようです。強いて言えば「自尊感情」だと言われます。
と、同時に日本人はこのセルフ・エスティームがない、または非常に少ないと言われます。
つまり、相対的な価値基準、相対的な評価によって自己を保っているということです。
自己がなんの努力もなく、生まれたままの否定要素を含むままの自己を
自分で受け入れ、それでよい。と心から思えない人が非常に多いということです。
後々このテーマはまた改めて記事にしたいです。
陰と陽と親知らず
30過ぎてラスイチの親知らずに生えられて頭の右半分が痛いちょっちぷんです。
ふー。
せっかく昼間だから、とコメントを入れてもほとんど反映されません(涙)
記事を上げてもなかなかきちんと投稿されず、親知らずが痛みます。しくしく。
親知らずの痛みは、しくしく、ではなくて、ずがん!ずがん!て感じですが。
さて。私は陰と陽をかなり両極端に持っている気がします。
常に明るくもないし、かと言って常に暗いというわけでもなく。
そしてそれは一日のうちでも結構入れ替わりは激しいです。
何か現実世界で事件があればそれはもう陰が大暴れしますけども。
でも、夫と娘と歌を歌い、手遊びをして、夫にプロレス技をかけて
げらげら笑うときは、楽しくて楽しくて心から笑えます。
夫は毎日何かしらしでかしてくれるので、そのことでも大笑いして陽全開!!です。
この間、夫は携帯電話をどこかから落っことし、なくしてしまいました。
娘が生まれた時の画像や、結婚式のリハーサルのとき撮った私の写真が入っていて
かなり凹んでいました。
しかも、何故か次の日には車も動かなくなってしまいました。
すわ!廃車か!?
なんかバッテリーっていうのでしょうか、ギターの小さいアンプみたいな形のアイツ
アイツがすっからかんのからっけつだったそうで、ただいま充電中です。
復活するのか?どっちでもいいです。
廃車なら廃車で新しいキャッコイイ素敵なでっかい車を買ってもらいます。
ちょっちぷんが、かがまずに乗れる車。バスだよそりゃ。
この2つの事件が、もし私にあったら。
そりゃあもう陰が大暴走の大全開のこんこんちきです。
超落ち込みまくって、世界の不幸が全部自分に降り注いでいるかのように嘆きます。
…。
でも夫は全然、平気のへー。
かなり凹んだ、と書きましたが、夫にしては、という意味で
この状態を一般的な凹みと比べると、全く凹んでいないかのようです。
私が意地悪にも「世界は自分を中心に回っていると思ってるからバチが当たったんだよ」
と言うと、「そうかも」と殊勝な顔でうなずきます。
これ。
全然そんなこと思ってないんです。
夫は「そうかも」と言いますが、偶然の産物を自分のせいだなどとは
みじんも思いませんし、どんなに意地悪を言っても全く意にかいしません。
日常のあらゆる何かを我が身に結び付け、いらん陰を暴れさせる私とは違い
夫はそんな風に考えませんし、陰もほとんどないようです。
その証拠に、夫の試合の日。
必ず晴れます。
て、これはこじつけなんですけど、夫を見ていると太陽が守護神みたいでとっても羨ましい。
って話です。
歯が痛いから痛くない人全てが羨ましい、相変わらず陰に支配されるちょっちぷんでした。
ふー。
2005年8月23日PM:1:14に上げた記事です。
この時、笑い男さんにいただいた、ドラゴンボールの孫悟空みたい!というコメントに激しく納得。
夫はドラゴンボール初期の孫くんソックリです。
「おらもう眠いから寝るけど、お前話まだなげーのか?そっか、じゃおやすみ!」みたいな。
おなかが空いたら食べる、眠くなったら寝る、強いやつがいたら闘う、闘うことは楽しい。
誰かが自分をどこかで嘲笑っていても、誰も褒めてくれなくても
誰にも認めてもらう必要のない、他者の評価や視点、視線も一切必要としない、そんな夫。
だから誰かへの言葉も、表現も持っていない。主張することは彼には必要ない。
なくした携帯はそのまま出て来ず、機種変した携帯もわずか何ヶ月かで水没させました。
出会って4年になりますが、その間の機種変更数10回以上に及びます。
ハタ坊のオデン
firoswiさんのコメントから、アニメやマンガに出ていた食べ物のことを思い出した。
そう言えば子供の頃、見ていて食べたい!!と思ったものって結構あったなー。
ハイジの暖炉前で食べるチーズフォンデュのようなもの
はじめ人間ぎゃーとるずのマンモスの肉
サザエさんでカツオがおやつに食べている茶色いもの
ドラえもんでのび太がおやつに食べている茶色いもの
トッポ・ジージョが持っている穴あきチーズ
あらいぐまラスカルに出てくるソーダ水
そしてハタ坊のオデン
多分あまり見たことがないものだったり、普段の食事には出ないようなものだから
食べたい!と思ったんだろうけれど
ドラえもんの茶色いおやつに至っては、話ごとに食べる擬音が違うっていうのも
大きな要因だったような。。。。?
