アマヤドリ -63ページ目

幻覚

夜になって熱がまたあがる。
39度。
あまりごはんを食べたくないけど少しお腹にいれて、それからお風呂にも軽く入る。

もしかしたらインフルエンザではないかと疑うけれど、それにしては熱が高くない(私のインフルエンザは41度くらい出るから)。

でも夜中起きたときに、どうしようもなく妄想がふくらんで苦しめる。
誰かが私の吸う息にいろんなものを混ぜてみているのだ。
それは甘かったり、がさがさしたノイズだったり、引っ掛かる濃いボーダーのようなものだったりする。
その空気がのどを刺激して咳がとまらない。
苛立つし、悲しくもなる。
誰がそんなことをしているのかはっきりと意識する。
昔、感情の行き違いのあったおとこのこだ。
余計に泣きたくなる。

けれど呼吸を整え、落ち着くともちろんそれがただ寝呆けの妄想だったことがわかる。
もし私がインフルエンザでも、あの薬は飲ませないでほしい。
あたまが勝手なことを考えてどうにかして飛び降りようとしてしまうかもしれない。

前髪が濡れていた。
からだのどこも濡れていないのに。
でも触ると濡れてなんかいなかった。
ただ髪の毛の温度に比べておでこが熱すぎただけだ。

電気をつけると、いろんなものに染みが見えた。
まるで、皮膚にあてると奥底に潜んだ染みの先駆けをみせてくれる、あの映像みたいに。
白い壁にも木目の扉にも淡い色のじゅうたんにも、染みができていた。

あまりおなかもすいていないのになんとか元気になろうとしているのか、夜中の2時なのに夕飯の残り物を食べてみた。


夜中のこの出来事はきっと朝になったら忘れてしまう。
だから、書いておく。

無題


日曜日の夜からずっとダウン。
もう2週間くらいずっと吐き気と疲れでからだが待ったをかけていたのにそれを無視して無理をしすぎた。
いつも1日で元気になるのに今回は起きられる目処がたたない。
眠れないのに横になっていなきゃいけないから、からだがいたくてどこを下にしていいかわからない。

でも今出てくれたから本番近くはすっきりしてくれそう。

だから大丈夫です。
日記を書いてるくらいだし。

*

去年の公演のビデオをいただいたので見てみた。
なんだかわからなくなった。
なにを信じているのか。

でもこれも必要なこと。

memo/巨匠写真・ドイツポスター・トートバッグ

・「写真」とは何か 20世紀の巨匠たち
2/27~3/17 @大丸ミュージアム梅田 (大阪)

20世紀の写真史を飾る世界的な芸術家14名による作品120点を一堂に。
出展作家は、マン・レイ、エドワード・ウエストン、ウイン・バロック、アンセル・アダムス、アービング・ペン、エルンスト・ハース、ロバート・メイプルソープ、ウイリアム・クライン、ロバート・キャパ、アンドレ・ケルテス、ヘルムート・ニュートン、 アンディ・ウォーホル、ルイス・ハイン、W.ユージン・スミス。



・ドイツ・ポスター 1890 1933
2/26~3/30 @京都国立近代美術館 (京都)

「カルピス」の国際懸賞広告ポスターや杉浦非水を中心とした「七人社」の活動そして「大戦ポスター展」など、同時代の日本におけるドイツ・ポスターの受容・展開を示す作品・資料をも加えた約180点で、1890年から1933年にかけてのドイツのポスターがもつ魅力と先進性を多角的に検証。



・アーティストの創るエコ&トートバック展
2/26~3/9 @The Artcomplex Center of Tokyo (東京)

約30名の様々な分野のアーティスト・デザイナーが創作・デザインした500を越える多種多様のエコバッグ・トートバッグを展示。

こくばん in.

webの黒板。

ふーん、と書いてみて、おっ!となりました。
チョークで書いたときのあのかすれ具合とか、ムラとか、そのままなの。
書いた線から粉が落ちるところも嬉しい。

誰かさんの作品をみることもできるのだけど、なかなか見事。
どんな風にこの作品ができたのかを、順を追ってみることもできます。

面白いから書いてみてね。


●こくばん in.
http://kokuban.in/

memo/表皮


はじめに気付いたのは接しているいち部分だった。
冷たいもののうえを歩いている。
かすかな水の音はそこから沸き上がっている。

触れたい、
と思う。
いちばん確かな感覚をえられるところ。
いちばん、知らなくても恐くないところ。
躊躇して裏返す。
あまりにその水が薄くひろがっていて壊したくなかったから。

表面のほうが近づいてくるほどに、そっと、そっと。
雫がおちて輪がつづいていった。
そしてわたしにも。
肌に吸い込まれることなく、今度は雫に触れられる。
触れられるそばから確かになった。

待ちきれなくて引き込み、もういちど指先へ逃がす。
弧を描いて離れていったそれは、わたしという重力から逃れ永遠の軌道に乗る。

目覚めたことを確かめているのか、気付かされているのかわからない。
螺旋を見送り、乱してやろうと思う。
いちばん乱暴な方法で。

駆け上がった水は纏わりつきまた、同じほうに逃げようとする。
今度は逃がしてやる。
動かされることがあったって、構わない。

でも心変わりする。
どきどきさせてみたいな、と。
従ったようにみせて、またわたしは乱してやるんだ。
激しく、ゆっくり。
濁ってしまう水もなんて美しいんだろう。

すっかり泥だらけになってしまった。
けれど不快じゃない。
もうこんなに、色がついた。

頂点をもつ円錐になってみたらどうだろうか。
ふもとまで流れ落ちたらいい。
濁りは沈むにまかせればいい。

また澄むだけのことだから。