アマヤドリ -368ページ目

『アメリ』の思い出への考察

一緒にアメリを観に行った中学の頃からの友達。
多分映画に行ったのはそれが最初だったかもしれない。長いこと友達でいるのに一緒に旅に行ったり遠出をしたりということがあまりなかった。

お互い厳しくて忙しい修業時代があったから、時間も合わなかったのだけれど…
あの頃はお互い苦労したねと笑いあえる。

この薄情モノの私が1年以上会わなくても友達だと思えるのはこの子だけだった。不思議とべったりもせず、でも会うととたんに何でも話せてしまう。
お互い女っぽくないからかな。


遠くに行ってもあなたが幸せなら淋しくないよ。
ああ、結婚式では泣かずにいられるかなぁ。受け付けなのにずっと涙がでちゃいそうだ。

『アメリ』の思い出

そっか、今日はBSでアメリをやるのだ。

これは中学の頃からの友達と観に行った。とても楽しみに行ったのに始まってすぐにトイレに行きたくなったのだ。

単館映画っぽかったから1時間半くらいで終わるだろうと甘く考えていたら全然終わる気配がない。
小さい映画館で、しかも私がいざとなったら抜けようと思っていた座席の列の右側はよく見たら壁と接していてでられないようになっていた。
つまり通路は左にしかないのだ。
しかもその通路ぎわには他の人が座っている。狭い座席の間、その人の前を通してもらうなんてどうしても気が引けた。

途中からストーリーよりいつ終わるのか、イヤイヤ、もうトイレの事は忘れよう…やっぱり忘れられない…と繰り返していた。トイレに行くルートまで想像したりして…。

あと少し、あと少し…どのくらい時間がたったか今ではもうわからない。30分か…40分か…。

ついに私が席を立ったのは最後の一番いいところだった。


その後、アメリはビデオで観た。





タイトル: アメリ

疲れた時の嬉しい発見

リハの後に閉店間際のカフェで見つけたスコーン。
暗かったからわからなかったけれどかぼちゃとか胡麻とか色んな味が入ってる。

重い空気を掻き分けるこの手の

体が軋むくらいに少しずつ、前に進んでると感じることがある。
私の中に何かが積もってゆき、取捨選択され、澄んだものが残る。
それは強くて体中にいったん染み渡ると、景色をかえてくれる。

自分から発する熱に水蒸気のような息を吐き出しながら。
また向かってゆく。
繰り返し、挑みながら。

軋む体を何かが軽くした。

プレッシャー

すごく落ち着かない。
今日が大きなリハーサルのためだろう。多分、まだ自信もないから。
朝から心臓がどきどきしていて「どうしてだろう?」と考えるとその結論に行き着く。

自信がないのはまだ出来ない事がたくさんあるからだ。例年に比べたくさん残っている。だから、何とかしなくてはいけないと思う。
勿論あせっている。
でも解決するのは自分自身しかいない。だからがんばろう。頑張れる。

私は自分にプレッシャーを与えるのが大好きだから(本当のところどうなのかわからない。そうしているうちに好きなのだと思ってしまったのかもしれない)、出来が悪いと思っても観に来てくれる人には「いいもの見せるからね」と大口をたたく。自信満々みたいに。
言ったからにはやらなきゃ、という原動力にする。単純だから、頑張るしかなくなる。


本番心に余裕をもって楽しめるように、今は苦しもう。

またそれが、楽しいのだけれど。