バリバリ、だったりムシャムシャ、だったり…。
でも絵は同じ。摩訶不思議。
大人になって、ギャートルズのマンモスの肉のような、絵的には近いものを食べたけれど
あの、「モシャーーっ」て感じに噛み千切れるところが素敵だったので
食べた肉はとても美味しかったけど普通の肉で「モシャーーっ」がなくて寂しかった。
ハイジのとけたチーズは、チーズフォンデュで代用できたけど
あの土器のような入れ物、暖炉、ログハウスのような家、は当然なくて
白いパンはあまり美味しくなかった。
穴あきチーズ、チーズ好きの私は世界各国のチーズを楽しむ会というのがあって
そこに参加させてもらっているので、かなり早い段階で出会ったけれど
大きな声では言えませんが、ハッキリ言って穴があいてるのがキモチワルかったです。
あ、とても美味しかったんですけどね。贅沢言うな。すみません。
とりあえずあのネズ公みたいにずっと持っていたくはないシロモノでした。
ハタ坊のオデンは今もオデンを自宅で作るときには、あの丸三角四角の具を
竹串に刺しているほどです(笑)
ゆでたまごとこんにゃくとさつまあげ
アイツが持っている串には本当は何の具が刺さっていたのか知りたいものです。
…あれ?
オデン?オデンはハタ坊じゃない!
オデンはチビ太だ!!!!!
オデンはチビ太だったよ、firoswiさん!!
そうだそうだ。
ま、どっちでもいいんですけどね(笑)
ハタ坊ってほっぺにハットリくんみたいなうずまきがあって
頭にハタ立ててるパンツしか穿いてない「○○だジョー」とかいう話し方の子ですよね?
チビ太はつるつる頭で軽く憎たらしいかんじで。
うーむ、ちょっと読みたくなってきた。
それにお腹が空いてきた。そろそろお昼だ。
2005年8月23日(火)PM:0:10に上げた記事です。
ハタ坊は服、着てるそうです。パンツはデカパンさんらしい。
firoswiさんとか呼んでる(笑)って、firoswiさんなんだけど。最近は「兄さん」です。
兄さんは何故かみんなに「兄さん」て呼ばれてます。あにぃだったりおにいちゃまだったりだけど
みんなのお兄さん的存在ですな。
ハイジが食べてるのはラクレットだったでしょうか。
超大きいチーズを天板で溶かして溶けた部分をこそげてポテトと食べるやつ。
うう、食べたい。そろそろお昼だ。
文章の形と私から私への言葉
前回、書いた記事にトラックバックしていただいたことから、もう少し書きたいと
あの後すぐに書いた記事なのですが、今日までしまってありました。
前回の記事タイトルとchargeupさんの記事タイトルで、こういう憶測をしました。
私は、記事タイトルに自分への疑問を投げかけました。
たいてい、記事自体もそうなのですが、自分への問いがとても多く、そこに一つの不安はありました。
chargeupさんはそれをchargeupさんへの問いとしても取れると感じたのではないだろうか。
もしもそうならば、小さなことですが、すれ違いそうなところだったのが
回避できたのではないかと感じました。
可能ならば、いつか、chargeupさんがどんな風にchargeupさんの言葉に置き換えたのかを
一つの記事にしてもらえたら、もう少し違いがわかるかもしれない、とも思いました。
私(ちょっちぷん)がchargeupさんを、理解してあげたい。ではなく
私が(勝手に)chargeupさんを理解したいのです。
それはchargeupさんが何ら責任を負う必要のない、私自身にのみ帰属する欲求です。
「あなたは理解されたいのですか?」という問いを記事で投げかけているのではなく
私が、私に問う必要があったのです。確認するためにも。
私から見てchargeupさんは自己像を守るために他者を犠牲にする人にはとても見えません。
自分自身とストレートに向き合っていると見えています。
「理解するために書いている、そして、理解したいと思って下さる方が読んでいる」
この言葉、これが前提にある、と思ったのです。
と言うかこれが適切な形ではないかと思うのです。
何も、誰かに何かを無償で求めているわけでもなし、誰かに何かを押し付けているわけでもなし。
こういう姿勢は随所に溢れています。コメントにも溢れています。そして何より一貫性があります。
私はそこに強く惹かれたのです。
