霧、霧をわける白
急に夏が終わってしまった。
ぱた、と稼働をやめてしまった太陽がまだ顔を出す前のあおい闇のなか、急に目が醒めた。
今日がどんな一日なのかしばらく思い出せないまま(会社にゆく日なのかリハーサルにゆく日なのか、またはどこかから帰ってきて昼寝をしているだけなのか)ベッドに背中いちめんと後頭部を埋めたまま考える。
どこかで数匹のセミが鳴いている。
鳥よりはやくセミたちは起きているんだなぁと思う。
いや、もしかしたら眠っていないだけかもしれない。夏があまりに早く過ぎてしまったことにこころが焦っているのかも。
シャワーを浴びながらもういちどセミのことを考える。
セミは、霧の中で鳴いていたような気がしてならない。
もうほとんど残っていない林の葉のあいだ、こまかく翅を濡らす霧のなかで。
そんなわけないのに。
白鷺が飛んでいったのはどちらの方角だろうか。
頬をなでるように掠めたつばさは南西の方向へ眠りを運んでいったに違いない。
そんな気がする。
私の鼻は羽毛のかおりを覚えているもの。
ぱた、と稼働をやめてしまった太陽がまだ顔を出す前のあおい闇のなか、急に目が醒めた。
今日がどんな一日なのかしばらく思い出せないまま(会社にゆく日なのかリハーサルにゆく日なのか、またはどこかから帰ってきて昼寝をしているだけなのか)ベッドに背中いちめんと後頭部を埋めたまま考える。
どこかで数匹のセミが鳴いている。
鳥よりはやくセミたちは起きているんだなぁと思う。
いや、もしかしたら眠っていないだけかもしれない。夏があまりに早く過ぎてしまったことにこころが焦っているのかも。
シャワーを浴びながらもういちどセミのことを考える。
セミは、霧の中で鳴いていたような気がしてならない。
もうほとんど残っていない林の葉のあいだ、こまかく翅を濡らす霧のなかで。
そんなわけないのに。
白鷺が飛んでいったのはどちらの方角だろうか。
頬をなでるように掠めたつばさは南西の方向へ眠りを運んでいったに違いない。
そんな気がする。
私の鼻は羽毛のかおりを覚えているもの。
なつへのとびら
友達と話して、それが大きな推進力のもとになった。
いっぽうは夢みたいな部分を明るくひきあげてくれた。
もういっぽうは、もっと深く、もどかしさもともなったうれしい歯痒さ。
私にできることはまだまだある。
そのことだけは十分わかっている。
私がたくさんの希望を持っていることも、感じている。
渇望がもう少し絞り込まれるといい。
なんて透明なあおの景色。
こんなきよらかなあおに包まれていることを、あのワゴン車は知っているのだろうか?
八百屋さんの野菜たちは知っているみたいに見える。
白いいえの屋根の樋は、ことさらとりあげることでもないからつんと鼻呼吸をしている。
今日、いちにちが終わる。
そのことに気付いて立ち尽くしたのはいくつの時の夕暮れだっただろう。
青空のひかりが消えてゆくとともに今日が終わる。私が一日なにをしていても関係ない。
また明日空は青くなるし私はなにごとかをする。でもそれは関係なかった。
今日が終わってしまう。
二度とない今日が、今終わる。
そのかなしさをことばやかたちにできるほど大人ではなく、だけど固形にして飲み込んで終わりにできるほどこどもではなかった。
かなしくて、どうしようもなくて、じっと縋るように暗くなってゆく西の空をみていた。
夜がきて私は泣いた気がする。
どうして泣いているか誰にも説明できないから、隠れて、だけど長い時間。
こころにはなみだの説明は流れてこなかった。
だけどおとなになった私だけがその姿を見つめて包んでいることを、ちいさな私はしらない。
手ぶらのオフィス街
急遽お茶に誘った友人の会社を目指してとことこ歩く。
たぶんここらへんのはずと野生の勘でうろつき、みごとに当て、お昼のひとときを一緒にすごす。
やっぱり外でお茶を飲むのが好きだ。
こんなオフィス街の、ひとが不躾に視線を投げかけてくる場所にもかかわらず。
ランチのためにごったがえす街をこうして用もなく歩くと、自分だけ間違ってここに紛れ込んだ迷子のような気持ちになった。
寂しい迷子じゃなくて、自由な迷子。
私と同じように私服の女の子もいっぱいいる。
だけど私だけ、仕事も時間も手放してぷらんぷらん歩いている。
私は今、知りもしない住所を目指して歩いているんだよ。
迷子にみえるかもしれないけど、ちょっとそれは正解で汗もかいちゃっているけど、でもぶんぶん手を振って歩きたい気持ちなんだよ。
ふと見える東京タワーですら、嬉しいんだ。
会社にすこし寄る時間があったので行った。
今日はお休みだけれど、いつも迷惑をかけている分ちょっとでも仕事をしてゆこうと思ったのだけれど、中途半端に手をつけないでほしい、といわれてしまった。
ありゃーっ。そうかいそうかい。
ちょっと迷子の楽しさがしぼむ。心の中のまゆげがハの字になる。
だけどへこむのは、そういわれても仕方ないかも、と分かっている自分もいるからなのだ。
…だけどさっ。…だけど!…だけれどやっぱり正論がむくむくと喉元に殺到して、言葉を殺す。
帰ってきたら父がいて、面白いビデオがあるから観よう、という。
北野武とか所さんの番組で、その回は不思議アートみたいのだった。
特集されていた枯葉で描かれた絵も素敵だったけれど、私が心を奪われたのはサンドアートをしている女性。
「自分の手それ自体で表現するということにかねてから興味があって、そして砂に出会った」
という。
このサンドアートについては、思うところがいろいろあるので、またゆっくり。
ちゅんは今日も父とお風呂に入っていた。
でもなんでお風呂から上がって羽根を乾かすとき、わざわざ人の近くにきてぶるぶるするんだろ。
猫とか犬もそうだよね。
つめた!っていう反応をうしし、と楽しんでるのかな。
なにくわぬかおをして。
にくいやつ。
ニネスハムンからフェリーで/28.Feb
ゴットランドへはニネスハムンというみなとからのフェリーか、ストックホルムからでている飛行機で行くのだけれど、私はフェリーを選択した。公園から帰ってきて大分時間があったからストックホルムの駅付近でもっとうろうろしようと思うのに、気持ちが急いてぜんぜんゆったりしていられない。
カフェにいてもいたずらに足をぶらぶらするばかり。
もういってしまおう。
フェリーの時間は9時なのにストックホルムを5時すぎに出かける。
普通の電車にはもうなれたはずなのにやっぱり駅の名前がすぐには読み取れないからしょっちゅう外と、手の中のガイドブックを確認する。
電車の中でのんびり食べようと思っていたグミとかチョコレートも味がしない。
フェリー乗り場は電車を下りたらすぐわかるはずよ、と旅行会社のお姉さんは言ってくれた(Haoが通訳してくれた)。なにしろフェリーなんだもの。見逃すはずがない…
のに、電車を降りてもどこがフェリー乗り場なのかわからなかった。
ストックホルムから何分くらいだったかな…30分?1時間?
