アマヤドリ -79ページ目

関西へ

連休は関西です。
しかも、今から夜行バス。
寒い中待たされ、ずぶぬれになっている男の子を傘に入れてあげたりしつつ、やっと今バスの中。

楽しんできます。

写真撮ったりおいしいもの食べたり、久々の友達とたくさん話してきます。

色のうまれる


いつもより早く会社へ。
起きるとまだ真っ暗で、いつも私が居間にはいると必死に飛んでくるちゅんもまだ枝でぼけっとしていた。
藍色に紅が混ざりはじめた東の空は染めたての生地のようで、色がさらされてゆくのをココアを飲みながらゆっくり見ていた。
色が生まれはじめる朝と色が沈んでいく夕方とではこんなにも違う。


小学校からビデオと全員のお手紙が送られてきた。
手紙書くぞ、って言われたときのあらゆる反応を想像すると可笑しい。
みんなにとってたった2回の私との出会いはどんなものになったんだろう、と思う。

ビデオを見ながらもう一度、なんだか泣きそうになった。
子供たちは知らないんだ、どんなにかたくさん、自分たちがもっているかということ。
そう思うのは決して、その時代をすぎたからこその傲慢ではないと思う。
どれだけのものをもっているか、彼らはしらない。
変わり得るということ、それだけですごいし、だからフリーでいてほしいとも思う。
まぁ、毎日接していたらそんな甘いことも言えないのだろうけど。

どれだけ自分が特別なものかを知らないのは決して子どもだけではない、かもしれないな。

***

はるはあけぼの、
というあの色彩のつらなりが好きだ。

クロス×リピート


電車の窓に顔をつけるようにしてビルと電車の隙間の空を見ていた。
まだ駆け足に空の色が変わってゆく時間ではない。
けれど青空が見られることが少し嬉しくて。

ああ、こういう子供じみたことはもうひとには言うまい、とも思ったんだけれど、空の色に子供みたいと笑われたっていいじゃない、とまた塗り直される。

ちょうど私の進行方向とクロスするように、鳥が真上を飛んでいった。
ビルとの隙間はレールのはばくらいしかなかったから、ほんとうに一瞬のこと。
けれどほんの小さな偶然はしばらくわたしのこころを奪った。

同じレベルにいたら正面衝突なのに。
あざやかにすれちがった瞬間を何度もくりかえし見ていた。

夢/ダンサーと夕闇


ものすごくつぎはぎな夢。

お母さんとおばあちゃんと、外国のダンサーのビデオを見る。
その中のひとりの男性が私の結婚相手だということを教えてもらう。
膝のかたちがとても綺麗だと思った。

わりと有名なコレオグラファーの主催する実験的なワークショップに参加している。
すごく綺麗なダンサーばっかりだなあ、とどきどきしながら動く。
水の中にいるように自由でありながら空気を感じて動くことができる。動いてしまえば私は、どんな気持ちからもフリーでいられることがうれしい。
やがて周りのダンサーたちはよく見知ったひとばかりだったということに気づき始める。

ふと場面は変わって今度はトークショーのようなものに参加している。
その、将来のだんなさんがゲストだったので私は絶対にその場にいなければならない、と思う。
そこにも知っている女の子がたくさんいた。
将来のだんなさんは日本のひとじゃないひとみたいなので、私はせっかく今日来たのになにも話せないじゃないかと愕然とするとともに、将来外国のひとと結婚するということは私はこのあと英語がしゃべれるようになるんだ、と努力せずとももうしゃべれるようになったかのような気持ちになる。

そのひとは長身で、そんなにびっくりするようなハンサムでもなければ際立った特徴のあるひとでもなかった。
知的な感じのあたたかな色あいの目は穏やかで、少し安心する。からだ全体が長四角のパーツで構成されているようだった。けれどかくかくしているわけではなく、とても優雅な動きを持っている。
しみじみ、みつめてみる。
そこには恋愛感情に付随するどきどきとかは全くなくて、静かに見極めるような目線だけがあった。少し好奇心もあったけれど。

他の女の子は英語でばんばん質問をしている。あたりまえだけれどダンスに関する何かなんだろうな。
何故かだんだんその人は日本人になってきて、いつのまにか日本語で話をしている。
なのに相変わらず会場にいる女の子たちは英語で質問をし続ける。
ずっとまえに私のレッスンを受けていた顔のすごく小さな女の子がその会場にいて質問をしたのだけれど、どういうわけか『ベニスに死す』の最期のシーンのお化粧のような妙な白塗りをしていて、突拍子もない声を発した後会場から走り去ってしまった(実際の彼女は決してそんな振る舞いをしなそうな、とても綺麗な女の子)。

なにを質問しようか、とずっと考える。
「あなたが今まで好きだったものを教えてください」にしよう、と思う。
食べ物でとかじゃなくて、踊りに繋がるなにかで、好きだと感じるもの。
好きな色とか、好きなことばとか、好きな映像とか、好きなシチュエーションとか。

いつのまにか私と彼と何人かの質問者は電車に乗っている。
彼は向こうの席で前の質問に答えている。今も日本語で話をしている。
何が好きですか、なんてこんな質問は幼稚すぎるかもしれない、と考えながら、けれど自分のインスピレーションを信じたかった。
その質問に答えてくれる間、私やここにいるみんなが彼の好きなものをイメージしてたどっていったら素敵じゃないかなあ?

考えているうちにいつのまにか私は知らない街の川岸を歩いていた。
街がそうなのか、たまたまそういう時間だったのか、風景のすべてが絶妙なあおに包まれていた。
薄いむらさきに近い朝もやの湖のようなあおや、氷に閉じ込められたようなあお、宇宙と地球のさかいめのようなあお。
視界全体がそんなあらゆる種類のあおのグラデーションに包まれて、うつくしさに息が詰まりそうになった。

一本小さい道に入ったところに自動販売機があって小さな駄菓子やさんがあって中学生が自転車で集まっていた。
どうしてもこの角度から撮りたい、というところに野球部の大きな男の子が公衆電話をかけていて、待っているうちに奇跡のようなその街の色がだんだんに変わっていってしまった。

***

将来のことを、もう完全にドラえもんのようにわかっているところが面白かった。
結婚したいなあって考えているとか、外国のひととお付き合いしたいなあって思っているとか、そんなことでは全くなくて、きっと私は新しいせかいとの接触を予感しているし、それに向けて動き出したいと思っているのだ、と思う。
それから、私はずいぶん楽に、英語を習得したいと考えているみたいだ。

図画工作の時間

年賀状を何年ぶりかに手作り。
熱中しすぎて熱が出たり、あまぐりを食べたり、チョコをつまんだり。
木堀りをしたので指が痛くなったけど、木のかおりを嗅ぎながら削ってゆく作業は楽しい。
そのためにもついこの間そのかおりを知った桂の木を選んだのだった(でもあの独特のにおいは葉からくるものなのかもしれないな)。

日本代表の3位決定戦を見ているうちに終えられると思ったのに結局終わったのは決勝戦が終わってから。
ACミランとボカの試合、集中して見たかったけれどあんな見方も楽しかった。
ネスタが点入れたし!
私のなかでサッカーは1998年のフランスW杯で止まっているから、カカとかピルロとか、もっとよく見て知りたかった気もしたけど。
マルディーニはこれで引退になるのかな…。
ネスタやガットゥーゾはまだだよね。
デルピエロもまだだよね?←ミランじゃないし。でもいつもいつも心配なの。


出来上がりを母に見せたら「なんか色がぱっとしないわね」とひとこと。

おかあさんのはがきが足りなくなっても分けてあげないもんね。