だから、今chargeupさんが記事を書けなくなったきっかけの出来事で、
ある人から出た言葉が何故出てきたのか、私も知りたいのです。
どこをどうしたらそんな答えがでてくるのか。まさに1+1はドラえもんです。
私にはchargeupさんは、怠けず、努力しているように見えますし
他人に迷惑をかけずに生きていきたい、としか読めません。
そもそも怠けていない、努力している、などということを他人に見せる必要なんてあるのでしょうか。
そして、そう見えないから、していない、と断言できるようなことなのでしょうか。
更に、それは非難するようなことなのでしょうか。
その方にとって、全ての真理はたったひとつ、という感じなのでしょうか。
たくさんの真理があると考えるのはおかしいのでしょうか。
違いを上手く機能させることはできないのでしょうか。
そんなことあるわけないじゃないか、と思います。
たくさんの過去の記事にリアルタイムで出会えなかったがために逃した機会を、今与えられています。
それを失うところだったのです。それだけでも私としては勝手に腹を立てます。
私はこの「ドラえもん」を生み出しているものが「芋」だと思っています。
「芋」について、いつかこれをリンクさせた文章が書きたい。
この両方が達成し、私なりに納得し、進む手立てが見えたらブログはやめちゃいます。きっと。
※当初上げたものから、かなり削りました。
2005年8月22日(月)PM:1:55に上げた記事です。
「理解されたいの?理解したいの?という記事の追記でも触れた、タイトルへの補足記事です。
人間はたったの1回の人生しか生きられない。つまり実感を伴った経験は1度しか出来ない。
ということは真偽の判断として、サンプルは1つしかない。
にも関わらず人を「怠けている」とか「努力していない」とか、一体全体なんなの?と思います。
あんた神様か?(あたしゃかみさまだよ!by幻聴様)
ひー!追記してたら記事1つ出来た!
またそのうち推敲してからどこかに上げることにします。
バスケ部
カッタウェイさんの記事にトラックバックさせていただきました。
今日は2発目のトラックバック。いつも通り最初に謝っておきます。
いつもくだらない内容でごめんなさい(涙)
今回の記事ではないのですが、カッタウェイさんのバスケ部への道、一連の記事で
バスケの人気のなさを、花形スポーツ、テニスと比較しておられるところがあります。
これ。
ホントにそうなので、かなり切ないです。
テニスだって本気テニスには、かなりハードでかなりどぎついトレーニングがあるのに
なぜ、あんなにも華やか、かつ楽しげなのでしょう。
バスケは嫌われ者の「体育会系気質」ばかりが目立ち、ちっとも楽しげじゃありません。
ナイショですが、
テニスにはオバサン同士の派閥とかあって大変ですよ。
バスケの方が派閥もへったくれもなくチームだから安全ですよ。←ホントかよ
今回のカッタウェイさんの記事を読んだらわかるように
バスケも楽しいのですよ。バスケにも本気バスケじゃなく楽しむバスケがあるのですよぅ。
ユニフォームだってオシャレでストリート系のアナタも大満足。
カッコイイ、バッシュだって今やてんこ盛りです。
確かにバスケットソックスは「バッソク」などと多少ダサい感じに略されていますけど(笑)
ルールも多分それほど難しくなかったと思います。…多分。←思い切り忘れてるヤツ
そんなにルール変わったっけかな?
大丈夫です!すぐわかります!適当に走って、適当にドリブルして、適当にシュートです。
生徒諸君!のナッキーだってバスケです(?)
ちょっと忘れられないナッキーエピソードに
バスケの練習にオクラホマミキサーの替え歌を使っていたところがあります。
1、2、の3でドリブルをして
4、5であの娘にロングパス
6、7、8で敵を避け
9、10でそのままジャンプシュート
確かこんな感じだったと思います。
こんな感じです。楽しいですよ(涙)本当に。
今や主婦となった私にはチームを作る場所すらありませんが
3on3ならまだ友達がいます。
久しぶりに参加してみましょうか。
翌日起きられるでしょうか。
永遠の眠りについてしまいそうで恐怖を感じます。
あ!そんなことはありません。ちょっとした筋肉痛程度です。
めちゃめちゃ痩せますよ!