でももうすでに暗くなっていた。
こんな外れの駅にくるひとはほとんどがフェリーに乗るひとに違いない、と勝手な判断をして、多くの人が向かう方向に歩いた。多くの人といってもほんの5、6人だけれど。
だけどどんどん坂をあがってゆくばかり。海に近づく気がしない。
間違った。
そう気づいて私は坂をおりはじめた。
さすが寂しい駅。誰もいない。いたとしてもとても英語が通じそうになく見える。(しかし実際いちばん英語が通じてないのは私にちがいない)
乳母車で坂道をあがってくるおばさんがいた。いかにも地元の人だ。
勇気を出して声をかけてみる。
ゴットランドに行きたいのですが、フェリー乗り場はどこですか?
するとおばさんは、私もゴットランドに行くのよ。それまでまだ3時間もある。あなたさえよかったら一緒にこのお店で待ちましょう。と言ってくれた。
ほんとに?!と、急にほっとした。
乳母車には2歳くらいの本当に可愛い女の子が乗っていた。まるでお人形だー!
お店に入るとおばさんは気さくにいろんな人に話しかける。
お店のひとびとは私にも話しかけてくる。
日本から来たの?こんな季節に、何故?
できるかぎり、私は伝える。
『サクリファイス』という映画が私は映画の中で一番好きで、その映画がこの島で撮られたんです。だからこの島にくることが私の夢だった。と。
こんな季節に来なくてもね。夏はパラダイスだよ!夏のほうがビューティフルだよ!おじさんは懸命に私に英語で話す。
私はダンサーで、職探しの季節が冬なのだということも言ってみた。
でも伝わったかどうか。
おばさんはどうやらカリンという名前らしかった。
私が自己紹介をしたら、「私はカリンよ。カリンはイタリアではそう珍しくない名前なの」というようなことを言った(ような気がした)。
ところがこれは大きなおおきな間違いだった。後ほど私はびっくり仰天し、一人で苦笑いすることになるのだけれど…。
私の本名と「カリン」はちょっと似ているので、そのことをいうと、ちょっと不思議そうな顔をする。
あなたの名前と私の名前は似ている、と何度も言ったけれど通じないみたいで困ったような顔をするので、発音の違いでそう感じないのかあ…と私は思っていた。
女の子はフェリシアといった。Felicia。なんて可愛い名前。
カリンは50代に手が届きそうにみえたけれど、フェリシアはカリンの娘らしい。
だんなさんがいないこと、イタリアからゴットランドに旅をしにきたこと、ゴットランドにはどうやら知り合いがいること、仕事を探しに島にゆくこと、を話してくれた。
そうか、このひとがこんなに陽気なのはイタリアの人だからなのか。
イタリア語を知っているよ、と、プレーゴとか言ってみたけれどちょっと不思議そうな顔をされた。
さっきの反応と一緒。
発音がおかしいのだろうか。
フェリシアは本当に可愛かった。
ノートを取り出したり、紙ナフキンで鶴を折ってみたりあらゆることでフェリシアを笑わせた。
なのに、出てきたスパゲッティを一口食べた途端それが熱かったみたいで、しかもその反応が可愛くて私が笑ったら、急にご機嫌斜めになってしまった。
ムーミンのミィみたいな目で私をにらむ。
(そのときの日記のイラスト)
笑いをこらえて、笑ってごめんね、と日本語で謝る。
眠いみたいでお母さんのおっぱいを飲んでいた。
2歳くらいに見えたのに、実際はいくつなんだろう…1歳かしら。
カリンもお店にいるひとも本当になまりがきつい。
英語をきちんと聞き取れない私には、このなまりのきつさは厳しい。ほとんどなにを言っているかわからない。
イタリア語を話しているフェリシア。(と、その時私は思っていた)
イタリア語、英語よりは興味があったのだからちょっと勉強していればなあ…とまた後悔する。
そしてフェリー乗り場へ。
乗り場は、駅の真横であった。
私は駅に3時間も前に着いたからまだフェリーが停泊していなくて、それで分からなかったのだった。
旅行会社のひともまさか私がそんなに早く駅に行くとは思っていなかったんだろう。
当たり前か。


