アマヤドリ -384ページ目

メリーゴーランド



彼の弟の赤ちゃんのお祝いをついに今日あげた。
マットと、上でメリーゴーランドみたいに回るやつ。曲はシューマンの子守歌。
びっくりしたのだけど、このメリーゴーランドは水平じゃなくて斜めに回っている。なんてお洒落なんだろう。可愛い。

私は昨日・今日とリハーサルがあるので行けなかったが写真を送ってもらった。
メリーゴーランドを見てはしゃいでいる様子は可愛い。最初は泣いたみたいなんだけど…。
手が可愛い。

そしてすぐにねちゃった。


Luciano Berio/VOCI

今日見つけたブログの方が誉めていたCD。
ちょっと気になるので探してみよう。




アーティスト: Luciano Berio, Dennis Russell Davies, Radio Symphonieorchester Wien, Robyn Schulkowsky, Kim Kashkashian
タイトル: Berio: Voci

noism04/「black ice」④

金森さんが出てきた時にはもう舞台上にはリノリウム(床に敷くシート)しか残っていない。全くの素の舞台。仕込みの前の状態。

金森さんと他のダンサーは別の空間にいる。
ダンサーたちは全くそれに気づかず今までも踊ってきたし(何か脅威を感じていたように見えるシーンもあった)、ラストのこの場面では金森さんが見えないかのように去ってゆく。まるで立場が逆転したように…。

ひとしきり金森穣が踊る。
やっぱり空間を切り裂いて、でも床をソフトに掴む踊り。普通に呼吸していたらその思わぬリズムに息を乱される。でも包むように温かい体温を感じる。

踊り終えた金森さんはそのシンプルな衣装すら脱いでゆく。
何もかも取り去って踊り、何かを解き放ち、何もかもから開放されて…
そして真っ暗な空間の中に仄かな残像を残しながら溶けていった。
最後の右手は何を語っていたのだろう。


私は色んなことを考えて観たが、実際は押し付けがましく意味を求めたりしていなくて、でも何かありそうなそんなぎりぎり感がとてもいいと思った。
声を出す事も、表現の一手段で、そんなにひやりとさせられる感覚もなかった。
とても素晴らしい舞台だったんじゃないかと思う。



金森穣HP

noism04/「black ice」③

3.black garden

今までのシンプルな舞台と一転、“壊れたモノ”だらけの舞台上。
ダンサーの衣装も獣のような、新進デザイナーショーのようなごてごてしたものを着ている。鳥の羽がついていたり、ニットのロングスカートだったり、ゴーグルをしていたり重たそうな帽子を被っていたり。色んなもののごった煮。
檻に閉じ込められうごめくもの、鳥の剥製を持つもの。

光は殆どない。月の光に照らされた夜の屋外のような雰囲気。木馬や大きな手を象ったオブジェ、それを懐中電灯で照らす人。
獣のように吼えたり、感情をあらわに叫び、喚き、ののしりあう。しかしそれは人の言葉ではない。まるで人間である事を脱ぎ捨てたみたいに。
時に高まり、警戒するように分散する。壊れた影たち。ふと我に還ってはまた本能に支配されるように闇に紛れる。

どう解釈したらいいのか額に力を入れて考えていたその時、staffが舞台上に現れる。
そして装置をどんどん片付けてゆく。ダンサーとは別の次元で動いているかのよう。大道具を運び、ライトを外し、TVのモニターを捌けさせる。ダンサーは乗っかっていた階段ごと連れ去られる。

何時しかダンサーは2部の時の白いシンプルな衣装になっている。
複雑な衣装を脱ぎ捨てると共に壊れた感情から開放され、やがて1部の衣装に還る。
精神の殻を脱ぎ捨てて、またイチに戻ったのだ。

そこに金森穣が登場する。

noizm04/「black ice」②

2.black ice

大きなひし形のスクリーンが登場する。
床に重力を感じるとそれがそのスクリーンに投影されるような仕掛けになっていて(これ、すごくお金がかかるんじゃないだろうか)、castの足跡や手、背中などが光って映される。
ダンサーたちの動きが空中に残像を生むように、その映像も実際とはやや遅れて映し出される。踊りの軌跡と相俟って美しい。
シンプルな白い衣装で床を転がり、そして時を刻むようにユニゾンで踊る。
準備で心に留まった木下佳子さんの足が本当に綺麗だと思った。やはりこの2部も舞台はスクリーン以外に道具はなくただの黒。光が引き立つように照明も抑え目だ。その黒い宙に真っ直ぐ射すように伸びる足と、粘る腕。指先は空気を生むように軽い。
ダンサーたちが空気の中を、舞台空間を埋めていくと共に床も軌跡で埋められてゆく。そのライブ感が面白い。

終わった後のアフタートークで金森さん自身が「今日僕が一番感じた事は、僕達の今日の舞台は生のライブであり、ただの“今日の出来事だ”ということです」と言っていた。
一度しか生まれない、二度とはないこと。
この一瞬のために費やされた時間や思いや足跡がある。このたった一度の1ミリや1秒が観る者に何かを感じさせる。すごい事だ。

見せる側と観る側のその真剣勝負はなんてスリリングなんだろう。
研ぎ澄ました時間の中、息を詰めるように観、ダンサーと一緒に息をする。