バスケお勧めです!!
いちバスケ好きとしてトラックバックさせていただきました。
2005年8月22日(月)AM:11:08に上げた記事です。
またしても過去記事にダブルのトラックバック…。
うう、この方法でトラバさせてもらうの迷惑かも…。
カッタウェイさん、またしてもくだらない記事を二つにしてごめんなさい。すみません、すみません。
この間、近所の中学校が校庭解放していたので、コートに転がっていたボールで一人バスケ。
主に新入生勧誘の際に使う「見せシュート」連発技をドリブルで繋いだだけですが
休日部活に来ていた中学生バスケ部に「おおお~っ!!すげー!!」と賞賛され鼻高々でした。
体力は落ちたけど技は健在だぜ。3ポイント&レイアップは得意なんだよ~♪
終わった後フラついたのはナイショのヒミツです。
私のメロス
猫すけにトラックバックします。
今日は謝らない(笑)だって猫すけだから。
ともだち。
以前も記事に書いたことがあるけれど、私にとってともだちは「走れメロス」出来ること
もしくは「走れメロス」したいと思うような気持ちを育てられる相手であること。
私にとっての「ともだち」というものをはっきり言い切るとしたら
それが出来ないなら私にとっては「ともだち」ではない。
遊び仲間、とか知り合いとかになると思う。
ただ、それは全部繋がっている1本の紐みたいなもので
どこからどこまでが「ともだち」でどこからどこまでが「知り合い」なのかは
明確化はしていない。どこかで変わる可能性だってある。
今日はブログでも関わるメロスのこと。以下ヤツをメロスと呼びます。
メロスは、私とは全然違う種類の生き物だ。
考えることや感じ方、思考に嗜好、違いすぎるほど違う。
多分ものの価値観も相当違う。
理屈っぽいちょっちぷんに独特の感性とテンポの時を刻む天然のメロス。
端から見ると、私たちは「本当に仲がいいの?」と思わせるような感じらしく
スリッパで殴りあうような言い合いもしばしばあった。今もたまにあるけど。
「あんたのそういうところすっごいムカつく!」
「そんなにいやならもう帰れば!」
「バカじゃないの!?」
「だってバカだもん!!」
買い物に出かけ、帰りの電車で、くだらないことでケンカになり
「一緒にいるのがもうヤダから別々に帰ろう」
とか言って、隣の車両に乗って帰ったこともある(笑)バカです。
それと、理屈屋で一見冷静そうで温和そうに見える私が
メロスの面倒を見ているように思われていることもしばしばあるみたいだ。
確かに、乗ろうとしたエレベーターが、途中で業者の運搬のために止められていて
来るのが遅く、約束の時間に遅れた、とドアを蹴っ飛ばし
「ふっざけんなよ!」とブチ切れたメロスを叱り、なだめたこともある(笑)
だけど。
私はメロスがいなかったら、本当に孤独だったと思う。
私が、メロスを必要としている。
メロスが文中「炎に包まれたボールでキャッチボールしていたみたい」だと
書いているけれど、本当にそうだったと思う。
何度も何度もケンカした。
何度も何度も食い違う話に、たくさんの涙を流した。
バカバカしいことかもしれない。
笑われることも実際ある。
でも私にはそれが、どうしようもなく必要だった。
私が必要としていることを、生まれて初めて与えてくれたのはメロスだ。
メロスとの炎のキャッチボールが今の私を作ったと言っても言い過ぎてはいない。
メロスが書いた「私」を読んで
「もうちょっと上手く(良く)書いてよ」とか思わないでもない(笑)
でもメロスが感じている「私」をそのまま受け入れることは
今の私には簡単に出来る。
それは、メロスが私をいつまでも「理解しようとしつづけて」くれているから。
メロスはハッキリ言って何も考えていないことが多い。
行き当たりばったりで、私以上に考えなしで、感情で生きている。
そんなメロスを私は尊敬している。
私にはどんなに頑張っても得られないものを持っているメロス。
そしてそれを持ち続けるメロス。
私はメロスが大好き。
よくぞ夫と出会うまでの私と20年以上も「炎のキャッチボール」をしてくれた。
夫と出会うまでの私の大きな大きな支えだった。
メロスによく似た夫と出会い、ふと気付けば仲の良い周りの人はみな
同じタイプの生き物だった。
それに気付き、夫を愛する気持ちを考えたとき
私はやっと一人で立てたと思う。
大きな支えが必要だった私は、今小さな支えをたくさんもらって生きている。
メロスには大きな感謝を送るとともに、慢心するなよ、と言っておく(笑)
********************
私達は私達に必要なものを、必要なだけ与え合えていると思っている。
メロスと夫は似ているけれど、夫はメロスに輪をかけて「素人間」です。
メロスは「女の子ルール」で生きてきて苦しむこともあったから
夫ほど天真爛漫じゃないけど、良く似ているな、と思うことはとっても多いです。
私にとって「彼ら」のような人は、とてつもない憧れと敬う気持ちを持つことが出来るひとたちです。
おしまい。
はぁ、僕も疲れた…フラッ
2005年8月22日(月)AM:10:36に上げた記事です。
メロスに例えたのはいまひとつだったかな、と最近思ったりもします。
つまり、自己犠牲精神ではないのだということなのですが。
走れメロスは自己犠牲のお話として世に浸透しているようなので、失敗したかな、と。
こやつが「私のために命をかけて!」と言ったとて掛けられるかというと、それはわからない。
ただ、メロスの友達のように弱者支配的状況でヤツが誰かにスポイルされそうになったとき
私の何がしかのふんばりで助けられる可能性があるなら、あきらめることはないということです。
それはひとえに自分の心の問題で、もしも頑張れば出来たかもしれないことをしないで
諦めてしまったりして、ヤツが命を落とすようなことがあったら
私はその後の人生を後悔しながら自分を責めつづけて生きるだろうという予測のもとの答えです。
自分がとても必要としているもの、それが命を持った他者である場合なのですが
欲しいもののためにも怠けた自分、というものを許せないと思うのです。
これもまた「自分のため」の気持ちの一つだということです。
誰かのためには生きられない。私はやっぱり私のために生きてゆく。
こやつのことが大好きかというと、好きとか嫌いとか、もうそういう感じじゃないかもしれません。
いてくれてありがとう、と心から思うこともあれば、「こいつ…(睨)」と思うこともあるし。
ただ、1番大事な友であることは間違いない。家族的な感じです。まさにソウルメイト。
ブログ上やリアルのヤツを知っている人たちが見ている「ヤツ」と、私が大事にする「ヤツ」は違う人物です。
決してヤツが演技していたり、自分を装飾しているわけではないのですが
私の知っているヤツとは全然違う人物なんだな。
素直じゃないんだよね、この人。私には本当に全開で素直なんだけど。
私、朝すっごくすっごく機嫌が悪いんです。
どんなにたくさん、そして良質の睡眠を摂っても起きぬけ1時間は別人格です。
で、ヤツと私はこれまですんごいたくさんの朝を共にしているんです。
だからそれはいやってほど知ってるのに、起きていきなりちょっかい出してきたりするんです。
で、半ばキレ気味になった私を見て驚くんです。驚くなよ(笑)
本当に大切な存在です。
友達として、安心して何もかも言わせてくれる、そして何もかも言われても平気なのはこいつしかいない。
今の望みは、いつかヤツと二人でロス旅行に行くことです。
ぜってーケンカするな(笑)
ダメだぁ~
今日こそ!意気込んでみたものの、撃沈。
やっぱり夜は重たいのですね。はー。
たった一つ、よそのお宅へお邪魔して、コメントしようとしているだけで
30分近くかかってしまいました…。がっくし。
もう夜はあきらめます…。ふう。
明日から我が家も、長い風邪生活に別れを告げ
通常運営に戻りますので、また昼間のうちにせっせと
コロボックルちょっちぷんは記事を書くことにします。
夜ではなく昼出てくるコロボックルちょっちぷん。
もう寝ます。ぐー。
2005年8月21日(日)PM:10:59に上げた記事です。
はい、またしても写す価値のない記事です。
でもここまで全部写してきたので、半分意地です(笑)
性格的にランダムにとか、なんか出来ないのです。
いい加減なところ満載なのに、やたら四角四面だったり。
紙の角と角が合ってないと嫌だし、襟のあるシャツはお店畳みだけどTシャツは背折り畳みとか。
歩くときに歩道にタイルがあると歩幅の目安がぴったり3こ飛ばしにすることに熱中してしまったりします。
あまりにどうでもいい記事だから何か書こうっと。
そうそう、写しは4分の1は終わりました。
リスト表示にして20Pあったのですが現在13Pが終わろうとしています。
かなりハイペースの進み方なので、今月中に写し終わりそうな予感もしてきました。
ちょっとペース落とそうかな。うーむ。
早く終わっちゃうと、この先どうするか早く決めなきゃ、と焦ってしまいます。
続けたい気持ちと、なんていうか面倒くせぇな、という気持ちと。
いや書くことは全然面倒じゃないんだけど。
さらにどうでもいいことを書き足して、追記の方を本文より長くしてみました。
ぎゃぎぎゅぎぇぎょぎょー!
とらっくばっくってこういうふうにつかってもいいのだろうか。何故かひらがな。
せつないバトンをまたしても盗んできてしまいました。
まともに出来るでしょうか。頑張ります。
Q1もしも生まれ変わったら何になる?
峰不二子
Q2明日地球がなくなる!!さてそのとき貴方はどうする?
多分、家でいつも通り次の日の食事のメニューに頭を悩ませているはず。
Q3透明人間になれたら・・・まず何をする?
どうしましょう。えーとえーとピーター・アーツが本当に
2時間しか練習していないのか確認します。
Q4飛び降り自殺をしようとしている人が目の前にいたらどうする?
どどどどどうしましょう。とりあえず、スペーストルネードちょっちぷんですか。
それじゃ、自分が落っこちます。
Q5もし100万円を拾ったらどうする?
怨念こもってそうで怖いので警察に届けます。怨念怖い。
Q6恋人の浮気現場を目撃!!その場で貴方はどうする?
スペーストルネードちょっちぷんです。もちろん。魔の5連発でどうでしょう。
Q71つだけ未来のことがわかるなら何を知りたい?
ドラえもんが出来るかどうか。
Q8電車の中でチカンにあったとしたらその場であなたはどうする?
スペーストルネードちょっちぷんからマウント取ってパウンドしてKO。
それで自分が捕まる。とほほ。
Q9修学旅行でおねしょをしてしまったら貴方はどうごまかす?
ごまかすことが前提なら…「あっオムツするの忘れてた!」
全然ごまかしてません。がく。
Q10このバトン次は誰にまわしますか?
私も、いつもどおり記念にとっておきます。
2005年8月21日(日)AM:0:09に上げた記事です。
ちょっとふざけた答えばかりですが、かなり大マジな答えがあります。
何番目の問いでしょう。正解の方にはゴールドジムの割引券を差し上げます。
いらない?(笑)
ぎゃっぎゃっぎゃっ!
娘の笑い声です(笑)
子供を持って一番初めに壊された思い込みが笑い声でした。
赤ちゃんの笑い声って「きゃっきゃっ」みたいな
軽くて高くて、いかにも可愛らしいものだと思っていたのですが
結構ダークなかんじで「ぐへっぐへっ」とか「げひゃっ」とか
タイトルみたいな感じの笑い声が多く、ぎょっとしました。
先週は親子して具合が悪いうえに、いろいろあって心身ともにへとへとだったので
お盆ではありましたが、お墓参りに行けませんでした。
今日、ずれましたが、母のお墓参りをしに出かけました。
遠方から父もやってきて、じじ&娘夫婦&孫で出かけてきました。
都内にあるお寺にしては緑も多く、広々としていて、よいところですが
いかんせん、場所はお寺。
アイツがつきものです。
アイツ
そう、はすの花です。
まだ今の時期は花が咲いていることが多く、ギリギリセーフなのですが…。
もう少しすると、花が落ち、後にはシャワーのようになったアイツが!!!!
ぎゃーーーーーーーーーす!!!!!
ぶるっ!想像しただけで、超鳥肌です。うーーーー。
あれのあるお彼岸時期が毎年恐怖です。
ついたら即、薄目。これ基本。
でも今日は一つだけお寺の入り口に、
枯れてシャワーになったアイツが風鈴にくくりつけられておりました。
何故だ。
それを見ないように、見ないようにしている私に
夫が
「ホラっ!」と揺らしてこちらへ近づけやがりました!!
即、ブチ切れです。
スペーストルネードちょっちぷんを喰らわしてやりました。ははははは。
※スペーストルネードちょっちぷんとは、ちょっちぷんがやる大外刈りのことです。
ちなみに小川直也がプロレス中に用いた大外刈りを、プロレスネームにしたのが
STO、スペーストルネード小川、の略でありまして、そこからパクった次第でございます。
なんとか穏便に(?)お参りも済み、夕暮れの街をブラブラと帰路につきました。
帰り道、おもちゃ屋さんの前を通りかかると
プラスチックの2色のボールに、マギー審司が「ラッキーちゃん」と呼んでいる
ぬいぐるみのような物がついていて、電池で動くボールが動き、それにつられて
ぬいぐるみが、生きているように動く、というおもちゃ(説明難しい)が
店頭に鳥かごに入れられて、動いていました。
それを見た娘の笑い声が、タイトルです。
道行く人もみな、娘の声につられ、笑っています。
外国人の夫婦は娘に何事か話し掛けています。
お店の方も笑っています。
笑いが笑いを呼び、とてもいい雰囲気ですが
もう少し可愛い声で笑ってくれたら、可愛さも引き立つかもしれんぞ、娘。
まあ、娘がそれで楽しいなら、全然いいんですけどね。
あんまり楽しそうに笑いながら見ているので、買って帰りました。
家でも大ハッスル。
店頭と違い、自由に床を這いまわるヤツと追いかけっこみたいなことをして
娘はとってもとっても楽しそう。
声は当然
ぎゃっぎゃっぎゃっ!!!
最後にはその声すら可愛いと思った、ちょっちぷんなのでありました。
え?夫?スペーストルネードで倒して置き去りですよ。もちろん。ふん。
2005年8月20日(土)PM:10:30に上げた記事です。
結構好きな記事です。
…しかし私の気に入っている記事ってコメントなしっての多いな(笑)
らっきーちゃんみたいなのがくっついているオモチャ、今も「ぎゃっぎゃっ(笑)」と喜びます。
変な笑い声。2歳になってからちょっぴり可愛く笑うようになりました。
しかしまいけるじゃくそんのような雄たけびも多いです。「ぽーーーぅ!」とか(笑)
大好き!コミックバトンより
勝手にバトン第2弾!を懲りもせずしようと思いましたがやめました(笑)
でもschlie18mannさんの記事のコミックバトンを見ていて、好きな、思い入れのあるコミック5冊。
これをつらつらと考えてみました。
で、結果はコレ。
ドラえもん
うしおととら
天才・柳沢教授の生活
papa told me
リボンの騎士
生徒諸君!
なんの共通点もないような…。
いや、多分ですねファンタジーです。
これらは全てファンタジーなのです。
ちょっちぷんはファンタジーが好きなのです。
その中の生徒諸君だけは、ちょっと毛色が違っていますが
これだけ、好き、という観点では選びませんでした。
これは思い出の作としてランクイン。
小学生のころウチではマンガは母が厳選しており
主に藤子不二男作品と手塚治作品ばかりでした。
その中で母が好んで買ってくれたのが、この生徒諸君!だったのです。
1巻から24巻を経て1冊の外伝を母と一緒にずっと読んだ思い出のコミックです。
ドラえもんにはずっと会いたくて、タイムマシンに憧れて
最後にはどこでもドアとタケコプターだけでいいから欲しいと思いました。←欲が深い
うしおととら 主人公のうしおみたいな男の子と結婚したい!と思いました。
まあ、夫はうしおに似てなくもないのでヨシとしております。
天才・柳沢教授の生活 これは考えさせられることと共感することが多く含まれた本で
何度も何度も読んでます。深いです。
papa told me これもまた主人公ちせちゃんに惚れます。きっとドラマ化したら
安達裕美がちせちゃんなのだろうなぁヤダな。。と思っていた記憶が(笑)
娘がちせちゃんみたいに育ってくれたら…ムリだな(笑)
アイツは多分良くてロッドマンみたいな…破天荒なおなごになるだろう。
リボンの騎士 超憧れでした。リボンの騎士になりたかった。どちらかと言えば
そりゃもう間違いようもなくチンクでしたけどね☆
そう言えばデビルマンと結婚したいと思ってたやつもいたなぁ(笑)
まだヤツ独身なんですよ。どこかにいませんかね?
デビルマン。じゃなくてデビルマン似の人。
いてもヤダな(笑)
2005年8月18日(木)PM:11:32に上げた記事です。
引き続きデビルマン似の人募集中です。